15
「――何故お前はその“暗闇”の中にいた? どうやって辿り着いたんだ?」
宿の部屋は尋問部屋の様相を呈していた。(二回目)
「……いやだから、わかりませんとさっきから……」
ベッドに座って足をぶらぶらさせていると、仁王立ちするアメジストがじわ……と冷気を出す。
私は靴を脱いでベッドに上がり、布団を引き寄せてその中にくるまった。これで冷気対策はばっちりだ。なんだか眠くなってきそう。
と思ったら布団をひん剥かれた。奪った布団をぺいっと自分のベッドの上に投げ捨てる。酷い! 寒い!
さらに頭鷲掴みの追撃が私を襲った。
ぎし、とベッドに片膝をついて、無表情なのに不機嫌さをはっきり滲み出している。この人記憶喪失前は尋問官でもやってたのか。
「では何かを認定されたという時の状況を、もっと詳しく話せ」
……いや、だからぁ……。
私はもう何度目かわからない返答を返した。
「いきなりそんな感じの声が聴こえてきて……」
「だから、それは誰だ」
「わかんないってば。私、その時寝てたみたいだし……」
「寝ていたのか起きていたのかはっきりしろ」
ぐぬう。確かにそう言われても仕方ない供述だけど、でもお前にだけは言われたくない!
「ねえ、さっきから何なの? あの時の夢の話が、アメジストに一体何の関係があるの?」
「……その話の詳細がわかれば、俺も本を扱えるようになるかもしれない」
あらそうなの。どうりで必死だと思った。
それを聞いたら、尚更協力するわけにはいかないな。
というか詳しく思い出そうとしても、本当に無理なんだよね。
でも今日のアメジストの目のギラつきは、この程度で解放してくれるわけがないと物語っている。
なんでもいいから思い出して、やった感を出さなければ。
謎の音声の内容を記憶から引っ張り出す。
なんかの構築を開始します、とか言っていたはず。なんだっけ。あの時、「え、この本一冊のために……?」って思った気がする。
えーと。本棚? 図書館? 書斎……? 違う、あれだ。あれあれ。
「“書庫”」
これだ、と私は思わず手を叩いた。頭を掴むアメジストの手がぴくっと揺れる。
「そうそう、思い出した! いや~これはすごい情報だ。これを聞いたらきっとアメジストも魔本君ともっと仲良くなれそうな、すごい情報だな~」
必死に情報の価値を高める努力をする。でもあんまりやると逆に怪しまれそう、というよりイラついてさらに冷房きかせてきそう。
「その夢空間で、書庫を構築したらしいよ。さすが魔本だよね。たった一冊のために書庫をわざわざ作るなんて」
それとも書庫が必要なくらい、実はどこかにたくさん魔本があるのだろうか。この世界の古本屋に売られてるのかな。
もしそうならアメジストと仲良くした方が得だと思うけどね。私は仲間を増やしてあげる余裕がない、むしろ換金する気満々の女なので。
何故かアメジストは、私のとっておき情報で大人しくなった。
自分のベッドに戻って、思案ポーズで座り込んだまま動かなくなる。……本当にこれ何か大事な情報だった?
ぼんやり眺めていたら、顔を上げた瞬間目が合った。
そこで私の意識は途切れた。
気付くとベッドで仰向けになっている。
さらに実験動物を観察するかのような瞳に見下ろされていた。
「夢遊病ではないようだが」
いきなり不自然に寝たの、絶対に魔術だ……。
私の両手はお腹のあたりで開いた魔本に添えられている。本を読みながら寝落ちしたように見えなくもないけど、そんなわけない。また勝手にセットされた。
「夢遊病は私の中に眠る秘められし力だから。いつでも発動するわけじゃないの。今までだって普通に寝てたでしょ」
なにかレアな能力っぽく言いつつ魔本をしまう。
もう興味を失ったとばかりに無視して、アメジストが自分のベッドに戻ってまた思案ポーズを始めた。
とりあえず尋問は無事に終わったようだ。
さて、ご飯でも食べに行こうかな。一人で。
ベッドを降りて扉へ向かう途中、アメジストが立ち上がった。人質代わりに魔本を渡すと突っ返される。
「まだ時間も早いし、宿の近くで食べてくるだけだから一人で平気だよ」
魔本さえ預けておけば、命の危険が無い場所なら私のことはそれほど気にしないだろうと思ったのに。むしろ食事するだけで死にそうになる店って何だ。食中毒?
