表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
120/121

119


 以前ならこの状況に歓喜していただろう。

 本気を出さなければ死ぬような強敵と、全力の魔術、能力を存分に駆使して命のやり取りをする……。


 そんなものを求めていた頃が、失った過去のように遠く感じた。


 俺には守りたい者がいる。


 別れ際にまた不安な顔をさせてしまった。

 早く戻って安心させ、あの気が抜ける笑顔を引き出す。今の俺がやるべきことはそれだけだ。


 ――余計な遊びはしない。一度で確実に仕留める。


 俺は慎重に魔力を錬り上げながら骸竜を観察した。

 お互い手の内を晒さないまま、相手の出方を窺う。向こうは痛い目に遭ったばかりだ、もう安易に仕掛けてはこない。


 闇属性は俺の方がわずかに上回っているはずだ。


 だが相手は瘴気の使い手。そのうえ漆黒の骨になってからは、瘴気を奪いにくくなった。

 吸収しようとすると身軽になった姿で素早く距離を取り、牽制の炎を吐く。

 骨になってからは速度だけでなく力も上がっている。懐に入ろうとすれば、瘴気を纏った長い尾を鞭のように振るった。半端な障壁では紙も同然の威力だ。


 さっきのような相手の力を利用した反撃はもう通用しない。

 最大威力の一撃で、再生不可能なところまで塵にする必要がある。

 それを成功させる力があるのは闇属性のみ、と奴も見抜いているだろう。

 強力な闇の術がくると分かれば、防御に集中されてしまう。瘴気吸収が難しくなった今、持久戦になればこちらが不利だ。


 タイミングを見極めたうえで切札を叩きこむしかない。

 それも成功するかどうかは賭けの切札を……。


 だが熟考している暇もない。骸竜が砂を蹴った。

 肉を着ていた頃とは比較にならない動きで距離を詰め、一回転して尾を振るう。

 後方へとんで避けた瞬間。頭蓋骨の暗い眼窩が俺を捕捉した。

 黒い影が一気に迫る。左腕に痛みがはしり、鮮血が散った。


「……反則技ばかり使いやがって」


 首の骨との間を瘴気で繋ぎ、頭骨だけを伸ばしてきた。


 回復術で軽く止血する。あと少し避けるのが遅ければ、腕を食いちぎられていたかもしれない。

 瘴気は不自由な肉体を捨てた方が扱いやすいようだ。速さに変則的な動きまで加わり、より攻撃の機会を計りにくくなった。


 今度は腕を伸ばした後、間髪入れずに地術を発動する。いくつもの岩石が空から降りそそいだ。

 岩の雨を一つ一つ避ける俺をその場でただ眺める。

 この程度なら闇で吸収できる。だがこれは誘い水。

 さっさと俺に闇の攻撃術を完成させて、万全の状態で防ぐつもりだ。

 ……いや、それだけじゃない。


 高威力の術をあえて使わせ、瘴気を発生させる――それも目的の一つか。


 こうして敵に使いこなされると、つくづく厄介なものだと実感するな。瘴気に裏切られた気分だ。

 愚痴を吐いても状況は好転しない。

 だったら誘いに乗って、一気にけりをつける。


 闇の攻撃術が完成した。

 それを保ったまま、低い姿勢で俺を待つ骸竜へと駆ける。

 再び岩が落ちてくる。牽制ではない、先程よりも格段に弱い。

 望み通り、闇で吸収して術の足しにした。


 俺が目前に迫ると、骸竜が漆黒の鎧を纏った。

 全ての瘴気を障壁に編みこみ、自信をみなぎらせて俺を迎える。

 その鼻面に馬鹿正直に叩き込むわけがない。深く身構えた頭を跳び越え、背骨の一部を蹴り、尾の付け根近くの地面に着地する。


 俺は骸竜の背後から、限界まで威力を高めた術を解き放った。


 轟音を響かせ、瘴気を生む砂嵐が吹き荒れる中。

 身を翻し、水の魔力を全て投じた障壁を張る。数秒差で障壁が黒い炎を弾いた。


 間に合うか……!?

