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 えー。現場は熱気が漂っております。

 物理的にです。火属性の魔術によるものと思われます。


 あっ! また火の玉が飛んできました。バスケットボールくらいの大きさです、熱気がここまで伝わってきます!

 あ~、しかし無造作に片手ではたき落とされてしまった~。床につく前にじゅっと消えてしまいましたが、はたいた人は火傷とかしてないんでしょうか。


「……いい加減にしろ」


 さっきから何度も攻撃されて、お怒りのようですが……?


「どうしたら一属性でこんな火力になるんだ。燃やす気があるのか? せめて障壁が必要になる程度の威力を出してくれ」


 ちょっとよくわからない抗議を始めました。どうやらもっと強い攻撃をしてほしい、ということのようです。気持ちが悪いですね。

 正面で火の玉を放った方が青い顔で震えています。不法侵入してきた相手を撃退しようとした結果「攻撃がぬるい」と文句つけられたら、そりゃ誰でもこんな感じになると思います。


「……くっ。お望み通り消し炭にしてやる!」


 震えてる人の後ろから躍り出て来たもう一人が、同じように火の術を放ってきました。今度は複数の火の玉が襲い掛かってきます。宣言通り消し炭にできるか!?

 ……やっぱりまた消された~。それぞれのボールは小さいものの、時間差で着弾させようという工夫が凝らされていましたが、とても残念ですね。


 その上、一つだけ操作ミスなのかあらぬ方へ飛んでいってしまいましたが、それもはたいて消されてしまいました。

「何を考えている。本が消し炭になるぞ」

 軌道から外れた火の玉は、本棚の方へ向かってしまっていたようです。

 お邪魔した先の本を大事にする姿勢はいいですね。ただどうも相手のためというより自分のためのような感じがします。


「これなら魔物と遊んでいた方がましだったな。聞いた通り悪質な奴らだ」


 悪質という部分について何か見解の相違を感じずにはいられないのですが、そろそろ本来の目的を思い出したようです。


 残念顔で手から黒い紐状のものを出し始めました。やる気は無さそうですが紐の動きは速いですね。逃げ惑う方々を次々に捕らえて簀巻きにしていきます。

 これは以前、魔の森で使っていた術ではないでしょうか。素早い蛇みたいな動きが嫌な感じです。


 あっという間に人数分の黒蓑虫が出来上がりました。なかなかにホラーな光景です。

 蓑虫を作製する傍ら、勝手に人の家の本を読み始めた人の無表情も怖いです。見ないでやったせいか、蓑から手とか足とかの一部がはみ出てるものが見受けられます。余計に怖いからきちんと仕上げてほしいところなんですが、読書に没頭しているようですね。


 以上、悪の魔術士が悪の魔術士を捕縛する現場からお伝えしました。



   ◇◇◇



 立ち寄った町の傭兵ギルドで魔物の戦利品を売っていたら、受付の人に腕を見込まれて、依頼を受けることになった。


 この町では最近、窃盗事件が多発しているらしい。主に高級品が狙われているようなのだけど、犯行前にはいつも店の近くでボヤ騒ぎや、突然突風が吹き荒れて怪我人が出たりと、不審なことが同時に起こるらしい。


 そして町から少し離れた場所に、魔術士ギルドのメンバーらしき人たちのアジトがあると突き止めた。絶対そいつらが怪しい。という話になって、まずは依頼を受けた傭兵数人で押しかけたものの、返り討ちに遭ってしまったとのこと。

