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『「おい兄ちゃん! いや姉ちゃんか!? 同じの二皿追加してくれ!」』

『「はいっ!」』

『「ノーチェリーチェ三人前。あとラオポン酒ボトルで」』

『「はいっ!」』

『「注文お願いしまーす」』

『「はい、ただいま!」』


 よく通る声を響かせ、長身の姿が店の中をきびきびと動き回る。

 ちなみに男装に近い恰好をしているのでわかりにくいけど、お姉さんだ。

 彼女は元騎士。そして現在はこの『魔王亭』の看板娘である。


『「……店長。折り入ってご相談が」』

『「なんです」』

『「時給上げてください」』

『「お断りします」』


 その日の店じまいをしながらのこの会話も、もう何度目になるかわからない。

 店長と呼ばれた青年が看板娘をちらりと見た後、再び包丁を研ぎだした。


『「何故だ!? こんなに繁盛しているのに!」』

『「それとこれとは別です」』

『「全然別じゃない! ……もうこんな店辞めて、騎士に戻る!」』

『「はあ? 戻っても仕事なんてろくに残っていないでしょうに」』

『「うぅ……」』


 鼻で笑いながらの言葉に、看板娘が頭を抱えて呻く。


 今回の聖女は、今までとは真逆といっていいくらいキャラが変わっていた。


『「わ~! 遅刻遅刻~~っ!!」』


 とか叫んで選定式に駆け込んできた。あの貴族娘も、首輪もない。さすがに食パンをくわえてたりはしない。

 広間に集まった人々が唖然とする中、ぺこぺこ謝って位置につく。

 ……こいつだけはないな……。

 参列者の間にそんな空気が漂う中、


『「おい。弁当を忘れているぞ」』


 言葉と同時に突然、空中に黒い風呂敷が現れた。

 結び目がほどけて中から弁当箱が出てくる。風呂敷ではなくマントだ。

 黒マントから弁当を受け取った聖女が、能天気な笑顔を見せる。


『「ありがとう! いやぁ有能な精霊がいるとこういう時、有り難いよね~」』

『「まったく、調子のいい奴だ……」』

『「……っ!? ま、まさかあれは。いやあの方は! あらゆる禍から契約者を守り、災厄すら打ち払うという伝説の精霊、《魔王のマント》!?」』


 参列者の一人、司祭が驚愕の表情で黒マントを指差した。


『「この方が聖女になればこの国、ひいてはこの世界にも、長きにわたる平和が約束されることでしょう!」』


 聖女に駆け寄りその前で膝をつく司祭に、集まった人々がどよめく。

 弁当箱を抱えた聖女がぽかんと足元の司祭を眺め、それから隣で浮いている黒マントへ困惑顔を向けた。


『「……だから言ったろう、行けば面倒なことになると」』

『「だって。もし私が聖女になれたら、君は《聖女のマント》になって、契約も本物にできるかなって……」』

『「今のままでも俺達の絆は本物、そう言ったのはお前だ。契約の形が多少いびつでも、重ねた信頼は消えたりしない。そうだろ?」』

『「マント君……!」』


 何やら内輪で盛り上がりはじめる主従。皆と一緒に、男装の女騎士も呆然とそれを見守った。

 その後あまりにも最強チートな黒マントの存在によって、騎士の仕事がどんどん必要性を失っていき……。

 最終的には職にあぶれる羽目になるとは、この時はまだ知る由もない。



『「常連客に聞いた。店長、あなたは以前名のある精霊術士だったそうだな」』

『「それが何か」』

『「本気を出せばあのマントと契約し、従えることもできるのではないか?」』

『「……」』

『「聖女とマントの契約は本物ではないそうだ。つまり世界の平和が約束されたとは言えない。だから聖女に代わって、奴と本物の契約を――」』

『「元騎士のわりに、あなたの目は節穴ですね」』


 どうやら聖女から鉄壁の守護(マント)を引き離し、騎士の仕事を取り戻そうという魂胆らしい。

 そんな思惑を遮り、包丁を置いた店長が看板娘の前まで来る。


『「な、なんだと……」』

『「あのマントの真の契約者は私です」』

『「へっ!?」』

『「ですがあの二人はひょんなことから出会い、信頼を育んでいき……。離れたくないと言うので貸し出しました」』

『「ひょんなこと!? 精霊をレンタルっ!??」』


 目を白黒させる看板娘の顔を店長が覗き込んだ。距離近いな。


『「野暮な考えはおよしなさい。闇に葬られますよ。それと一応確認しておきたいのですが……」』

『「おい、……ち、近……!」』

『「もし世界が滅びるなら、その時は一緒にいましょうね?」』

『「ふぇ!? あの、その……」』

『「お返事は?」』

『「あ、えと…………はい」』


 甘々かよ。


 とある国のそこそこ繁盛している飲食店。

 そこで働く二人の毎日が、目まぐるしくもどこかまったりと過ぎていき――、



