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スロシュ王国の西側には、ポロットという国があるそうだ。何かうっかり落としそうな名前の国だ。
またアメジストは不参加だったけど、ルマーヌを発つ前にラズが連れて行ってくれた店でお昼をしている時、色々と教えてもらった。
ちなみにそこはクレープに似た料理を出す店だった。私とラズはお惣菜系と甘い系とをいくつかシェアして食べた。
この世界に来て初めて、なんかすごく女子っぽいことをした気がする。
「ポロットには行かない方がいいぜ。こっちとの国境付近はまだいいけど、その先のエミーユとの国境は年中小競り合いやってんだ」
ポロットの更に先の南側には、エミーユ皇国という国があり、二人の故郷だそうだ。
両国の国境付近は、ずっとゴタゴタしている歴史を持つらしい。いつも大きな戦争にまでは発展しないようだけど、近寄らないに越したことはないという。
「最近ではそれに加えて、悪質な組織が甘い汁を吸おうと紛争に便乗しているようです。傭兵ギルドもこの国の支部に限っては統率がうまく取れず、そういった組織と裏で繋がりのあるメンバーもいるらしいなど、問題の多い場所だと聞きます」
アケの実のジャムが入った甘い系を食べているトルムが言う。
なんだか悪の巣窟って感じの国なのかな。類は友を呼ぶっていうし、アメジストが興味を持たないように気を付けなきゃだ。
「だからもしポロットに入っても、傭兵ギルドには近寄るなよ。今の恰好だと絡まれるぞ」
「女子ってだけで絡まれるの?」
そんなやばい国なら、女性は皆パーカーとジャージを着用した方がいいのでは。
「お前隙だらけなんだよ。変なのに好かれる体質みたいだし。オレが可愛くしちまったからなー、まじで気を付けろよ」
そんな体質になった覚えはないんですが。でもお世辞だとしても、イケメン女子に可愛いと言われて悪い気はしないかも。
「たとえ悪質なメンバーでも、さすがに殺人となると状況次第ではこちらまで手配書がまわる可能性もありますので。アメジストさんには、もし気に障る輩がいたとしてもどうか程々に、と伝えてください」
……忠犬のように慕ってくる子にすら、そこまでのことをすると当然のように思われている魔王……。
いくらなんでも人相手にそこまでやんないよ、と断言できないのが恐ろしい。
二人の忠告を頭の片隅に置きながら、私はもちもちの皮に包まれた謎のフルーツの甘さに酔いしれた。
◇◇◇
窃盗犯魔術士たちを捕まえた町を出てから、西よりに進んでいる。
途中何度かアメジストが探知をしていたようだけど、隠しダンジョンはそうどこにでも埋まっているものではないらしく、あれきり出現していない。
待っている間暇なので、二度と出てきませんようにと女神様にお祈りすることにしている。
そうこうしているうちに、私たちは賑やかで大きな町に辿り着いていた。
この町はライカースというらしい。ラズたちに忠告されていた国、ポロットに足を踏み入れてしまっていた。
でもまだ一番やばいらしいエミーユとの国境からは遠い、と思う。そんなにギスギスした空気には感じない。
むしろお店が沢山あって活気があり、人も多くて一見明るい雰囲気に思える。
飲食店も、今まで見たことのない料理を出す店が多そうだ。夕飯はどこにしよう、目移りしちゃって決められない……。
「フラフラするな」
通りを見回しながら歩いていたら、隣のアメジストに注意を受けた。
確かにちょっとテンションが上がってキョロキョロしすぎていた。それは反省しよう。……だが。
「なんでずっと触ってるの」
アメジストの腕が背後に回され、腰の鞄を掴んで軌道を外れかけた私を引き戻した後、そのまま手を離さない。
じろっと見上げて睨むと、また呆れ目を寄越してきた。
「護衛だ」
「……だからってこんなにくっつく必要ないでしょ」
至極当たり前の意見を言ったはずなのに、
「魔力だけでなく神経すら無いんだな」
ぼそっと暴言を吐かれた。
え? 何? 今、無神経の権化みたいな奴に、無神経って言われた?
腰の鞄に回された手を外そうとじたばたするも、ぴくりとも動かない。なにこれ、釘でも打ってあるの。これも魔術なのか。
思わずため息を吐く。
魔本(とついでに運命共同体の私)を守りたい気持ちはわかるけど、最近のアメジストは前にも増して過保護だ。
今のこの体勢も、本当は「鞄の中の魔本を過剰にガード」なのに、人の目にそうは映らないんじゃないだろうか。だろうかっていうか、これを見てその真実に気付いたらそれかなりの名探偵だよ。きっと毎週事件を解決してる。
こんな人目の多いところで誤解を招くことするのは、正直やめてほしいんだけど……。なんかすれ違う人にたまにチラチラ見られてるのは気のせいだろうか……。
ふと、アメジストが一軒の店の前で足を止めた。ショーウィンドウのようになっている大きめの窓の棚には、シンプルな銀の装飾品が飾ってある。
しばらくそれをじろじろ眺めると、私の鞄を引いてお店の中に入った。
店内にはシンプルだけど高級感のあるアクセサリーがセンス良く並べてあって、なんだか異世界の高級ジュエリーショップって雰囲気だ。綺麗なお姉さまって感じの店員が営業スマイルで迎えてくれた。
なんだか私、場違いじゃない? とそわそわしつつ店内を眺めていたら、いつの間にか証印石入りの財布を手にしたアメジストが、何か購入していた。
また気付かないうちに勝手に鞄を開けられた。
支払いを終えたアメジストと店を出て、賑やかな大通り側ではなく店の脇道の方へ移動する。立ち止まってから私はアメジストに手を差し出した。
どうやら買ったのは銀の腕輪のようだ。余程気に入ったのか、手に持ったそれをずっと眺めている。
ラズから収納力が神がかっている、しかも軽くて負担がゼロな有能鞄を貰ったせいか、私はもう財布係を許容していた。そもそもこの財布も私が勝手に購入した。興味ない物はどうせ待ってても買わないだろうから。
私の掌に財布が乗せられる。さらにその上に、銀の腕輪が置かれた。
……うおっ!? 驚いて思わず財布ごと落としそうになった。
「ちょ、何遊んでんの。危ないな」
腕輪をアメジストの手に戻すと、何故か財布も取り上げられた。
ついに自分で管理するのかと思ったら、腕を回して私の鞄を開けると、両方ともその中に入れる。
…………おい?