 この町には今は銅等級の人しかいないらしく、この件で更に人手不足に陥ってしまい、傭兵ギルドに所属してないアメジストの手でもいいから借りたいという話なのだった。


 秒でお断りするかと思いきやすんなり引き受けたので、どういう風の吹き回しだろうと思ったら、やっぱり人助けのためじゃなかった。

 魔術士のアジトだし、本棚は魔術関係の本だらけなのだろう。そりゃ興味あるだろうな。

 ただまあ、悪質だといわれている魔術士ギルドに入りたい、ということではなさそうだからよかったけど……。


「いつまで読んでるの。早く黒蓑虫を引き渡しに行こうよ~」


 待ちくたびれて、服の裾を掴んで引っ張りながら言うと、アメジストが重いため息を吐いて本を閉じた。

 待たされたとはいえ読むスピードは異常に早く、もうほとんど本棚の端から端まで目を通したんじゃないかと思う。


「これは酷いな。魔術書とすら呼べないゴミだらけだ。ここまで悪質とは……」


 だから、悪質と感じる箇所が絶対違うような気がするんだけど。

 ぼやいてから閉じた本を本当にゴミのように床に放り投げると、ようやく黒蓑虫を引きずって歩き出す。

 私はその行為を叱りつつ本を拾って本棚に戻してから、追いかけて隣に並んだ。


「でもアメジストには魔術書なんて必要ないでしょ? 記憶はなくても魔術ばんばん使ってるじゃん」


 いつも色々な種類の術を使っている。体が覚えてる、みたいな感じなんだろう、きっと。

 そう思って何気なく言ったら、無言でじっと見下ろしてきた。冷ややか、かつ呆れ目だ。変なお兄モードの時は優しさの欠片くらいはあったはずが、すっかり魔王の瞳に戻っている。


「……本気で言ってるんだな」


 顔を戻してぼそっと呟く。私に言うというよりは独り言みたいだ。しかし聞き捨てならんな。


「なにそれ。違うの? あ、まさかもう記憶が戻ってたりする?」


 でも記憶が戻ったから魔術が使えるようになったのだとしたら、魔の森で最初に会った日からもう回復してたということになるけど……。

 ……こいつ、前に意味のわからない嘘ついたりしたしな。……まさか……!


「記憶喪失自体が嘘、とか言わないでしょうね?」


 疑惑の眼差しを向けると、心底どうでもよさそうな口調で返してきた。


「そう思いたいなら好きにしろ。……この際だ、記憶云々よりも有意義な課題に取り組んでもらおうか」


 はあ? 課題?

 なんだいきなり。というか記憶喪失が嘘じゃないのなら、それを回復させるのは私じゃなくてあなたの課題だと思うんですが。

 それからこちらを振り向くと片手で私の顔を指差し、言い聞かせるように続けた。


「今日からは、本をもっと自由自在に扱えるよう真剣に修練を重ねろ」


 いやだから、その教師面、何?

 魔本なら結構自由自在に使えてると思うけど。私の要望にすぐ応えて、多種多様な内容を出してくれている。これ以上なんて必要なくない?

 そしてそれも私じゃなくてあなたの課題なんじゃないですかね。いい加減、幼児向け絵本の一つくらい出してみろってんだ。


 呆れ顔を返してやるも、言うだけ言ってアメジストは再び黒蓑虫を引きずり始めた。



 町に戻って魔術士たちをギルドへ引き渡し、さっさと立ち去ろうとするアメジストを説得して、事の顛末を見守ることにした。


 呼ばれて来た兵士達によって普通の縄に捕縛され直すと、観念したのか魔術士の一人が罪を認めて自供を始めた。あのアメジストに威圧されて震えてた人だ。

 最後の方はまた震え出して、魔術怖い、これからは足を洗ってまっとうに生きますと泣いていた。よっぽど怖い思いしたんだねぇ……みたいに、捕縛した側に同情、応援ムードが漂ったりした。

 図らずも改心を促した奴は当然自覚なんてないらしく、いつも通り無表情だ。多分話もろくに聞いてない。


 その人に触発されたのか、その後は他の魔術士もぽつぽつと自供する者が出てきた。


「ギルドの幹部に、金さえあれば魔動具なんかよりずっと力のある術具が手に入るって言われたんだ。そういう物が出てくる裏の競売所があるらしく、競り落とすことが出来ればすぐ幹部に昇格させてやるって……。騙されていただけかもしれないけどな」


 欲望渦巻く闇のオークションって感じかな。なんかちょっと好奇心はくすぐられるけど、絶対関わっちゃいけないやつだよね。


 他にも似たような悪質な組織ならではの供述もあったけど、結局この人たちは下っ端のようで詳しいことは知らされていないらしく、上層部のしっぽを掴むところまではいかなさそうな感じのままお開きになった。


 その後、宿に着いて早々膝の上に乗せられ、教師モードのアメジストにまた魔本の指導を受けた。

 というか指導なのか何なのかよくわからない。「本にもっと深く入り込め」だの相変わらず意味のわからないことばかり言う。


 結局は本に没入しろ、みたいなことらしいから、夢中で読めそうな内容を出してと願ったら魔本が変わり種の面白いものを出してきた。それを貪るように読んでいたら、途中でまた頭を鷲掴みされていじめを受けた。

