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※若干の暴力的表現があります※


 ラズとトルムを見送ってどれくらい経っただろう。

 相変わらず時間の感覚がわからなくなる薄暗い森だ。もう日が落ちる頃かな、暗さが増してきた。

 食べ終えたアケの実の種をそのへんの茂みに捨てる。見た目と食感はりんごで、味は桃に近かった。美味。


 ……さすがにそろそろ、二人の様子を見に行った方がいいよね。


 万が一トルムがここまで助けを呼びに来れない状況だったりしたら、急がないと。この森は夜になるほど危険だというし。


 私は隣のアメジストを見上げ、口を開きかけて止まった。

 不機嫌そう……というよりも深く思案している感じだ。眉をひそめて遠くを見つめている。

 この遠い目、何度か見た覚えがある。

 私は夜の訪れとは別の焦燥感でいっぱいになった。


「アメジスト……二人の様子を」

 見に行こう、と言う途中で舌打ちされた。な、なんで話しかけたくらいで?


「……なんだ今のは」


 どうやら私へ向けたものではなかったらしい。でもその顔と独り言が不安を募らせてくる。

「魔力を奪った……? ……そうか、」

 アメジストの独り言を聞くともなしに聞きながら、私はポケットから魔本を取り出した。


「目的は――――乗っ取りか」


 魔本の両端を引っ張る。アメジストがノールックで私の手首を掴んで止めた。

 見ないまま魔本を取り上げ、器用にポケットに戻してくる。それからやっと視線を合わせるとじっと見つめてきた。


「今から言う事を守れるなら、あいつらの所まで行ってやってもいい」


 守る守る。だから早く行こう。

 大きく頷くと、アメジストが何か術をかけたらしく、身体の奥がすーっと冷めていくような感覚になった。頭がやけにすっきりした感じ。


「術を重ねたせいで障壁の効果が弱まった。俺が直接守れない場合は、身の安全をはかる行動を自分で考えろ。何が起きても取り乱さず、意識を強く保っておけ。それが出来ないならあいつらのことは諦めろ」

「わかった。大丈夫、自分でちゃんと考える」


 私はもちろん即答した。緊迫感のある声と内容で少しだけ怖かったけど、そんな状況にあの二人がいることの方がもっと怖いと思った。



   ◆◆◆



 コハルを抱えて走る。目的地はこの先の広場、送気塔がある場所だ。


 そこで戦闘が……いや、一方的な暴力が行われている。


 障壁を弱めてしまったため、やむを得ずコハルを連れて行く。

 あの現場を目にしたらまたうるさく騒ぎそうだ。気絶でもさせてやりたいところだが、それだと本末転倒になる。


 ラズが追った魔物はどうやら相手の意識を乗っ取り、操ることができるようだ。意識のない相手は格好の餌食だろう。

 障壁を弱めてでも、コハルには意識を奪われるのを防ぐ術をかける必要があった。ただし効果は高いとは言えない。俺の苦手な部類の術だ。


 ラズ達が現れると、待ち構えていたように魔物が姿を現した。

 しばらくは逃げ回っていたが、その間に術が通用するかどうか推し量っていたようだ。


 だが奴は、途中で別のものに気を向けた。

 ラズが片腕に装備した短い小手――魔動具のまがい物だ。

 効果は低質な地属性の身体強化だが、一回分の力は低いものの、約十回分を一気に放出すればそれなりの魔力量にはなる。

 闇属性で全ての魔力を奪えば、そこそこ強力な術を構成できるだろう。さすがに人間相手には魔物用の術の成功率は低いと理解しているらしい。


 子供騙しの装置で解除できる程度の仕組みだ。ある程度魔術に長けた者なら鍵を一度に解除し、力を奪うことくらいできる。ただそれが可能な魔物が存在することには少し驚いたが。


 小手が不自然に震え出し、異常を訴える。

 驚いたラズが足を止めるも遅い。奴の企みは成功した。


 小手に無数の亀裂が走った。最後に光を放ち、音を立てて砕け散る。

 トルムが叫びながら駆け出す。そのまま光の中に突っ込んでいき、はじき出されたラズが地面に倒れ込んだ。


 俺たちが広場へ到着すると、まんまと意識を乗っ取った魔物が、一度腕を止めてこちらに顔を向けた。


 倒れたラズに馬乗りになったまま、トルムの顔が笑みの形に歪む。


「なに……なにやってるの……? トルム?」


 呆然と呟くコハルを二人から離れた場所へ降ろす。

「もう忘れたとは言わないだろうな。取るべき行動がわからないようなら、こいつらは見捨てて今すぐ帰るぞ」

 コハルが勢いよく首を横に振った。

「だ、大丈夫。忘れてない。だからラズを助けて! 早く!」


 連れてきておいて今更だが、こいつに最善の行動を期待するのは無理なのではないか。

 さすがに近付くほど馬鹿ではないが、無防備に立ち尽くしてラズを指差す。周囲への警戒などあったものではない。ここが夜の魔の森だということすら忘れていそうだ。

 思わず溜息を吐いた。……今すぐ書庫を失う覚悟をするべきか?