 黒炎の集中砲火を浴びながら、次の手を一気に編み上げる。


 闇の攻撃術を受けた骸竜は、幻惑術で作られた偽物。

 本物は気配を消して潜み、俺が力を使い果たした時を狙って攻撃する。

 そうくるだろうと思い、こちらも策を立てはしたが。

 正直に言えば、あの金髪の力が妬ましい。


 水の障壁をぶつけて相殺させながら、炎の中を歩く。

 前進してくる俺の意図を読めない骸竜が、焦ったように砂嵐から瘴気を吸い寄せると炎の勢いを強めた。


 ひときわ激しい蒸気を立てた後、水の障壁が消えた。

 開いた巨大な口腔で次の炎が生まれる。


 その火種と、周囲で燃え盛る黒炎を吸収し――俺は光り輝く一振りの槍を完成させた。


 ようやく悟った骸竜が、瘴気を全て乗せた爪を振り下ろした。

 防御を捨てた懐へ滑りこむ。

 他の部分よりも更にどす黒く染まっている肋骨を、光の槍で貫いた。



   ◆◆◆



 粉々になった骨片が砂の上に散る。


 虚空に取り残された瘴気を吸収した。魔力が回復する。

 最大値に変動はない。スピリットの時のように上昇しないか期待したが、倒せただけで僥倖か。


 光属性が弱点なのは分かっていた。

 しかし俺の光だけではどう足掻いても勝ち目はない。その力不足を、相手の火属性を吸収することで補った。

 今の実力では不可能な吸収ができたのは、炎に瘴気が混ぜられていたお蔭だ。


「瘴気に頼ると代償を支払わされるそうだがな」


 興味深い瘴気の使い方を教わった。

 だが俺が手に入れるべきはコハルを守る力。瘴気からの守護も含めてだ。竜のそれとはおそらく対極、相容れない。

 やはりまずは地道に弱い属性を鍛え、精霊の力を得ていくのが最善だろう。


 吸収しきれなかった瘴気をその場に残し、踵を返す。

 コハルの気配を探りながら、砂漠の入口へ向かいかけたその瞬間。


 背後で闇の魔術が発動した。


 振り返り、術の構成を確かめる。

 強大な魔力。骸竜の闇が全てつぎ込まれている。

 だが問題は費やした魔力量ではない。


 禁術だ。

 理解できたのはただそれだけだった。


「……嘘だろ。あり得ない……」


 全身に深い虚脱感が生まれる。

 理解不能な術を目撃しているせいじゃない。

 俺の魔力、六属性全てが徐々に削り取られていく。

 奪われた魔力の行く先は、砕けた骨の山を呑み込むように発動した禁術だった。


 闇の術に水、地の魔力が吸収されるだけならまだ理解できる。

 だが火、風、そして上位属性である闇と光までもが、少しずつ禁術の中へ吸い取られていった。

 さらに周囲の魔素が魔力化し、俺の魔力とともに流れていく。


 ことわりを横暴なまでに無視した、禁忌の極み――。


 一体何が起きる?

 俺を一撃で葬る攻撃か? まさか塵も同然の骨を蘇生させる回復?


 骸竜が復活し、俺だけを狙うのならまだいい。

 もし無作為かつ広範囲の攻撃術だった場合。軽く見積もっただけでも、この砂漠東部の地形が変わる程度の威力になる。

 おそらくまだ砂漠の入口付近にいるコハルも、確実に巻き込まれる。


 悩む時間はない。魔力を奪い尽くされる前にどうにかしなければ終わりだ。

 完全に発動するより先に、この場で潰すしかない。

 強大な禁術相手にそんな無茶が通るのかは分からないが……、このまま黙って見ていても事態が悪化するだけだ。


 禁術から目を離さないまま距離をとる。

 意思ある相手ではないと信じて、単純な構成の闇の攻撃術を用意し、ひたすら威力を上げた。


『あんなものに力を渡すな。どうせ闇になるならこっちに協力しろ』


 魔素は本来の性質を無視し、無理矢理闇属性に変化させられている。

 無意味だと知りながらもそれらに言葉をかける。精霊ではない俺に魔素を魔力化する力はない。だが願わずにはいられなかった。

 俺の魔力が増えることはない。しかし中には禁術に抵抗する魔素がではじめた。


『この砂漠のどこかにいる精霊達、傍観していないでこの地を守れ!』


 感知できる範囲に精霊の気配はない。これだけ瘴気の多い土地では、一体すら存在しないのだろうか。


 諦めかけた時、近くでかすかに精霊の気配を感じた。

 奇妙に薄い気配。弱いのではなく、力を隠して窺っているように思える。

 不思議な直感があった。――強力な闇の大精霊だ。


『頼む。力を貸してくれ……!!』


 闇の魔力が尽きた。

 予想以上の速度で奪われ、攻撃術の威力は最大まであと一歩届かなかった。


 闇の大精霊からの応答はない。

 懇願する俺を冷笑するように、気配が遠ざかった。

 …………だめか。

 土地であれ人であれ。コハル以外はどうなろうと構わない俺の呼びかけでは、説得力にも欠けるしな。


 未完成の闇の剣を握り直し、砂を蹴って禁術の中心部へとび込む。

 勝算が全くないわけじゃない。

 骸竜の戦い方に驚嘆しながらも、心のどこかではこう思っていた。


「俺の方がもっと上手く瘴気を扱える」


 禁術の核に、闇の剣を深々と突き立てた。

 術同士がぶつかり合って激しく火花を散らし、瘴気が勢いよく噴き上がる。


 やはり広範囲の攻撃術のようだ。伝わってくる魔力が荒々しい。


 俺は瘴気で染めた手を禁術の核に伸ばすと、それを握り潰した。



『……この愚か者が……』



 意識が途切れる前。やけに近い場所で舌打ちが聴こえた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