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森の奥へ進むと、確かに魔物の強さは多少上がった。
だが弱いことには変わりがない。夜でも弱いと思ったのだから当然か。
魔物の中に水属性の攻撃をしてくるものや、水の魔術を使うものが出てくるようになった。
この先の沼にいた魔物も水属性だった。属性に偏りのある場所なのだろうか。
水の特性を持つ魔物には、火の魔術を使用することにした。
敢えて不利な反属性を使うことで、火属性を強化できないかと考えたからだ。
属性の力学に、『反属性』というものがある。
これは単純な仕組みだ。相反する属性同士は反発し、威力を打ち消し合う。
反属性の攻撃術を打ち合った場合、威力を互いに相殺し、より強い方が相手の懐まで届く。術者の力量や術の威力がより強い方が勝つのは、魔術の基本だ。
ただ魔物の場合、特化している属性の反属性が弱点であることが多いようだ。
そのせいで相殺されて威力が下がっているにも関わらず、届きさえすれば即死してしまう。もう少し堪えて欲しいんだがな。
反属性は光と闇、風と地、火と水の三種だ。
その他の四属性同士、風と水、火と地、風と火、水と地に関しては、反発も吸収もない。
魔術は一属性で構成するのが基本だが、数種類の属性を混成することも可能だ。
その代わり、属性を混ぜた術は一属性のものと比べ威力が落ちる。
特に攻撃力を上げたいなら一属性、もしくは光か闇のどちらかで相手の下位属性の力を吸収する方がいい。
反属性同士も混ぜることはできるが、反発でさらに威力が落ちるので労力のわりに効果は乏しい。
どちらにせよ属性を混成する術は、攻撃以外の目的や効果が欲しい時に使うべきだろう。コハルを洗う時などだ。
依頼品はこの先、以前休憩したあたりに生えているそうだ。
仙霊草という、魔の森でしか育たない植物らしい。特徴の説明を受けたが、そんな草が生えていた記憶はない。
以前は森の入口付近に群生地があったようだが、いつの間にか無くなったらしい。近年そういった異変と呼ばれる現象が増えているという。
瘴気が満ち、魔物の生息する森を魔の森と呼ぶ。
この世界にはそうした瘴気の吹き溜まりのような場所が各地に存在するようだ。
入口側の瘴気は薄いが、奥へ行くほど濃くなるようだ。どのくらいの濃さなのか、機会があれば最深部まで行ってみたい。
出てくる魔物を燃やしながら先へ進む。
後をついてくるコハルが、
「なんで火ばっかり使うの? 森焼き払う気? まさか火で“魔”の字描きたいとかじゃないよね? ここはそういう山じゃないんだよ?」
また意味不明な言葉とともに俺の腕にしがみつき邪魔をしてきた。あまりの執拗さに闇の術で手足を拘束し、再び抱えることにした。
それでもまだ何か喚いていたので口にも術を施そうとすると、察したのか大人しくなった。
火の術が植物に引火すると思っているようだ。
前に攻撃術を放つと子供らが巻き添えになる、と言ったのを本気にしているらしい。その程度も術を操れないようでは、魔術士とは言えないだろう。
日が傾き始めた頃、仙霊草があるはずの場所に辿り着いた。
コハルの拘束を解き、闇属性の障壁を張っておく。
茂みを掻き分け依頼品を探していたところで、突然コハルが叫んだ。
「ぼ、……まっ、……マントくーーーーーんっ!?」
◇◇◇
やっぱり魔王に万歳三唱なんて二度としない。
私はアメジストに荷物よろしく小脇に抱えられながら、そう決意した。
手足を何か術的なもので縛られて、猟師に捕まったイノシシといった風情だ。棒に括りつけられてないだけまだましなのかな。
こんな森の中で火ばかり使うから、やめるよう説得したらこれだ。
抱えられながらも果敢に、魔王の仕事は世界征服であって自然破壊は違うんじゃないかと訴えていると、氷点下の視線を向けられて黙るしかなくなった。
魔王崇拝はやめたからって立ち向かう勇気はない。万に一つも勝ち目ないし。
視界の端で次々と炭になっていく魔物たちに黙祷していると、少し開けた場所に出た。なんか見覚えがあるような無いようなところだ。
アメジストが立ち止まり、ラズたちを待つ。……降ろして。
「……あれ? 群生地って聞いたのに。全然見当たらねーじゃん」
追いついたラズがきょろきょろ辺りを見回した。
私も同じように周囲に目をやった。今見える範囲には、特徴に当てはまる植物はない。
えーと、仙霊草だっけ。全体が銀に近い白で、葉には黒い筋が何本か入ってる、だったよね。
