表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/121

33


「うっわ、最低! 邪魔なもの皆殺しとか、ど腐れ略奪男だな! こんな奴に旦那さん負けないでー!」

「全くです! ご夫婦の愛と絆がこんな男に壊されるはずありません! 勝ってそれを証明しましょう!」


 私とリチアのブーイングなどどこ吹く風。

 鳥は本当にどこからともなく吹き荒れる風を纏い、直滑降で攻撃を仕掛けた。

 その先は私たちではなく、一見同じ姿の鳥二羽と、彼らの守る巣だ。巣の中には三つほど、大きな卵の頭が見えている。


 襲い掛かってくる鳥に、威嚇するような鳴き声を上げる二羽。片方が身を挺して攻撃を受け、辺りに数枚の羽根が舞った。

 位置的に卵を狙っての攻撃だ。何度も執拗に狙ってきている。

 さっきまでは卵ではなく鳥同士で戦っていたのに、二対一で押され始めてからは卵を狙い撃ちするようになった。これに似たようなものを、前にテレビ番組なんかで見た記憶がある。確か熊とかが、目当ての雌が連れている子供を襲って殺すとかいう話だった。略奪男、許し難し。


「だったらもう倒すぞ。いいな」


 イラついてエアコン(冷房)になって言うアメジストに、私とリチアは顔を見合わせる。

「うーん。もうちょっとだけ待って」

「そうですね……酷い行いだとはいえ、これも自然の営みですから。人の介入はなるべく最小限にすべきかと」

 私の待ったに対し、リチアもうんうんと頷く。


「自然? お前の聖浄石とやらが招いた事態だと思うが」

 アメジストの冷ややかなつっこみに、私たちは揃ってうっと呻いた。


 魔の山の頂上に到達した私たちが目にしたのは、この巨大な巣と巨大な三羽の鳥の攻防だった。


 鳥の姿は全体的にダチョウに似てる。でもダチョウより更に一回り以上大きいかもしれない。

 それにダチョウと違って飛べるらしい。翼を広げると更に二、三倍くらいの大きさに見えた。卵も幼児が身体を丸めたくらいのビッグサイズだ。

 羽毛は全体が鮮やかなターコイズブルーで、所々に黒い羽根が混じっていた。色合いがどことなくチョコミントのアイスを彷彿とさせる。


 三羽のうち二羽は、卵を一緒に守る様子から番なのだろう。そして彼らに攻撃を加えているのが、番の雌を略奪せんと襲撃してきた雄のようだった。

 その略奪男は、番の二羽と違って身体全体がうっすらと輝いていた。アメジストが言うには、奴のお腹の中にリチアの聖浄石があるはずだという。


 あいつ、奪った石を飲み込んだらしい。そのお蔭でどうやらパワーアップしているみたいだ。

 アメジスト曰く、鳥たちは風属性の魔力を持っていて、魔術のようなものを使っているという。でも魔物ではないらしい。


 博識なリチアでもこんな鳥は聞いたことがないらしく、驚いていた。普通、魔物じゃない動物は魔術なんて使えないはずだという。もしかして突然変異ってやつだろうか。

 これもある種の異変なのでしょうか、とリチアが呟いていた。


 巣から離れた所で私たちが観察する中、番の雄らしき方は果敢に略奪男に立ち向かっていた。

 しかし力の差は圧倒的なようで、すぐにあしらわれ、風の攻撃を叩き込まれて墜落する。それでも何度も何度も、家族を守ろうと必死に反撃してはぶっ飛ばされる、を繰り返していた。


