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「この町が安心安全な理想の町かどうかを調査します!」
立ち止まり振り返る。片手を挙げ、俺に合わせて足を止めると姿勢を正した。
傭兵ギルドを出てからは妙に大人しいと思っていたが。
いつもなら物珍しげに動きまわる黒い瞳を、真っ直ぐに向けてくる。
「お前を安全な町に送ってやるのは、俺が本を扱えるようになってからだと言ったはずだ。それまではこちらの目的を優先して行動してもらう」
「それはわかってるけど。……アメジストの目的って何? 魔本の他にも何かあるの?」
目的を教える必要はない。だが連れて歩く間、何度も質問を受けるのは面倒だ。
コハルはどうやら、書庫を構築した筆頭所有者のようだ。……信じ難いが。
こいつが夢だと思っているものは、おそらく所有権を持つ者への審査だったのだろう。一体どんな基準で何を審査するのか、思い出させようとしたものの結局わからなかった。
闇の術で眠らせ、意識のない状態で鍵を扱えるのか試したが、やはり起動はしなかった。
夢遊病はともかく。コハル自身の意思で審査を発生させたとは考えにくい。
時が来れば、書庫が所有権者をどこかへ呼び出し審査するのかもしれない。
どれもこれも信憑性のある内容とは言い難かったが、全てがコハルの虚言とも思えない。
魔の森にいた理由を訊いたあたりから、どうも何か隠したがっているように見えたが。隠し事を誤魔化すために書庫の話を出したにしては、あまりに内容が支離滅裂で断片的すぎる。
いくらこいつでも、嘘を吐くならもっとそれらしい話に仕立てるはずだ。本当に断片的にしか覚えていないのだろう。ある程度は事実とみていい。
そして何故か審査を通過し、何らかの条件を満たしたコハルは書庫を構築するに至った。その後すぐに俺と会ったという話が本当なら、他に書庫の所有者はいないことになる。
つまりコハルの死は、そのまま百年の書庫の死を意味する。
過去の筆頭所有者が残した鍵を手に入れたことで、所有権を得たのだろうか。
とはいえ再構築に百年かかることを考えると、筆頭所有者になる方法を知ったところで意味がない。
俺が目指すべきは、第二の所有者と認定される方法だ。
それまではコハルを常に目の届く所で監視しておきたい。戦闘能力の無さだけでなく、謎の思考からくる挙動も不安だ。いつどんな経緯で死んでも全く不思議じゃない。
所有者になるまでは、コハルを守り、同行させる。
だが大して威力のない術にすらいちいち騒ぐ奴だ。俺の目的に協力的な態度を取るとは思えない。質問には少し言い方を変えて答えることにした。
「失った、記憶を取り戻す」
正確には記憶ではなく、力だが。
俺の返答に、コハルが目を瞠って数歩後退した。
「ええっ!? アメジストなのに過去が気になるの!?」
……なのに、とはどういう意味なんだ。
「記憶が無いと困るといえば困る」
「ほんとに~? なんか前、過去はどうでもいい的なこと言ってた気がするけど……」
こいつは不要なことだけはよく覚えている。書庫の審査も含め、もっと覚えておくべきことが他にあるだろう。
「でも、いい心掛けだと思うよ。もし家族がいるなら心配してるだろうし……よし、決めた」
コハルが気の抜けた笑顔を向けてくる。相手を脱力させる術でも使っているのかと疑うが、こいつは魔力を欠片も持たない。
「私もアメジストの記憶回復に協力するよ。無料で」
いらん。
だが同行する理由ができたのなら、まずは上々か。
「だったらそのためにも、この町を隅々までくまなく調査しましょう!」
…………何故そうなる?
どこに記憶の断片が転がってるかわからないし、地道にいろんなものを見て脳に刺激を与えた方がいいと思うんだ。うんそれがいい、そうしよう!