「持っておけ。失くすなよ」
アメジストに「はあ?」って言いたくなる(し、言ってる。)ことは数あれど、今回はその中でも指折りの出来事だ。
「なんで。やだ。折角買ったんだから、着けたらいいんじゃない」
鞄から腕輪を取り出そうとすると、その手を掴まれた。
「どう見ても女物だろうが。いいから持ってろ」
一体何を言っているのだ、女物を嬉々として購入した男よ。
だったら最初から男物を買えよ! そんなものどちらでもいいだろ。
は?どっちでもいいなら女物着けなよ! 着けるわけないだろ。
……と、もう何がなんだかわからない揉み合いを繰り広げていると、
「なぁ~。そんなつれないこと言わないで、俺らに任しときなって」
「そうそう。俺らこう見えて腕利きよ? ちゃーんと達成してあげるからさぁ。ほら、そこの店で飲みながらお話しようぜ」
「……あのっ、やめてください……!」
視界の端で、私たち以外にも揉み合っている男女がいた。
今いる脇道から続いた先、こちら側から一つ隣の通りに近いあたりで、建物の壁を背に二人の男に囲まれている女の人がいる。
女の人の姿はほとんど隠れて見えないけど、男二人は腰に剣を提げていた。所々に鎧の一部みたいなものを着けているし、確実に戦う人の恰好だ。
男二人の表情まではここからだとよくわからない。でも軽そうな話し方といいなんかもう下心丸出しって感じに聴こえる。
まだ日は落ちていないものの、そろそろ夕方。
私はアメジストを見上げた。当然のように無表情。でもなんとなく私の発言を予想できていそうな視線を向けている。
「あの女の人、絡まれて困ってると思うな。ちょちょいっとあいつら蹴散らしてくれない? 魔物用のえぐい蹴りじゃなくて、ふんわり軽~く、くらいで」
アメジストが面倒臭そうにこれ見よがしな溜息を吐いた。それから揉み合う三人の方へ歩いていく。
くれぐれも優しく、子猫を撫でるくらいで! と念押ししながらその後に続く。
「……あぁん? なんだテメ……」
「どけ」
近付いてきた私たちに、スタンダードな小悪党感で凄んできた男二人が言い終わる前に、アメジストがスタンダードな蹴りを入れた。一応、動きは無造作で軽めな感じ。
前にいた一人に当てたら、後ろのもう一人も巻き添えで吹っ飛んで、通りの真ん中にごろごろ転がって倒れ込んだ。
蹴られた方の人は倒れたまま動かない。その下から這い出したもう一人が、慌てふためいて逃げていく。
「忘れ物だ」
蹴られた人が急に起き上って走り出し、逃げた人の背中に抱き着くようにして覆いかぶさった。通りに絶叫が響く。
……一応起きて走っていたし、元気だってことだよね?
一人は背中にくっついたまま、逃げていく男たちを見送って、私は残された女の人に向き直った。
そして、思わず息を呑む。
驚いた表情でこちらを見る、春の若葉のような色の瞳。
ふわりとウェーブがかかった長い金髪。でも黄色というよりは淡いピンクゴールドって感じだ。
美しくかつ愛らしく整った、天使のような顔立ち。前にラズも天使みたいと思ったけど、この人は本当にたったいま天から舞い降りたのかと疑うレベルの天使だ。天女でもいい。
身長も、年頃なども私とそんなに変わらないと思う。ストンとした縦長の地味な服を着ていて、肌の露出はほとんどない。でもそれが清楚で可憐な印象を際立たせていた。頭には服と似た雰囲気の、少し大きめの帽子を被っている。
か、可愛い……! 超絶美少女だ……!!!
つい見惚れていると、隣に戻ってきたアメジストと私を交互に見てから、ぺこっとお辞儀をした。
「ありがとうございました」
よかった。助けたのは正解だったようだ。
「いえいえ。この国は女の子はすぐ絡まれるやばいところみたいなので、くれぐれも気を付けてくださいね。それじゃ私たちはこれで」
目の保養な美少女は名残惜しいけど、もう危険はないだろうしここは颯爽と去ることにする。
私たちが元の大通りに戻ろうと歩き出したら、美少女が慌てた様子で追いかけてきた。
「あのっ……! どうか、私の依頼を引き受けていただけないでしょうか!」