 それを見た私とリチアは、この旦那さん(?)の漢気に感銘を受け、なんとなく応援するようになってしまい……今に至る。


 普通ならこういう野生動物同士の戦いには、人は手を出さず見守るべきだろう。

 だけど今回はドーピング問題、というより聖浄石を取り戻すという目的がある。アメジストも早く仕事を終わらせたいみたいだしな。

 とはいえ異世界の野生動物ドキュメンタリーを、感動の結末に導きたいという欲求も捨てきれないんだよね~。


 私はふと思いついて、アメジストに質問した。

「あの卵に障壁をかけたらどうなるかな。攻撃されたら割れちゃう?」


 アメジストが無表情ながら、馬鹿にするなよと言いたげに見下ろしてくる。

「あの程度の攻撃で割れるか。風属性の障壁で十分防げる」

「じゃあやって」

「……何故そんなことをする必要がある」


 そう言うと思って、考えておいた大義名分を披露する。


「私、いつも障壁かけてもらってるけど、実際どういう風に守ってくれるのかって見たことない。どういう術なのかちゃんと知っておけば、もしもの時に冷静に逃げられると思うんだよね」


 今後のために、攻撃を受けたらどうなるのか一度間近で見ておきたいのは嘘じゃないし。

 アメジストの反応を窺おうとしたら、がっと頭を掴まれ、向こうの方から顔を覗き込んできた。


「もしもの時に冷静に逃げる? 随分大きな口を叩いたな」


 そ、そこまで言う!? はじめから無理と決めつけられて文句を言おうとしたら、両手で抱え上げられた。

 何故かお姫様抱っこ。そのままアメジストは戦う三羽の方へ歩き出した。


「アメジストさん!?」

 驚いて追って来ようとするリチアを、どうにか片手だけ出して制する。

「だ、大丈夫大丈夫。リチアさんはそこにいて」

 何をする気か知らない……そして嫌な予感しかしないけど、リチアを巻き込むわけにはいかない。


 私を抱えたまま、アメジストが巣の中にずかずかと足を踏み入れた。

 すると当たり前だけど二羽の番が、略奪男よりも脅威と見なして一斉に襲い掛かってきた。ひいい!


「目を閉じるな。どういう術か見たいんだろう」

 鬼だ。いや魔王だ。とっくに知ってます。

 アメジストにしがみつきながら、恐る恐る目を開け、なんとか前を向く。


 一羽は嘴で真っ直ぐに突いてきた。その攻撃が私たちの二、三十センチくらい前で見えない壁みたいなものに弾かれる。

 もう一羽は卵の前に立ち塞がって、嘴を大きく開いた。ごおっとすごい音を立てて、開けた口から突風が向かってくる。しかしそれも同じように弾かれ、霧散する。

 思わず目を瞑りたくなる距離まで迫ってはくるものの、その後の攻撃も同じように私たちの身体までは届いてこなかった。


 ギャアギャアとものすごい剣幕で攻撃してくる二羽を障壁で弾きながら、アメジストが卵を守る一羽を足でどかし(酷い)、卵三個を前にして仁王立ちする。そのまま動かなくなった。

 ……あー。つまり、卵に障壁をかけるんじゃなくて、障壁のかかった私たちが居座ることで結果的に卵を守れる、と。

 ギャ……? ギャア……? って、番たちが完全に困惑して長い首を傾げている。本当になんなんだろうねこの人。お気持ちお察しします。


 と、それまで静観していた略奪男が私たちに向かって風を纏いながら体当たりしてきた。

 思わず身体が固まる。その攻撃も目の前で余裕で弾かれ、詰めていた息を吐く。

「そろそろ壊れるか」

 不穏な呟きにびくっと身体を揺らすと、こちらを向いた顔の口の端が少し上がっていた。

「見たいだろ?」

 ぶんぶんぶん。首がもげるかという勢いで横に振る。


 なんでレアな微笑みを見せる場面が、今? 何が楽しいの?

