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 魔術士ウルゼノス。

 およそ千年前。著者不明の神話めいた逸話の中に何度か登場する。

 魔術で人々を苦しめ、ある国の滅亡に関わったといった話が散見される程度で、それほど派手な活躍振りとも思えない。


 そこから更に七百年ほどの時を経て、光の大賢者メトラの伝承に時折その存在が示唆されるようになる。


 光属性を極めた大賢者が生涯警戒していた、闇属性最高峰の魔術士。邪悪の眷属を世にはびこらせる気でいるらしい。具体的に何が起こるのかは不明だ。

 あの瘴気の虫のように、魔物を操れるということだろうか。

 操作を試したこともあるが、どうやら俺に魔物は操れないらしい。不完全な術のせいか、何か別の理由があるのか。


 禁術によって転生するだとかいう話は、どうもこの頃から発生しているようだ。

 そんな術があるなら、もしコハルが死んでもすぐに転生させれば書庫は保たれるかもしれない……。

 いや、本気で信じているわけではない。そんな術があれば世の中は転生者だらけになっているだろう。


『……「私の生み出した光は世界の様々な場所に眠らせようと思っている。かつてウルゼノスがそうしたように」……』


 大賢者は光の術具――“遺物”を各地に埋めた。ウルゼノスへの対抗手段として真似をしたということらしい。

 言い換えれば“闇の遺物”が、この世界のあらゆる場所に眠っている可能性が高いということだ。


 真偽の不確かな伝説ではあるが、物は試しだ。

 この闇の遺物を追うことにする。



   ◇◇◇



 今更ながらのご報告ですが私、魔本レベルがアップしました。


 初めの頃は浮き出てくる内容を選べなかったけど、こういうのが読みたいな~と念じると、それが反映されるようになった。

 目を開けていても閉じても、私の意思にちゃんと反応してくれる。目を開けてじっと白紙を見ていても、私が何も出るなと思えば文字は出て来ない。


 これはもう、立派な魔術士……じゃなくて魔本士なのではなかろうか。

 こうなってくると俄然楽しくなってくる。異世界に来たからには魔法みたいなものを使ってみたいという願望が実はあった。


 前にお店でメニューを見ても全然わからなかったから、料理のことが載っている本を出して調べたり。

 いくつか一般的なものらしい料理名なんかも覚えて、最近は大抵の店ですんなり注文できるようになった。


 それといくら私でもご飯のことばかり考えてるわけじゃない、たまに勉強もしてる。もちろんこの世界のことについて。トルムやラズに教わったことを思い出しつつ調べたりしている。

 ただやっぱり独学って難しい。間違って専門書みたいなものを呼び出したら全然理解できなかった。なのでまずは子供向け雑学書を真面目に読むことにしている。


 それにしても魔本の便利さがわかってくると、ちょっと手放すの惜しくなってきちゃうな? でも背に腹は代えられないからなー。


 もちろん私も馬鹿じゃないから、真っ先に「元の世界に帰る方法をなにとぞなにとぞ……」って魔本にお願いした。でもだめだった。


 そうすると何故か、記憶から抹消したはずのあの恋愛小説が出てくるのだ。姫と竜のやつ。

 いきなり出てこられると私の中の黒歴史が蘇りそうになるので、心臓に悪いからやめてほしい。


 これが恋愛物じゃなければ、物語の登場人物から付けましたって言いやすいんだけど。(せめて姫を守る騎士以外の名前にしとけばよかった……。)

 あの話、まさかこの世界では有名な物語だったりするのかな?


 もし記憶喪失のアメジストの名前を私が付けたと知った誰かに、

「君、自分の護衛にあの竜の名前付けたの? ……へえー(微笑)」

 って反応されたら羞恥で死ぬ。わざとじゃないのに……。

 だめだ。この件は再び記憶の底に深く封印しよう。精神衛生上よろしくない。


 ちなみにアメジストは、未だに魔本を扱えないでいる。


 いつものあの意識飛ばしてるだけ状態で頑張っているようだけど、全然魔本には反映されていない。

 そのことに私はちょっとした優越感に浸っていた。


 だって、あれだけ魔術で超常現象起こしまくっているあのアメジストにすら使えないものを、この私が自由自在に操っているんですよ。

 普段から私のことを何気に、いやあからさまに手のかかるアホの子扱いするあの魔王がだよ?

