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 傭兵ギルドが警戒する強敵とは、あの沼の魔物のことだったらしい。

 わざわざ避けるほどの相手か? 沼の中の尾は動きも素早く、魔術なしにやり合えば時間がかかるだろうとはいえ……。


 だがこれで、ダイコンを追うのに支障はなくなった。

 コハルがあの仙霊草の特徴を持つものをダイコンと連呼するので、とりあえずそう呼ぶことにした。どんな意味かは不明だが特に興味もない。


 先程の攻撃術を見る限り、ダイコンは光属性に特化している。

 俺の風や火を上回っている恐れもある。迂闊に使えば吸収されるかもしれない。


 闇属性でなら倒せるだろう。だがやり方を間違えれば、依頼品としての価値がなくなる。

 上半分に傷をつけないように倒すしかない。……面倒だな。


 それとあの素早さも厄介だ。

 視界の先で、草の隙間から銀の光がちらついた。なかなか距離が縮まらない。


 奴を追って森の奥へ進むと、辺りをうろついていた。

 何か光の術を使っているようだが、時折立ち止まってはまた周囲を徘徊する。

 俺たちが近付くと攻撃術を放ち、再び森の奥へと逃げたのでそれを追っている。


 風の力を錬り、押し広げるように術を構成する。

 風属性の身体強化だ。それを自分と子供達、三人分を同時にかけた。

「うおぉ!?」

 この中で一番素早いラズが、強化を受け先頭に踊り出す。


「素早さを中心に向上させる身体強化をかけた。だがこれは、ダイコンに近付きすぎると消える可能性もある。ほどほどの距離を取れ」

 二人が頷く。子供達を先に行かせ、はるか後方に引き離されていたコハルのもとまで戻る。身体強化はかけずに抱え上げた。

 闇属性の障壁に風の術が混ざり、万が一効果が落ちては意味がない。

「ぎゃあぁ速すぎ! 獣道だからって獣の速度になる必要は……!」

「口を開くな」


 ラズ達の後方に追いつくと、先を走るダイコンの前に魔物が二匹立ち塞がった。

 ダイコンが立ち止まる。二匹が一斉に飛び掛かった。


 いつでも魔物に牽制を仕掛けられるよう闇の術を用意する。しかしその必要はなかった。

 魔物を含んだ広範囲に、光の攻撃が降り注いだ。子供達が慌てて後退する。

 光の雨を受けて地に伏す魔物を尻目に、ダイコンが再び走り出す。ほとんど虫の息の二匹に、通り過ぎざま用意していた闇の術を撃ち込んだ。


「……あいつを傷付けないように捕獲とか、無理じゃね?」

「何か良い方法はないでしょうか?」

「あの上の葉っぱ部分だけ収穫すればいいんじゃないの? アメジストの風の魔術でこう、スパッとさ」

 隣を並んで走るトルムに、コハルが口を開く。


「捕獲が無理なら、そうせざるを得ないかもしれませんね。ですがあのまま持ち帰ることができたら、それが一番だと思います。一度ギルドで調べてもらった方がいいでしょう。もしかしたら魔物ではないかもしれませんし」

「えー? あれが魔物じゃないなんてある? あんなやばい大根砲ぶっぱなす大根なんて、そんなの野菜じゃな……っ!?」

 無駄口を叩くコハルに本来は魔物の術攻撃を封じるための闇の術を使い、その口を塞いだ。


「動きを封じ、拘束する術はあるが……」

 あの速度で走り回られているうちは、成功率は低いだろう。森の中では追い詰められるような袋小路もない。

 素早い相手にも対応できる術に改良できれば便利だろうが、それには書庫の知識がいる。


 それにしてもいつまで走り続ける気だろうか。俺は構わないが、さらに奥へ進んで強力な魔物が増えてくれば、子供達には身体強化があっても厳しいだろう。

 追跡を諦めるのなら、葉を切り落とすか、下半分を倒すか選ぶ必要がある。できれば面倒なので今すぐ倒したい。


「……くそっ、ヴェン達のためにも多めに持って帰りたかったのによ」

 ラズの言葉にコハルが首を傾げた。

「お医者様に仙霊草を直接渡せば治療代は安くなるはずですし、残った分はギルドが買い取ってくれます。できるだけ多く持ち帰ってヴェン一家の負担を減らす算段だったんです」