 ……いやなんとなくわかるような気はするけども。魔王の笑いのツボは虫けらを恐怖のどん底に叩き落とす瞬間とかなんだろう、きっと。


 略奪男の次の攻撃が来る前に、番の二羽が飛び立った。略奪男を挟み撃ちして攻撃を繰り出す。

 素早く避ける略奪男を追って、次々と息の合ったコンビネーションで追撃を加えていく。


 当初の予定にはなかったサディスティックな仕打ちを受けたものの、概ね私の思った通りの展開になってきた。

 卵を守る必要がなくなれば、二羽で協力して撃退できるんじゃないかと思ったのだ。いくら相手はドーピングしてるからって、二対一ならきっと勝機もあるはず。


 しばらく空中戦を観戦していると、略奪男が諦めたのか番たちと別の方向へ飛んで逃げていくのが見えた。

 おお! やった! 夫婦の愛の力が勝利した!

 後方でリチアも小さく歓声を上げたので、アメジストの肩越しに顔を出して「やったね!」ってアイコンタクトする。うふふふ。


 喜び合う私たちと違い、アメジストは至って冷静だった。冷徹かつ冷血だった。


 ようやく私を降ろすと、またあの黒い紐を出した。逃げていく略奪男を紐が追いかけ、ぐるっとその体に巻き付く。

 紐がゴムのように一気に引き戻される。巨大な鳥を簀巻きにした紐が、あと少しでアメジストのもとに到達するその手前で、何もなかったはずの空間に巨大な剣山のようなものが現れた。

 針の山は、勢いよく戻って来る簀巻きの方に向けられている。


 ちょっとグロすぎるので詳しい表現は差し控えるけど、こうして私たちは無事に聖浄石を取り戻すことができた。



   ◇◇◇



「明日、どこ行くの?」


 魔の山からライカースに帰って来て、今は宿に戻っている。

 ちなみに、隣の部屋にはリチアが泊まっている。私たちは明日の約束もあるので、同じ宿に泊まることにしていた。


 下山は行きよりも順調だった。というより、アメジストがまた魔術で近道を作った。土の足場を出現させて、まるで神社の参道のように真っ直ぐな階段状の一本道を生み出した。

 魔物は弱そうな上にびびって逃げる奴しかいないし、つまんないから時短したんだろう。最初からやれよ。

 その後街道まで出たら馬車に出会えたので、そこからは楽々戻って来ることができた。


 部屋の壁にもたれるようにして立っているアメジストが、一度視線を寄越してから目を閉じた。


「俺がいない間、宿から出るなよ」


 質問には答えないくせに、要求だけはしてくる。

 リチアと一緒に過ごせるのは楽しみだとはいえ、やっぱり不満がないわけではない。


「最近のアメジスト、過保護すぎ。魔本も私も、そこまでしなくてもいきなり死んだりするわけないじゃん」

「俺がいなければお前はすでに死んでいる」


 ……まあ、うん。だけどそのうち二回は誰かさんのせいで死にかけたんだけどな。

 それとスタート地点が魔の森の奥というのが、悪意しか感じない。ここへ私を飛ばした奴がもしいるなら、そいつに何か恨まれるようなことをしたのか。全然身に覚えがないけど。


「いっそ、『魔本さえ無事なら私も死なない』みたいにできる魔術とかないの? それか死んだ人を生き返らせる回復術とか」


 ゲームなんかではよく、死んでも魔法とか回復アイテムとかで生き返ったりするのにね。

 半分冗談で言ったら、深い深い溜息を吐いて俯いてしまった。冷たい呆れ目を向けられるかもとは思ったけど、なんかもっと嫌な反応だな……。


 まあなんにせよ、元の世界へ帰る方法が見つからないうちは、アメジストにくっついていくしかないのだ。どんなに不満でも、とりあえずは指示に従うしかない。


 聖穏教会が魔術排斥運動みたいな教えを広めているせいで、ますます他の誰かがどうにかしてくれる可能性が見込めなくなってきたからなー。リチアには悪いけど、教会は異世界人の支持率0%だよ。


「アメジストは、自分の家に帰りたいって思うことなさそうだよね……」


 アメジストが目を開けてまた横目で見てきた。返事はない。こっちも期待してない。

 何言ってんだろう、私。そろそろホームシックだろうか。

 ……うん。そろそろ魔王の膝の上で目覚める生活から解放されたい、という意味でもマイホームが恋しい。


 とか暗くなったところで、状況が良くなるわけでもないしな。さっさと寝よう。

 靴を脱いでごそごそと布団に潜りかけたところで、耳にぼそっと爆弾発言が届いた。


「なんだ。異世界に帰りたいのか」


 ………………………………い せ か い???


