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 なんで私、ここにいるんだろう。


 異世界だよ。魔術が存在する世界だよ。

 なのに特殊能力やステータスアップなんかのボーナスも何もなしって……。世界を越えて迷子になっただけの人じゃん。


 いつもより多少、頭が冷えているような感じがする。かといって解決策は浮かんでこない。

 この感覚は施された魔術によるものらしく、残念ながらいきなり賢くなったりする効果はないらしい……。


 私は膝の上に乗せたラズの頭を抱きしめた。

 呼吸は浅く、まだその青い瞳は一度も開いてない。

 天使みたいな顔も、全身も傷だらけで痛々しい。特に、打撲のような怪我が多かった。


 少し離れた所で戦っていたアメジストが、術で相手を遠くまで吹き飛ばし、後ろへ飛び退って距離を開ける。

 術のせいかいつもよりも冷静に、耳がその呟きをしっかり拾ってしまった。


「……殺すしかないか」


 だめに決まってるでしょ。

 そうつっこみたいのに、私の口は上手く動いてくれなかった……。



   ◇◇◇



「ラズの家は、いわゆる高位の貴族なんです」


 私達と合流してから、トルムはぽつぽつと今までの経緯を語りだしていた。

 ルマーヌに到着した日、ラズは今後は部屋を別々にすると言った。


「昇級するためにも今後は一人で依頼をこなすし、そろそろオレたち解散だな」


 部屋を別にするのは構わなくても、その言葉に引っかかりを感じたトルムが戸惑っていると、


「トールだって、これからは本気で魔術士目指すんだろ? アメジストに弟子入りとかしてさ」


 ……相手に弟子を取る気があるかは置いといて。(先生とか、一番なっちゃいけないタイプだろ……。)

 思いもよらない言葉に唖然とするトルムに、青い瞳を剣呑に細め、棘のある声で続ける。


「……オレと一緒に来たのは“魔術士になりたいから”だったっけ。まさか別の理由でくっついてきたなんてことねーよな? 例えば15になるまでにオレを連れ戻せ、ってあのクソ親父に頼まれた、とか。

 ……そんな奴じゃないとは思ってるよ。だけどもし故郷に未練があるなら、早いうちに帰った方がいいんじゃねえの。いつまでもオレとつるんでないで、自分のやりたいことをやれよ」


