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 部屋の窓から特徴的な飾りのついた屋根が見えた。

 一本先の通り、町の中心からは大きく外れた場所だ。


 もう日は落ちきっている。遊びに行った、ということもないだろう。


 ――リチアが教会へコハルを誘った? やはり何か企んでいたのか?

 腕輪の細工にも気付き、追跡を逃れるためコハルが手放すよう仕向けたのか。


 だが分からない。特に書庫の鍵を置いて行ったことだ。

 コハルを狙う理由に書庫以外の何がある。魔力も無く、戦闘能力も皆無。おまけにただの馬鹿だ。


 金目当てはないな。何度財布をすられそうになっても一度も気付かなかった奴だ。俺さえいなければいつでも盗れる、外へ連れ出す必要もない。


 この書き置きが本人の意思で書かれたものだとすれば、むしろこれはリチアのための行動かもしれない。


 コハルはリチアの支払う報酬額を減らすために俺の話に乗った。不用意に出歩いたことを知らせれば、リチアが不利になる可能性くらい考えるはずだ。

 それでも伝言を残したのは、あいつなりにその必要性を感じる何かが起きたということか。


 ……腕輪を返すというのが意味不明だが。よりによって今か。

 しかし思い返すと障壁を込めた術具だとは説明しなかった気もする。今更悔やんだところでどうにもならないが……。


 探知を使って聖浄石を探るが、反応は得られなかった。


 これ以上ここで考えていても仕方ない。まずは教会へ行くしかないだろう。

 たとえ罠であれ、何か手掛かりくらいは見つかるといいが。


 片手に握っていた書き置きが、気付くと灰になっていた。知らず魔力を込めていたらしい。

 それを払って書庫の鍵を掴み、部屋を出る。

 念のため隣の部屋も確認した。やはり誰もいない。机の上には菓子と飲みかけの器が置かれたままになっていた。


 そのまま部屋の奥まで進み、窓から屋根の上に出た。

 風の術で周辺の屋根を伝っていき、教会の前に降り立つ。


 古びた小さな建物の壁には無数の亀裂が走り、廃墟同然だった。

 中に入ると埃をかぶった椅子や祭壇のようなものが放置されている。司祭などがいる様子もない。どうやらここは教会として機能していないようだ。


 狭い室内を調べるが、コハルはもちろん、罠の存在も確認できなかった。

 外れだ。そう簡単に尻尾を掴ませたりはしないか……。


「お待ちしておりました」


 振り返ると、入口に黒服の男が立っていた。

 気配が不自然に現れた、魔術を使ったのだろう。闇の魔力をわずかに感じる。

 大した魔力量ではないが、間違いなく魔術士だ。


 男の背後から一羽の鳥が現れ、その腕に止まった。小型だが魔物だ。首輪のようなものを着けている。

 俺を待っていたらしい。この件の黒幕か、関係者といったところか。


「黒髪の女を知っているな。今すぐ返すなら殺しはしない」


 すぐに撃てる闇の術を用意する。

 障壁を掛けてもいない。魔物共々、この程度の術でも一撃で終わりそうに見えるが、男に怯む様子はなかった。


「お二人共、我が主のもとで丁重にお預かりしております。……貴方様の態度次第では、待遇は変更せざるを得ないでしょうが」

「いいから早く返せ。死にたいか」

「私の死はすぐに主が感知なさいます。黒髪のお嬢様の命の保障もなくなりますが、よろしいでしょうか?」


 男が鳥に視線を向ける。笛のような鳴き声を上げると、鳥が外へ出ていった。周囲を旋回しているらしく、かすかに羽ばたきが聴こえる。


 死を感知する魔術? それともあの鳥を使った何らかの交信手段があるということだろうか。

 それらが例えはったりだとしても、俺が手を出せなくなることを見越してのこのこ現れたわけか。忌々しく思いながら術を解除する。

