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※VSゾン竜。ぐちゃっとしてますのでご注意。※


 オルハカ砂漠に入り二時間ほど経過した。


 メトラの遺跡、カナートはオアシスを囲むように放射状に作られている。

 地下水路は今も機能しているようだ。だが一時は砂漠の中継地としてそれなりに栄えた町は、砂漠に瘴気が増え、拡大する魔物の生息域の接近にともない、今は小さな集落が残るのみだ。

 遺物探索の拠点として、まずはそのオアシスの集落を目指した。


 昼間は気温だけでも消耗する。はじめからコハルを抱えたまま進んでいく。


「荷物と同じように、私も浮かせて運んでくれていいよ」

「その方が面倒だ」

「でも抱えてると暑いでしょ? 疲れるよね?」

「暑くない。疲れない。回復する」

「なんで!?」


 実際に魔力や体力が回復するわけではないが。これも説明のつかない感覚だ。


「アメジストは……昔から魔王だったのかな」


 砂漠を歩きだしてから水属性で小さな雲を生み出し、コハルの頭上に漂わせている。それを指でつつきながら呟いた。


「お互い忘れてるだけで、ジオさんと会ったこともあるのかな。一緒にいれば何か思い出したりして」

「どうだっていい」

「……よくないよ。もし、もしも、けっこ……家族とか。どこかに記憶喪失前の“守りたい人”がいたらどうする?」

「どうもしない」

「今はそうでも、あとで後悔するかもよ。もっと早く思い出していればと……」

「何が不安なんだ?」

「な、ふあっ……!?」


 沈んでいた表情を大きく動かし、あちこち目をさまよわせた後わざとらしい咳払いをした。


「そ、そうだね。もしそういう相手に変な誤解をされて、呪いの手紙を受け取るはめになったら困るなって。不安といえば不安かな」


 誤解したり呪ったりする理由については気にしなくていいけど!と締めくくる。

 相変わらずの異世界脳だ。だが呪いという面倒な攻撃も、光の遺物を求める理由の一つだった。


「光属性を強化していけば、いつか俺にも解呪が使える可能性も……――」


 突如、総毛立つほどの気配が砂の下から膨れ上がった。

 異様に研ぎ澄まされた殺気。ただの魔物ではない。

 吹き溜まりよりも深く淀み、圧縮された濃厚な瘴気――。


 激しく大地が揺れた。眼前の砂が大きく渦を巻き、中央に吸い込まれるように流れ落ちていく。

 大量の砂が落ちきると、今度は砂を押し上げ、何かが徐々に這い上がってきた。


 やがて巨大な爬虫類が姿を現す。

 小山のごとき巨体は朽ちかけ、わずかに残る鱗が日差しを鈍く反射した。

 腐りかけた眼球が俺を捉える。反射的に離れた場所まで転移した。


 ――……アメ ジスト……――


 ――……ユル サ ン……――


 転移の直前。砂漠に轟いた咆哮は、瘴気を生む呪詛だった。



   ◆◆◆



 コハルに転移を促し、凶悪な気配のもとへ引き返す。


 コハルを守りながら戦うのは諦めた。

 気を散らして勝てる相手じゃない、本気を出さなければこちらが危ない。


 奴の目標はどうやら俺らしい。

 どこまでまともな意識が残っているのか疑わしい様子だったが、見下ろしてくる目には深い殺意が燃えていた。


 一体、俺が何をした……。

 この名はコハルが付けたものだ。まさか過去の俺も同じ名だった、そんな偶然があり得るのか?