 トルムが補足する。そんなことをしてもこちら側に得はなさそうだが。お人好しな奴らだ。


 コハルが俺の肩を手で叩いた。視線をやると、自分の口を指差しては、肩を叩いてくる。

 術を解けと言いたげな顔だ。当然、無視する。

 しばらく叩いてきたが、走る速度を上げると諦めた。代わりに腕を首に回し、力を込めてくる。

 身体強化している俺の首を絞めようとでもいうのだろうか。無駄なのでこれも無視したらそのうち諦めた。本当に何がしたいんだろうな、こいつは。


 その後も数匹の魔物がダイコンの前に立ちはだかったが、全て光の術で焼かれ、俺がとどめを刺した。

 走り続けていると折れて傾いた木がいくつか見られるようになり、気が付けば元は魔物の棲む沼だった場所に辿り着いていた。


「……何やってんだ、あいつ?」

 先頭を走っていたラズが足を止め、戸惑った声を出す。

 視線の先を見ると、やっと止まったダイコンが地面に蹲っていた。


 ダイコンは以前は沼だった、俺の術で干上がり陥没している場所にいた。

 沼の岸にあたる部分からその挙動を眺める。あの手のような部位で地面を叩き、引っかくような動作を繰り返していた。


 コハルを降ろすと岸に座ってダイコンを眺め始める。

 するとダイコンが手を止め、身をよじった。

 まるでコハルを見るような仕草だ。見られた本人もそう思ったらしく、慌てて跳び上がり俺の背後に隠れた。

 背中を叩くので視線をやると、また自分の口を指差す。もう塞ぐ必要もないので術を解いた。


「……ぷは。ね、今の見た? 絶対こっち見たよね? あの大根と目が合うの、これで二回目なんだけど……」


 目は無いが。そう言いたくなるのもわからなくはない。言われてみれば、最初にあのダイコンと対峙した時もコハルを見ていたように思える。

 ダイコンがまた地面を叩くような動作を始めた。だが時折止めて、コハルを見上げる。その度にコハルが俺の後ろに隠れた。


「コハルって変なのに好かれるのな……」

「やめて、ほんとやめて」

「冗談はともかく。コハルさん、もしかして何か珍しい道具などを持っていますか? 例えば魔動具とか」


 光属性には、隠されたものや珍しいものを探知する術があるらしい。

 あれば便利な術かもしれない。今後は少しは光も成長させ、文献にも目を通すか。


「えー? 何も持ってないよ。結局買い物もしてないし、前払いのお金くらいしか…………あ」


 …………。まさか、あれか。

 振り返ると、服の腹部分に両手を入れたコハルが動きを止めた。そのままこちらを見上げてくる。誰にも見せるなと言ったのを覚えてはいるらしい。


 俺は眼下のダイコンに視線を戻した。この距離から術を放ち、拘束できるか考える。

 ここは見通しが良すぎる上、探知を得意とするなら勘付かれてまた逃げられる可能性もある。夜が近付いている、また走り続けるのは避けた方がいいだろう。

 ……仕方ない。俺は振り返ってコハルと目を合わせ、頷いた。

 コハルが腹から書庫の鍵を取り出した。


「なんだそれ、本?」

「うん、……魔本」

 覗き込んできたラズに、本を開いてみせる。淡い光と共に白紙に文字が浮かび上がった。

「すごい仕掛けですね。魔動具ですか?」

「さあ……?」

「何でわかってねーんだよ」

「だって古本だし、説明書も何もなかったんだもん。お店の人も半分寝ながらお会計してたりで、魔本だなんて知らなかったんじゃない?」

「いやだから何でそんなもんを買うんだよ……」

 ……どういう店なんだ。少し想像していたのと違うな。


「そのまま本を開いていろ。行くぞ」

「――へ? うおあぁ!?」


 本の周りで騒ぐ子供達からコハルを引っ張り出し、片手で抱える。

 コハルの障壁を更に強力なものに変えてから、以前は淀んだ水が満ちていた緩やかな坂を下った。


 ダイコンが立ち上がってこちらに向き直り、俺達の到着を待っていた。



   ◇◇◇



 アメジストが大根からだいたい二、三メートルくらいの所でやっと足を止めた。そこで私を地面に降ろす。


 いや……ちょっと近くないかなぁ? もしまた大根砲打たれたら私、跡形もなくなるんじゃない?