そう続けるコハルの笑顔の中に、上手くことを運んだと言わんばかりのものを感じ、俺はやっとその思惑に察しがついた。
魔の森でも子供の声を気にして、俺の出した条件を深く考えずに飲んでいた。
自分も無力な子供のくせに、わざわざ厄介事に関わろうとする。本当におかしな奴だ。
◇◇◇
町の調査と称した聞き込みを始めて、気付けば数時間。すっかり日が高くなってしまった。お昼食べたい……。
いや。もう少し手掛かりを掴んでからじゃないと、落ち着いてご飯が食べられない。
ひと通り話を聞き終えた通りの入り口で、次はどこへ向かうべきか悩む。
私のターゲットはもちろんラズだ。
さっきのトルムの様子から、これは事件のにおいがするな、と。
調べた結果、事件でも何でもありませんでした、ってなるならそれはそれで構わない。むしろその方がいい。
とりあえず人の流れがある方へ行ってみると、賑わっている広場に出た。
あれ? この広場は前にも来たけど、こんなに出店みたいなのあったかな?
きょろきょろ辺りを見渡すと、立て看板があった。今日は定期市らしい。
フリーマーケットみたいな雰囲気でちょっとわくわくしてしまう。ラズのことがなければじっくり見て回りたいところだけど。
私は定期市の店の人にも聞き込みをすることにした。
「ああ、その子か。俺の依頼を受けてくれた傭兵さんだけど……それがどうかしたのかい?」
やった! ついに当たりだ!
野菜と果物を積んだ荷車の前に立つ、がっしりした体格のおじさんだった。
「私たちその子の友達なんだけど、ちょっと難しい依頼だって聞いて。なんなら手伝いに行こうと思ってるんですよー。どんな内容なのか教えてもらえませんか?」
守秘義務があるとか言っていたけど。今は緊急事態かもしれないし、私たちはギルドに所属してるわけじゃないからただの質問ってことで。
おじさんは特に渋い顔もせず話をしてくれた。
三日前、ラズが依頼を受けに来たという。
おじさんはここと魔の森の中間くらいの場所に果樹園を持っている。でも各地で魔物が迷い出てくる話も増えたりで今は閉園しているらしい。
するとここ最近、その元果樹園に住み着いてしまった魔物がいると判明。被害が出る前に追い払い、可能なら退治してほしいという依頼だった。
その日のうちに、魔物を発見したものの魔の森に逃げてしまった、これから再び退治に行くとラズが報告した。
おじさんは、ひとまず数日様子を見て、もう戻って来ないようなら依頼完了ということで報酬を支払うと言ったそうだ。だけどラズは納得しなかった。
あの様子だとすぐにまた戻ってくる、依頼を完璧に達成するためにも退治する、と。
なんて律儀な。私だったらラッキーって報酬受け取っちゃいそう……。
ラズがまだ子供なのを理由に説得しようとしたら、それも良くなかったらしい。
オレは一人前の傭兵だから大丈夫だと言って譲らなかったそうだ。いかにもラズっぽい。
おじさんは、あの子がもし無茶をしているようなら助けてあげてくれ、と話を締めくくった。更におまけの呟きも漏らす。
「しかし友達の多い傭兵さんだな。少し前にもあんたと同じくらいの男の子に、同じことを聞かれたよ」
確実にトルムだ……。
お礼を言って、りんごにそっくりなアケの実を二個買い、お店を後にした。どっちも私のおやつにする予定。
トルムはラズを捜しに行ったのだろうか。だとしたら急いだ方がよさそうだ。
二人とも、それぞれ一人で魔の森に入ったってことだろうから。
今度はどんな大義名分でアメジストをラズ追跡作戦に参加させようか頭を捻っていると、先に声をかけられた。
「その前にもう一軒寄るぞ」
私は驚いて隣を見上げた。その前、っていうのは追跡作戦のことと受け取っていいのかな。
いやまあ、バレてるだろうなーとは思っていたけど。ちょっと、いやかなりあからさまな聞き込みだったし。
どっちにしろ私に拒否権はなさそうなので、素直に頷いておいた。