 余裕の現れか、男が頭を垂れ畏まった所作で俺を教会の外へと促した。


「目的は何だ」

「私は一介の執事。貴方様をお連れするように、とだけ仰せつかっております」


 外へ出ると有り触れた馬車が停まっていた。

 それを見て思い出す。この男は、魔の山の手前で見かけた派手な馬車の御者だ。

 あの馬車の中からは魔物の気配がいくつか漂っていた。雑魚ばかりのようだったが、念のため警戒したのを覚えている。


 それと何度か鳥の魔物に追跡されたな。鳥に見張らせ、俺がいなくなるのを待って事を起こしたということか。


 乗るよう促され、大人しく従った。男が御者台にまわり、馬車が町の外へ向かって動き出す。

 馬の足は遅い。俺は苛立ちを抑えながら、ただ揺られているよりはましだろうと探知を始めた。



   ◇◇◇



 コンコン、と扉を軽くノックする音に、私とリチアは顔を見合わせた。

 こんなお上品なノック、間違いなくアメジストじゃない。まだ夕方にもならないくらいだし。


 リチアが席を立ち、部屋の扉を開ける。私は椅子に座ったまま後ろの様子を窺った。

 リチアの身体の先に見えたのは、上品そうなおじさん……というか紳士、って感じの男の人だった。


「あの、どちら様でしょう?」


 困惑気味にリチアが言う。知り合いではないらしい。


「不躾な訪問をお許し下さい。私はさる貴族に仕える執事でございます。聖穏教会の旅司祭様でいらっしゃいますね?」


 その執事が言うには、彼のご主人様は最近になって聖穏教会に入信したくなったらしい。

 だけど数年前に司祭が亡くなって以降、誰も赴任してこないのでここの教会は荒れ果ててしまっているのだとか。

 そのことは私もとても残念に思っています……とリチアが返す。どうもこの町では教会は日陰の身のようだ。


「そこへ貴方様の滞在を耳にした主は、是非とも帰依の儀式を執り行っていただきたいとお考えになり、教会にて貴方様をお待ちしているところでございます。もちろん儀式は略式で構いません。どうか今すぐお越しいただけないでしょうか」


 え、もう教会に来ちゃってるんだ。

 リチアの表情はこちらからは見えないけど、どことなく硬い声で頭を下げる執事に返した。


「大変申し訳ありませんが、儀式は明日に延ばしていただけませんか。今日はどうしても外せない約束があり、そちらへ赴くことはできそうにありません」


 うーん、申し訳ない。うちの魔王がおかしな条件出したせいで……。


「余命いくばくもない身だとしても、叶いませんか?」


 リチアが言葉を詰まらせる。

 私は我慢できずに席を立ってリチアの傍まで行った。顔を寄せて耳打ちする。


「リチア、行ってきなよ。もしアメジストが帰ってきたら上手く誤魔化しとくから」

「でも……」

「それ、リチアの大事なお仕事でしょ? どう考えてもこっちの約束より重要任務だと思うし……」

「お話し中失礼致します。よろしければご友人様も儀式の証人として参列していただけませんか? 少しでも多くの方に見守っていただければ、主の心も救われることでしょう」


 え? 私にも参加のお誘い?


「いえ、それはなりません。私一人で行きます。……では準備がありますので少々お待ちください」


 断固とした言葉に、ちらっと一度こちらに視線を向けてから、執事がリチアに一礼してお礼を言った。

 執事に断って、リチアが部屋の扉を閉める。二人きりになって、部屋の奥へ移動すると小声で話し出した。


「コハル、本当にごめんなさい。護衛代は気にしないでいいから、アメジストさんに嘘をついたりしないでね。教会はここから一本先の通りの端にあるわ。略式の儀式なら一時間もせずに帰れると思う。……でも」

