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※ほんのり流血表現があります※


 魔本修行をしていたアメジストが、目覚めたとたん出立の号令を出した。

 慌てて少ない持ち物の荷造りをし(アメジストに持たせて)、昨日の夜に着いたばかりの町を早々に後にした。

 大きな町ではなかったけど、お店とか少しくらいチェックしたかったのにな。


 ルマーヌを発ってどれくらいだろう。ここはまだスロシュ領のようだけど、かなり遠くまで来たんじゃないかと思う。


 行き先は、もう気が向いた時にしか質問しないことにした。


 アメジストはこうやっていきなり動き出しては、色々な場所をうろついている。たいてい人が足を踏み入れてなさそうな土地ばかりだ。

 そういう場所は生息域であることが多く、魔物も出る。でもいつも戦闘は秒で終わる。


 たまに今まで見たことない強そうな奴が現れると、待ってました!みたいな空気を出す。

 だけど大抵期待外れのようで、若干がっかりした表情をするようになった。表情筋の使い処がおかしいと思う。


 そんな生活で自然と野宿が多くなる。でも最近はそれにも慣れてきた。

 私が旅慣れてタフになったわけではない。いや、元の世界で暮らしてた頃に比べたら、体力もついたはずだけど。


 理由は、アメジストが便利な家電(魔術)を各種搭載しているからだ。

 エアコンに始まり(冷風だけじゃなく温風も出せる)、洗濯機、ドライヤー、加湿器(回復もする)、電子(?)レンジなど、多彩な機能が充実している。その他重機も搭載。


 歩くのに疲れたら回復術、それでも無理なら抱えてもらう。

 抱っこでお荷物になるのも全く罪悪感はない。前から思ってはいたけど、やっぱり魔術でドーピングしてるみたいだ。だって荷物よりも私を抱える時の方がひょいっと軽やかなのって、どう考えてもおかしいし。


 食べ物は、町で乾燥させた穀物なんかの保存食を買っておく。それを水の術と火の術を使ってお粥風に炊いてもらうのだ。

 私のリクエストに渋々ながらも応えているうちに、アメジストは火加減の調節がかなり上手くなった。私よりも良いお嫁さんになってしまうかもしれない。


 行った先で食べられそうな果物とかがあれば、魔本で調べてみたり。

 たまに鳥やウサギっぽい動物を獲ってもらうこともある。そしてほどよい肉の塊にするところまで、全部お任せする。でもこれは野宿が続いて栄養不足を感じた時だけだ。食べ切れなかったら申し訳ないし。


 ちなみにアメジストは相変わらず食に興味がない。

 作り過ぎた時に仕方なく一緒に食べる程度だから、保存食の量もそんなに必要ないんだよね。


 どちらかというとインドア派だからよくわからないけど、これって普通のキャンプよりも楽なんじゃないかな?


