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 食事を摂るよう勧めてくるコハルに、断りを入れた。


「もう一週間近く何も食べてないよね? 死ぬよ? ……お腹空いてないって、それもう感覚が麻痺してるだけだから! 死ぬよ!」


 無視していると、また書庫の鍵を手荒に扱いはじめる。

 元々護衛として同行するつもりだったが、仕方なく折れることにした。こいつは食物が絡むと異様な執念を見せるらしい。

 食事は美味いとも不味いとも思わなかった。面倒なだけだ。


 俺はおそらく、食事を摂らなくても問題なく生命維持できる。睡眠も必要ないらしい。

 正確には、魔力さえあれば肉体を良好な状態に保つことが可能だ。

 これは森で気付いた時から自然とやっていた。費やす魔力も、消費していると意識できない程の微々たる量だ。


 食事の帰りにラズを見かけた。妙にこそこそと寂れた通りを歩いている。コハルはもちろん、向こうもこちらに気付いてはいない。


 そこでやっと思い至ったが、俺は肉眼での視野とは別に、離れた場所を見る時がある。


 気付いたのは二度目に書庫へ渡った時だ。俺の本体とコハルの様子を見ることができた。

 書庫の力ではなく、どうやら俺自身の能力らしい。好きな時に自由に使え、これもわずかな魔力を消費している。

 この視野を仮に望遠とでも呼んでおく。ある時、見える範囲や距離が少し伸びた。使えばある程度性能が向上していくのかもしれない。


 これらの能力についても調べたが、文献は見つけられなかった。

 知識量と蔵書量は連動しているのかと思ったが、違うのか。既に獲得している能力について知ることが出来ないとは、納得がいかない。

 閲覧制限が解ければこれらの謎も解明されるのだろうか。


 そもそもこの書庫は一体どこに、どういう仕組みで存在しているのだろう。

 予想通り、書庫自体について調べると閲覧制限の連続だ。

 現時点ではこの施設の全貌を知るのは不可能のようだ。


 四属性の魔術書の続きでも読むか……。

 それともあまり期待はできないが、光の大賢者という奴について調べるか。


 大いなる力とやらが存在するのなら、誰でもいいからさっさと俺に寄越せ。



   ◇◇◇



 白い壁に大きなタペストリーが掛けてあった。

 この柄、どこかで見たような……ああ、さっき外で見たばかりの看板だ。傭兵ギルドの。

 それを背に、黒っぽい机の前に座る髭もじゃのおじさんが髭を動かした。


「――ラズ。お前、話作ってんじゃねぇだろうな」


 それまで一言も喋らずたまに相槌だけを打っていたのが、大きくため息を吐いて言う。

 いかにも異世界らしいいかつい風貌だけど、どことなく真夜中に子供たちにプレゼントを配るあのお爺さんを彷彿とさせる。


「作るかよ。もし作るなら、もっと現実味のある話にするぜ」

 立派なお髭のおじさん――傭兵ギルド ルマーヌ支部のギルドマスターは、ラズの言葉に軽く頷いてから、こちらに視線を向けた。

 といっても私ではなく、隣に立つアメジストにだ。


「アメジストさんよ。ダヌマンティルを討伐した証拠はあるか? 皮や牙なんかの身体の一部だな」

 あの猿蛇魔物のことのようだ。隣を見上げると、今日も今日とて無表情だった。

「無い。死骸も残らなかった」

 倒したことを信じてもらおうなんて、これっぽっちも思ってない言い方だ。この会話自体に興味がなさそう。


「……嘘を吐いてるようには見えんな。ったく……」