 そこで更に声を落とす。

「もし私の帰りが遅くても、気にしないでね。アメジストさんが帰ってくるまでは部屋から出てはだめよ。それともし誰かが訪ねて来ても、絶対に扉を開けないで」


 あの人と私が行ったら、すぐに隣の部屋に戻って、鍵をかけて待っていて。そう言葉を結んだ。

 私はリチアを見つめたまま、返事をすることができずにいた。

 だって真剣な表情でそんなことを言われたら、いくら私でも何か不穏なものを感じずにはいられない。

 リチアはあの執事を疑っているように見える。……もしそうなら。


「私も行く」


 何の役にも立たないし、足手纏いかもしれないけど。でもリチアが心配で、それしか思いつかない。

 一つだけ、私が付いていくメリットがあるとすれば、アメジストだ。

 あいつは魔本と運命共同体の私をタダで守る。もし何か罠のようなものが待っていたとしても、私と一緒にいれば、リチアも確実に助けてもらえる。


「だめ」


 珍しくリチアが有無を言わせない強い口調で返してきた。

 私も負けじとリチアの目を見て言う。


「じゃあ、あの人が嘘をついていて、確実に悪人だって疑ってるってこと?」

「……いえ、それは……」

「だったらほんの一時間程度でしょ。私にも参列してほしいとか言ってたし。そうだ、もしもの時のためにアメジストには伝言残しておくよ」

「だめだったら。……あっ、コハル!」


 私はリチアを振り切って、部屋を出た。驚いた様子の執事を無視して隣の部屋に駆け込む。


 リチアの部屋ではお茶会のためにどかしたけど、机の上にはメモ帳っぽく束ねてある紙と鉛筆のようなものが備え付けてある。それを一枚破って、私は伝言を書き始め……。


 ……あれ? そういや私、この世界の文字って書いたことない……。


 でも喋れるし(周りの反応からすると普通に通じてるし)、本の文字だって読める。だったら書けるにきまってる。うん。

 …………お、おやおや~? おかしいな。書きたい文章が頭には浮かんでるのに。いざ書こうとすると……なんでー!?


 もたもたしている暇はない。どっかに五十音表みたいなのないかな。

 ――いや、もっといいのがあるじゃん。

 私は鞄から魔本を取り出し、念じる。開いたページに文章が浮き出てきた。


『リチアと教会へ行ってきます。教会は一本先の通りの端にあるそうです。すぐ帰ります……』

 本の文章をそのまま真似して、指を動かす。

 そうだ、さり気なくあの呪いの腕輪も返却しよう。

『それと腕輪はお返しします。 コハル』


 ……っと。よし、できた。

 …………うーん? なんか念じた文章よりもカタコトになってるなぁ……。魔本の翻訳ミス?


 リチアを待たせてるんだし、もうこれでいいや。正直いつも読んでるような文章は、今の私が書くには少し難しそうなので仕方ない。

 書き置きの上に、重し代わりに腕輪を置いた。君は今から文鎮だ、絶対そこを動くなよ。


 隣の部屋へ戻ろうと、扉の前まで来てしまってから、はたと気付いて立ち止まる。危ない、魔本を忘れるところだった。

 踵を返したその時、扉の外で物音がした。何かくぐもった悲鳴のようなものが耳に届く。

 嫌な感じがして、私は勢いよく扉を開け放った。


「――リチアっ!?」


 視界に映ったものに驚愕し、思わず叫ぶ。

 見知らぬ男に後ろから羽交い絞めにされ、口元を塞がれながら、リチアが廊下を移動させられているところだった。

 あの執事じゃない。腰に剣を提げ、戦士崩れって感じの風貌だ。前に見たガラの悪い傭兵たちに似ている。


「コハル、逃げて……っ!」

「リチア!!!」


 一瞬口元だけ拘束を逃れて叫ぶも、すぐにまた塞がれてしまう。私は頭が真っ白のまま、リチアの方へと駆け出した。


 とはいえ格好よく救い出す手段や実力があるはずもなく。

 いつの間にか背後から近付いていた誰かに首のあたりを触れられたと思ったら、私は意識を失っていた。


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