 それとも別の“アメジスト”への恨みを、たまたま居合わせたせいでなすりつけられたのか。


 後方の砂漠からコハルの気配が消えた。

 数日前に会ったジオという男。砂漠を目指すと言っていた。今のコハルなら何度か転移すれば合流できるはずだ。


 あの男は強い。

 それにコハルの様子を見れば、頼まなくても保護をする。なぜか確信がある。


 視界の先、砂の海に異様な瘴気の山が出来上がっていた。


 竜の完全体――おそらく以前はそうだったのだろう。


 だが今は死にかけの腐竜だ。酷い悪臭のする瘴気を漂わせている。

 俺を視界に捉えると、再び吠えた。


 ――……ア メジ スト……ウラギ リ モノ……――


「怨み言なら本人に言ってくれ。俺には記憶がない」


 無意味と知りながら返す。

 竜は魔物よりも知性的な存在だという。こんな姿になる前なら交信できたのかもしれないが。

 そのくせ生み出す瘴気の強さは、それを糧とする俺でさえ圧倒されるほどだ。


 腐竜が伏せた姿勢のまま、頭を高くもたげた。

 肉が剥げ骨が覗くあぎとを大きく開き、そこから黒炎を吐きだす。

 瘴気が混ざっているが、主に火属性の攻撃だ。

 避ける俺を炎でしばらく追い回したあと、深く息を吸った。


 再び吐き出した黒炎が腐竜を中心に、一気に全方位へ迸る。

 その一撃で闇の障壁が消滅した。


 身体強化を優先して術を重ねていた、障壁の効果は薄い。それにしてもとてつもない威力だ。


 だが有する魔力は火、地、闇のみ。

 闇と火がとび抜けて強く、地はそれらよりも弱い。攻撃はこの二属性を主体にしてくるだろう。


 問題は瘴気だ。

 効率よく奪っていければ、倒すのはそれほど難しくない。

 しかし俺が吸収するより早く生成し、先程のように瘴気の力を上乗せした攻撃が続けば厄介だ。

 あんな使い方があると教えてもらったのはいいが。俺にも使いこなせる技かどうか……。ゆっくり試す暇を与えてくれるとも思えない。


 纏う瘴気を吸収すると、すぐに生成を始めた。

 単純に増やすだけではなく、闇の障壁に混ぜて鎧のように腐肉を覆う。

 今まで見たどんな生物よりも瘴気を使いこなしている。これが竜……。


 思わず感心していると、


 ――……ウラギリ……イシ……タマシイ…………フヨウ――

 ――……ハイ キ スル……――


「廃棄? まるで物だな」


 “アメジスト”は同じ竜ではないのだろうか。

 それとも物扱いされるほど、重大な裏切り方でもしたのか。

 なんであれ俺には関係ない……だが謂れのない恨みを向けられ続けるわけにはいかない。

 これほど強い呪詛がもしコハルにも降りかかれば、最悪あの金髪を探して頭を下げるはめになるだろう。


 それだけは避けたい。コハルがあいつの名を口にするだけで腹が立つんだ。信頼を深められては耐えられる気がしない。


 腐竜が火の身体強化をかけた。これも瘴気で威力を増幅させている。

 代わりに闇の障壁の効果は落ちた。


 砂をまき散らし、腐竜が身を起こした。

 今度は俺を追いながら黒炎を左右交互に吐き、徐々に逃げ道を狭めてくる。

 後退を続けていると急に砂に足をとられた。

 俺の足元だけ地下深く崩れ落ち、周囲の砂が流れ落ちてくる。

 地の術で作った罠か。


 腐竜が砂の穴の手前で俺を見下ろし、後ろ足で立ち上がった。そのまま穴の底目がけてとびこんでくる。

 小山のような巨体が頭上に迫る。

 俺は敢えてその場を動かず、砂に落ちる影が濃くなるのを待って、用意した術を発動した。


 同じ火の身体強化だ。残念ながら瘴気を混ぜる技は真似できなかった。

 両手を地につける。振り上げた足を、俺を押し潰そうと落下する巨体にめり込ませた。

 両足が柔らかい肉に深く埋もれ、骨を砕いて止まる。その場でもう一度、真上に向けて蹴り上げた。

 腹に大穴を開けた巨体が高々と空をとび、大きく弧を描いて砂の海に沈んだ。


 蹴りを入れる瞬間の限られた範囲だけ、重力を反転させた。

 闇の魔術、書庫の隠し部屋で仕入れた禁忌に近い術だ。風の術でも一見似たような効果は出せるが、理屈が異なる。

 巨体を活かして上から潰しにきた相手の力は削がれ、法則の反転によって下から上へ蹴りの威力が増す。

 瘴気を混ぜた障壁に防がれる恐れもあったが、上手くいったようだ。


 砂に深々と埋もれた腐竜が呻く。

 回復される前に周囲の瘴気を引きはがし、素早く吸収していく。

 まだかろうじて繋がってはいるが、身体を真っ二つにしたも同然だ。このまま回復させなければ、放っておいても力尽きるはずだが。


 だが文字通り腐っても竜、ということらしい。


 ふらつきながらも立ち上がる。

 その動きで溶けかけた肉がずるりと流れ落ちた。

 俺が砕いた部分は瘴気でつなぎ合わせたようだ。全ての肉を落としきると、骨だけになった姿で頭蓋骨を揺らめかせる。


 どうやら腐肉を無駄だと判断し、自ら捨てたらしい。

 骸竜とでも呼ぶべきか。

 闇の遺物の間にいた骸骨たちとはわけが違う。あらゆる理屈を無視するように、力はむしろ増していた。


 竜を禁忌と呼び秘匿する理由に納得する。こんなものが暴れれば国の一つや二つ、簡単に滅ぶ。世界すら数日で消滅するかもしれない。


「しかも燃料は吠えるだけの永久機関か。何でもありだな」


 返事のように咆哮を轟かすと、巨大な骨格が黒く染まった。


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