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 探知を解除する。続けていても無駄だろうというのもある。

 だが何か不思議な感覚がそうさせた。


 望遠を使うと、以前よりも視野が広がっていた。距離も伸びたようで、遥か先の景色が見渡せる。

 しばらく見える限りの夜景を眺めた。

 とはいえ闇雲に見たところで、コハルの居所が分かるはずもない。


 能力の向上は、遺物を取り込み力が増したことと関係あるのだろうか。

 それならもっと使えそうな能力は他にないのか。今だけは、記憶を失っていることが腹立たしい。

 雑魚魔物をいくら倒せても意味がない。こんな時に使えない力なら、一体何のために俺は……、


 ……いや、違う。今以上の力を手に入れたい、ただそれだけだ。

 コハルがどんな目に遭おうと、最悪死のうと仕方ない。あの弱さ軽率さでは、守るのも限界がある。今は大人しく機を待つしかないだろう。


 望遠を解除し、馬車の揺れに身を任せていると、持っていた書庫の鍵が一度大きく跳ねた。

 馬車のせいではない。鍵自体が動いている。

 俺は思わずそれをめくった。コハルが使う時のように光り出したりはせず、白紙のページがあるだけだ。だが小刻みな動きは収まらない。


 本当に異世界でコハルと出会ったというのなら、世界を超えるほどの力を見せろ。

 今すぐ俺を、持ち主のもとへ導いてくれ。


 馬鹿らしいと知りながら、鍵にそう願う。

 次の瞬間、俺は意識を飛ばしていた。



 扉をくぐる感覚の後、見慣れた床に降り立つ。

 思わず目を疑った。


 書庫の一階、その中央にコハルがいた。


 不思議そうに部屋を見渡し、また何か意味不明な独り言を呟いては、そこらをうろついている。

 あの挙動は間違いなく本人だ。普段以上に呆けた顔も、ただの幻には見えない。


 コハル!

 呼びかけたはずが、コハルは振り向くことなく物珍しげに本を手に取っては、またすぐ戻していた。


 ……意識がやけに薄い。声も実際には出ていなかった。

 初めてここへ来た時よりも、更に不安定な状態のようだ。

 俺とは逆に、コハルの姿は実体そのものと思えるほど安定して見える。


 どういうことだ? ついにコハルが自力で書庫に渡ったのか。俺の意識を連れて来たのも、あいつなのか……?