 片手で髭をいじったあと、再びアメジストに顔を向ける。

「わかった。うちの方で一度確認に行ってから、報酬を支払おう。そうだな、三日経ったら受付に言って受け取ってくれや」

 なんか信じてくれたっぽい。もう魔物はいないと確信を持っているような言い方だ。

 よくこんな怪しい奴の言うことを信じたなぁ。いや、アメジストの言葉じゃなくて、ラズの言葉を信じたのか。


「あ、その場所なんだけどさ。さっきも言ったけど……」

「わかっとる。その件も一緒に確認させる」

 大根畑の話ね。大根、この先も無事に植わってるといいけど。まあもし魔物が襲ってきたら、あの大根砲をぶっ放すことだろう。

 ヴェン親子の方も、余った仙霊草を後でギルドが買い取る手筈を整えてくれるそうだ。面倒見がいい。


「なーなー。銀等級の依頼をやってのけたんだぜ! そろそろ昇級……」

「何抜かしとる、馬鹿もん。全部アメジストの手柄だろうが」

 ウキウキしながら言いかけたラズだけど、即座に一刀両断されてしまった。ちぇーと唇を尖らせる。

 だけど言葉のわりには、それほど期待はしていなかったみたいだ。序盤は前衛として活躍してたのに、主張しなくていいのかな。


「で、そっちのお嬢ちゃん」

 皆の話をぼーっと聞いていたら、マスターがいきなり振り向いた。

「は、はい?」

「魔動具のような本を持っていると聞いたが。少し見せてもらってもいいかね?」

「あ、はい。どう――」

 ぞ、と続ける前に隣から伸びてきた腕に止められた。ポケットに手をつっこんだ私の肩あたりを、がっちりホールドしながらアメジストが言う。


「そこまでする義理はないな」

「……俺はお嬢ちゃんに訊いたんだが」

「これはそのうち俺が買い取ることになっている。他の者には見せない契約も交わした、諦めろ」


 契約って。そんな御大層なものだったっけ? もうラズとトルムにも見せちゃったんだし、ケチくさいこと言わなくてもいいと思うけど。

 むしろ海千山千って感じなマスターに、この魔本をよく調べてもらった方がいいんじゃないかな?

 使い方を知っている人に心当たりがあるかもしれない。もしそうならアメジストにとっても嬉しい話のはずなのに。


 納得いかない視線を上に向けていると、話は終わりとばかりに私を小脇に抱え、部屋の扉に向かった。

 おいおい、どんな立ち去り方だ。私のこと多分いろんな意味でお荷物としか思ってない。

 それを大して気にしていない様子で、マスターが今度はラズと話し始めた。


「ラズ。お前、いつまでも冒険ごっこしてて昇級できると思うんじゃねえぞ。半端な覚悟で渡っていけるほど傭兵は甘くねぇ」

「……わかってるよ! だから次の依頼はオレ……――」


 バタン。

 なんだか穏やかじゃない空気というか、声を荒げるラズが心配でもう少し話を聞きたかったのに。私を抱えたまま、アメジストが何の未練もなく扉を閉めた。


 ……私より耳もいいくせに(多分)、なんであの会話に一ミリも興味持たないかな。耳の性能の問題じゃないのはもちろんわかってるけど。



   ◇◇◇



 三日後に報酬が支払われるらしい。


 私は隣を歩くアメジストをちらっと見上げた。

 あの猿蛇の報酬額はいくらになるんだろう。まさか魔本を買えるくらいになっちゃったり?

 そもそも一年分の生活費って、どれくらいになるのかな。軽く計算してみよう。


 今の宿が10カラトでしょ。昨日のご飯は二人で5カラトくらいだったから、一人一日三食なら約8カラトとすると。

 18×365(この世界が一年365日なのか知らないけど……)