 きゅー? という音がまた大根から発生した。あの音どこから出てるんだろう。角度的にやっぱり魔本を見ているっぽい。


 大根が短い足でぽてぽて歩き出した。ちょ、こっち来んな!

 思わず逃げ出そうとした私の頭に、がっ、と最近慣れてきた衝撃が襲う。背後のアメジストにまた鷲掴みされた。


「だ、だってこっち来るよ!? わー近い近い!」

「攻撃の意思はない。いいから黙って待て」


 短い大根足のくせに、奴は素早い。あっという間に私の足元のすぐ近くまでやって来た。

 前門の大根、後門の鷲(アメジスト)だ。逃げ場がない。

 大根が片手を上げた。本体の半分くらいの長さだったそれが、にゅうーと伸びる。

 どんどん伸びる大根触手。目指す先は、もちろん魔本だ。いや待って、いろんな意味で待って。それ伸びるんだ!?


「魔本狙ってる!? 盗られるよ、逃げようアメジスト!」

 あんたの愛する魔本君が大根の魔の手にかかってしまうよ!? 訴えるも、何故か背後の鷲は動かない。

 本当に魔の手が魔本にかかった。開いた本の中央部分まで触手が伸びてくる。ひゃああ。

 そして白い触手でぺしぺしと本を叩いてきた。

 ……どことなく、子供が「本読んでー」って言ってるような仕草に見えなくもない。


「何か出して欲しいものがあるんじゃないのか」

 背後の言葉に、でもこの魔本、浮き出る内容選べないじゃん。そう言うと、

「お前が出来ないと思い込んでいるだけだ。いい加減もう少し自由に扱えるようになれ」

 ……なんで魔本を一度も扱えたことない人が、そんなに偉そうなんですかねー?

 鷲掴みされたまま、真上に向けて抗議の視線を送っていると、そのままぐっと押されて魔本に顔を近付けられた。ひいい触手が目の前に!


「集中しろ。沢山の本が詰まった本棚が、いくつも置いてある部屋があるとする。そこから好きな本……今は、そいつの読みたがっている本か。それを手に取ればいい。やってみろ」

 なんだそれ、本屋? もっと自由に本を読める場所なら、図書館かな?


 妄想はわりと得意な方だ。やってやろうじゃないか。

 大根と一緒に並んで歩いて、図書館に入る。まずは壁際にある案内図を見た。お目当ての本はどのあたり?

