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「その秘湯の主に魔力を提供したから、魔素の異常が解決したんだね」

「ああ」

「さすが魔王様、温泉郷の平和を守るダークヒーロー! すごいな偉いなー!」


 欲を言えば、今すぐこの異常な空気も解決してほしいです!!

 そんな本音を抑えて少しオーバーにリアクションすると。

 どこかとろっとした目元を細め、圧を失った無表情が柔らかくほころんだ。


 これは直視したらいけないやつ。


 本能の警告に従い、さり気なく顔を前に戻した。

 行灯風の照明が一つだけの部屋に沈黙が落ちる。その間ずっと、隣から視線を感じた。


 宿の人が食事の後片付けに来たので、寝室の方に移動した。

 普通にベッドが二つ置かれている。片方に腰掛けると、隣に座った。

 書庫へ行く気はないらしい。なので離れていた間の報告会を始めたものの、こっちから話を振らないと進まない。いつもはサクサク簡潔に説明してくるのに。


 そして膝抱っこじゃなくただ座ってるだけなのに。なんだこの空気……。


 直視できない原因がもう一つ。

 全く興味なさそうにしながら、なぜかアメジストも温泉に入っていた。

 で、私達は揃ってこの宿の着替えを借りている。方術士の修行着に似た、いわゆる作務衣や甚平のようなデザイン。

 絶対この手の服は似合わないだろーと、笑う準備をしていたら。

 ……似合ってるわけじゃないけど、べつに笑えなかった。むしろ……、


 とにかく!この宿の非日常感が私を狂わせるんだ!!


 いきなり耳のあたりに指が触れた。ビクッと肩を揺らすと離れていく。

 再度、静寂。

 なんだ。なんなんだ。珍しく新技開発(ハグ)もしてこないし、いつもの雑な触り方でもない。……うぅ、触り方の違いに気付く自分がなんか嫌。


 やっぱり隣から、穴があくほど見られている気配がした。

 くっ。魔王になにかを攻略される前に手を打たねば……!


「そ、そうそう! あのクソゲーの中で、隠者のご主人様にエンカウントしちゃってさー」


 意を決して振り向くと、わずかに眉根を寄せた。

 ぽわぽわ微笑に比べれば、不機嫌顔の方が見慣れていて安心できる。私はやや早口で続けた。


「精霊の欲するものを与えることができる~?とか意味わからん質問されて。その人、完全にアメジストを精霊だと思ってるみたい。でもよく考えれば私も含めてアメジストの姿が見えなかった人なんていないし、ガチの精霊ではなさそうだよね。たとえば“エルフ”とか。あ、これも物語の中だけの存在なんだけど……」

「コハル」


 急に手を握られる。

 キャンセルしないで。バージョンアップした書庫の本にもたぶん載ってないネタなんだから、もっと食いついてください。そして小一時間ほど思案モードに入ってもらえると助かります。

 しかし祈りも虚しく、私は紫の瞳にあっさり捕獲されてしまった。


「話は明日にしよう。見せたいものがある」



 部屋の一角に作られた、縁側のような場所から外に出た。

 魔術の明かりを浮かべて進む背中についていく。


 よく手入れのされた庭を離れ、木が生い茂る場所に来ると、アメジストが明かりを消した。

 暗闇の中、私の手をとりゆっくり誘導する。


「……うわぁ……!」


 視界が開けて、思わず声がもれた。


 目の前にはほのかに湯気の出る池がある。小さな温泉だ。

 そのまわりをいくつもの淡い光が、ふわふわと飛び回っていた。

 私にも見える精霊……!?


「秘湯蛍という虫だ」


 光の正体は蛍らしい。

 どこか懐かしさを感じる幻想的な風景に、しばらく目を奪われる。


 よく見れば一匹だけ光の色が違う。注目して見ていると、さらに色が変わった。

 全部で七回、七色蛍だ。

「変異種だな」

「きっとアメジストが引き寄せたんだよ」

 今回は言われる前に言ってみたら、横目でこちらを見た後、繋いでいない方の手を前に差しだした。


 七色蛍が動きを止め、一直線に飛んでくる。そのままビシッとアメジストの手にとまった。

 ……なんか魔王の命令に必死で従いました感が。

 七色の光を堪能し、魔王の手から解放した後は、改めて小さな秘湯をうっとり眺めた。

 異世界百景とかに選定したい絶景だ。知らず気分も口も軽くなる。


「ここにもいつかもう一度来たいな」

「わかった。約束する」

「……こうやって約束を増やしてると、いつまでたっても帰れないね」


 口にだしたら自覚してしまった。

 最近の私、元の世界に帰りたいって思う日がほとんどない。

 だってそこそこ快適で、まあまあ楽しい旅暮らしだから。

 まあまあというか、けっこう楽しいかも。


 気付くとアメジストに後ろから抱きしめられていた。


「帰さない」


 私のお願い、なんでも聞いてくれるんじゃなかった?


