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「ヂュンギャアァァ!!!」
「ヂュピエエェ~~!!!」
転移を連続不発中の私を置いて、威勢よく飛びだしていったヂョルヂュとヂョセフィーヌが、奇声を上げて舞い戻ってきた。
まだ魔物っぽさが残っている。だけど何かから必死に逃げているようで、そのまま私の頭上を通り越していった。
二匹が逃げ帰ってきたのは源泉のある方だ。
そっちに虫魔物がいるんだったら、今すぐ転移できなくても平気かなって安心してたのに。狂暴化した二匹でも勝ち目のない強敵?
でもそこまで危険な魔物なら、アメジストが嬉々として退治しそうなのに……。
訝しむ中、すぐにその答えが分かった。
源泉の方角から、カルシンが山道をゆっくり歩いてくる。突っ立ったままの私と目が合うと、ギラギラ燃えるような三白眼を向けた。
「……クソカップル1号……」
なんか変なあだ名つけられてる!?
しかしつっこみを入れる余裕はなかった。
カルシンの全身を、とぐろを巻く蛇のように動く炎が纏わりついている。近寄ったらスズメが焼き鳥になりそうな火力だ。
私は障壁があるから大丈夫だけど……たぶん。
「うおおぉ! 《婆忍愚》ッ!!」
ネーミングセンスがすごくクソガキだッ!!?
一度立ち止まって明らかに自作な術名を叫ぶと、炎の勢いが増した。
ついでに三白眼のギラつきも増す。私は本能的に回れ右をして駆けだした。
「ぴぎゃ~」
「うぐっ……、待て、1号……!」
平然と炎を纏いながらも、どこか苦しげな声で追いかけてくる。
さすがに山で修行しているだけはある。あっという間に追いつかれてしまった。
じりじりと距離を詰められ、背中が大木の幹に当たる。すると数歩先まで近付いてきたカルシンが、勢いよく頭を下げた。
「すまねぇ、1号。おれは……2号を見殺しにしちまった……」
「へ??」
2号。ってアメジストのことか。
どうやら源泉にとび込もうとするのを止めた直後、泉の水がアメジストの足に絡みついて、無理矢理引きずり込んだそうだ。
絡みつく水、というのは少し気になったものの。
「でも自信満々でとび込もうとしてたんだよね? だったら大丈夫だよ。そのくらいで死なないから」
確信を持って言うも、苦悩するようにかぶりを振る。
「いいや、おれは自分が許せねぇ……! 目の前でダチがやられてんのに、なんにもできなかった自分がよぉ……!!」
私達、いつダチになった?
疑問は一旦置いといて。様子のおかしいカルシンに、私は即興でアメジスト不死身伝説を語った。(実話をもとにしたストーリーです。)
しかし炎は鎮火するどころかうなりを上げ、火の粉が宙を舞う。
「くそっ、この程度の炎じゃ全然反省できねー。おい1号、なんか辛辣な言葉でおれを叱れっ!!」
「なにそれ意味わからんこわいこわい!!!」
木の上から私を援護するように、ヂョルヂュとヂョセフィーヌがヂュルヂュル威嚇音をだす。
バーニング状態に怯みつつ、隙を見せれば攻撃を仕掛けそうな雰囲気だ。
そもそも二匹はどうして急にカルシンを狙いはじめたんだろう?
なんか闇落ちでもしたかのように、情緒不安定になってるとはいえ……。
……ん!? そういえば前にもこんなことあったな?
確かアゴラ大森林の調査中、マッドなマジカリストが隊長で実験を……、
「お師匠ほどの包容力は望まねぇ。2号を叱る時の感じでいい」
「カルシンちょっと落ち着いて。今、原因が解明しかけて……」
「どうせいつもそういうプレイとかしてんだろ!?」
「ひとを変態みたいに言うな!!」
ちゃんとした教育だし! ど変態プレイとかじゃないし!!
