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「あの……アメジストさん?」


 呼びかけると無視が返ってくる。それでも果敢に言葉を続けた。


「何故に私は、あなたのお膝の上に乗せられているのでしょうか……」


 一度だけ視線を向けたあと、やっぱり無視された。


 愛らしい小鳥たちが朝を告げてくれたりはしない、薄暗い森の中。たまに遠くで魔物っぽい鳴き声は聴こえる。

 ひときわ大きな木の下で。寝起きには刺激が強すぎる顔面を眺めながら、私は自由のきかない体でここから脱出する方法を探った。 

 ……無駄だった。



   ◇◇◇



 あれからしばらく森を歩いて、歩いて、魔物を黒……じゃなくてアメジストが秒殺して、また歩いて。

 辺りが真っ暗になっても歩いて。木と木の間の細い隙間からのぞく月を眺める気力なんてなくなってきた頃、私は野宿を提案した。

 無理。獣道すらろくにない森の中を夜通し歩くとか。私、ごく平凡などちらかというとインドア派のただの女子高生だよ? 無理。


 だいぶ前から足に自信がなくなってきて、はぐれないようにアメジストのマントを掴んでいたけど。なんせ歩幅も体力も違う。

 だんだん、マントを掴んでいる→マントに必死にしがみついている→マントにしがみつく私をアメジストが引きずっている。

 という、見たら呪われる恐怖映像でも撮れそうな状態になっていき……。

 むしろ最後の方はいっそ楽だったせいで何度か寝落ちしそうになった。アメジストも意外と怒らないし。まさか気付いてなかったとか?

 とにかくもう歩けませんと訴えたら、心底しぶしぶ感を出しながらも休憩を了承した。


 少し開けた場所に出て、アメジストが「ここにするか」と言うや否や。私はずっと掴んでいたせいで親しみが生まれ、もはや自分の一部のように感じはじめていたボロ布(アメジストのマント)をぐるっと身体に巻き付け、寝た。

 その時耳にブチブチッ、という何かが弾けるような音が聞こえた気がしたけど定かではない。

 パラパラ、コロコロ……と地面に転がる音もただの幻聴だと思う。


 私は泥のように眠った。

 目が覚めるとボロ布(単品)にくるまっていた。なんか周りに石のビーズや金属片が転がってる。何これ。

「ようやく起きたか」

 声がした方を見ると、アメジストが木にもたれるようにして立っていた。マントがなくなっている。首元の装飾も減っているような。

 ええ、犯人は私です。


「おはようございます……誠に申し訳ございません……」

「いいから行くぞ」

 意外と怒られなかった。マント、別にいらないみたい。じゃあ貰っちゃおうかな。我が心の友ボロ布君。


 さて。急かされてるし実際ここにいても仕方ないし、頑張って起きますか。

 よいしょ。 ……? よっこらしょ。 …………。

「さっさと立て」

「…………立てなぃ」


 足、痛い。っていうか全身痛い。

 私は過去最大の筋肉痛に見舞われていた。


 木の枝や茂みで引っかけたのか、服、特に足元がボロボロになっている。擦り傷も多数。意識すると痛くなってくる……。

 何度も言うけど平凡なお家大好き系のただの女子高生なんです。強行軍とかに参加したこともないんです。


 陸に揚がった魚(瀕死)状態でプルプルする私を、面倒臭そうにアメジストが片手で軽く持ち上げた。外からはわからないけど実は筋肉バッキバキ、なのだとしても不自然なほどの怪力だ。

 そのまま抱えて歩いてくれるのかと期待したら、すぐ近くの大木の下、公園のベンチのように大きな根っこの上で降ろされた。


 アメジストの膝の上に座らされて。


 ……え? この体勢なに?


 質問は綺麗に無視された。それからごく自然な動作で私の服のポケットに手を突っ込むと、魔本を取り出す。嫌な予感しかないな。

「読め、と?」

 言われる前に言ってやったら、当然のように頷いた。

「いやいや、まだ魔物わんさかの森の中ですよ。やめましょう? 昨日も途中で魔物に襲われたじゃないですか。――っていうか寝てましたよね?」

 読めと命じておきながら、私の朗読ほとんど聞いてなかったよね?


「寝てはいない。意識を飛ばしていただけだ」


 ……なんだそのクラスに一人はいるお調子者男子の言い訳みたいなの!? あんたそういうキャラじゃないだろ!?


