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 目が覚めたらいきなり猛獣の殺戮現場だったらどうしますか?


 動物愛護団体に連絡する?

 ……でも残念、今は携帯を持ってない。

 とりあえず、加害者らしき人物を説得して止める?

 …………でももし止めに入ったとして、どう見ても狂暴そうな猛獣たちだから、そんなことしてる間にこっちが秒殺されそうなんだよなぁ。


 なので、下手に動かないことに決めました。

 というより動けない。寝起きでこんな謎な状況を適切に対処できる能力あったら、進路希望調査票だってもっと真剣に書いた。


 震えながら、私はさっきから一人で猛獣たちをボコボコにしている人を観察した。

 長い足で獣に蹴りを入れるたび背中でなびく、紫の髪。色は淡く、角度によっては水色にも見える。顔立ちは一瞬でもわかるくらい整っていた。

 私よりは年上だと思う、多分20代前半くらい。ただこの人の場合、美しさが人間離れしてて色々わからない。背も高いし男の人なんだろうけど……。


 ていうか、蹴りがえぐい。わりと無造作な動きなのに、グシャ!って音がする。グシャ!て……。


 猛獣に蹴りを入れて吹っ飛ばし、反対側から飛び掛かってきた奴に手刀入れて昏倒させる間、その麗しいお顔の表情は一切動かない。

 いや笑顔でやられても怖いけどね。……でも完全な無表情なのに、なんとなく楽しそうなのは気のせい?


 着ている服は、全体的に黒っぽい。それと薄汚れてて所々破れてる。背中の布(マント?)はいくつも穴が開き、裾はボロボロだ。

 猛獣との戦闘でこんなズタボロに? と思うも、今のところ攻撃を受けたのを見たことが無いし、怪我しているようにも見えない。

 ダメージなんちゃらって感じで、異世界では今こういうのが流行ってるのかな。


 さらっと言っちゃったけど、ここって異世界だよね?


 さっきから猛獣猛獣言ってるけど、ライオンとか虎とか、私の知っている動物とは明らかに違う。もちろん私の知らない動物も世界のどこかにいるだろうけど、違い方がそういうレベルじゃない。

 全体はクロヒョウのようで足だけワニというのがいれば、頭は猛禽類なのに体は牛のやつとか、ハイエナみたいな頭を二つ持った大型犬とか。


 極めつけは、そんな猛獣たちを蹴散らかしてるイケメンの人。動きが人間離れしてるだけじゃなくて、時々なんか黒いのを出す。

 黒い、電撃のような謎光線を出したり、猛獣の足元からいきなり黒い剣山みたいなの出したり。さっきは黒い塊出してそのまま投げてた。

 なんで全部黒いんだ。違う色はないのか。けど変にカラフルな方がきっともっと怖い……。


 よく見たら死体がごろごろというホラーかつスプラッタな現場のはずなのに、体中ひしゃげたり穴を開けられた猛獣たちからは、血が流れていない。

 動いている時は狂暴な生き物にしか見えないのに、動かなくなるとただのぼろぼろの剥製に見えた。

 だから怖くないかっていったらそんなことは全然ないですけど。


 そんなふうに生きた心地のしない観戦を続けていたら、いつの間にか立っているのは黒いの出す人だけになっていた。

 そして究極の衝撃シーンを目撃してしまった。

 す、と腕を前に突き出したと思ったら、動かなくなった猛獣たちの身体から何か黒いものが這い出てきた。また黒だよ。

 ある程度の量になってきたら、それらはゆらゆらと動き出し、黒いの出す人の掌に吸い込まれていった。


 ……………………気持ち悪っ!!!


 ずるずる、というか、ごくごく? 一定の調子で掌の中に吸い込まれていく黒いモヤモヤたち。それを吸い出されていくにつれ、猛獣だったものがただの灰の塊のように変化して原型を留めなくなっていく。


 それらがすっかり跡形もなくなったところで、腕をおろした黒いの出す人改め黒いの吸う人が、満足そうに一度頷いた。

 ごちそうさま、みたいな……?

 謎の猛獣(死体)から絞りたてのどす黒い何かを、残さず美味しくいただいたらしい。これは絶対、放送とかしちゃいけない類の映像だ。怖すぎる。


 ここが異世界じゃないならなにが異世界なのか私にはわからないよー。

 できれば異世界じゃなくて夢であって欲しい。



   ◇◇◇



「これはお前のものか?」


 空を覆うようにそこかしこで生い茂る樹木。木漏れ日が降り注いだりはしない、景色も空気もやたらどんよりした森の中。


 さっきまで謎生物たちの殺戮現場だった少し開けた空間は、今は尋問部屋のような様相を呈していた。尋問を受けているのは私だ。

 間近で見るとますます整いすぎて造り物みたいに思える美貌に、冷ややかな低音。見つめ合ったまま問いかけられ、胸が高鳴った。

 恐怖で。


「……ぇっと…………ワカリマセン」


 私の前にしゃがんできた黒いの吸う人が、近くに落ちていた本を拾って目の前にかざしてみせる。

 黒っぽい革表紙の、少し厚みの薄い百科事典みたいな本。表紙にタイトルや著者名などの情報は何もない。

 これ、私の本だっけ? どうだっけ?

