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 いざ魔の山へ、ということで私たちはライカ―スから馬車に乗り込んだ。


 初めて馬車を体験。私の知っているそれよりもたてがみがふわふわした巻き毛で、どことなくアルパカを彷彿とさせる馬の二頭立てだった。

 街道を往復するタクシーみたいな馬車が、大きな街ではわりとよくあるらしい。もちろん馬車で行けるのは、魔物の出ない範囲だけ。


 乗り込む前、御者の人に許可を貰って、馬を少し撫でさせてもらった。見た目通り巻き毛は柔らかな手触りで、くりくりとした目が可愛い。

 馬を撫でているとリチアと目が合い、優しく微笑まれて私はでれっと照れ笑いをした。視界の端でアメジストが呆れ目を向けていた。


 馬車の中で、私とリチアは早速お喋りに花を咲かせた。

 というよりもさすが聖職者、そして旅人なだけあって博識なリチアが、私があれこれ質問したことに分かりやすくかつ面白いエピソードを交えて返してくれる、といった感じ。話し上手で聞き上手だ。


 完全にアメジストの存在を忘却して夢中で喋っていたら、急に馬車が停まった。

 魔物の巣窟である魔の山までは行ってもらえないけど、それでもまだ降りるには早いんじゃないだろうか。

 リチアも訝し気に小首を傾げていた。やっぱり停車するようなタイミングではなさそう。


 窓のようになっている部分から顔を出してみると、なにやら道の先の方で同じような馬車がいくつか足止めされていて、数人でわいわい話をしている。

 私たちの馬車の御者も一度それに加わってから、また戻って来た。


「どうやらこの先は土砂崩れで道が塞がっちまってるらしい。悪いが今日はこれ以上進めないね」


 このあたりは小さな山と谷が交互に続くような道で、丁度谷になっている部分で土砂崩れが起きてしまったらしい。危険があるとはいえ人の足ならともかく、馬車を進ませるのは難しいようだ。

 御者に町まで引き返すか聞かれて、リチアが返事をする前に待ったをかけた。


「魔王様、出番です。さくっと片付けちゃってください」


 私は振り返り、重機を搭載した男を低姿勢で外へと促す。

 土砂? そんなの魔王にかかれば秒で吹っ飛ばされて更地になるでしょ。

 さあさあ、と無反応のアメジストの腕を取って、私たちは馬車を降りた。


 三人で現場が見渡せる場所まで来ると、思ったよりも長い区間が土砂と倒れた木などで埋まっていた。

 それを見たリチアがぽつりと呟く。


「こんな時、聖浄石があれば……」


 気になる内容に聞き返すと、少し迷った後でリチアが答えた。


「私は聖浄石と相性が良いらしく、その力を引き出して風を起こせるのです。石があれば土砂をどかすことも出来たかもしれません」


 じゃあ奇跡の力を持つ美少女は、あながち誇大広告でもなかったんだね。


「そうなんだ、すごいなあ。でも大丈夫だよ、今日はアメジストが片付けるから」


 リチアの肩をぽんと叩いて、隣に声をかけようと振り返ったら、姿がない。

 見ると、数歩先で石を拾って戻ってきた。それをリチアに渡しながら言う。


「これを使ってやってみろ」

「……え? あの……?」


 どう見てもどこにでもあるただの石を持たされ、呆然とするリチア。

 また何か始まった。人体実験のにおいがする。私はリチアの手から路傍の石を取り上げた。


「リチアさん、変なのに付き合うことないからね。アメジストに任せておけばいいんだから。ほら、ぱぱっと終わらせちゃってよ」


 土砂崩れ地帯を指差しながら言うも、無視された。低姿勢で言い直してみたけどそれも無視。

 私とアメジストを困った顔で交互に見てから、リチアがそっと私の手から石を取った。じっと手の中のそれを見つめる。


 リチアの長い髪がふわりと軽く浮き上がった。

 柔らかい風がリチアを中心に巻き起こる。そよ風というには少し強いけど、心地いい程度だ。


 風の中心で目を閉じ、石に祈りを捧げているような様子のリチアを見守っていると、後ろの方でガラガラと音がしだした。

 振り返ると、土砂崩れの一部がかすかに動いている。小さなつむじ風のようなものがいくつか発生していて、土砂や倒木を少しずつ脇の方へ寄せていた。


 おおー! これってもしかしなくても、リチアがやってるんだよね?

