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街道を歩いていると、ふいにアメジストが足を止めた。
私に障壁をかけて、前を塞ぐようにして立つ。
「こんな街道の真ん中で、魔物?」
「……」
質問に微妙な無反応が返ってくる。
いつもならすぐ戦闘態勢になるのに、今はまだ警戒しているだけって雰囲気だ。
余程弱い魔物なのかな。
訝しむ中、視界に小さな影が映った。街道の先からこちらに誰か歩いてくる。
遠いのとアメジストに遮られてよく見えない。だけどフラフラ身体が左右に揺れていて、覚束ない足取りだ。
人の姿に見えるけど。まさかゾンビ系魔物……?
近付くにつれ、それが知り合いだと気付いた私は思わず駆け出し――背後から伸びてきた片手に抱き込まれて止められた。
「近付くな」
「でも、様子が変だよ。顔も真っ青だし、すごく具合が悪そう」
「伝染病の可能性もある。お前は離れていろ」
過保護が発動した。
私をその場に残すと、面倒臭そうにふらつく人物の方へ歩いていく。
近付いてくるアメジストに気付いて立ち止まり、俯いていた顔を上げた瞬間、華奢な身体がぐらりと傾いた。
「フローラ……!」
思わず名前を呼ぶ。でもたぶん聞こえていないだろう。
アメジストが気を失い倒れ込む少女を受け止め――ない。
……こ、こらー! 今わざとスルーしただろ!
顔から地面に突っ伏したフローラの傍でしゃがみこみ、様子を見ていたアメジストが、おもむろに彼女の背負う巨大リュックの中に手を突っ込んだ。
ちょっ、何ひとの荷物を勝手にあさってるんだあいつは。
さすがに止めようと声をだしかけたところ、リュックから戻した両手にはジタバタ動く何かが握られていた。
「ヂュンっ!?」
「ヂュピ~!」
あれってまさか……スズメ魔物(×2)!?
何故かフローラの荷物から出てきた二匹が、すみやかに黒蓑虫にされる。
再びリュックをあさる。今度はそこから一通の手紙を引き出した。
それをしばらくじっと眺め、手紙と二匹を一緒にリュックの中へ詰めた後、私の前まで戻ってきた。
「何らかの病気ではなさそうだ。身体にこれといった不調も見られない。だがあまり近寄るなよ」
差し当たって命の危機ではない、との診断に安堵するものの。謎だらけだ。
「どうして倒れたのかな。それになんでスズメ魔物が?」
「魔物がいる理由は知らんが……状態については大方予想がついた」
話しながら黒い紐を器用に担架のような形状にすると、それをフローラのもとへ移動させる。
「“呪い”だ」
黒い担架を引きずるのではなくふよふよ浮かせて運びながら、私達は最寄りの町へ向かった。
宿をとってベッドに寝かせると、しばらくして重たげに目蓋を上げる。
「フローラ!」
「ヂュン!」
「ヂュピピ~!」
「ヂョルヂュ、ヂョセフィーヌ……。あなたは……コハルさん。それにアメジストさん……」
私達のこと覚えていてくれたみたい。
そしてスズメになんか名前つけてるな。相変わらず凡人には追いつけないセンスの持ち主だ。
この二匹のスズメ魔物に敵意はなく、フローラに懐いているだけらしい。
アメジストのその判断通り、目覚めた肩のあたりに飛び乗ると、心配そうに顔を覗き込んでいる。
二匹の頭を優しく撫でてから、フローラがのろのろと上半身を起こした。
「ボク、倒れたんですね……。お手数お掛けしてすみません」
「気にしないで。それより体調不良に心当たりはある?」
「…………いえ、特に。少し旅の疲れが出ただけだと思います。もう大丈夫です、ご心配お掛けしました」
ぺこっと頭を下げるフローラ。
少し休んでもまだ顔色は戻らない。心配する私を尻目に、少し離れた壁際にいるアメジストがその言葉に平然と頷いた。
それから片手を軽く上げると手にした物をひらひら振って見せる。
「では俺達は旅に戻る。それと念のため、この手紙は処分しておく」
「……っ!?」
驚いて息を飲んだあと、とび起きようとするのを私は慌てて止めた。
「あの手紙が体調不良の原因かもしれないんだって」
「う、嘘です。返してください……!」
「信じたくないなら勝手にしろ。だがこれに呪いがかけられているのは事実だ」
「……もし本当でも、やめてください。それは大切な方からの手紙なんです」
「お前とお前の姉への恨み言が長々と綴られていた。そんなものが大事なのか」
おい、他人の手紙読んだのか。