 私は布団を片手に、ぎぎぎ、と首だけで振り返った。紫の瞳としばし見つめ合う。

 自分でも驚く速さでベッドから降りてアメジストの前に立つ。混乱する思考のままに、相手の胸倉あたりを両手で掴んだ。何故かされるがままだ。


「は!? 何!? なんで!? 言ってないよね? 私アメジストに異世界人だとか一度も言ってないよね!?」


 なんでなんでなんで!? とパニック状態で繰り返す。


「いや、元の世界がどうだの言っているだろ。……自覚がないのか。寝言でもよく聞くな」


 うぐぐ。自覚はあるような無いような……確かにごくたまーに、心の声が漏れてしまう時もあったような!?

 でも寝言の件は酷すぎる!

 あれだけ毎日のように寝てる間に拉致されてたら、そりゃ寝言の一つや二つ聞かれてるでしょうよ。でもそれを堂々と本人に言うか!?


 ほぼ毎日女子高生の寝言を聞いてしっかり記憶までしているらしい変態男が、胸倉掴む私の手を外しながら淡々と言う。


「本を俺に売った後なら、いくらでも帰っていいぞ」


 その帰り方がわからないから困ってるんじゃないかあああ!!!!!


 心の絶叫は早速漏れてしまったらしい。

「夢遊病だろ。寝れば帰れるんじゃないか」

 それならとっくに帰れてるでしょうが。雑。興味ないにも程がある。


「アメジストは天才家電魔術士だよね? なんかないの、私を異世界に帰せるような魔術!」


 藁にも縋る思いで実際縋りついて詰め寄ると、


「どうだろうな……俺に本が扱えるようになれば、可能性くらいはあるかもしれないが」


 お前が本の扱いを上達させれば、その日も早まるはずだが。先は長そうだな? と嫌みったらしく続けた。


 なんなんだよ。どうして私の魔本士としてのレベルアップが、アメジストにまで関わるの?

 我慢できなくなって、また胸倉を掴んだ。


「ねえ、いい加減教えてよ。なんか私の知らない魔本の秘密を知ってるんでしょ。おーしーえーろー! それがわかんなきゃ上達のしようもないじゃん!」


 前からちょいちょい思っていた。アメジストは「本を扱えない」と言いながら教師面で指導してきたり、まるで魔本の仕組み?真の姿?を知っているかのような言い方をする時がある。


 この魔本には、いつも私がやっている白紙に文字を浮かび上がらせるのとは別の、何かものすごい力や使い方があるのかもしれない。

 きっとアメジストが狙っているのはそっち、ってことなんだ。それが具体的になんなのかは、全く見当もつかないけど。


 掴んだ胸倉を火事場の馬鹿力でがっくがっく動かす。やっといてなんだけど、だから何でされるがままなの。

 さすがに疲れて息切れしていると、視界が揺れた。また抱えられてる。

 サイドテーブルに置いた鞄から魔本を抜き取ると、ベッドに腰を下ろしていつもの膝の上読書スタイルに持ち込まれた。


「いいから真面目に修練しろ。……どんなものか理解せずに不審な物を買うからこうなったんだろう。これに懲りたら少しは慎重に行動することだ」


 なんでこっちが説教されなきゃいけないんだよー。ていうか古本で異世界に飛ばされるかも、もっとよく中身を確認してから購入しよう……って思う人がいたら、それはもう慎重とかいうレベルの話じゃないよね?


 手際よく勝手にひとの手に魔本を持たせる変態が、またいらないおまけを追加した。


「どんな世界にいようと、どうせお前はその迂闊さですぐ死ぬ……」


 だから死因の話はやめろ!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