 呆気にとられながらトルムが全体的に否定するも、ラズはそれ以上ろくに会話もせずに一人部屋に行ってしまったらしい。それきり一度も会っていないそうだ。


「15歳になるとなんかあるの?」

「……家同士で決めた婚約者がいるんです。ラズが15歳になれば、正式に婚約式なども催されるみたいです」


 なんだか物語の中の話みたい。こういうふとした瞬間に、ああ私って今異世界にいるんだなって実感してしまう。

 それはともかく。実家を飛び出したラズは、婚約はもちろん、帰る気さらさらないわけだ。貴族の生活が性に合うわけないんだろうな、あの感じだと。


 話からはラズの真意まではわからない。でも何か理由をつけて、トルム離れをしようという意志を感じた。

 一方のトルムはラズから離れる気も、世話を焼くのも今のところやめる気はなさそうだ。


「ていうかトルムはさー、あれでしょ。ラズが心配で一緒についてきただけでしょ?」


 トルムが驚いた顔を向ける。

 いや驚くことか? いつもラズの保護者っぽいし、数日会っただけの私でもわかるくらい君はラズが大好きだよね。

 ちょっと照れくさそうに笑って、こくん、と頷く。微笑ましい。思わず私もふふふと笑う。


 そんな私たちの和やかな空気をぶち壊す男が、紫の瞳を開いた。


「わざわざ入口まで行くのは面倒だな。ここを潰すか」


 なんかまた物騒なこと言ってる。

 でも確かに森の入り口はまだまだ先だから、あそこまで行くのは時間がかかりそう。ラズも心配だし早く会えるに越したことはない。


 アメジストが鬱蒼と生い茂る樹木に向けて術を放つ。足元の地面から衝撃波のようなものが真っ直ぐに伸びていき、それが森に近付くにつれどんどん大きく広がっていった。

 森にぶつかる頃にはかなりの大きさになったそれが、ブルドーザーのように木々をなぎ倒し、押しつぶして進んでいく。


 二、三人がゆったり横並びできるくらいの道を作った後、風を起こして倒れた木を吹っ飛ばしてどけていく。もう滅茶苦茶だな。

 でもお蔭で獣道よりも歩きやすそうな脇道が完成していた。

 ……この道を通って魔物が迷い出ていったらどうするんだろう。もし器物損壊?とかで逮捕されたら私は加担してないと供述しよう。


 アメジストがまた目を閉じて、出来立てほやほやの道を進んでいく。私たちもその後に続いた。


 ちなみにこの目を閉じ歩きは、別に変な遊びというわけではなく“探知”というのをしているらしい。よく転ばないよね。

 ラズが持っているはずの魔動具(まがい物)の特徴なんかを、その術で追っているそうだ。

 今度こそ本当に警察犬みたい。ドーベルマンとか。


「……そういえば。前にラズが『魔動具は今の等級だとまだ使えない』って言ってた気がするんだけど」 

 隣のトルムを見ると、一度重いため息をついてから言った。

「そうです。傭兵ギルドでは、何か特殊な事情や状況でない限りは銀等級からしか所持も使用も認められてません」

 私の記憶はどうやら正しかったようだ。


「ラズ、どうしちゃったんだろうね……道具に頼るタイプには見えなかったのに」

「……それだけ焦っているのかもしれません。昇級も、家のことも。15までに戻らなければ勘当されるようなので」

 まだ14歳。家出して一人でやっていくと決心するには早すぎる歳だ、そりゃ焦りも不安もあるだろう。

 私が中学の頃なんて、修学旅行から家に帰ってきただけでほっとしてたなー。


 アメジストの前に魔物が一匹躍り出て来た。トルムが私の前に立って構える。

 しかし目を閉じたまま片手を振っただけで、吹き飛ばされて木に叩きつけられ動かなくなった。

 攻撃と同時に黒いもやも吸ったらしい。もう木の下で灰になっていた。

 アメジストは面倒くさがってる時の方が強い。ラズとトルムの後ろでサポートしたり、やたらと火で攻撃していた時は手抜きだったのがよくわかる。


「……僕にもアメジストさんのような強さがあれば……」

 戦闘体勢を解いたトルムがぽつりと呟く。

 いや、あんな魔王になっちゃいかん。お願いだからならないで。


「トルムは十分強いと思うよ。それにまだ14歳でしょ、これからだよ」

 戦う力ゼロの私に太鼓判押されても嬉しくないかもしれないけどね。

 苦笑いしながらも、しっかりとした声で言った。


「ありがとう、コハルさん。……僕、無事にラズを見つけて戻ったら、傭兵ギルドに入ろうと思ってます。ラズが許す限り、一緒に傭兵として生きていこうと決めました」


 トルムのご家族は……なんて詮索は野暮ってやつだろうな。決意は固そうだ。

 きっとこれからはラズと更にべったり、いや絆の固いバディとしてやっていくことだろう。

 うんうん、頑張れ~と応援していると、またアメジストの前に魔物が飛び出してきた。すると今度は閉じていた目を開ける。


「いたぞ」


 アメジストのやばさを察したのか、魔物がじりじり後退する。

 その先は少し開けた空間になっていて、魔物の後ろに小さく人影が見えた。目立つ赤みの強い髪。

 私たちはついにターゲットを発見した。



   ◇◇◇



「あーーーっ!? お前ら!? 何してんだこんなとこでっ!」


 私たちの心配をよそに、魔物の後ろでラズが元気に声を上げた。

 見た感じそれほど怪我も憔悴した様子もなく、ほっとする。トルムも大きく息をついた。


「い、いや今はそれどころじゃねぇ……トール、アメジスト、手を出すなよ! そいつは依頼の獲物なんだ、オレが倒す!」

「手伝う気などない。さっさと終わらせろ」


 言いながら私の隣まで来たアメジストがいつもの障壁をかけたあと、魔物がいる方向にも術をかける。突進してきた魔物が見えない壁にぶつかり、はじき返された。


 やたら大きいイノシシみたいな身体で体毛は苔のような緑色。だけど顔としっぽはなんだかあの動物……アライグマにそっくりだ。口元にはイノシシっぽく大きい二本の牙がはみ出している。


 何度か見えない壁に頭突きを繰り返すと諦めて、魔物が方向転換してラズに狙いを定めた。

 ラズも双剣を構えて迎え撃つ。魔物の突進を避け、すれ違いざまに一太刀浴びせた。

 その後もまるでマタドールのように軽やかに攻撃をかわしながら、ラズは舞うように双剣を操って少しずつ魔物にダメージを与えていく。


 はらはらしながら観戦していたものの、気が付いたらラズはわりと余裕で魔物を倒していた。

 魔動具(まがい物)を使ったようには見えない。いろんな意味で私は胸を撫でおろした。所持してるだけでもダメらしいから、後でバレないうちにこっそり捨てちゃえって言おう。