 それにただの路傍の石じゃなくて、何か特別な力でもあるのかな。そのへんで無造作に拾ったように見えたけど。


 アメジストを見上げると、頑張るリチアをじっと眺めている。視線が厳しい。

 もう少し緩んだ顔をしてたら、奇跡の美少女に見惚れてんのか~? とからかおうかと思ったのに。冷たく値踏みするかのような嫌な目だ。

 私はさりげなく二人の間になるような場所に移動して、不気味な視線からリチアを守った。


 その後アメジストもようやく土砂撤去作業に加わり、二人で協力したら数分ですっかり馬車の通れる道になった。

 周囲で呆気にとられた顔で見守っていた人たちが、作業が終わったとたん歓声を上げた。そのうち数人が、拍手喝采しながらリチアの周りに集まる。


「聖穏教会の旅司祭様でしたか! なんと神々しい……! 奇跡の力を持つ司祭様がいると噂を耳にしたことはありましたが、まさか本当だったとは」

 興奮気味に取り囲んでくる人たちに、それまでどこかぼうっとしていたリチアが表情を引き締めると、申し訳なさそうに、でもきっぱりと告げた。


「いいえ。私にそのような力はありません。もしあったとしても、教皇様はいたずらに力をひけらかし、人心を惑わそうとする者をけしてお許しにはなりません。どうか今日のことは皆様の胸の内に秘め、口外なさらないようお願いします」

 そう言うと、まだ話をしたがっている人たちの間をすり抜け、私たちの馬車に戻る。


 御者も大興奮で二人を迎えたけど、リチアはさっきと似たようなことを言っていた。無視するアメジストはいつものことだけど、リチアもやけにテンションが低いな。



 再び走り出した馬車の中。どことなく気まずい沈黙を、私は勇気を出して破ってみた。


「えーと。二人共、お疲れ様でした。二人のお蔭で皆、助かったと思うなー」


 私に低いテンションのままありがとうございます、と言ってから、リチアがアメジストをじっと見つめた。

「あの石には何の力もありませんでした」

 あ、やっぱりただの路傍の石だったの。何でそんなもん持たされたんだ。


「私が今まで使っていたのは、聖浄石の力ではなく、魔術だったのですね……」


 質問というよりも確認のような言い方だった。

 あのつむじ風は魔術だったらしい。リチアには魔術の才能があったんだね、ちょっと羨ましい。


 ……って、そういえば教会は魔術禁止……。

 つまりリチアは、今までは聖浄石の力であって自分の魔術ではないと思ってやっていたわけだけど、その勘違いをアメジストによって気付かされてしまった、と。

 知らなければよかったことを暴かれてしまったせいで、このテンションだったのか。さすが魔王、人の心にまで暗雲を呼ぶ。


「自覚無く力を使う方が余程危険だと思うがな。嫌なら使わなければいいだけだ」

「……そうですね」


 再び気まずい沈黙が落ちる。


「あー。いやでも、今回の件は完全に人助けだったわけだし。魔術を良いことに使う分にはよくない? なんでもかんでも悪者扱いされたら、魔術が可哀そうだと思うなあ」

 いやあくまで個人の感想ですけどね。でも教会の教えにはちょっと偏りを感じるんだよな~。


「どんな力でも、要は使い方次第でしょ」

 リチアが顔を上げて頷いた。それほど落ち込んでいるようには見えない、むしろすっきりした表情に見える。

「おっしゃる通りです。驚きましたが、知ることができてよかった。アメジストさん、ありがとうございます」

 謙虚にお礼まで言ったのに、一度視線を向けただけで終わりにされた。


 リチアが元の穏やかな空気を取り戻したので、私たちはまたお喋りを再開した。


「教皇様って、教会の一番偉い人?」

 さっき囲まれていた時にそんなワードが聞こえた。リチアが頷く。


「はい。ですが今の教会を実質取り仕切っていらっしゃるのは枢機卿の方々です。現在の教皇位は、三百年ほど前にその座に就かれた方を永代とし、譲位はありません。その方は亡くなったのではなく何処かへ旅立たれ、常にこの世を見守り続けている、というのが教義の一つとなっているのです」


 へー。永世名人……はちょっと違うか。唯一無二の偉い人、って感じかな。神格化されたってやつ?