 気が付けば私達は、真っ暗な倉庫の中へ戻っていた。



   ◆◆◆



「若気の至りだとかの言い訳は聞かん」

「何の話だ」

「あれもこれも、君以外にできる者などいないのだよ!!」


 狼の姿に戻った隠者の言葉を受け流す。

 隣で黒い瞳を瞬かせ、空になった檻をしげしげと眺めるコハルの手をとった。


「まあ感動とやらはなくもないな。コハルの魂が無事、元に戻った」

「ふんっ」

「え、そうなんだ?」


 驚き見上げてくる、どこかとぼけた表情に頷く。


「安心しろ。もうどこにも異常は見られない」

「いつの間に治療してくれたの?」

「いや、時間が経てば自然に回復するものだったんだろう」

「……」


 俺の推測に、隠者が目を逸らして黙る。

 あの症状が何だったのか。魂の回復術とは俺を乗せるための嘘か、それとも本当にそんな術があるのか。

 ゲーム内を少々引っかき回したせいか、質問しても答える気はなさそうだ。

 だが症状さえ治ればそれでいい。書庫が充実すればいずれ真実もわかる。


 変異種達が脱獄する間。隠者の目を倉庫から逸らし、かつコハルと合流してゲームを脱出するため、いくつか仕掛けを施した。


 まずは聖女を改変した。

 といっても一から作り直すのは不可能だ。ゲームの根本部分に手を加える権限もない。

 そこで“一度限りの人格”を作製し、表層を上書きするよう仕込んだ。

 急いで作ったせいかコハルに近い人格になったが、結果としてうまくいった。


 それを隠者が慌てて修復する前に、もう一つ手を打った。


 適当な精霊を設定し、聖女の傍に置く。

 さらに大金を作り、俺の分身に持たせた。その金で肉屋の店主から店を買い取り、料理屋を始めさせる。

 これらは本来有り得ないものを出現させることで、コハルに俺だと気付かせるのが目的だ。精霊の名と屋号はわかりやすいものにした。


 結果、コハルの分身は店で働く選択をし、無事合流を果たせたというわけだ。


 最終地点での選択肢の前に、お互いを選択し合うような会話も起きた。

 その後俺達の分身は同居を始めたようだ。理由は謎だが、まあそういう仕様なのだろう。


 ただし隠者が商品の回収を優先していれば、ノーチェは今も檻の中だ。

 隠者、というより奴の主が、それほど競売での成功に拘っていないのだろう。

 謎の多い主従だ。分かったのは深入りするべきではないということくらいか。


 なんにせよコハルの魂は回復し、ノーチェも解放された。

 魔力も元の数値まで取り返している。あとは何の憂いもなく帰るだけだ。


 転移を行おうとすると、隠者が片方の前足で床を叩いた。


「商品をまるごと損失させておいて、まさかこのまま帰る気ではなかろうな」

「損失させた? 俺を身動き取れない状態にしたのはお前だろ。檻は内側から破られている、変異種が自力で脱走したんだろうな。ひとに失態をなすりつける暇があるなら、主への言い訳の一つでも考える方が生産的だと思うが」

「そこまでしれっと言うか!? コハル、一体どういう教育をしているのだ!」

「なんかごめん? 帰ったらお説教しておくね」


 軽い言葉の後、コハルが笑顔を向ける。

 声が弾んでいる。俺の仕業だと確信しているのだろう。

 思わず広げた腕の中に、小柄な体を閉じ込めた。


「その前に鍵を返してもらおう」

 憮然とした顔で隠者が前足を差し出した。

 コハルの鞄から古びた鍵を取り出し、そこへ放り投げる。

「もう転移の力は込められていない」

「それでも念のためだ」

 鍵を確認した後は、俺達を追い払うように上げた片足を振った。


「君達のお相手は金輪際御免こうむる。……次は今回のような甘い応対はしない。そのつもりでいたまえ」

「ああ、こちらも二度とお前の暇つぶしに付き合う気はない」


「……隠者は、精霊にとって必要なものを、今はもう欲しいとは思わないの?」


 今度こそ脱出しようとする俺の腕から顔だけ出し、コハルが思い出したように口を開いた。

 見下ろしてくる隠者が目をみはり、すぐに平静に戻す。


「さあ、どうであろうな。ただ一つ言えるのは、我輩が欲するもの、それはすなわち主の欲するものである。主が満たされることこそ、精霊の至上の喜びなのだ」

「……そっか」


 その返答に、珍しく思案げな表情で俯く。

 どうやら離れている間に何者かと接触したようだ。相手はおおよそ想像がつく。

 だがコハルを魂ごと取り戻せた、今はその事実だけで十分だ。


「帰ろう」


 もう一度抱きしめると小さく頷く。


 両手に伝わる温もりを確かめながら、暗い地下倉庫から夜明けの近付く大地へと転移した。


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