 高笑いのひとつもしたくなるってものよ。おーほっほっほ!


 ……でも相手はあのアメジストだ。気付いた頃にはさらっと使えるようになってしまうかもしれない……。


 そうなると、私はお役御免だ。今の立場はあくまで魔本のオマケだから。

 どこか安全な町での一年間の生活保障はあっても、元の世界に帰れる保証はない。

 だから優越感云々とは別に、アメジストには是非このまま足踏み状態を続けていてほしい。


 局地的とはいえ天気すら操る魔術士だ。異世界に私一人送るくらいの術、そのうち本当に出来るようになるかもしれない。

 もしそうなったら、支払いの内容を一年間の生活費から、私を元の世界に帰すことに変更するつもりだ。

 なのでそういうタイミングが来るまでは、魔本の使えない無料の護衛でいていただきたい。



 それともう一つの方針として、前に本人にも宣言した、「アメジストを良識あるジェントルメンに人格改造しちゃおう計画」がある。


 これはもうそのまんまの意味で、問題大ありなアメジストの人格をどうにか矯正できないかという壮大な計画である。

 記憶の回復を手伝うと言ってしまったし、どういう回復の仕方をするかわからないのをただ手をこまねいて見ているよりは、なるべく良い方向へ導いておけたらな、と。


 その心は、いつか異世界人だと話した時に同情して、元の世界に帰るのを無償で協力してくれるようにならないかなー、みたいな……。


 というわけでまずは、魔本で教育に良さそうな内容を出して、さらに声に出して読むことにした。


 それこそ睡眠学習みたいな感じで、少しでもアメジストの脳みそに引っかかればいいなと思って。

 イメージは小さい子向けの読み聞かせ教室みたいな感じだ。いわゆる、情操教育ってやつ。


 もしいつかその効果が出て、アメジストに今よりは多少、思いやりの心が芽生えてくれたら……。

 それはこの世界を救うことに繋がるかもしれない。魔王の世界征服の野望を未然に防いだ的な。(そんな野望あるのか知らんけど。)


 まあ大義名分はともかく。普段からもうちょっとまともな扱いしてもらいたい。


「――そして二人はいつまでも仲良く暮らしましたとさ。めでたしめでたし」


 そうよくある結びで幕を閉じた物語をひとつ読み終え、私はふっと息をついた。

 ……うーん。ちょっとあまりにも子供向けの内容だったかな。絵の方が多かったし、むしろ幼児向けだったかも。


 内容もなんてことのない、二人の子供が喧嘩したけど仲直りするってだけの話だ。二人とも魔術を使う場面があり、魔術士らしいというところが異世界っぽいけど。

 あと最初から二人いたんじゃなくて、一人だった子が魔術でもう一人を作ったというのも異世界らしいっちゃらしい。


 しかしもう一人を作った理由がいただけない。友達が欲しかったとかではなく「苦手なことを自分の代わりにやらせるため」だ。

 これは果たして教材として大丈夫なんだろうか? そんな理由で魔術で人を作っていいと思わせたらまずくない? 特にアメジストみたいに下手すると本当に出来そうな奴には。

 次からは、まず最後まで目を通してから朗読した方がいいかな。


「この話は記憶しなくていいや。忘れろ~忘れろ~」


 片手を伸ばしてアメジストの頭に手を乗せ、ぐらぐら左右に振ってみる。これでよし。

 次はどんな話を出そうかと魔本に視線を戻したら、頭にがっと衝撃が加わった。五本指の鷲が紫の瞳を開く。


「……本の内容は読み上げるな」


 え!? 朗読禁止令!?

 謎の注意を受けて思わず憮然としてしまう。

 出会った頃は何度も「読め」って脅してきたくせに……。


 釈然としない表情を向けるも、無視してアメジストが号令を出した。


「出発する。支度をしろ」


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