 ……えーと。暗算苦手だし一年間なら着替えだって必要だし、とりあえずちょっと高めに見積もって20×400とすれば8000……。

 私はだいたい8000カラトくらい貰えばいい感じなのかな? もう少しちゃんと物価を調べてからになるだろうけど。


 どう考えても高額になる。支払いは魔本を扱えるようになってから、という約束だ。きっとこれから魔物退治なんかで少しずつ稼いでは貯金して、って感じになるだろう。

 ちなみに護衛をタダにして貰えたからって、こっちは譲歩する気なんてない。

 絶対に魔本を大金に化けさせてみせる! 悪女と呼んでくれてもよくってよ。


「アメジストもここの傭兵ギルドの傭兵になるの?」

 私が訊くと、即否定してきた。

「所属しなくても金を払うようだからな、わざわざ入る意味もない」


 ふーん。じゃあまた強い魔物を倒したら報酬を貰う気はあるけど、所属はしないという方向かな。

 傭兵以外にもお金を稼ぐ方法はあるだろうし。どちらかと言えば私はそっちを知りたい。後学のために。


「じゃあこれからどうする? 魔本を使えるように特訓でもする?」


 正直に言えば、今すぐ魔本を攻略されてしまうと困るんだけどね……。

 元の世界に帰る手段が一切わからない今、可能性がありそうなのはアメジストの魔術なのだ。

 アメジストが魔本を手に入れてしまったら、このチームは即解散だろう。この人が何の理由もなく私とたまに連絡を取り合う仲になるわけがない。

 できれば少しでも手掛かりを掴めるまで、護衛も含めて一緒に行動しておきたいんだけどなぁ。


 私の言葉に足を止めると、じっと見下ろしてきた。

「……なに?」

 どういう意味の視線かわからなくて訊くと、

「前に“古本”と言っていたな。その本を売った奴については何も知らないのか?」

 私は首を横に振ってみせた。古本屋に本を売りに来た人のことなんて、知るわけない。

 それで会話は終わりかと思ったら、質問は続いた。


「そもそも、どうしてお前はあの森にいたんだ?」


 ……………………えっ、今!?


 もうその質問をするタイミングは終わってると勝手に思ってたから、今更聞かれると思ってなかったな!

 今までその件について興味なさそうだったし、今後もスルーなんじゃないかと勝手に解釈してました!


 でも、普通だったら真っ先につっこむよね。

 なんでお前そんなに弱いのに魔の森の奥にいたんだよ、って……。

 おお……天啓……どうしてこういう時に降りてきてくれないの。


 私は冷や汗かきながらさり気なくアメジストから視線を外した。でも見られてる気配はひしひしと感じる。

「それは、私にもわからないんだよね」


 どこかで聞いたことがある。本当のことを混ぜて話すと嘘だと気付かれない、みたいな説。


「私って、どうやら夢遊病みたいなんだよね」

 困っちゃうよね、でも体質ってなかなか変えられないからねーあはははー、と笑って誤魔化す。

「何にもない真っ暗な場所で魔本を読んでたと思ったら、気付いたら森の中」

 そうっと視線を上げる。探るようなアメジストの瞳とぶつかった。

 意味わかんないよね。言ってる私もわからん。でも嘘ではない!


「その闇しかない夢の中で魔本に吸い込まれたり、何かを確認しますとか何か認定しましたとか条件がどうとか言われて、グゴゴゴっていうすごい音がしたりして。こりゃ逃げなきゃやばい、起きなきゃー! って思って目が覚めたら、アメジストが目の前で魔物ボコボコにしてましたよ、という……」


 うああ。やっぱり目を合わせてこんな意味不明な内容言うの無理!

 話し出してからすぐに耐えられなくなって、再び目を逸らした。とてもじゃないけど隣を見れない……。

 でも嘘じゃない、むしろ思い出せる限りの真実を語っているんだ!


 ……あれ、そもそもなんのために私は真実を語っているんだっけ?

 ……はっ。そうだった。異世界人で、いきなり魔の森に飛ばされて来たみたいなんだけど、元の世界に帰りたいからなんかいい術ない? っていう本音を隠すためだった。

 …………もういっそ素直に言う?

 だけど見返りもなく協力してくれる気がしないし……。


 俯いてぐだぐだ悩み始めた時、アメジストが私の腕をとった。

 自分でも幼児の説明かって思う内容に、どんな反応を返されるか確認することもできず。逃げることもできないまま、その場で俯きじっと待つ。


「……それは、夢ではない」


 上から不思議な呟きが降ってきた。思わず見上げてしまうと、紫の瞳がひた、とこちらを見据えてくる。

 アメジストの表情は真剣そのものだ。……怖い。

 私は何か間違った選択をしてしまったのかもしれない……。


「詳しく話せ」


 そう言うと私の腕を引いて、足早に宿へと続く通りを進んだ。


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