 だが今はそんなことはどうでもいい。この機を逃すわけにはいかない。

 俺はどうにか魔力を操り、不安定ながらも姿が見えるように調整した。本を手に取ることはできそうにないが、今はこれで十分だろう。

 コハルがようやく気付き、黒い瞳を見開いた。


「ぎゃああ!! アメジストの幽霊!?」


 こちらを指差し、勢いよく後退る。それを追う。

 喚くコハルを本棚の一角に追い詰め、両手で逃げ場を塞いだ。

 とはいえ体をすり抜けて逃げられるかと思ったが、一応大人しくなってこちらを見上げてきた。


「(落ち着け。今の俺は不安定な意識体だ、いつまでここに居られるかわからない。それより居場所を教えろ)」


 魔力を使い、音声に聴こえるよう空気を振動させた。調節が難しく、それらが書庫内に反響する。


「アメジスト……本物?」


 コハルが手を伸ばす。俺の腕に触れようとした手が、その中を素通りした。

 早くしろと促すと、困惑した顔で俯く。


「ごめん、どこなのかは全然わかんない。ポロットの変な貴族の屋敷らしいんだけど、宿からここにくる間は気絶してたから……」

「(何か景色で特徴的なものはないか)」

「うーん。……窓はあるけど暗くてよくわかんなかった。むしろぱっと見、何もなかった気がする。近くに他の家とかもなさそうだったし」


 ポロットの貴族。まだこの国の中か。

 場所に関してはコハルからそれ以上の情報は得られないだろう。


「(リチアは傍にいるか)」


 コハルが頷く。この様子から、リチアもコハルと共にあの男に捕まっただけだということなのだろう。


「(リチアに、聖浄石に可能な限り魔力を注ぎ込むようにと……いや、)」


 リチアの魔力を探知で捕らえようと考えたが、どの程度距離が離れているのかわからない、探し当てるのは難しいか。


 コハルを促し、魔術書が収められている本棚へ移動した。

 そこから本を一冊取るように言い、その手に俺の薄い意識体の手を添え、ページをめくる。

 何度か失敗した後、ようやく目的の記述を呼び出すことができた。


 一つは風の障壁。もう一つは術者間での通信を可能にする風の術だ。


「(この二つを覚えて、リチアに使わせろ。俺との通信に成功すれば、それを追ってお前たちの所まで行けるはずだ)」

「この本を持って帰ったらだめなの?」

「(……ここの本は外へ持ち出せないと思うが、試しにやってみてもいい。ただし術を覚えてから行けよ)」


 頷いてから、コハルが真剣な顔で本を見つめた。さすがにこの状況だ、必死に暗記しているようなので黙ってそれを見守る。

 本を閉じ、声に出して復唱を始めた。当然発動はしない。

 どちらも暗記できたようだ。見上げてきたコハルに頷いてみせる。


「(帰り道はわかるな)」

 念のため確認すると、首を傾げた。

「え? アメジストが私をここへ連れてきたんじゃないの?」

 ……まさか。

「(お前が自力で来たんじゃないのか?)」

 コハルが首を横に振った。気が付いたらここにいた、と続ける。


 コハルにその自覚が無いだけなのか、それとも俺が自覚なく連れて来てしまったのか。

 未だにこの書庫の謎はひとつも解明できていない。そもそも所有者でもない俺がコハルの鍵を使って普段から渡れていることも、考え始めると不可解なことだらけだ。今はそれをゆっくり考察している余裕もないが。


 どうせなら、俺の実体がある方へこのままコハルを連れていければ話が早い。しかしここにいるのが実体ではなく意識体だとしたら危険だ。もしまた昏睡でもされれば更に事態が悪化する。


 結局何が正解なのか、判断はつかない。

 仕方なく、まだ安全と思われる方――可能な限り、コハルが自力で帰るのを補助することにした。


「(今から姿を消す。だが完全にいなくなるわけじゃない、傍についている。お前は元の場所へ帰ることだけ考えていろ)」

「うん、わかっ……あ、ちょっと待って! 私たちを攫った奴の目的は、アメジストなんだよ。私たちを人質におびき寄せて、捕まえるつもりみたい。罠とか用意してると思う」


 俺を捕まえる? 意味がわからないな。

 ……だがそれならそれで、罠ごと叩き潰すのみだ。


「私たちを助けに来れば、アメジストが危ないかもしれないけど……それでも来る?」


 小首を傾げて見上げてきたコハルは、それで俺が躊躇するとは思っていない顔だ。

 あの男の主とやらがどんな奴かは知らないが、人質を盾に罠を張ろうなどという奴だ。実力の程が知れる。

 小心な行動を裏切るような強敵、という展開になればいっそ面白いんだが。


「(俺がそいつの罠ごときで死ぬように見えるか?)」


 コハルがようやく笑顔を見せた。

 それを間近で眺めてしまったのを少し後悔した。気が抜ける。


「だよね。じゃあ、リチアと待ってる。……あ、でもどんなに楽しくても、人は殺しちゃだめだからね。お尋ね者になって、旅じゃなくて逃亡生活になっちゃうから」

「(ああ、わかった)」

 失敗したら、自然死に見えるよう工作でもするか。もしくは跡形もなく消す。


 話を切り上げ、魔力で維持していた姿を元に戻す。

 コハルが目を閉じ、集中し始めた。帰り道を思い描いているはずだ。

 迷わず辿り着けるようにと、俺は黒髪に手をかざし、その身を包むように魔力を伝わせた。



   ◇◇◇



「コハル、大丈夫!?」


 目を開けると、心配そうにこちらを覗き込むリチアと目が合った。もう帽子を被っている。

 私は部屋の中央あたりに置かれた長椅子に寝かされていた。いきなり倒れたので、リチアが運んでくれたらしい。意外に力持ちだ。


「……うん、平気。それより今、アメジストに会ってさー、」


 長椅子から起き上って、今見てきたものをかいつまんで話した。


 あれがなんだったのか、もしかしたら夢だったのかもよくわからない。持ち帰ろうとした本も消えている。

 ただあの幽霊風アメジストはスケスケのくせに本物に思えた。必要最低限のことだけ話して、一方的に命令してくるあたり。


『《ウィンドシールド》……風属性の障壁を張る』

『《ブリーズボイス》……風に乗せて術者間での通信を可能にする。術の送信者、受信者共に風属性を持つ必要がある。術者が風の障壁を張っている場合、傍受を受けにくくなる』


