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「僕の国の貴族の子女は数年間、寮生活をしながら学院で学ぶようですが。ラズはよくそこを抜け出しては、父に剣術を教わっていたんです。父もラズを気に入って、剣術修行から逃げ回る僕に無理強いすることもなくなりました。お蔭で僕は方術士のお師匠様のところへ弟子入りすることができました」

「方術?」

「一部の魔術を他と区別して方術と呼んでいるのです。“善き術”という意味合いのようです」


 その国では一般に魔術を禁じ、方術士と呼ばれる国が資格を与えた者だけが、定められた一部の術のみ使用できるという。

 何のためにそうした面倒な規制をするのか。理解に苦しむ。


「ただその方は“術士は心身の鍛錬を怠るべからず”というお考えでしたので……。修行内容が剣術から体術に変わったようなもので、肝心の方術はほとんど教わらないまま故郷を出てしまったんですけどね」

 苦笑いの後、思い出したことがあるんです、と続ける。


「お師匠様はよく、“邪心に囚われれば悪しき術の贄となり、魂を堕とされる”と言っていました。方術よりも魔術に興味を持っている僕への戒めだと思っていたのですが……」

「魔物がお前を操作した術が、その“悪しき術”なのか」

「……すみません。具体的にどんな術を指していたのかまでは……」


 乗っ取られていた間の記憶はほとんど無いようだが、俺が瘴気を吸い出したあたりからは意識が戻りかけていたという。

 瘴気を生み出す奇妙な音を少しは覚えていたらしいが、やはりあれが何なのかは分からないようだ。

 ダイコンとコハルの歌でトルムの身体から這い出て来たのは、小さな黒い塊だった。ただの黒い虫のように見えるそれを踏み潰すと、わずかに魔力が回復し、後には何も残らなかった。


「アメジストさん。前にお話しした大賢者メトラを覚えていますか?」


 頷くと、少々荒唐無稽で伝説の域を出ない話ですが、と前置きする。


「メトラはある人物を“悪の魔術士”と呼び警戒していました。

 光の賢者メトラとは真逆の闇の求道者、魔術士ウルゼノス。今から千年ほど前に存在したと言われる人物です」


 既に死んだ相手を警戒する? 疑問への答えは、確かに荒唐無稽なものだった。


「その闇の魔術士は、禁忌の術を使って他者の魂を滅ぼすのだそうです。そして魂の消滅した抜け殻を奪い――“転生”すると伝えられています」


 部屋の扉を開けたラズに呼ばれ、俺達はそこで話を切り上げた。

 魔術士ウルゼノス。闇属性を極め、禁忌の術を使う、か。

 なかなか面白そうだ。書庫で少し調べてみるとしよう。


 部屋に戻ると、コハルが服を替えていた。ラズの古着らしい。


 感想を求められたが、一体何を思えというのか。勝手に着たいものを着ればいいだろう。

 腹にしまっていた書庫の鍵を探す。腰につけた鞄に収納したようだ。

 ……以前の服の方が取り出しやすかった。


 無駄にひらひらと布が広がっている。あの掴みやすい帽子も無い。

 とっさの場面の持ち方を確認しておく必要を感じ、いくつか試すうちにコハルが暴れ始めた。ラズも何か喚いている。トルムは静かだが、異様に顔が赤い。

 子供の頃の記憶もないが、まさか俺もこいつらのように騒ぎ散らしていたのだろうか。どうでもいいことだが。



   ◆◆◆



 昼よりも夜の方が魔術を操りやすくなる。

 同じ術でも威力が上がる。特に闇属性だ。魔力だけでなく身体能力もわずかに向上している。


 まるで魔物の特性だ。俺は人ではなく魔物なのか?

 そうだとして、特に困ることもない。むしろ人の身では扱えない魔術や能力を得られる可能性がある。


 夜が更けた。この時間帯が最も力が満ちている。


 今夜はコハルを早めに就寝させた。

 隣のベッドから規則正しい寝息が聴こえてくる。


 俺は自分のベッドに腰を下ろすと、目を閉じて集中した。


 書庫に渡る時と似たような感覚で、コハルの傍へ意識を近付ける。

 無防備に緩んだ寝顔が見えた。そのままコハルの寝顔、額のあたりに意識を集中させる。


 昼間のトルムの、魂がどうこうという話を思い出す。

 そもそも魂とは何だ。堕とされる、滅ぼされるというが、それが死を意味するのか? どうも掴み所のない話だ。


 ただ今は、それが存在すると仮定してみる。

 もしコハルに魂があるなら、頭部のどこかだろう。特に理由はない。

 額に意識の手を差し込み、それを捉える感覚で魔力を操った。


 コハルが起き上った。ベッドを降りてこちらに近付いてくる。

 途中で一度引き返し、鞄から書庫の鍵を取り出した。

 鍵を片手に俺の前で立ち止まる。それから膝の上に座ると鍵を両手で開いた。黒い瞳は閉じられたままだ。


 気が付くと俺は書庫に降り立っていた。

 大して期待していなかったが、こうも上手くいくとは。


 あの黒い虫の魔物のように、意識のない相手を操れないかと考えた。

 成功したものの、果たしてこれは魔術と呼べるのだろうか。

 見様見真似で闇属性を使い構成したが、どこか欠けているようにも思う。その不完全な部分に何が必要なのか、今のところ見当がつかない。


 この操作は魔力を対象に流してその身を覆い、自在に操る。

 対象は身体強化をかけた状態に近くなるようだ。ただあくまで似たような状態というだけで、操作中のコハルを魔物にけしかけてもすぐに殺されるだろう。元々弱い人間がまともに戦えるようになる程の劇的な効果はなさそうだ。