結局何を言ってもついて来るのは譲らなかった。どうせだからと少し足を延ばして、庶民的な定食屋って感じの店を見つけて入ってみた。
謎の肉がたっぷり入った野菜炒めが美味しい。でも付け合わせの辛くて酸っぱい漬物が苦手な味で、こっそりアメジストの皿に乗せる。やっぱり見られていたけど何も言わずに食べ切っていた。
……いいんだ。それなら今後もこの作戦でいこう。
それから通りをぶらぶらして窓から店を冷やかしたり、日用品を売る店を軽く覗いたりした。大きな町だからいろんな店があって面白い。
アメジストはどの店にも興味がなさそうだ。そろそろ機嫌悪くなるかな、とたまに隣を見るけど妙に大人しい。
私は思いのままに街歩きを楽しんだ。
◇◇◇
約束の三日後になったので、私たちは再び傭兵ギルドを訪れた。
「アメジスト様ですね。話は伺っております」
入口から入って正面にある、受付カウンターのようなものの中にいた眼鏡のお兄さんが立ち上がって声をかけてきた。この世界で初めて眼鏡の人を見たな。
「ダヌマンティル討伐の報酬をお支払いいたします。お渡しは現金と証印石、どちらになさいますか」
また新ワードだ。現金以外の選択肢があったとは。
「あの、証印石って何ですか?」
アメジストが何か言う前に、先生質問です的に片手を挙げて聞いてみた。
「証印石は、お預かりしている金額の証明となるものです。最初に石の代金を支払っていただきますが、その後は紛失や損壊などされない限り何度でも使えます。
この預金は他の支部でいつでも自由に引き出せます。それと我々傭兵ギルドだけでなく、提携している他のギルドや店でも使えますよ。今回のように報酬が高額の場合、安全な方法かと思います」
銀行みたいなものってことでいいのかな。証印石自体は銀行の通帳やカード的な。クレジットカードみたいにも使えそうな感じ。
証印石の値段は100カラトらしい。うーん、ちょっと高い。でも便利なシステムだと思うし。
私はアメジストに証印石をお勧めしてみた。
「好きにしろ」
全く興味無さそうに言う。……なんであんたの貯金の話を私が好きにしていいのか。まぁだったらしてやろう。
「証印石にします」
「かしこまりました」
少々お待ちください、と言ってカウンターの後ろの部屋に入っていく。
……そういえば、肝心の報酬額をまだ聞いてない。でもあの言い方だと100カラトの証印石を惜しむようなものには思えないから、きっといい額なんじゃないだろうか。
戻ってくるとアメジストに契約書にサインさせたりして(こっそり字を見たら普通に綺麗だった。)手続きが済むと手の平サイズの薄い板を渡した。
白地に所々薄いグレーの模様が入っていて、大理石に似ている。お兄さんが短い呪文のようなものを呟くと、アメジストの手の中の板が一瞬光った。
それまで何もなかったのに、板の上の方にさっき紙に書いたサインが浮かび上がっていた。その下に数字も浮かんでいる。
14900
「中央の数字が金額、単位はカラトです。今回の報酬は15000カラトでしたので、証印石の代金を引いた14900カラトをお預かりしていることになります」
……うん? 想像よりもなんというかこう、すごい額だな。
この間試しに見積もった一年分の生活費、軽く越えてない……?
いきなり顔の前に、ぬっ、と証印石が差し出される。
「な、何!?」
高額な貯金入りだ、怖いから触りたくない。落として割れたりしたらまた100カラトかかるんだろうし。
隣を見上げると、無表情だけどどこか不思議そうな顔だった。
「お前の好きに使えばいい。その腹にでも入れておけ」
はあー!!?
それただの借金だよね? 好きに使えって表現はおかしいでしょ。あとさり気なく言った腹に入れるって表現もやめてほしい。
私のポケットは四次元空間とかに繋がっているわけじゃないんだから、こんなの入れていたくない。魔本を取り出す時にうっかり落としそう。
「やだよ、アメジストのものなんだから自分で――」
扉が開く音に、私は言葉の途中で振り返った。
入口には三日ぶりのトルムが立っていた。挨拶しようとして、顔を見てなんとなく止める。どこか張り詰めた空気で受付のお兄さんを見据えていた。
「ラズは来ていませんか?」
アメジストを引っ張ってカウンターの前から離れる。お兄さんがトルムに顔を向けた。
「今日はまだ来てないよ」
「……あの、でしたらラズが受けた依頼を」
「トルム君」
少し早口な言葉を遮って、ぴしゃりと言う。
「今回、君はラズの依頼に参加していない。守秘義務もあるし、詳細は教えられないね」
「…………」
悔しそうに俯く。なんだか妙に焦っているけど……。今の話だとラズは今回一人で依頼を受けているみたいだ。
トルムが顔を上げ、縋るような目をアメジストに向けた。それに一度視線を返したあと、
「行くぞ」
入口に向かって歩きだす。すれ違う時ですら、トルムの方を見向きもしない。
こいつは鬼か。あ、魔王だった。
声をかけるべきか迷っていると、戻ってきたアメジストにフードを掴まれて有無を言わさず退場させられた。なんか最近よくそこ掴むけど、気に入ってるのか。護衛すると言いながら窒息させるのやめてね。
思い詰めた表情のトルムが、立ち去る私たちに声をかけることはなかった。
後になって気付いたら、いつの間にかポケットに証印石が入っていた。
……最近、私のパーカーのポケットがいろんな意味で許容オーバー気味。