 異世界に迷い込んで旅生活をしているわりには、そんな風に変に快適ともいえる日々を送っている。



「なんかいいことでもあった?」


 本日も平常通り無表情。だけどなぜかいつもより少しだけ楽しそうに見えた。

 ちらりと横目を向けてから、平坦な声で言う。


「記憶を取り戻す手掛かりを見つけた」


 私は思わずまじまじと隣を見上げた。

 とりあえず、それはよかったね、と返しておく。


 一緒にいる時間が増えるにつれ、口数が少なく基本表情のないアメジストの気分を、私はほんのちょっとだけ解読できるようになっていた。

 というよりも、この人はわかりにくいようである部分ではとてもわかりやすい。

 興味のあることと、そうでないことだ。


 興味を持つのは魔術、魔本、魔物、あとは魔動かな。……「魔」ばっかり。


 その分、興味ないこととの落差が激しい。

 基本は無視。あとたまに雑な返しをしてくる時もあるけど、どうでもいいと思っているので間違いない。


 私は忘れてない。前に、「過去などどうでもいい」とか言っていた。

 なのに今、嬉々として記憶を取り戻そうとしている。今日のこの感じは、本当に興味を持ってる時のやつだ。


 多分、その手掛かりとやらは「魔」のつく何かなんじゃないだろうか。

 個人的にはもっとまともな理由で過去を知りたいと思って欲しい。家族がどこかにいるなら会いたい、とかないんだろうか? ……ないんだろうな。


 とはいえ。たとえ物欲メインだとしても、記憶を取り戻せば魔の森にいた理由がわかるかも。

 それがわかれば私がどうやってこの世界に来て、どうしてアメジストとあの場所にいたのかも解明できるかもしれない。


 もしアメジストが私を召喚?とかした元凶なら、元の世界に返す術も、ついでに思い出したりして。(その場合、なんで召喚する必要があったのかは都合良く忘れていれば尚よし。絶対ろくな理由じゃない。)