 そこでふと頭に浮かんだのは、この世界に来てから何度かお世話になった(?)あの存在のことだった。


「そういえば、聖穏教会は女神様を奉っているわけじゃないんだ?」


 ここまでリチアの口からは、一度もその名前を聞いた覚えがない。

 魔本のお蔭で私はてっきり、この世界の人は皆、女神様を崇め奉っているのかと思い込んでいた。


「……はい。それどころか、女神信仰は暗黙のうちに禁じられています」

 魔術に対するものほど顕著ではありませんが……と続けるリチアの表情は、また少し浮かないものになってしまった。


 この世界には女神様を崇める人々もいるけど、かなりの少数派で、やはり教会の影響か少々肩身が狭いらしい。

 理由は女神信仰が精霊のことも“女神様の御使い”として信仰の対象とし、精霊と契約したがる傾向があるからとか。

 聖浄石とか、自分たちもこっそり精霊術を使ったりするから魔術ほど厳しい目は向けないものの、術をもてはやすのはとにかくダメっぽい。


 ううむ。聖穏教会、どんどん排他的な場所に思えてきた。心優しいリチアにはあんまり合っていないような……。

 それとも実際に入信すれば、話だけではわからない良さがあったりもするのかな。今のところ全然入りたいとは思えないけど。



   ◇◇◇



 遠くに魔の山が見えてきて、私たちは馬車を降りた。

 今日は本当に感動した、あんたらを乗せられて光栄だぜ、みたいに御者が笑顔で見送ってくれた。なんとなく、町に戻ったらすぐさま今日のことを誰かに話しそうな気がする。


 街道から外れていくにつれ、どことなく荒涼とした景色になっていった。

 ほとんど枯れ木のような背の低い木がぽつぽつと生える裏寂れた風景になり、山の方からかすかに魔物っぽい生き物の鳴き声が聴こえてくる。


 まだ山の入口は見えてこないあたりで、アメジストが立ち止まって私たちに障壁をかけた。

 戸惑うリチア。私は自分で説明しないアメジストの代わりに、魔物の攻撃から身を守ってくれる術だと説明した。まあ私も実際に魔物に襲われたことはないから、この障壁の効果とかはろくに知らないけど。


 それから少し歩いたところに、一台の馬車が停まっていた。

 私たちが乗ってきたものよりも車全体が大きく、真っ黒。でもきらきらした装飾がたくさん付いている。三頭の馬も黒っぽいけど煌びやかな装飾が着けられていた。異世界の高級車って感じ。

 御者は、アメジストとは趣の異なる黒尽くめで、いわゆる執事さんみたいな恰好だった。


 馬車の横を通り過ぎる時、アメジストがまた密着してきた。

 元々馬車との距離はそれなりに開いている。この距離からいきなり馬に蹴られるとかいう危険もないはずなのに。

 変な誤解されてないかなとリチアの方を横目で見ると、普通に前を向いて、私のように物珍しく馬車を眺めることもなく粛々と歩いている。旅をしているからこういう馬車も見慣れているのかもしれない。


「……美しい……」


 馬車を通り過ぎたあたりで、そんな声が耳に届いた。

 あの馬車の中から聴こえた気がして反射的に振り返ろうとしたら、アメジストに頭を鷲掴みされて阻止された。

 なんだよ、さっきから。田舎者丸出しって感じで高級車を眺めてしまったから、恥ずかしいことするなとでも言いたいの?


 またそれからしばらく歩いて、やっと山の入口にあたる場所に辿り着く。

 想像していたよりは、今のところ歩くのに支障は無さそうな普通の山道だ。足場のほとんどない崖だらけ、とかだったらどうしようかと思った。


 登り始めてすぐに、腰のあたりに黒い紐が巻き付いた。

 これ、見覚えある。案の定、紐は前を歩くアメジストの手から伸びていた。あの黒蓑虫を作製するやつだ。


「きゃっ」

 私のすぐ後ろに続いていたリチアが小さく声を上げる。見るとやっぱり私と同じものを巻き付けられていた。

 いくら必要な命綱だからって、リチアにこれを巻き付かせるのはなにかいけないことのような気がする……。なんかこう、変態魔王の毒牙にかかった感が……。


 私はまたやりっ放しで説明を放棄するアメジストに代わって、リチアにこれも魔術で作った命綱目的のものだろうと翻訳した。

 ある意味今回はただの足手纏いではなく、アメジストの通訳という立場で同行している気分だ。



 登山中は拍子抜けするくらい、魔物の襲撃が少なかった。

 たまに出てきたとしても秒殺なんだけど、それ以前に襲い掛かってくるどころか必死に逃げていくことが多い。アメジストのやばさに気付く勘のいい奴が多いのだろうか。


 順調に山を登っていき、私たちは中腹あたりで野宿することにした。

 私は当然のごとく回復術をかけてもらったけど、リチアは断っていた。無理をしている様子もない。華奢でか弱そうに見えて、旅司祭の名は伊達じゃないらしい。


 夕飯はリチアの持っていた食材と合わせて、シチューに似たものを作ることになった。

 というかほぼ全部リチアが作ってくれた。それがまたすごく美味だった。

 リチアがアメジストにも渡そうとしたけど、奴は断った。本当に救いがたい男だ。こんなに美味しい料理を食べないなんて。代わりに私が軽くおかわりしておいた。


 ただ少し驚いたのは、リチアの食いっぷりが私以上だったことだ。アメジストが食べると思って多めに作ってしまったみたいなのに、気付いたら残りを全部ぺろっと完食していた。なんとなく、まだまだ余裕がありそう。


 実は魔術の才能があり、美人で優しくて博識でおまけに料理上手、そしてご飯をもりもり食べる。魅力まで大盛りだ。


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