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 悪夢を見た気がする。


 私は何かから逃れるように、必死で重い目蓋をこじ開けた。

 するとすぐ目の前に紫の瞳が迫っていた。

 ……近っ!

 いきなり心臓に悪い距離にいた男が、顔を離すこともなく眺めてくる。それからふっと表情を緩めた。


「起きたな」


 また膝の上だ。文句を言いたいけど、全身がやけにだるい。

 そのままぼーっとしているとアメジストが立ち上がり、私をそっとベッドに寝かせた。


「体に異常はないか」


 動かしてみろと言われ、上半身を起こして緩慢に手足を曲げたり伸ばしたりしてみる。

 だるいだけで特に異常は感じない。隣を見上げて頷いてみせると、頷き返してから、腕が伸びてきて私はまたベッドに横たえさせられた。


 端によけてあった布団をかけられる。頭をそっと持ち上げて、ずれていた枕の位置も調整された。

 確かに起きたばかりなのにまだ眠い、けど……。

 ぼんやりしたまま、それでも私は異常事態が起きていることだけは、はっきりと認識できた。


 今、何が起きた? このお兄ちゃん、誰……?

 アメジストがなんか優しい動作で私を寝かしつけたぞ。あり得ない。こんなことが起こっていいはずがない……。


 しかし超常現象はそれだけに留まらなかった。


 次に目を覚ますと昼頃だった。アメジストがまた様子を見にくる。

 だるさはほとんどなくなっていた。ベッドの上で体をあれこれ動かしてみる。


 もう至って元気だ。お腹は空いてるけど。

 そう伝えると、アメジストが部屋を出て行った。どこかへ出かけてしまったのかと思っていたら、しばらくして木製のトレイを片手に帰ってきた。

 ほかほか湯気を立てている雑炊風の料理と、一口サイズに切った果物の入った器が乗っている。

 この雑炊は宿屋の朝食でわりとよく見かけるやつだ。疲れて食欲がいまいちの日なんかにちょうどいい。


 それをサイドテーブルに置くと、雑炊を小さい器に取り分けて、ベッドで身を起こした状態の私の手にぽん、と渡してきた。


 …………???


「食べないのか」


 ベッドの端に腰掛けたアメジストが、少しだけ小首を傾げて私の顔を覗きこむ。

 ……あ……? ……うう……?

 身体の不調はないはずなのに、頭の奥が変な痛みを訴えてくる。もし頭にネジがあったのなら今ので五、六本は吹っとんだ。


 とりあえず食欲に負けて、私は無心でご飯を胃に流し込んだ。

 空になった器に、また雑炊が盛られて戻ってくる。無の境地でかき込む。また盛られ、平らげる。

 雑炊を全部食べ終わったら、果物の皿を手渡された。甘くて美味しいはずなのに、なぜか味がよくわからない。


 なにこれ? アメジストが? か……かん……びょ……う?

 看病? …………アメジストが?


 夜になると雑炊ではない別の料理が運ばれ、またせっせと取り分けられたものを悟りを開きながら完食した。

 私の好物だったはずなのに、やっぱり味はわからなかった。



   ◇◇◇



 それから数日間は、いつもと別の意味で恐怖を感じる日々だった。

 非日常がもはや私の日常。やべー奴はやべーのが当たり前。なんちゃらバイアス、とかがきっとかかっているんだろうな。


 アメジストがおかしい。

 色々とおかしいのは元からだけど、今までのそれとは質が違う。


 毎日、普通にベッドで起床。

 するとスーっと近寄ってきて、体の異常や後遺症などがないか確認する。

 私の感覚では、とっくにいつも通りの体調に戻ってるんだけど。


 さすがに食事の取り分けはしなくなった。その代わりやたらと視線を感じる。

 胃腸も至って元気なのに。経過観察のつもりなのか。


 はじめのうちは視線を心で遮断し、食事に集中するようにした。でも断念して、毎回アメジストの分も注文することにした。少なくとも自分が食べている間は観察できないはず。

 ……だめだ。食べながらこっち見てくる……。


 恐怖をぐっと堪え、私はいい機会だと思って食育に挑戦した。

 よそ見しないで、しっかりよく噛んで、味わって食べましょう。

 ……と何度繰り返したことか。でも目を合わせたまま無視された。食事中にスマホ見てる子供とかの方がまだましだよ。


 ただそうしているうちに私の好みをだいたい把握したようだ。こっそりトレード作戦を実行する前に、なんか勝手に取りかえてくれるようになった。

 これに関しては良い方向へ成長している。


 魔術の実験台にされるのは相変わらずだ。でもほとんどが回復術のようだった。

 もう体はどこも悪くないし、同じ町にずっといて体力も余ってるんだけど。

 って言っても無視してしつこく術をかけてくる。その術は時々失敗するらしく、成功率が上がるまで練習を重ねているみたいだった。


 なるほど。いくら魔王でも、かるがる成功する術ばかりとは限らないのか。魔本も使えないしね。

 ここは教育者(を自称する者)として、その努力を応援しよう。


 今のはスッキリ感が足りないとか、回復しすぎて夜眠れなくなりそうだからもう少し柔らかい効果でとか、体は回復したけどなんか真心を感じなかったとか。感想を伝えることにした。

