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美少女はリチアと名乗った。なんか名前も可愛い。
アメジストの腕……いや足?を見込んで依頼したいことがあるらしい。私たちは近くにあった喫茶店みたいな場所に入って話をすることにした。
飲み物を適当に頼む。リチアは季節限定と書かれているのを頼んでいた。下の方が鮮やかな赤い色で、上は牛乳みたいな飲み物だ。……私もそっちにすればよかったかな。
リチアに絡んでいた男たちは傭兵ギルドの傭兵だったらしい。ギルドに入ったとたん絡まれ、依頼もせずすぐに出たのに付き纏ってきたのだとか。ラズたちの言った通り、この国の傭兵はどうもガラが良くないみたいだ。
だから性質の悪そうな傭兵じゃなく、二人を軽くのしたアメジストに頼む方がましと判断したのかと思ったら、理由はそれだけではなかったらしい。
「私は聖穏教会に所属する旅司祭です。どなたかに依頼をすること自体もあまり褒められたことではないのですが。私たちは傭兵ギルドの利用をほとんど禁じられているのです」
え、どういうこと?
首を傾げていると、リチアが丁寧に説明してくれた。
聖穏教会、というところからの説明を求めたら、やっぱりちょっと驚かれたのでまた田舎者設定で乗り切る。今回は草を食う設定は封印した。
前に訪れた町で、子供たちが演劇を披露していた場所も確かそんな名前だった。一体どういう組織なんだろう。
その教会は、名前の通り宗教団体のようだ。世界規模で信者が沢山いる大きな組織らしく、ほとんどの国がここの教義を信じているらしい。
各地に教会堂や大聖堂が建てられていて、さらに本拠地のような街がこことは別の大陸にあるという。
リチアはその教会の司祭で、旅をしながら教えを説く旅司祭ということをしているそうだ。
か弱そうな美少女なのに、旅人だなんてびっくりだ。私よりもよっぽど護衛が必要なんじゃないだろうか。すでに絡まれてたし。
で、なんで傭兵ギルドに頼ったらいけないのかというと。
教会は、傭兵ギルドを含めた“ギルドユニオン”というギルドの集合体のような組織とは、あまり仲が宜しくないようだ。特に魔動ギルドを危険視しているという。
そもそも世の中の魔術士人口が減ったのも、この聖穏教会の教えが関係しているらしい。
魔術は人々の欲望を加速させ、犯罪に利用するような奴も増える。だから魔術なんかに頼らず、手の届く範囲のことだけに従事して心穏やかに暮らすべし、みたいな教義だそうだ。
せっかく魔術という奇跡の力がある世界なのに勿体ない、とは思うけど。アメジストみたいな奴を見てしまうと、まあそう説教したくなる気持ちはわからなくもない……。
特に最近は魔動ギルドの便利な発明品がじわじわと世の中を席巻しているようで、魔術と同様の理由から、その力を抑えたがっているそうだ。
言われてみれば、このライカ―スの大通りには自動で点火する外灯があったり、泊まった宿の水回りの設備なんかも今までの場所よりはずっと近代的だった。この店も天井に不思議な白い明かりが浮いている。
この国は魔動を積極的に取り入れて、享受してるってことなのだろう。
教会の圧力に対して、当然魔動ギルド側は粛々と受け入れるわけもなく。
世界中で異変なんかが起こっている今、瘴気や魔物を退ける魔動の更なる発展が必要不可欠。お説教やお祈りだけで脅威をどうにかできるならやってみやがれ的に反発しているという。
うーん。私はさんざん便利家電のある世界で育ったから、どちらかといえば魔動ギルドの言い分に共感しちゃうかな……。
そして傭兵ギルドは、魔動ギルドの発明した魔動具を使うお得意さんたちだ。
ということで、ただの信者ならともかく、教えを説く立場の司祭さんたちには傭兵ギルドを利用しないよう厳命しているらしい。
いがみ合ってる同士なので、スパイ行為とか情報漏洩を懸念してるって意味もあるとか。全然心穏やかじゃなさそうな教会だなあ……。
そんな私のちょっと呆れた雰囲気に、リチアが肩を落として言う。
「聖職を名乗る者たちが俗世の組織に公然と対立するなんて、お恥ずかしい限りです。ただそういう事情もあって、本来なら傭兵ギルドに足を踏み入れるべきではなかったのですが……」
リチアは深々と溜息を吐いて、やっと本題に入った。関係ない説明で時間取らせちゃってごめんね。異世界人だから許して。