 さっきまでの殺戮シーンの余韻が酷くて頭が真っ白だ。目を逸らしてぼそぼそ答えたら、がっ、と空いてる方の手で頭を掴まれた。ひい。


「さっきはお前に反応していたようだった。……開いてみろ」


 無理。怖い。このイケメン怖い。私も体から黒いの出てたらどうしよう。絞りカスにされちゃう。

 早くしろ、と言われて手渡された本を慌てて開く。がたがた震える手でページをめくるも、白白白、白紙しかない。……でも黒じゃなくてよかった。

 安堵した瞬間、開いた本の中央がほんのりと光りだした。

 それからじわぁ……とインクが滲んでいくみたいに、開いたページに文字が現れる。


 あ、なんかデジャヴ。これさっき途中まで読んでたやつのような気がする……。

 子供向けの内容から少しレベルアップして、文字は若干大きめだけどイラストはもうない。

 えーと、どんな話だっけ。そうそう、確かお姫様とイケメン騎士の竜がどうのこうの……。

「あっ……」

 頭を鷲掴みしていた手を離し、黒いの吸う人が本を奪った。開いたページを食い入るように見ている。


 ちょっと思い出してきた。二人は恋に落ちるんだけど、戦争が始まって竜は戦場へ行ってしまう。そこで受けた怪我のせいで竜は記憶を失い、姫のことを忘れてしまう。

 竜は帰ってはきたもののいろいろあってクーデターが起きたりして。記憶喪失なのを利用され、敵に洗脳されてしまった竜の手によって姫は捕らえられ、牢獄へ……というところまで読んだ。ラストはどうなるんだろう。


 というかこの人すごいじっくり見てるけど、意外にそういう話がお好みですか……?

 恐々と窺っていたら、無言で本を突っ返された。

 やっぱりね。そんなロマンチックな話を好む人なら、死体から黒いのすすったりしない。


 と思ったら、そこにさっきまであった文字は全部消えていて、ただの白紙に戻っていた。

 …………おぉ?

 なんで消えちゃったんだろう。としばらく見つめていたら、再びボワーと文字が浮き上がってくる。おぉ!?

 そんな気はしてたけど文字が出たとたんまた奪われた。


「……おい。おかしな細工をするな」

 本から顔を上げ、見下ろしてくる視線が氷点下だった。辺りの温度が少しずつ冷えていく。

 いや比喩じゃなくて……! 寒い!


「してませんしてません! 細工とかできないし! そもそもなんで文字が浮き出てくるのかもわかんないのでっ!」


 どういうこと? つまり私が触ると文字が出てくるけど、黒いの吸う……もう黒い人でいいや。に、渡すと消えちゃうってことだよね?

 ――はっ!? わ、わかった気がする……!

「そうか! 本はきっとあなたのことが怖いんですよ!」

 気温が更に下がった。なんで!? 絶対そうでしょ!? 少しは本の気持ち汲んでやれよ!

 舌打ちしてから、黒い人がまた本を突っ返してきた。今度は白紙のページを開いたまま、私の顔の前にずいっと押し付けてくる。


「読め」


 …………ん?


「……え、読め、って……私?」

「他にいない」


 そりゃいないけど……。もし誰かいたら、本気で助けを求めたい。

 そんなに運命に引き裂かれる姫と竜のロマンス聞きたい……?

 さっきの戦闘シーンとはなにか別の恐怖感でいっぱいになりながら、私は本を持って文字が現れるのを待った。


 この空気の中で恋愛小説朗読するなんていやだよー。

 目の前で腕組んで仁王立ちしてるイケメンの圧が半端なくて断れる度胸はないけどいやだー。

 そんな風に思っていたら、本が少しだけ空気を読んでくれた。

 徐々に浮かび上がってきたのは、姫と竜の物語ではなく子供向け雑学書の内容だった。


「え、えぇと……『アケの実。あまずっぱくて、おいしい。生のままでもいいけど』……」


 声が完全に震えてる。でも止めたら確実に怒られそうだから必死に読み続ける。

 というかこんな子供向けの内容でいいのか……? 私と違ってこの世界の人なんだろうし、ここに書いてあることなんて当然知ってるんじゃないの?


 ちらちら目の前にいる黒い人の方を窺いながら読み続けると、いつの間にか腕組みしたまま目を閉じていた。

 私の震え声朗読に聴き入ってくださっているのでしょうか。全然嬉しくない。

 しばらく読み続ける。もう30ページくらいいっただろうか。文字とイラストが大きくて1ページの内容が少ないからすぐ進む。

 読み始めてからは、黒い人は文句も言わずにずっと静かに聞いていた。目を閉じ、少し顔を俯かせて……。


 …………あれ、こいつ寝てない?


 私の心にちらりと疑念が湧いた。でも確かめるのも怖い。私史上最高にちょっかいかけちゃいけない人だもん。寝起きとかめちゃくちゃ機嫌悪そう。

 腕組みして立ったまま俯く黒い人に疑惑の眼差しを向けながら、私は次のページをめくろうとした――その時。


 ――――……シュー……シュゥーッ……


 大蛇……いや、巨大な蛇の胴体に猿の顔をした生き物が、前方の樹々の隙間からこちらを見ていた。猿顔だけど開いた口から覗く舌は蛇。

 木や茂みに紛れて全体像はわからない。でも胴体はぱっと見でも私の両腕で抱えられそうにないくらい太い。きっと長さもかなりあるだろう。


 真剣にやばい。朗読なんかしてる場合じゃない。


「……っあの! 起きてください!」


 本を閉じて、私は空いている方の手で黒い人の二の腕あたりを叩いた。

 もう四の五の言ってられない、怖いけど起こすしかない。ってかやっぱり寝てんじゃねーか!


「ねえ起きて! やばいってば! 黒い人後ろ後ろー!!!」


 しゅるしゅる言いながら図体の割に静かに近付いてくる猿蛇。私は必死に黒い人を叩いた。両手で本を持って叩きまくる。


 本を持ち替えて最後の切り札・カドをぶち込もうと振りかぶった時、紫色の瞳と目が合った。 


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