「トルムは魔物に意識を乗っ取られている。お前も意識を失うことだけは無いように警戒しておけ。もし他の魔物が出たらとにかく逃げ続けろ」


 返事を確認するのも馬鹿らしいと思い、魔物から目を離さずにその場を離れた。

 トルムの肉体を奪ったそれがゆらりと立ち上がり、こちらに不気味な笑みを向けている。


 もう逃げ回る気はないらしい。

 ラズから離れ、近付いてくる俺に回し蹴りを放ってきた。動きだけならトルムそのものだ。

 だが本来のそれよりも速く、重い。まがい物の魔力を全て吸収するのではなく、いくらかはそのまま身体強化として使ったようだ。

 トルムに入り込んだ後、逃げるでもなくラズをいたぶっていたのはその自信ゆえか。


 闇属性の身体強化を使い、同時に相手の視野を歪ませる術で蹴りをかわすが、それ以上近付く隙は与えられなかった。追撃の拳の連打を仕方なく両手で受ける。


 ラズの様子を確認する。ひどく殴られたようで意識を失っていた。

 動けなくなるまで殴り倒したということは、今のところ乗り移る気はないのだろう。念のため回復を優先するべきか。このまま死なせたらコハルが更に面倒な状態になりそうだ。


 片手に光属性の塊を生み出すと追撃を止め、警戒して跳び退った。

 思った通り光は苦手のようだ。俺も得意ではないが。


 光を増やし、見た目だけはったりをきかせた光球を放つ。それを避けると魔物が距離を取った。

 その間にラズに回復術をかける。苦手分野のせいもあり治癒は浅く、意識も戻らない。

 完治は諦めて抱えあげ、コハルから離れた場所へ置いた。


 俺の光の威力を見極めたのか、戻ると再び間合いを詰めて連撃を放ってきた。

 それを受け、回避しつつ考えあぐねる。


 仮にトルムの身体を動かせなくなるまで攻撃したとして、あの術を何度使用できるのかわからないうちは下手に手が出せない。

 俺を簡単に支配できるとは思わないはずだ。次に狙われるのは間違いなくコハルだろう。

 術の効果があるうちはいい。だがトルムやラズの中に潜伏し、効果が切れた瞬間を狙われれば厄介だ。

 奴がその気配を見せた時は、コハルが何と言おうと二人をここに放置して逃げるしかない。そのうち適当な他の魔物にでも乗り移るだろう。


 魔物本体だけを狙って攻撃できればいいが。言うのは容易くてもその手段は見当がつかない。


 探知を応用すれば可能だろうか。

 だが姿形も定かではない存在を探知し、他人の中から引きずり出す。そんな芸当、今の俺の光属性ではまず無理だ。

 闇なら話は別だが……少なくとも今まで見た文献にそんな術はなかった。


 蹴りを受け、それを利用して後方へ跳んだ。

 着地し、足元に転がる魔物の抜け殻を生み出した炎で焼く。瘴気は出ず、そのまま灰になった。

 ……魔物ではなくただの動物だ。これも支配を受けた犠牲者か。

 俺の行動をにやつきながら眺めてくる。元の肉体に未練はないらしい。


 再び間合いを詰められ、拳が繰り出される。

 攻撃を受け流しながら視線をやると、コハルがいつの間にか移動し、ラズの頭を抱えて座り込んでいた。

 ……何のために離れた場所に置いたと思っているんだ。せめていつでも逃げられる体勢でいようとは思わないのか? ここまでくると怒りすら湧かない。


 重い一撃を風の術ではじき返し、距離を取る。

 手っ取り早いのは、術を使う暇を与えずトルムの肉体ごと破壊するやり方だ。その場合魔物と共にトルムも死ぬことになるが。

 コハルがあの調子では、それも検討するべき段階なのかもしれない。


 もう殺すしかないか……? 思わず呟いた時、奇妙な音が聴こえてきた。


 ――ウバウ……オトス……――

 ――……ニエ……――


 金切り声のような雑音と共に、頭に直接響いてくる。

 トルムの中にいる魔物の声なのだろうか。

 耳障りで、不快な音だ。歌うように何度も繰り返している。


 何故か俺はこの旋律を知っている気がした。


 闇属性の魔力を感じるが、何か違和感もある。

 なんにせよ醜悪で胸糞悪い響きだ。もし過去に関わりがあったとしても、思い出したいとは思わない。


 音に合わせるように、トルムの身体から黒い靄――瘴気が発生した。

 少しずつ全身に広がり、顔以外をほとんど覆い尽くした時、大地を蹴った。


 今までより更に速くなっている。打撃もまともに何度も受けるのは危険なほど、重く鋭くなっていた。

 魔物がトルムの顔に歓喜を迸らせながら、こちらの回避も反撃も許さない速度で連打を打つ。身体強化した腕の骨が、攻撃される度に軋むような音を立てた。


 だが馬鹿正直に食らい続ける気はない。いつものように瘴気を吸収できるか試した。

 死骸ほどすんなりとはいかなかったものの、ある程度は引き剥がして奪い取ることができた。


 魔物が驚愕し、慌てて跳びすさる。新たに瘴気を発生させるがそれも吸収する。

 奇妙な音で生み出す瘴気によって強化されるようだが、残念ながら俺との相性は最悪だったな。


 いつの間にか音が止んでいる。

 諦めたのか、魔物がじりじりと距離を開け始めた時。


「アメジストー! ちょっと聞いてー!」


 コハルが立ち上がって叫んだ。横目を向けると起き上がれはしないもののラズが目を覚ましている。


「どうにかトルムの動きを止めて、運んで行くことって出来ないかな?」

 不利と気付き、目で退路の確認を始めた魔物を注視しながら返す。

「動きを止めただけでは、トルムとしての意識は戻らないぞ」

「わかってる。でもどうしても試してみたいことがあって……これ!」


 書庫の鍵を開き、こちらに見えるように掲げた。

 そこには一行、魔術が浮かび上がっている。


「試すだけなら構わないが。期待はしない方がいい」


 釘を差すと、コハルが何度も頷く。

 俺は闇の魔力、そして操作性を高めるため風の魔力を同時に錬り上げた術を、トルムに巣食う魔物に向けて放った。


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