 だけどその言葉になぜかほっとしている自分がいた。

 アメジストが私を引きとめる理由は、もちろん分かってるけど……。

 おかしな脳内変換をしそうな心を落ち着けて、普段通りの口調で返す。


「初めてお酒を飲んだせいで、ちょっと酔ってるでしょ?」

「いや……魔力で身体機能を落としてみたが、結局酔えなかった」

「なんでわざわざ酔おうとしてんの」

「ほろ酔い程度なら、関係を深めるのに効果があると聞いた……」

「誰だそんないかがわしい説吹き込んだ奴。ガセだから信じちゃいけません」

「風呂に入って着替えると距離が縮まるという説も?」

「ガセです! もうその怪しい人の話は全部忘れて!脳内デトックス!」

「俺はまた騙されたのか……」


 あ、なんだかいつもの空気になってきたかも。


 一人でジタバタしていたのが馬鹿らしく思えてきた頃。

 小さな光がまっすぐ飛んでくると、耳元で羽音が止まった。


「あの変異種だ。お前の肩にいる」

「え、七色蛍が?」

「何?“炎の悪魔が来るから気を付け”……――」


 肩にとまった蛍を見ようと振り向いた瞬間。

 同じタイミングでアメジストが顔を寄せた、と気付いた時には遅かった。


 お互いの顔と顔がぶつかった。

 とはいえ重大事故ではない。

 軽ーくコツン、くらい。あえて言えば、かすかにちゅっと音がした程度だ。


 …………ある意味究極の重大事故が発生した。


 よし落ち着こう。おさないはしらないしゃべらない。冷静に状況分析だ。

 ……。安心してください、未遂です。ぶつかった箇所はギリ頬のあたり。

 なんだ~、ただのほっぺにちゅーじゃないか。国によっては挨拶だよ、挨拶。

 しかも相手はその手の知識が一切ない天然魔王様だ。何が起きたか理解すらしていまい。


 ゆっくりと顔を離していく。

 思いの外ぽかんとした表情で固まっているのを視界の端に入れながら、私はぎこちなく顔を正面に戻した。

 ……まあまあレア顔してた……。でも理解はしてない……たぶん……。


 七色に光る蛍が飛び去った。

 待て。半分はお前のせいだぞ。責任取ってこの空気なんとかして。

 直後、私はさらなる奈落に突き落とされた。


「あ~……悪ぃ。ここ、実家への近道でさ……」


 いつの間にかほとんどいなくなった蛍と入れ替わるように、気まずそうに木の影から歩み出る。カルシンだ。


「すぐ退散するんで、ごゆっくり。この先の温泉宿がおれん家なんだ、泊まっていけよ。今度は朝までぜってー邪魔しねぇから」


 ……もうチェックインしてま~す……。

 カルシンの実家……。だから源泉の問題を早く解決したかったのか……。

 私と違って平静を取り戻したアメジストが、立ち去りかけた背中に声をかける。


「ここで術の試し撃ちをするのはやめろ。蛍が減る」

「げっ、なんでそれを!? ……わ、わかったよ。バレたらお師匠にも大目玉食らうしな」


 軽快な足音が徐々に遠ざかり、静寂が戻った。どこからか蛍たちも戻る。

 そして私にも、非日常感に浮かれて旅立っていた羞恥心が戻ってきた。


 仕切り直しとばかりに、アメジストが今度は向かい合って両手を広げた。

 それが私をやわらかく包み込む寸前。

 視界が歪み、エレベーターに乗ったような不思議な浮遊感に襲われる。


 その一秒後。私は暗い山の中、勢いよく蒸気を噴き出す源泉の前に佇んでいた。



 ――こうして私はついにハルポート(転移)を習得したのだった!!やったぜ☆



 日付が変わる頃まで、アメポートの追跡から転移で逃げ続けた。


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