「ラズ、お疲れ様! これで依頼完了だね!」

 駆け寄って声をかけると、倒した魔物の前にしゃがみ込むラズが首を振った。

「いや……まだ一匹残ってる」

 立ち上がったその手には、魔物から引き抜いた牙が二つ握られていた。倒した証拠品ってやつかな。


 ラズが言うには、この魔物と一緒にもう一匹の魔物がいたらしい。


 それはネズミのような魔物で、依頼主の元果樹園で見つけた時からこの魔物の背に乗って一緒に行動していたそうだ。


 二匹を発見したものの逃げ回られ、他の魔物に邪魔されたりもしながら、先ほどようやく追い詰めたところ。ネズミ魔物は背から降りて、この魔物だけが襲い掛かってきたらしい。

 それからラズに攻撃したり、逃げたりを繰り返してここまで来たという。

 そのネズミ魔物を逃がすために自分は囮になったのかな。ラズも同じ考えらしく頷いた。


「多分あいつは他の魔物には乗れねぇんだ。強いやつらが増える森の奥まで逃げ込むとは思えねぇ。こいつが帰ってくるのを待って、まだあの辺にいるはずだ」


 魔物の亡骸を……いや、もう灰になってる! いつの間に。というか他人が仕留めた獲物をなに勝手に吸ってんだ。

 灰の小山をぐしゃ、と踏みつけながらラズが言う。こうなるとわかってたから、すぐに牙を抜いていたのかな。さすが有能な14歳。


「これから仕留めに行くから。邪魔すんなよ」


 気持ちはわかるけど、やっぱり心配だ。

「一応、アメジストも近くで待機してて」

 私たちはトルムの依頼――ラズを見つけて、無事に町まで送り届ける――を受けているのだから、ラズの身の安全を確保する必要がある。そう思って言うと、


「本当に来ないでくれよ。……これは理由があって言ってるんだ」


 あのネズミ魔物はきっと弱い。だから魔物の背に乗り、自分だけはラズとの対決を避けた。

 弱いから知恵を使っているんだろう。依頼主の土地に目を付けたのもそいつだろうぜ、魔の森にいたままじゃいつか他の魔物に食われるだろうしな、と続ける。


「オレが剣を抜いただけでびびって逃げるような奴だ。こんな威圧的なのが来たら、また逃げられちまう」


 ラズがアメジストをじろっと見上げて言う。

 ……確かに、この人が小動物を安心させる空気を纏えるわけがない。魔本にも恐れられてる疑惑あり。

 仕方ない。ラズの言う通り、私たちはしばらくここで待つしかなさそうだ。だけどせめて、念には念を入れよう。


「アメジスト、水の回復術をかけてあげて」

 私が言うと、ラズが先に反応した。

「なっ、いらねーよ。オレは自分の力だけで……」

「だめ。これは私たちが受けた方の依頼に関わることなんで。ラズには拒否権ありません」


 ちら、とトルムに視線を向けると、ちょっとぽかんとした後で慌てて頷いた。

 アメジストが片手を向ける。ラズの全身が一瞬、ほんのり光った。回復術ってこんな感じだったんだ、いつも疲れ果ててたからきちんと見てなかった。

「……ったく。お節介め」

 顔色の良くなったラズが、ぷいっとそっぽを向いた。やっぱり少しは疲労が溜まっていたんだろう。


 踵を返して森の奥へ向かうラズを、トルムが追いかけた。

「君の邪魔はしないから」

「……来るなよ。オレは一人で……」

「僕はアメジストさんとコハルさんを雇ったんだ。もしもラズに何かあったら、二人は依頼を失敗することになる。僕は手を出さない代わり、本当に危なくなったらアメジストさんに救援をお願いするつもりだ」

 渋るラズに、珍しくトルムが有無を言わせない口調で言う。


「私たち誰も、ラズを弱いなんて思ってないよ。ただ心配なだけ。依頼主のおじさんもいい人だったよ。子供だからって馬鹿にしてるわけじゃないから」

 つい言わずにいられなくて声を張ると、ラズが足を止めた。むすっとした横顔だけど、怒っているわけではなさそうだ。

「……わかってるよ」

 すぐに前を向き、走り出す。トルムが慌ててその後を追った。


 うん。なんとなく、ラズは大丈夫な気がする。回復術もかけてあるし。


 だけどこの時の根拠のない楽観を、私はすぐに後悔することになった。


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