そこら中に丈の長い雑草が生い茂っているとはいえ、銀っぽい植物があれば目立ちそうなものだけど。
「ここ数年は誰も採集に来ていなかったようだし、情報が古かったのかもね……。でも少しくらいは見つかるかもしれない。まずは手分けして探してみましょう」
トルムの言葉に頷いて、とりあえず二手に別れて探す。
ようやく拘束を解いて降ろされた。代わりに障壁をかけられる。ついでに回復もかけてくれるか期待したけど、それはなかった。
茂みを掻き分け、雑草の隙間を覗きこむ。だけどそれらしい草は見つからない。
虫なんかも不思議と見当たらない。そういえば鳥やキツネとか、普通の森の動物も今まで見てないな。あ、魔物がいるからか。逆にもしいたら、こんなとこ住むなよって思うわ。
どうでもいいことを考えながら単調な作業を繰り返す。
いつの間にか、他よりも大きな木の下にきていた。地面から大きな根っこの一部が飛び出している。
……。ここ、野宿した後膝の上で朗読させられた場所じゃない?
立ち止まって眺めていると、視界の端で何かが動いた。
少し離れた地面で、何か黒くて薄っぺらいものがガサガサ動いている。
何あれ。あんな薄い魔物なんている?
ほんの少しだけ近付いてみた。黒っぽい……布?
じりじりと近寄っていき、私はやっとその正体に気が付いた。
あれは……! ボロ、いやアメジストのマント!?
おおー、無事だったのか! 相変わらず穴だらけで薄汚れてるけど! やっぱりここ野宿した場所だった。
何故かさっきからガサゴソ動いているけど、そのあたりだけ風が吹いてるのかな? くらいにしか考えず、私はマントのもとへ駆け寄った。
足元のそれを拾い上げようと手を伸ばす。「ぼ……」じゃなかった、「ま……」と言い直した瞬間。
……ゴソォ……
マントに空いた大きな穴から、何かが出て来た。
白い。私の掌くらいのサイズで、うりぼうみたいな黒い筋が何本か入っている。
その白くて薄いものの二枚目が、同じ穴から出てくる。びちびち、とその二枚が動いて穴の周辺が裂けた。
続いて三枚目、四枚目……もう穴というより、大きな亀裂だ。五、六、七枚目が出揃った最後に、にゅう、とまた別の白いものが二本出てきた。
その二本が亀裂の内側を掴み、びりびりと音を立てて引き裂いていく。二本の間から、さっきの薄いものと茎で繋がった白くて太い物体が顔を出した。
……あ。大根。
茎と葉は知っているものと違うけど、土の中から出て来たのは大根にしか見えない何かだった。先に出てきた白い二本も、その大根の脇から生えている。
大根の頭と二本の手(?)が激しく動くたびにマントの亀裂も深まり、いくつも空いた穴同士が繋がって大きく引き裂かれていく。
大根がついに、すぽーん! と自らを地面から引き抜いて飛び出した。
マントだった物の残骸を、紙吹雪のように辺りにまき散らして。
「マントくーーーーーんっ!?」
散った友の無残な破片が視界を埋め尽くす。その中で、大の字になって地面に降り立つ大根。先の方も二つに割れて足みたいになってる。
こんなの魔物で間違いないでしょ、動いてるし。先割れ大根魔物だ。これは食べたくない。
逃げなきゃ、と思うのに足が動かない。すると大根魔物がにわかに光り出した。一度強く光った後、収束する。
大根の全身がほんのり銀色に輝いていた。なんか進化してシャイニング大根になってる。薄暗い森の中だと余計目立つな。
呆然と眺めていたら、大根がこちらを見た……気がした。目も顔も無いのに、何故か目が合っているような気がする。
大根が、じり、と短い先割れの足を一歩踏み出した。ひいい。
その時、私のすぐ脇を黒いものが掠めていった。同時にお腹のあたりに回ってきた腕に抱えられ、後ろに跳ぶ。
剛速球のような黒い塊を、大根が軽やかに飛び退って避けた。黒い塊が地面に当たって消える。
「……何だ、あれは」
顔のすぐ傍からの声に、私はやっと我に返った。
「あああ、アメジスト! マント君が! マント君がびりびりにされて中から出てきた白い大根がシャイニングに!」
「上半分はどう見ても仙霊草だが。魔物なのか?」
私の要領を得ない説明を聞いているのかいないのか、アメジストが呟く。
えっ、仙霊草って依頼品の? 言われてみれば確かに特徴が一致している。大根部分のインパクトがすごすぎて気付かなかった。
きゅい? みたいな軽い音がしたので大根を見ると、なんか頭の草部分が傾いている。……なにあれ、首傾げてるの?