 必死に覚えた術を暗唱すると、リチアは真剣に聞いてくれて、まず障壁の方を試した。

 集中し始めると、その身から柔らかなそよ風が起こる。


「ウィンドシールド」

 リチアがこちらに両手を差し出し、呪文を唱えた。ふわっとリチアの長い髪が少し浮いて、また戻る。

「……出来た、と思うわ」

「本当!? リチア、すごい! 天才!」

 魔術を使う訓練なんてしていなかったはずなのに、飲みこみの早いリチアに喝采を送る。


 それから自分にも障壁をかけて、今度は電話みたいな術に取り組み始めた。

 邪魔しないよう、静かに集中するリチアを見守る。


 それにしても、あの本だらけの部屋は一体何だったんだろう。私と違ってアメジストはあの場所に慣れている感じだったけど。

 ただ不安定だとか言って、珍しく少し焦っていた。どうもいつものように自信満々で私をあそこへ連れて来たわけじゃないらしい。アメジストにもわからない現象だったのかな。


 ……んー? 本だらけの部屋、意識が飛ぶ……なんか引っかかるな、このワード。

 なんだっけ? つい最近、似たようなことがあったような……そうだ、お茶会で……。


 リチアを見ると、目を閉じ胸の前で両手を組んで集中していた。通信の術は障壁よりも難しいのか、何度か失敗しているようだった。

 今は余計なことを考えるより、リチアの術の成功を祈ろう。

 そう思い、私も同じように両手を組んで心の中でエールを送っていると。


 ごん。どんっ、どんっ。

 ――――ゴルルル……。


 部屋の扉の方で物音がして、私は振り返った。

 一旦止んだものの、しばらくするとまた同じような音と共に、扉が軋むような音を立てる。何かが扉を叩いている。

 叩いてるっていうより、体当たりされているような……。唸り声もまた聴こえた。

 嫌な予感しかしない。リチアも集中が切れて、蒼褪めた顔で扉の方を見ている。


「リチアは術に集中してて」


 私はそれだけ言うと、さっきまで寝かされていた長椅子を両手で掴んで引きずった。それで扉の前を塞ぎ、ついでに手近にあった椅子や置物なんかを次々その上に乗せる。


 次はどうしよう。部屋を見渡す。

 私は部屋の隅にあった、人間と同じくらいの大きさの銅像の前まで行ってそれを掴んだ。なんだか中にミイラとか収められてそうな雰囲気だ。


 銅像は長椅子より大分重かった。ガタガタ言わせながら運んでいると、途中で床に引っかけて銅像が倒れた。

 ごどん、という重い音が部屋に響く。リチアの方をちらっと見ると、術に集中しているようだ。よかった。


 なんとかそのまま引きずって動かしていると、銅像の中から何かが床に落ちた。どうやら二枚貝みたいに開く造りのようで、倒した衝撃で隙間が少し開いてしまっている。……本当に中にミイラとか入れてないよね?


 落ちたのは小さな鍵だった。もしかしたらこの屋敷のどこかの扉を開けられるのかもしれない。念のためいただいておこう。

 私は鍵を鞄に仕舞うと、再び必死に銅像を移動させた。


 どうにか長椅子を抑えるような位置に銅像を押し付けると、扉に激しい衝撃が加わり、べきべきと嫌な音がした。

 まだ突き破られてはいないけど、扉の反対側は酷いことになっているのかもしれない。まずい……!


「ブリーズボイスっ」

 リチアが少し早口で呪文を唱えた。

 術が発動したのか確認する余裕はない。私は銅像の上に乗って扉を抑えるため体重をかけた。衝撃はどんどん強くなり、気を抜くと吹き飛ばされそうになる。


 アメジスト! 早く通話ボタン押して!


 ばぎっ、という鈍い音がして扉を見ると、扉の中央あたりに亀裂が入っていた。蝶番も一つ壊れたらしく、ぶらんと壁に金具が引っかかっている。

 体が震えて力が入らない。


 ……大丈夫、リチアに障壁をかけてもらった。もし魔物に入って来られても大丈夫、なんとかなる。


 魔の山でのことを思い浮かべる。障壁が鳥たちの攻撃を何度も弾き返していた。

 あの山の頂上に君臨していたのだ。変態貴族に捕まるような魔物なんて、あのチョコミントみたいな鳥たちより強いわけがない。

 だから大丈夫。リチアを信じて、アメジストを待とう。

 バリケードにしがみつきながら、私はそれ以上何も考えないようにしてひたすら耐えた。


 リチアが再び呪文を叫ぶ。


 その直後、部屋の反対側で窓ガラスが砕ける轟音と共に、一つの影が飛び込んできた。


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