 百通りくらい言ったら「うるさい」と頭を鷲掴みされた。

 ……せっかく応援してたのに。



 完全回復してから数日たった日。保存食や日用品を買い足しながら、街をぶらぶら歩くことにした。


 途中、珍しくアメジストがお店に入って売り物を眺めた。

 装飾品が並べられた棚を見ている。……なんとなく女性用っぽいデザインに見えるけど。あ、もしかして「魔」のつくアクセサリーかな。

 結局、何も買わずに店を出ていった。


 そろそろ出発の号令がかかるだろうと荷造りを済ませているのに、アメジストは沈黙を保ったままだ。

 魔本修行と魔術修行、運動がてらの街歩きで過ぎていく。


 こう平穏無事な日が続くと、旅に出るのが億劫になってくるなー。


 観光気分で歩く道の先から、賑やかな声が聴こえてきた。

 この通りはお店もないし、どことなく町外れって雰囲気だ。不思議に思っていると、特徴的な建物の前に人が沢山いた。


 全体的に白っぽい建物で、屋根の上に不思議なマークの飾りがついている。

 近くまで行ってみると、その庭で子供が演劇を披露していた。

 周囲でそれを眺めているのは父兄の皆さんって感じかな。


 手作り感のある衣装を身に着けて、一生懸命台詞を言ったりいきなり歌いだしたりする子供たち。

 時々合間に男の人が補足のナレーションみたいなものを入れる。普通の町の人とは違う、地味だけど特徴的な裾の長い服を着ていた。


 よく見ると入口の壁に『聖穏教会』と書かれたプレートが飾ってある。

 この世界の宗教団体らしい。子供たちに交じって話すあのおじさんは、神父さんってところかな。


 人垣の後ろでほのぼのしながらたどたどしい演技を眺めていると、主役の子が声を張り上げた。

「皆、騙されてはいけない! 闇で我らを疑心に閉じ込め、光で我欲に眩ませた。それらはすべて邪悪な魔術なのだ!」

 台詞を言いきって一息ついた後、目の前にいる黒い衣装の子をびしっと指差す。


「この町から出て行け! 悪の魔術士めー!」


 周りの子たちも「そうだ、出て行けー!」「悪は去れー!」と唱和する。

 子供たちに一斉に追い立てられ、黒衣装の子が建物の後ろに逃げていった。

 主役とその仲間たちが歌いだす。悪の魔術士を退治して、町に平和が訪れました、めでたしめでたし。といった歌詞だ。


 私はそーっと隣を見上げた。

 アメジストは無表情で子供たちを眺めている。全然気にしてない。


 子供らしい素朴な劇だと思っていたのに、最後はなんだか不穏だったな~。

 不穏に感じるのは、今の私が悪の魔術士サイドの人間だからかな……。



   ◇◇◇



「出発する」


 朝食後の号令に、私はすぐ頷いた。

 この町にはもう一週間以上滞在している。ルマーヌ以外では最長記録。

 あの悪の魔術士が退治される劇を見たせいか、そろそろこの町を出て旅をしたい気分になっていた。気が付けばすっかりアウトドア派だ。


「次はどこへ行くの?」


 ちらっと視線をよこしただけで、何も言わない。

 なんとなく以前のアメジストに戻ったような気がする。よかった……。

 冷たく無視されて安心するあたり、もう私のバイアスが元に戻ることはないのかもしれない。


 町を出てしばらく街道を歩いたところで、アメジストが足を止めた。


「念のため身体強化をかけておくが、振り落とされないよう大人しくしていろ」


 不穏な注意事項を告げると、いやよくわかんないけど普通に歩こう?と言う暇も与えず私を抱え上げ、術を連打した。


 私たちの周囲に風が巻き起こり、抱えられていても感じる浮遊感に一瞬頭がくらっとする。

 思わずアメジストの首にしがみついた。直後、背中側から風圧がかかる。


 時速何十キロですかという速度だ。街道からは外れていくからって、これ絶対違反だろ。

 ごうごうと風が耳を打ち、景色がものすごい勢いで流れていく。思わず絶叫するも、実際には声は出ていない。また術で口を塞がれていた。



 風の術酔いを起こしそうな勢いで辿り着いたのは、あの隠しダンジョンだった。


 たぶん車やバイクくらいのスピードが出ていたはず。身体強化というのがなかったら、きっと今頃吹っ飛ばされて道端に転がっていただろう。異世界で交通事故とか勘弁してほしい。

 私はこの術をアメジェットと名付けることにした。でも二度と乗りたくない。


 アメジストが隠しマンホールを開けてこちらを振り向いた。嫌な予感を感じ、思いっきり首を振って拒否する。


「また倒れたら悪いから、ここで大人しく待ってる! もし魔物が出たらすぐ逃げるし。あ、その時は中に入って、蓋を閉めてやり過ごすよ」


 倒れたら迷惑かけるから、足手纏いだから!を強調し、いつもの障壁を張ってもらうのを待つ。

 全体的に無視して再び私を抱えながら、アメジストが無表情の中にじわりと愉悦を滲ませた。


「安心しろ。今度こそ、お前が倒れる前に宝を手に入れる」


 この悪の魔術士、もう隠すことなく宝とか言ったぞ。記憶の手掛かりじゃないんかい。雑にバラすくらいなら見え透いた嘘なんてつかなきゃいいのに。


 ていうかそんなに速くダンジョンをクリアできるなら、私を置いていっても同じでしょ? だったらさくっと行ってさくっと帰ってきてくださいよ。

 何度も訴えたものの、私を抱える腕が緩むことはなかった。


 元の世界で聞いたことがある。

 縛りプレイ。その必要もないのにわざわざ難易度を上げる、ってやつだ。

 アメジストは変態だからな。魔物と罠だけでは物足りないのかもしれない。


 やっぱり別の意味での恐怖と戦う方がましだから、優しいお兄ちゃんモードに今すぐ戻ってもらえないだろうか。衝撃を与えたらスイッチが切り替わったりしないかな?


 足手纏いを積極的に自らに纏わせる変態に、無駄と知りつつ、私はその頭に魔本のカドを振り下ろした。


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