 魔王完全復活!みたいにより一層やばい奴になるリスクもあるけど、ここはポジティブに良い結果になる方に賭けたいところだ。


「アメジストの本当の名前はなんていうんだろうね」

 私のごく普通の疑問に、珍しく「はあ?」っていう表情をした。

「そんなもの、知ったところでお前の好きに呼べばいいだろう」


 もっと親から貰った名前を大事にしてください。やっぱり情操教育は必要だ。


 しばらく歩いていると、小さな森に囲まれた場所に着いた。

 その広い空間の中に、ほとんど崩れた土壁のようなものが点在している。

 形から、元は家だったのだろう。風化して相当経ってそうだ。昔は村とかがあったのかな。


 アメジストが私の頭のあたりに片手をかざした。多分、いつもの障壁だ。

 慣れたもので、速やかに後方へ避難する。


 はいはい、じゃあ後はよろしくお願いしますよっと。



   ◆◆◆



 その魔物の姿は透けていた。


 はじめは薄い霧のような状態だったが、近付くと形を変え、獣の姿に変わった。

 輪郭の不安定な姿で飛び掛かってくる。

 片手で頭を掴もうとしたところ、俺の腕は魔物の体をすり抜けた。それが通り過ぎた後、腕に爪痕が残る。

 止血程度の回復術をかけ、魔物と距離を取った。


 背後に視線をやる。コハルが後方で木の幹に抱き着くような恰好で隠れ、時々顔を出していた。今のところ他の魔物の気配はない。


 視線を戻すと、霧の獣が再び形を変えた。輪郭の荒い人型になる。

 今度は襲い掛かってくるのではなく、その場で白い火球をいくつか出現させると一気に放ってきた。

 闇の障壁を目の前に壁のように広げ、それらを防ぐ。

 一つ一つは小さいものの、いくつか打ち込まれると障壁に綻びがでた。


 火球は光属性だ。なかなかの威力がある。

 こいつは少なくとも、ここ最近遭遇した中で一番強いな。


 障壁を張り直し、風属性の刃を生み出し魔物へ放つ。

 風の刃が吸収され、倍の威力の光球になって返された。それを障壁が弾く。

 予想した通り、火属性の攻撃も似たような結果になった。この魔物は光に特化している。


 続いて、地属性で岩石をいくつか出現させ、魔物の頭上へ落とす。

 闇属性は持たないようで吸収はされなかったものの、岩石は魔物の体をすり抜けていった。

 水属性で魔物の下から水柱を出現させる。これも同様に効き目はない。

 魔物が再び大量の光球を放ってくる。全て弾くと、障壁が消滅した。


 実体がなく肉弾戦は意味がない。

 風と火の術は吸収され、地と水の術は無効か。面白い。


「アメジスト、塩あるよ、塩ー! これで成仏させるといいよ!」


 背後で何か叫んでいる奴がいるが。気にせず戦闘に集中する。


 障壁が消えた瞬間にまた獣の姿に変化し、飛び掛かってきた。振り下ろされる爪を避ける。

 おそらく闇属性は効くだろう。光に特化しているということは、弱点である可能性が高いが……。闇を使わずに倒す方法はないだろうか。


 久しぶりに強い魔物との戦闘を楽しみたいというのもある。

 だが光と闇の上位属性同士は、四属性同士よりも反発する力が強く、相殺し合う際の余波も大きい。

 強力な光と闇で相殺を起こせば、攻撃術並の余波が周囲を飛び交う恐れがある。

 障壁があるとはいえ、コハルとの距離を考えるとなるべく使わない方がいいだろう。


 魔物は火の術だけは距離を取って吸収していた。

 他属性に比べ、警戒していたようにも思える。

 試しに炎を生み出し、それを手に浮かべたまま近付くと、やはり一度後退してから吸収された。


 火属性は攻撃に適しており、威力を高めやすい。

 俺はごく単純な火の術を選んで開始した。

 魔力を錬成し、構成した術へ注ぎ込む。やがて火焔が一本の矢になった。


 魔物が人型に変わる。指のない両手をこちらへ向け、俺の火を奪おうとする。

 吸収を防ぐため、さらに術の威力を高めた。


 また獣の姿に戻ると一気に距離を詰め、俺の喉元目がけて飛び掛かってきた。

 時間がない。障壁を狙われている部分にだけ展開する。

 しかし噛みつくのではなく獣の下半身を縄状に変形させ、俺の足に巻き付けると、先端を刃のように鋭く尖らせた。


 片足に痛みが走る。刃の切っ先で足を刺し貫かれ、地面に固定されていた。

 同時に獣の上半身で覆いかぶさってきた。俺の両肩に爪を食いこませ、今度こそ口を大きく開いて首元を狙ってくる。


 自ら懐に飛び込んできた魔物の背に、最大値の限界まで魔力を注いだ炎の矢を突き刺した。



 魔物を倒し、瘴気を吸収するとコハルが駆け寄ってきた。


「あの幽霊ライオン、強かったねー」

 頷くと、「よかったね」と返ってくる。それにも頷いた。

「……今のはひっかけ問題です。頷いたら0点」


 荷物を受け取り、歩き出したところで背後から悲鳴が上がった。


「血っ、血ぃーーーっ!?」


 コハルが地面を指差し、俺とそこにある血痕を見比べ顔を強張らせる。

「もう傷は塞がった」

 先程魔物に足をやられた時のものだ。今はほとんど回復している。


「アメジストも血、出るんだ……」


 しかも、普通に赤……。と地面を見下ろしたまま続ける。


 薄々気付いてはいたが、こいつは俺を人と認識していないらしい。

 ただ俺自身、自分が何者か知らない。魔物の可能性もある。


 休憩しろと言うのを断り、先に進む。

 それからもしつこく休めと纏わりついてくるのが面倒で抱えると、いつもより暴れた。


「だからなんで抱える!? 安静にって言ってるのにどうして真逆のことするかな、反抗期なのかなー?」


 最近はこいつの喚き声にも慣れた。

 奇妙な言動にはいちいち耳を傾けず、聞き流すことにしている。大抵意味のあることは言っていない。



 魔物を倒した後には瘴気だけが漂っていた。

 それをいつも通り吸収すると、回復と同時に光属性の最大値が上がった。

 今回、光属性は使用していないにも関わらず上昇した。あの魔物の瘴気を吸収した効果なのか。


 書庫に渡り、文献を読みあさる。


 最大値が上がった理由は不明だ。瘴気の吸収が関係しているとすれば、簡単には情報を得られないだろう。


 あの魔物の特徴についてはある程度知ることができた。

 魔物の中には、一属性に特化した『スピリット』というものがいる。

 実体を持たず、姿や気配を消していることが多い。魔物に分類されてはいるが、『精霊』と呼ばれる存在に近いらしい。

 精霊が瘴気の影響を受け、凶悪化した、という説が有力のようだ。


 精霊についても少し調べたが、あまり面白いものではなかった。

 そいつらと契約して使用する、精霊術というものがあるそうだが……。力の増幅は望めそうにない。


 スピリットを見つけて倒せば、また最大値を上げられるのかもしれないが。

 精霊は稀少な存在らしい。その近縁種扱いのスピリットを探しても、そう都合よく遭遇できはしないだろう。


 引き続き、闇の遺物を追うことにする。


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