 それと相手に意識があるうちは成功しない。

 起きている時にも試したが、発動しなかった。やはり意識が無い時を狙う必要があるらしい。


 また一つ便利な力が手に入った。とはいえ頭の痛い問題もある。


 コハルを伴って各地を巡る間、今回のように危険な状況がいつまた起きるかわからない。

 そうした場面での守護の手数を出来る限り増やしておかなくては。


 例えば俺が直接守れない状況でコハルが勝手な行動をした場合、術で眠らせてから操作し、安全な場所へ退避させる。

 もしくは眠らせた後に安全な場所へ置き、望遠で監視しておき状況が変わった場合は操って退避させる、などだろうか。

 ただ望遠も、使用中は本体の感覚が多少鈍くなる上、視野に映せる距離や範囲もそれほど広くはない。

 これらはあくまで万一の時の手段と思っておくべきだろう。


 さて。操作で書庫の鍵を起動できると確認した。

 今後は安定して夜通し読書ができる。効率よく知識を増やしていけるだろう。


 ……しかし知識を得るためにコハルを連れていくはずが、コハルを守るための知識を得る、その優先順位の方が高くなりつつあるのは一体どういうことだろうな。

 なんにせよ知識が増えれば書庫の利用価値も上がる。今はそれでよしとするしかない。


 何気なく手に取り開いた本には、ダイコンとコハルの歌が載っていた。

 あの聴く者の戦意を打ち砕き、精神を衰弱させる謎の鳴き声が脳裏に蘇る。

 俺は一度本を閉じ、また開いた。



   ◇◇◇



 窓から差し込む朝日が、ゆるゆると目覚めを促してくる。

 なんだか久しぶりにぐっすり眠れた気がする。……そうだ、魔本を読まずにいつもより早めに寝たんだった。


 やっぱり自分でも気付かないうちに疲労が溜まっていたんだろうなー。この世界に来てからというもの、毎日が非常に異常な日々の連続だ。


 重いまぶたをこすってから、両手を伸ばして大きく伸びをする……途中で、片手が何かにあたった。

 …………。

 私は気を取り直して伸びをした。片手の角度は少し変更して、勢いよく伸ばす。いわゆるアッパーカットみたいな感じだ。

 それを気怠げに片手で止めた男が、表情は動かさずに呆れを漂わせてくる。


「起きて早々うるさい奴だ」


 はあ? まだ一言も喋ってませんけど。


「昨日は自分のベッドで寝たはずなんだけど。なんで膝の上にいるのかなー? どこの変態魔王に拉致されたのかしら?」


 今回はしっかり記憶に残ってるぞ。最後にいた位置は絶対にここじゃなかった。ベッドで横になる幸せを嚙みしめて寝たんだから。

 睨みつけているとしばらく視線を合わせてから、ぼそりと返す。


「夢遊病が発動したな」


 その設定よく覚えてたね。


 もう、本当にこのままじゃいけない。べつにラズの妄想みたいな変な心配はしてない、だからってこういう非日常は看過しちゃだめなやつだ。

 膝の上から移動し、ベッドの上で仁王立ちすると、座るアメジストを見下ろしながら宣言する。


「この際だから言っておくけどね。記憶の回復を手伝うと言ったけど、それとは別に今後はいろいろと頭に叩き込んでもらうつもりでいるから」


 ほんの少しだけ顔を動かし、面倒臭そうに視線を上げる。

 いつも話を聞く気なんてほとんどなさげなくせに、なんで夢遊病ネタとかは覚えておくのか。アホなのか。


「大人の良識、常識、倫理観……そういう大事なこと諸々を!!!」


 ふんっ、と鼻息荒く眉間のあたりを指差してやる。

 どうせ勝手にしろ、もしくは無視、とかで流されるのだろう。そう思ったのに、返ってきたのは予想外の言葉だった。


「だったらせいぜい長い道のりになる覚悟でもしておけ」


 ……そういうのが大きく欠けてる、っていう自覚くらいはあるのかな?

 でもこの態度、粛々と私の教育を受けるつもりには全然見えない。


 まあいい……好きなだけ余裕かましていればいいさ。

 気付いたらいつの間にかドアを開けて私を先に入れたり、棚の高い所にある物をさっと取ったり、お茶汲んだり、お菓子買ったり、私の好物をこっちの皿に……あ、それはもうやってた。

 とにかく、良識あるただの紳士に仕立て上げてやる。覚悟しやがれ。


 私は胸に決意の炎をたぎらせて、人格改造計画の始動に相応しいがっつりした朝食を求め、街に繰り出した。

 隣に座るアメジストが無表情のまま、こちらの皿に私が狙っていたおかずを投げ入れた。


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