「旅司祭には、条件が合う者には聖浄石という、魔物や瘴気をある程度退ける力のある石を賜ることが許されるのです。私もいただいておりました……ですが……」
その過去形の言い方で薄々察した私が口を挟む。
「もしかして、失くしちゃった……?」
リチアが頷いた。ずーん、という効果音が聴こえてきそうな落ち込み顔のところへ、今まで一切興味ない態度だったアメジストが少し身を乗り出してきた。
「瘴気を退ける? それはどういう仕組みなんだ」
「仕組み、ですか? ええと、精霊石という稀少な石に、風の精霊術がかけられていると聞いています。ですが詳しいことは知らされておりません」
「精霊術……? 魔術ではないのか」
「はい。そう聞いていますが……」
風、だが精霊術か……。とか呟いて、アメジストがまた沈黙する。
こいつ、そのうちまた人体実験やる気じゃないだろうな……私で。
「……ん? でも教会の教えって、術は禁止じゃなかったの?」
私の素朴な疑問に、リチアが浮かない顔のまま答えた。
「ええ、ですから一般の信者の方々にはその事実は伏せられています。公には術とは言わず、聖浄石とそれを持つ司祭は“奇跡の力”がある、ということにしているのです」
……おおう。もしリチアを“奇跡の力を持つ美少女”って紹介されたら、信じちゃう人は多いだろうな。私も知らなかったらコロッと騙されそう。
またリチアに説明してもらうと、精霊術というのは、精霊という存在と契約した人が使う術なんだとか。
話を聞いているうちに、以前出会ったあの不思議さんを思い出してしまった。
精霊は、契約した人やそういう才能のある人にしか見えないらしい。
……私の姿、一部の人にしか見えてない、なんてことないよね? 今まで会った人や訪れた町でも、そういう反応をされたことなんてない。絶対誰にでも見えているはず。
やっぱりあの人の感性が独特なだけなのだろう。不思議な人に不思議と言われた私は、つまり普通の人ってことだ。
精霊術と魔術は何が違うのか聞くと、リチアにもよくわからないそうだ。
ああいう教義なので、教会関係者は基本、術についての詳しい知識がないのが普通だという。
それからリチアは浮かない表情のまま黙ってしまった。
まだ依頼について詳しいところまで話していない。そんなに言いにくい内容なのだろうか。大事な石を失くしたらしいけど、それがまだショックなのかな。
ちら、と俯き加減のリチアの顔を窺う。……あれ?
「リチアさん? あの、大丈夫……」
言いかけたあたりで、リチアがテーブルの上に突っ伏した。ごん、と頭がぶつかる鈍い音が響く。
「えええ!? ちょっとリチアさん!? ……うわ顔赤っ!」
いきなり倒れたリチアに慌てて席を立ち、様子を確認する。目を閉じ苦しそうな呼吸をしていた。
心労が祟った? 風邪か、それとも何かの病気!?
「アメジスト、とりあえず回復術を――」
振り向くと、リチアがこんな状態なのに鉄壁の無表情のまま、彼女のグラスを指差した。飲んだかどうかわからない程、中身はほとんど減っていない。
「酒だ」
酒!?
異世界の宗教の戒律とかはわからないけど、聖職者で、しかも真面目そうな印象のリチアがこんな場面でお酒を頼むとは思えない。私はグラスに顔を近付けてみた。甘い匂いが強くてアルコールなのかどうか全然わからない。
テーブルに置かれたままのメニュー表を確認してみる。
お飲み物、と書かれた項目に目を通す。確か季節限定のやつ……。
ごく普通のジュースやお茶にあたる飲み物の名前が続く中。見ると、リチアの注文した物の下にだけ『※これはお酒です』とかなり小さい文字で注意書きがあった。
……もっと大きく書いてくれよー。
◇◇◇
「リチアさんの依頼、受けたいんだけど。いい?」
ベッドに腰掛けて足をぶらぶらさせながら私が言うと、部屋の壁にもたれるように立っていたアメジストが視線だけ向ける。
否定も肯定もしない。これはオーケーと受け取っていいのだろうか。
「だってどうせ暇でしょ?」
念のため確認がてら言うと、少しだけ顔を顰めた。
「暇じゃない。記憶を……」
「嘘。記憶なんてどうでもいいくせに。アメジストは魔のお宝が欲しいだけじゃん。しかもそれだって、置いてきちゃうしさ」
「…………」
あの隠しダンジョンで、アメジストは最深部らしき場所に置かれていたお宝っぽい物体を、結局持ち帰らずに帰ってきたのだ。
私、何のために二回も死にそうになったの?