 筋肉痛の体で必死にもがいて逃れようとするも、伸びてきた腕であっさり拘束され、いつの間にか開いた魔本を両手にセットさせられていた。

 本の中心が、ぽあーと光り出す。魔本、お前ももう少し抵抗してよ。これは合意の上じゃないんだからな。

 白紙に文字を浮かばせたまま、無言で抵抗する。半日以上飲まず食わずで読書する元気なんてない。

「……やはり読まないと行けないか」

 アメジストがぼそりと呟いた。どこへ行く気なんだ……夢の世界かな? 一人で行ってください。私は帰ってきたばかりなので遠慮します。


 聴こえないふりをして、私は目をつぶった。

 すると、目蓋越しに感じる光が弱まっていく。薄目を開けて見ると、文字が徐々に消えていくところだった。

 魔本の新事実。私が目を閉じれば文字は出てこない。魔本、なかなか粋なことするじゃない。

 あたりの空気が、すぅっと真夜中のように重く冷たくなった。あ、なんかこれ昨日も……。


「コハル、とかいったか。読む気がないならここでお別れだな。好きなだけ魔物と仲良くしているといい」


 耐えきれなくなって目を開けると、紫の瞳と見つめ合うはめになった。でも恐怖で目を逸らすこともできない……。

 寒々とした低音ボイスに合わせるかのように、どこかであおーんと狼っぽい遠吠えが聴こえた。夜の気配を嗅ぎ取ったのかな、さすが野生だね。

「…………読みましゅ」

 噛んだ。朗読者の歯の根合わなくさせてどうするんだか。

 恐怖と冷気、せめてどっちかにしてください。



   ◆◆◆



 螺旋階段を登り、三階を目指す。

 本は知識量によって内容が変わるようだが、ある程度は場所によって同系統の事柄になるように分類されている。

 探しているのは所有権に関する内容だ。以前調べた時、そのあたりでそれに関する記述を見た覚えがある。


 階段の手すりに触れると、硬い感触が返ってきた。

 前は本との距離があったせいか魔力を追うのに苦労した。そこで今度は試しにあの子供――コハルと体を接触させた。

 本はコハルの意思に反応して起動し、その間だけは魔力を持たないコハルの全身が微弱な魔力に覆われる。それに俺も便乗したわけだ。

 さすがに本体のままで渡ることはできなかったが、意識体とは思えない程はっきりとした感覚があり、以前のような不安定さは解消された。


 それと魔物対策として、今度は障壁を張ってから来た。

 しかし何故か、向こうの様子がこちらから見えるようになった。肉眼とは異なるもう一つの視野が生まれ、それで本体側の様子が確認できる。

 これもあの本の力なのだろうか。意識を向けると、読書の妨げにしかならない棒読みも聴き取れた。


 いくつか読んでは場所を変え、また本を手に取る。なかなか目当てのものが出てこない。ようやくそれらしい記述を見つけ読み進めたが、


『※権限が不足しています。この先の内容は閲覧できません。』


 という一文が現れると、白紙になり、その先は一切読めなくなった。

 所有者権限に関する記述はあるものの、肝心の権限の移行や譲渡について知ろうとすると、そうしてはねのけられる。

 一度本を閉じ、開いて閲覧可能な部分を読み進めることにした。


『所有権者は規定の審査通過後、正式に当書庫の所有者と認定される。所有者は書庫の鍵を自由に生成・使用できる。』


『書庫は筆頭所有者が構築条件の一部もしくは全てを満たした場合にのみ、完全な形で構築される。』


 書庫の鍵とはあの本のことだろう。

 筆頭所有者とは、最初に書庫を構築した者、という意味のようだ。

 構築条件については、また閲覧制限がかかり読めなかった。筆頭所有者に連なる所有者と認められる方法についても同様だ。


 コハルはどうやって所有権を得たのだろうか。

 鍵を自分で生成したにしては、満足に扱えていない。魔力が無いだけではなく、魔術の才能も無さそうだ。

 そもそもあいつはこの書庫のことすら知らないのではないか。もしそうなら宝の持ち腐れにしてもあまりに酷すぎる。

 一体どんな経緯で所有者となるに至ったのか……。


 基本的な内容の繰り返しになってきた頃、知りたかったことに近いものを見つけた。

 もし所有者が死亡し、第三者がその鍵を手に入れた場合はどうなる――――?


『所有者全員が死亡した場合、書庫は消滅する。』


『書庫消滅後は、再構築までに修復・再生作業等のため百年前後の期間を要する。』


『書庫消滅の際、所有者の鍵も消滅する。ただし筆頭所有者が生成した鍵のみ、任意で存続させることができる。規定の範囲内であれば、書庫の再構築後に過去の筆頭所有者の鍵を使用することもできる。』


 ともかく。全部で何人いるのかわからないうちは、所有者はむしろ保護すべき存在だということは理解した。一度消滅してしまうと、次の書庫構築までに百年待たされるらしい。

 筆頭所有者の鍵だけは存続させて次世代が使用可能らしいが、それも結局は百年後の話だ。

 予想した通り、いくら調べても現在の所有者についての情報は得られなかった。


 結局、所有者となる方法は何一つわからないままだ。

 あとは手探りで色々と試してみるしかない。まずは書庫の鍵を譲渡するよう仕向ける、といったところか。


 意識をやると、それまでぞんざいに本を読んでいた声が途切れた。

 鍵から手を離したコハルが、指先で俺の頬をつつく。

「……やっぱ寝てるじゃん」

 しばらく俺の顔を眺めた後、鍵を手に取りその角を押しつけてきた。


「本当に何がしたいの? 睡眠学習のつもり? お子様向け雑学を寝ながら叩きこんどんのか? おうおう」

 …………。

「あんたに必要なのはよい子のための基礎知識じゃなくて、大人としての良識だよ。顔さえ良ければ何しても許されると思うな? 女子高生を無理矢理膝抱っこしての朗読会は高くつくぜ……バレたら社会的に抹殺されるんだぜ兄ちゃんよ」

 意味は謎だが、妙に腹が立つ。


「うわ睫毛長っ……えい。うわー長い、いっそ気持ち悪い。……目の中に戻してあげよう」

 何がしたいんだこいつ。

「さぁおうちにお帰り睫毛君、そして不愉快なゴロゴロ感でこいつを苦しめ…………ひぃっ!?」

 意識を完全には戻さないよう片手を動かし、コハルの頭を掴む。慌てて鍵を開くと、浮かび上がった文字を読み始めた。さっきより呂律が怪しくなっている。


 所有権についてはこれくらいにして、魔術の知識を増やすことにしよう。

 俺は手にした本を棚へ戻し、魔術書を求めて階下へ移動した。


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