 やれというからやったのに、本当に理不尽だ。



   ◆◆◆



 書庫の蔵書を増やしたい。

 しかし思うようにいかない。以前はトルムの話や、滞在した町の傭兵ギルドに立ち寄った後にも多少増えていたが、最近はどうも頭打ちになった感がある。


 コハルが昏睡状態になることが分かった今、瘴気についてもっと深い知識が欲しい。

 瘴気そのものというよりは、それを防ぐ術や方法だ。

 それが無理なら、軽い一撃で即死するような人間が、どんな攻撃からも長時間身を守ることのできる強力な守護の術について、……


 ……そんな夢のような術が本当にあればいいんだがな。


 近くに魔術士ギルドという奴らがいるようなので、期待をかけて依頼を受けてみたが、大きく裏切られる結果になった。

 下位メンバーらしいとはいえ、酷いものだった。蔵書も初歩の初歩か、愚にもつかない自論を披露するだけの魔術書もどきしかない。

 実際に試さなくても発動しないとわかる破綻した構成を長々と解説しているのを見た時は、本当に燃やしてやろうかと思った。


 書庫に渡るも、やはり蔵書に変化はない。

 噂に違わぬ悪質ぶりだ。時間の無駄だったな。


 奴らのアジトに足を踏み入れた時は、魔物の気配を感じたので少し期待したが、それについても裏切られた。

 気配の主は、俺が魔術士共を闇の糸で拘束している間、窓の外から窺っている奴だった。

 小型の鳥の魔物。戦う気にもならない雑魚だ。

 襲い掛かってもこないので放っておくと、上空から距離を保ったまま途中まで俺達の後をついてきていたが、いつの間にかいなくなっていた。


 ともかく、現状を打破するためにまず試すべきことは一つだ。

 コハルを書庫へ渡らせる。


 筆頭所有者であるコハルになら閲覧制限を解除できる可能性がある。蔵書も増えるかもしれない。

 いきなり全てが望み通りにはいかなくとも、何か今までにない変化は起こるのではないか。


 しかし所有者が自分の書庫に立ち入るという、一見当たり前のはずのそれが最大の難関だった。


 コハルの言動は常に意味不明なものばかりだが、一番の謎がそれだ。


 魔力に物を言わせて無理矢理立ち入る俺のような存在を許し、本来の所有者を締め出すのなら、何のために回りくどい審査や権利など設けたのか。閲覧制限などより先に、根本的な部分を見直すべきじゃないのか。


 コハルを操作する時のように、魂らしきものを抱えて持ち込む感覚で書庫を目指し、扉をくぐる。

 だが何度やっても、降り立てるのは俺だけだ。


 瘴気で倒れたコハルを目覚めさせるために似たようなことを試した時、何か妙な空間に辿り着き、そこでコハルの意識を見つけた。

 植物と小動物がやけに多く、上空は違和感を覚える程の快晴で、淡い光がそこら中から不自然に降り注ぐ。長居していると頭がおかしくなりそうな場所だった。

 ……どうもその後しばらく、本当に少々おかしな影響を受けたような気もするが……。


 書庫と関わりのある空間のようではあるが、あの場所についても謎だ。再び渡ることもできていない。

 ただ書庫に直接繋がっているというわけではなさそうだった。あれもコハルが構築した空間なのだろうか。


 意識を本体に戻すと、コハルが真剣な表情で鍵に見入っている。

 見ると、また下らない内容を転写していた。

『精霊占い~生年月日でわかる!本当のあなた~』

 魔力の無いお前が精霊になってどうする。ただの半透明の奴になるだけじゃないのか。


「当たってる……。『黒の闇精霊のあなた。誰にも相談せずいきなり動き出すため、周りはついていけません。自分の考えに固執しがちなので、時には立ち止まって皆の意見に耳を傾けましょう』……だって。生年月日はわからなくても絶対これだよね」


 コハルが開いたページを目の前にかざしてきた。

『白の光精霊とは何かと対立しがち。周囲に影響が出る前に、先にあなたが譲る姿勢を取る方が上手くいきます』

 ……相殺に負けて先に死ねということか? 何を言いたいのか全くわからない。


 まさか魔術書が増えない原因は、こいつが無意識に下らない本ばかり増やしているせいじゃないだろうな……。


 中に詰まっているゴミを少しでも落とせないかと、俺はコハルの頭を掴んで何度も左右に振った。


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