まあ原因解明のために必要な作業だった、ということにしておこう。興味本位でひとの事情を知りたがるタイプではないし。
アメジストの冷ややかな言葉に、フローラが今にも泣き出しそうな顔で、けれどいつになく強い目を向ける。
「はい。……たとえ呪われても、捨てることはできません」
うーむ。ちょっと手紙の内容、それと送り主が気になってきたなぁ……。
軽く息を吐き、アメジストが備え付けの戸棚の上に手紙を置く。
「行くぞ」
とりあえず部屋を出たものの。このまま放っておくのは気が引ける。
「本人が助けを求めていない。どのみち俺に呪いの解除はできないしな」
「でも……。そうだ、セラに頼んで……」
「奴に借りを作るな。だいたい居場所もわからないだろう。他の者を頼る方がまだましだ」
「他の人って、たとえば?」
セラは人助けを“貸し”だなんて言わないと思うけどね。
とはいえ名前を出したらあからさまに顔をしかめたので、反論はせずに続きを促した。
すると廊下の窓に視線を向ける。遠くにおぼろげな方術山の輪郭が見えた。
「あのじじい……もしくは弟子の中に、一人くらいは適任者がいるだろう」
◇◇◇
前方の空を飛んでいたスズメ魔物の身体が、一度ぐらっと傾く。
だけどすぐに体勢を立て直し、再びパタパタ羽ばたいた。
並んで飛ぶヂョルヂュ……いやヂョセフィーヌ?どっちだ?見た目からは違いがわからない……が、時々心配そうに隣を見る。
そのくちばしには呪いの手紙がしっかりくわえられている。
「操作にもだいぶ慣れてきたな。そろそろ他の魔物でも試してみるか」
「え~……失敗したら怖いからいいよ……」
「その時はすぐに倒せばいい」
「だからそういうマッドな実験はやめなさいって。いつか魔物愛護団体とかに訴えられそう」
そんな団体はたぶん存在しないだろうけど。
私達は今、再び方術士の総本山を目指している。
フローラには宿で休んでいるよう言っておいた。無事解呪できるまでは、せめて手紙から引き離しておいた方がいい。
それと飼い主(?)が体調不良で目が届きにくい間、何か問題が起きたらまずいと思い、スズメ魔物達は連れて行くことにした。ついでに手紙を運ばせている。
そしてついでにコピー能力向上のため、交互に実験体になってもらっていた。(私は正直やる気ないんだけど、魔王がここぞとばかりに指導してくる。)
「確かに操作の上達よりも、まず転移を覚えるのが先だな」
ハルポートか~。実はまだ一度も成功してないんだよね。
思い返せばアメジストが初めて瞬間移動した時、マガタが「大技」とか言っていた。転移は難易度が高いってことだろう。……頑張ってもできる気がしない。
「コピー能力はオリジナルより性能が落ちるんだよね。じゃあ私が使えてもあんまり意味ないんじゃない? どうせいつも一緒にいるんだし」
アメポートさえあれば十分だよ。と言うと、思ったよりも真剣な顔を返された。
「俺達は何故かよく引き離される。お前にも転移が使える状態にしておきたい」
……まあ、うん。今まで何度か不思議な経緯で離れ離れになったけどね。
「そんなの心配したってしょうがないじゃん。なんだかんだお蔭様でいつも無事に合流してるしさ~」
いやぁ魔王様の御力には毎度感服しきりで……、
とかおだてて修行を逃れようとした私の手が、急に握りしめられた。
ヂョル、ヂョセ……どっちかわからないけど操作が途切れ、落下する。地面ギリギリのところで自力で羽ばたくと、相方の隣へ戻っていった。
「これまでそうだったからと、今後も上手くいくとは限らない。コハル、俺は……お前を失わずにすむなら、何でもやる」
だ、だから……! なんかそういう、変な勘違いを引き起こしかねない言動は慎んでいただきたく……!
「本物の契約を結べるなら話は早いんだが。魂の捧げ方など、どの文献にも載っていないからな……」
心臓が変な勘違いでアップを始める中、ぽつりと呟かれた内容に否応なくダッシュした。
ま、待て待て。どうしたのこのお兄ちゃん。今日は暴走しすぎじゃないかな?
お蔭で私の動悸まで大暴走、もはや命の危機さえ感じるんですが??
「そ、そんなもの捧げたら毎日私のお願いをききたくなっちゃうよ。自分の目的より私のことを優先したくなったりね。わー楽しみだなー」
最後は完全に棒読みで言うと、
「今も似たようなものだろ」
アメジストがきょとんとした顔を向けた。
そのレア顔に動悸の暴走が加速する。
……やばい。このままじゃ本気で、私の中の大事な何かが殺される……。