二匹の反応。そしてこの暴走ぶり。なんでそうなったのかは謎だけど、たぶん間違いない。
陰陽蝶の幼虫が、カルシンに寄生してるんだ。
アメジストがいれば、瘴気吸収で速攻解決する。だけど今は源泉の中だそうだ。
行って声をかけてみる? でもこっちの騒ぎに気付いて駆けつけてこないということは、中へ引きずりこんだ相手とバトルでもしているのかも。もしそうなら足手纏いが近付かない方がいいよね。
ここはイチかバチか、秘められし力を試してみよう。
「……わかった。今からお説教してあげるから、しっかり聴いて」
「おう! 思いきりキッツイのを頼む」
深呼吸をひとつ。喉の調子をチェックする。カルシンが地面にしゃがみこみ、きちんと正座した。
それを確認してから目を閉じて、心を込めて歌いはじめる。
お久しぶりの女神様を讃える歌だ。持ち歌はこれ一曲しかない。
ひと通り歌いきって、軽く息をつく。
思いの外しっかり耳を傾けていたカルシンが顔を上げた。纏っているバーニングが弱火になっている。
「……やるな、1号。ここまでの苦行は修行でも滅多に味わえないぜ……」
このクソガキ。
「こっちだって精神ダメージ食らいながら歌ってるんだからね。……どう? だいぶ落ち着いてきたんじゃない?」
「ああ。少なくともやべー衝動みたいなもんは収まった」
立ち上がり、頷いてみせる。それから武道の型のようなポーズを取ると、少しずつ炎を弱めて収束させた。
まだ苦悩顔の名残は見えるけど、アメジストが戻ってくるまでは持ちそうだ。
「まじで助かった。正直見直したぜ」
「ふふん!!」
「ヂュ……ン?」
「ヂュピィ??」
褒められて伸びる子・私が両手を腰に当ててふんぞり返っていると、きょとんと小首を傾げた二匹が木から降りてくる。
こっちも毒気が抜けている。歌の効果だろうか。
ちょっと自信ついてきちゃったな~? やべー衝動を収める奇跡の歌声!とか触れ込んで、そのうち街角コンサートでも開いてみる?
「あとはアメジストが帰ってくれば、根本治療してもらえるから。ここでのんびり待ってよ。ぶり返した時はまた歌ってあげる」
「いやもう勘弁。今後の生活に支障がでる後遺症が残りそうだし」
「私の歌は未知の凶悪ウイルスか?」
軽口を叩き合ったり、カルシンのお師匠自慢を聞かされたりして、茜色に染まる山が徐々に暗くなってきた頃。
突如現れた気配が背後から私を抱え上げた。
いろんな意味で驚愕するカルシンを不機嫌そうに一瞥すると、片手を差し出す。
「2号! 無事だったか、よかっ……」
さくっと瘴気を吸い出され、寄生がとれた晴れやかな顔が言い終わる前に、視界がブレた。
そのまま会話もなく、アメポートで運搬される。
ともあれ一件落着。これでご飯がおいしく食べられる。
……何かいろいろ忘れている気もするけど。
まあ不測の事態が起きたわけだし、修行も呪いの件も、明日から本気だせばいいよね。
◇◇◇
その日の夕食はびっくりするほど豪華だった。
味も見た目も高級感のあるご馳走が、テーブルに所狭しと並んでいる。
新鮮な肉と魚が上品に調理され、季節の山の幸を使った料理は華やかな器に盛られて。……あ、ファファだ。今回は黄色、材料は光豆かな。
なんだか贅沢な小旅行に来た気分。
アメポートで到着した先は、なんと休業中の温泉宿だった。
予約したかのようにすんなり案内され、やたら厚いおもてなしを受けた。
源泉の問題を解決したのがもう伝わっていたから、そのお蔭なのかな。
のんびり温泉につかった後は、趣のある広い部屋にご馳走を用意されていた。
異世界に来て、いや人生で過去イチの極楽を味わっている……はずなのに。
私はせっかくの極楽と、真剣に向き合えずにいた。
「知ってるか、コハル。精霊は気に入った相手としか契約しない」
知ってます。だいぶ前にあなたから教わりました。
頷く私を確認すると、片手で目の前の器をとり、軽く口をつける。
……あれって多分、お酒だ。当然私の方には用意されていない。
アメジストがお酒を飲んでるとこ、初めて見たな。
ついぼーっと眺めていると、強い瞳で見据えられる。
「方法さえ見つかれば、俺はお前と契約したいと思っている。……これがどういう意味かわかるか?」
「いや……その……わかりかねます」
私は頭の中で繰り返し、持ち歌をリピートした。
だけど助走を始めた動悸は一向に鎮まらない。
やべー衝動を収める奇跡ソングでも、魔王の暴走には太刀打ちできないのか。
またお酒を一口飲み、ゆったり頷いてみせる。
「俺もわからん」
よし、セーフ。(そのままの君を保存したい。)
……というかこれもしかして、酔ってる……??