 触手の示す場所へ行くと、大根が本棚からいくつかの本を引き出してはパラ見して確認を始める。

 私も適当に本を読んで時間を潰す。しばらくすると触手で服をくいくい、と引かれた。大根が一冊の本を片手に抱えている。

 私たちは仲良く手(と触手)を繋いで貸し出しカウンターへ向かい、手続きを済ませて図書館を出た。


 本の中央が光り出す。いつもより少しだけ強めの光だ。それが収まると、さらさらと文字が浮き出てきた。


『《レイズレイン》……女神の恩寵の雨を降らせる。雨は大地を潤し、力尽き倒れる者に聖なる恵みを与える。』


 なにこれ。呪文? 心なしか大根が期待に満ちた眼差しを向けている。

 もし呪文なら、読めばいいのかと思って音読した。……しかし何も起きない。


「水と、それに地か」

 背後でぼそりとアメジストが呟く。

 そうでした。こういうのは私じゃなくてこの人の担当だった。


 アメジストがやっと私の頭を放し、なにやら集中しだした。大根がアメジストをじっと見つめる。やってくれるみたいだよ、よかったね。

 うっすら夕日が差していた辺りが、急に暗くなった。ゴゴゴゴ……という鈍い音が耳に届く。遠くで雷鳴が鳴り響いた。

 辺りがもう一段暗くなる。空を見上げると、この広場の真上にだけ暗雲がかかっていた。黒いな。


「……あの雲から女神様の恩寵、降ると思いますか」

「…………」

 私が尋ねると、無視というより沈黙が返ってきた。

 どう見ても、あの黒い稲妻のやつじゃん。女神じゃなくて邪神の恩寵だよ。


 アメジストが大根を見下ろす。大根もなんとなく「それじゃない……」みたいな感じを出した。頭の草がちょっとしょんぼりしてる。

「お前が光属性を追加しろ」

 きゅ? と大根が首を傾げる。一緒に図書館に行って(妄想)、少し心の距離が近付いた私はしゃがんで大根に言った。

「雲に向かってあの大根砲をぶっぱなしてみればいいんじゃない?」

「いや、遠すぎる。直接混ぜて構成してみるか……俺に向かって打て」

 ……うわぁ……。なんかもう、発想が怖い。


 もしかしたら元の世界に帰るための魔術を使える人かもしれないし、できればまだ消し炭にはしないで欲しいんだけど。

 そう願って大根を見つめていると、「大丈夫」的に頭を揺らして、アメジストの方を向いた。


 大根を覆う銀色の光が、徐々に強く点滅していく。頭の葉っぱがわさわさ震えた。

 銀の光が一際強く輝くと、大根を中心に、円を描くようにして地面が輝き出した。眩しさに、思わずアメジストの背中に避難する。

 光はどんどん広がり、私たちの足元を照らして更に大きく伸びていった。アメジストがひとつ頷いてから目を閉じる。


 ぽつ、と頬に何かが落ちてきた。雨だ。

 上を向くと、黒ではなく普通の薄い灰色の雲から雨粒が降ってくる。


 ――――サアアァァ……


 柔らかい音が耳を打つ。これなら邪神の雨ではなさそうだ。

 空が徐々に明るくなってきた。魔の森の中とは思えないくらい晴れていく。

 雲の間から淡い光が差し込み、あたりにいくつもの虹がかかる。

 とてもアメジストがやっている術とは思えない、幻想的な光景だ。


 大根が光の円の中心で、もぞもぞ震え出した。その体が、少しずつ土の中に吸い込まれていく。

 気付けば大根の頭部分を少し残して、ほとんどが地面に埋まっていた。まるで普通に畑に生えてる大根みたい。

 虹を生み出す柔らかい小雨が降りしきる中心に、収穫前の大根が鎮座するというメルヘンかつシュールな風景を眺めていると、またもや驚くべき奇跡が起きた。


 ぴょこ! ぴょこ! みょみょみょ!


 光る地面から小さな芽が出てきたかと思うと、そこかしこで次々に芽吹いて双葉を開く。その数いち、に、さん……二十くらいで数えるのをやめた。まだまだ増えてる。

 白い双葉はみるみる伸びていき、あっという間に掌サイズに成長した。あの独特な黒い筋も入っている。茎も伸びて、さらに葉も増える。


 成長の早さが尋常じゃない。これが女神の恩寵なのか。この術があれば食糧不足とかも一瞬で解決しそう。

 アメジストに術で口を塞がれていた時、大根の葉っぱを増やしたいなら頭部分を水に浸けてみたら? って言いたかったんだけど。こんな奇跡が起こるなら、あの時口を塞がれててむしろ良かったかもしれない。


 気が付けば幻想的な雨景色は、立派な大根畑の主張が強めの風景になっていた。

 真ん中の大根、そして大量に増殖した大根の上半分とそっくりの葉が、一緒に雨粒を受けて輝いている。


 私は興奮気味に大根のもとへ駆け寄った。大根が嬉しそうに葉っぱをわさわささせる。


「仲間がいっぱいだね! よかったねぇ、大根」


 頭をビクンと震わせ、きゅいっ!? と歓喜の鳴き声を上げる大根。

 ……いや、今の歓喜の声かな? なんかちょっと痛そうだったような。


 振り返ると、魔王が容赦なく新鮮な葉物野菜(たぶん仙霊草)を収穫していた。


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