二回目は倒れこそしなかったけど、ダンジョンを出た頃にはやっぱり身体がだるくて動かせなくなっていた。そうしたらなんと、あのアメジストの栄養ドリンク、黒い靄を身体から吸い出された。これ、瘴気だったらしい。
私はここで灰になって終わるのか……せめて異世界のご飯をもっと堪能してから逝きたかったよ……。
とかぼんやりと未知の美食に思いを馳せている間に処置は終わっていたらしく、普通に身体を動かせるようになっていた。
アメジストの話によると、前は瘴気を吸うだけでは私は目覚めなかったという。
どうやって起こしたの? と聞いてみたら、魔力で、みたいな雑な答えが返ってきた。
……何をしたのか怪しいけど、聞いてもどうせ無視される感じがしたので追求はしなかった。聞いたところで魔術のことは理解できる気もしない。
まあそんな感じで、ひとを酷い目に遭わせておいてこれといって収穫は無し。当然、記憶が戻ったとかも無し。
そんなことに時間を費やすくらいなら、まだ詳細は聞けてないとはいえ、リチアの依頼を解決してあげる方がよっぽど有意義なはずだ。
それに超絶可愛いだけでも十分危ないのに、お酒にすごく弱そうなのにうっかりアルコール飲料を頼んでしまうあたりも危なっかしい。
あのガラ悪い傭兵たちにも酒場に連れ込まれそうな感じだったし、この町をリチア一人でうろつかせてはいけないんじゃないだろうか。いや、絶対だめだろ。
倒れたリチアを見てしまってから、私の中で謎の使命感が湧き上がっていた。そのためにもまずはアメジストに依頼を受けさせなくては。
「依頼はきっと、失くした聖浄石を探してほしいってことだよね。だったらその石を探知しながら、一緒に隠しダンジョンも探せばいいんじゃない?」
一石二鳥の名案じゃないの。と提案してみるも、反応は薄い。
「探し当てられるかどうかはその物の特徴や情報次第だ。依頼を受けても達成できるとは限らない」
いつもは自信満々な態度なのに、今回は意外にも弱気発言だ。あの警察犬モードは実は苦手分野だったのかな。
「でも、やってみて無理そうなら、その時は他の人を当たってもらえばいいだけじゃないかな。ここの傭兵ギルドは悪質っぽいから、スロシュ側の町まで送ってあげてさ。それで私たちが代理で傭兵ギルドに依頼してあげればいいと思うんだ」
たとえ依頼自体は失敗しても、この町より安全そうなスロシュ領まで誘導して、人柄の良さそうな傭兵を探してあげればいいはず。
食い下がってみるものの、冷え切った声で返された。
「何故あの女にそこまでしてやる必要がある。関わったところで大した旨みもなさそうな奴だ」
私は思わず、アメジストをじーっと見つめた。
「……何だ」
「いや別に~? そのわりには案外、優しく抱きかかえていらっしゃったな~って?」
「お前がそうしろと言ったんだろう」
なんのことかしら~?
思い出し笑いを必死に堪えつつ、私は先程堪能した映像を脳内で反芻した。
お酒でぶっ倒れたリチアは、すぐに意識は戻ったもののかなりふらついていたので、話はそこまでにして彼女の泊まる宿まで送っていくことにした。
その際どうにか言いくるめて、アメジストにリチアを抱きかかえさせた。いわゆるお姫様抱っこで。
そうしたら思った以上に絵になる二人になってしまい、隣を歩きながらついにやにや眺めてしまったのだった。
中身がアレだとはいえ外見だけ見てる分には、天使な美少女リチアを抱きかかえるアメジストは、さながら瘴気の国からやって来た魔王子様……、
……やっぱ瘴気の国はイメージ悪すぎるな。国民の魔物率100%だ。せめて闇の国くらいにしとこう。
ふと見ると、アメジストが不機嫌そうにこちらを見ていた。
「いい加減、厄介事に首を突っ込むのはやめろ。大体が絡まれていたのも自業自得だ。これ以上付き合ってやる理由も義理もない」
口調も内容も冷え切っている。あと一歩でエアコン(冷房)になるかどうかというところ。
機嫌悪いな。仕方ない、最後にもう一押し、少し別の方向から攻めてみよう。
「そんなこと言って、記憶を失う前のアメジストはもう少しくらいは優しい人だったと思うけどな。前にその片鱗が垣間見えてたよ。実は妹でもいたりして」
私は以前の奇妙なお兄ちゃん風の何かを、そう結論付けることにした。あれは記憶喪失前の人格の一部みたいなものだろう、と。人格改造計画的にも、そうであってほしいところだ。
「案外家族と仲良く暮らす、ごく普通の悪の魔術士だったのかもね。もしかしたら記憶を失う前は、魔のお宝なんかよりもそういう人たちこそ、かけがえのない宝物だと思って暮らしていた可能性だって無きにしも非ずと言えなくもないかもわからない」
最後の方は言いながらどんどん自信を失ってしまったものの。
私は至って真剣に話しているのに、部屋の温度が下がった。
「よくそう下らない事ばかり次々思いつく。そんな余裕があるなら少しは本の扱いを上達させろ。何度か魔術を呼び出せたことがあったな、お前にしては的確なものを掴み取れていた。普段からあの集中力を出すんだ。魔の森でダイコン相手にやったように、俺の望みも叶えてくれ」
珍しく長文で喋ってくるのをぽかんと眺めていると、つかつか近付いてきて、私の襟首あたりを猫の子を持つような掴み方をして持ち上げ、ベッドに転がした。
「それが無理ならさっさと寝ろ」
そこでその日の記憶は不自然に途切れている。
……絶対、あの眠らせる魔術だ。
しかも起きたらまた膝の上だった。最近はなくなってたからてっきり反省してやめたのかと思ってたのに、やっぱりそんなわけなかったのか。
魔術士が教会から嫌われる理由って、つまりこういうことなんだろうな。