「おーい! どうしたー? ……っうわ、なんだそいつ!?」
草を掻き分けてラズたちが近寄ってきた。大根に気付いて声を上げる。
すると二人の方を向いた大根が、かすかに震え出した。
「避けろ」
「え? ――っ!?」
アメジストの言葉とほぼ同時に、大根がまた大の字になって跳び上がった。銀の体から閃光が迸る。
ラズとトルムがそれぞれ左右に跳び、それをかわす。閃光が通ったところの草が焼き払われ、一筋の道のようになった。
なに今の、大根砲!? なんて危険な大根なんだ!
きゅいん! という鳴き声(?)を上げたと思ったら、大根砲をぶっぱなした大根が踵を返した。そのままものすごい速さで森の奥へと走り去る。
いやもう、わけわからん。私の知ってる大根じゃない。
「あの、一瞬でしたけど……仙霊草のように見えたのですが……」
二人が合流してから、おずおずと言うトルムにアメジストが頷いた。
「……なぁ。こっちの方はいくら探しても見つからねーんだけど、そっちは?」
ラズの質問に、アメジストも私も首を横に振る。重たい空気(瘴気?)の中、さらに重たい沈黙が流れた。
「…………あれを捕まえるしかねぇ、かな」
沈黙を破ったラズも、俯き加減で心底嫌そうな顔だ。まじか……あんな危ない大根を収穫、いや捕獲しなきゃいけないなんて。
面倒臭そうに森の奥へと進もうとしたアメジストを、トルムが止めた。
「この先は危険です。ダヌマンティルという魔物の縄張り内で、運が悪ければ遭遇する可能性があります。探索限界点はだいたいこの辺りまでなんです」
そういえばそんな話もあった。うーん、あの大根が依頼品かもしれない奴だとはいえ、悩ましい問題だ。生えてるだけならともかく、動き回るんだもんなー。
「どういう魔物なんだ。特徴は?」
アメジストがトルムに質問する。……こいつまた興味持ってるな。むしろ遭遇したいとか思ってそう。
それを純粋な警戒心と受け取ったのか、トルムが真剣な顔で魔物の特徴を解説した。
興味深そうに聞くアメジスト。内心、そんなに詳しく話さなくてもいいのに~と聞き流す私。
……しかしトルムの話を聞くにつれ、私たち二人の間に微妙な空気が流れた。
ちら、と隣を見上げると、横目を向けてくる。
話を聞き終えて、アメジストがトルムに視線を戻した。
「それは、俺が倒した」
ですね。と私も一緒に頷く。
トルムの説明は、あの猿顔で体は大蛇の魔物の特徴と一致していた。
今までで一番唖然とした顔になって、トルムとラズが絶句する。
アメジストの実力が、傭兵ギルドの金等級以上だと判明した瞬間だった。
円満に護衛契約破棄できてよかった。払えるわけないだろ。