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「アメジストさんは、大賢者メトラをご存知ですか?」


 灰頭の子供――トルムの言葉に否定を返す。書庫で目にした覚えはない。

「そうですか……。古い話ですしね。僕は好きなんですけど……」

 話を促すと、目を輝かせて語り始めた。


 こいつから話を聞いた後、書庫へ渡ると魔術書の種類が増えた。

 魔術の初歩は粗方理解した。今は本を開けばすぐに上級の内容が現れる。

 だが以前は蔵書が少なく、呼び出せるのは同じ文献ばかりだった。


 直接的には関連のないように思える情報でも、知識が増えたと判断されれば蔵書が増える仕組みなのかもしれない。

 そのためトルムの話をもっと聞き出しておく必要を感じ、この依頼も引き受けることにした。大抵は、これといって面白味を感じない話ばかりだが。


「メトラは三百年ほど前に存在した魔術士で、数々の奇跡を行ったとされる人物なんです。旅をしながら魔術で人々を助け、“救世の賢者”や“光の大賢者”などと呼ばれていたそうです」

 ……光の大賢者、か。光属性を得意としていそうな奴だな。


「魔術を行使するだけでなく、メトラは現代の魔動具を先取りしたような術具を数多く作っていました。そうした“大賢者の遺物”は、今も世界各地に眠っているそうです。手に入れた者には、大いなる力が与えられるとか……ちょっと子供騙しみたいな話ですけどね」


 大いなる力。こいつも言うように、どうも眉唾物の話だが。

 だが少し興味は引かれた。暇な時にでも調べてみるとするか。


 ようやくコハルは声を出さずに書庫の扉を開けるようになった。

 どこで誰に聞かれるかわからない。念のため、書庫の本は読み上げない方がいいと判断した。


 コハルは自覚のないまま、書庫の本を無理矢理引き出し鍵に転写している。

 十中八九、あの書庫から本を持ち出すのは不可能だろう。所有権や閲覧制限など、資格なき者への知識の流出を拒んでいる。

 コハルの転写は、許容範囲内とはいえ限界に近いはずだ。せめて見るだけに留めた方がいい。


 ……それにしても。あいつにものを教えるのに比べれば、威力の無い攻撃術や回復しない回復術を操る方が余程簡単だとよくわかった。

 さすが、魔力も魔術の才も皆無なだけのことはある。


 話し続けるトルムの声を適当に耳に入れながら、後方を歩くコハルの様子を確認した。相変わらず気の抜けた顔で、あのラズという赤髪と話している。


 意外にも「足手まといになる」という自覚があったらしく、同行を拒否しようとしたが、有無を言わせず連れて来た。


 コハルはどうやら俺を護衛に雇ったことを、後悔しはじめているようだ。

 おそらくラズに傭兵の相場を聞いたのだろう。それがあいつの出した条件を上回っていたのかもしれない。

 金の心配をするあまり、逃げられでもしたら面倒だ。

 もし他の所有者が既にこの世にいなかった場合、コハルの死で書庫が消滅してしまう。


 結局のところ護衛の契約などなくても、所有者になるまではコハルを守る必要がある。金に困ったからという馬鹿げた理由で逃げられ、見失っては意味がない。


 それと鍵の売値として出された条件も、少々厄介だ。

 安全な町で暮らす一年分の生活費、だったか。鍵を買い取ることで所有者と認定されるならいい。

 だがそれだけでは資格を得られないのなら。本を読むためにいちいちコハルの居る町まで戻るなど、到底やっていられない。


 俺はおそらく、記憶と共にある程度の力を失っている。


 単純な魔力の総量の話ではなく、魔術の操り方や魔力の最大値など、経験によって獲得していたはずの力や能力だ。簡単に回復するような類のものではない。

 記憶は無くてもさほど困らないが。もし弱体化しているのなら、元に戻したい。


 いや、ただ戻すだけではつまらない。さらに上の力が欲しい。

 これは特に理由があるわけではない。純粋にそうしたいだけだ。


 書庫で魔術の知識を入れ直し、魔物を倒すなどして修練を積むのもいいだろう。

 だがそれだけではどこかで頭打ちになる。闇属性はすでにその兆候が現れており、多少強力な魔物を倒した程度では最大値が上がる気配もない。

 単純な修練だけで、目的を達成できるとは思えない。

 それこそ“大いなる力”というほどのものを手に入れなくては――――。


 そのためにも一所に留まるのは時間の無駄だ。力を得るための手掛かりが、どこに転がっているかもわからない。

 当然、書庫の知識をいつでも手に入れられる状態にもしておきたい。


 やはり取引の内容を見直す必要があるな。

 少なくとも所有者となるまでは、常に傍に置いておくべきだ。


 冗長な大賢者の旅路を聞き流しながら、俺はコハルを連れ歩く方法を思案した。



   ◇◇◇



 予想以上の順調さで、私たちは魔の森を進んでいった。

 前より魔物の襲撃も少なめな気がする。全く無いわけじゃないけど。


 順調だからって、またアメジストは手抜きしていた。

 自分でやれば一瞬で終わる程度の魔物だろうに、ラズとトルムに魔術をかけたりして働かせるのだ。

 二人を前衛に立たせて、監督面で後方支援みたいなことをしている。後方の後方で隠れている私が言えることじゃないけど……。


 で、二人が倒した魔物から黒い汁だけはすすって独り占めしていた。

 あげると言われても二人もいらないだろうけど。私もいらない。

 黒いの吸うシーンが初見だった二人は、目をまん丸にして驚いた。ラズの顔なんてかなり歪んでいる。わかるよー、気持ち悪って思うよね。


「ア、アメジストさん……それは一体……!?」


 三人の気持ちを代弁したトルムに、内心で盛大な拍手を送る。

 私も前からずっと聞きたかったけど勇気が出なかった。怖すぎるんで。

 吸い尽くして灰の山を作った後。アメジストがトルムに軽く視線を向け、


「気にするな」


 の一言で終わらせた。

 おいおい。気にしないでいられるなら質問なんかしないって。

 でもトルムはあっさり引き下がってしまった。だめだあの子、アメジストの忠犬みたいな顔になってる。

 ラズが震え声で「やべー。まじやべー」って何度も呟いていた。わかる。


 安全そうな場所で軽くお昼の休憩を挟んでから、さらに森の奥へと進んでいった頃。

 ラズとトルムが足を止めた。二人で何か話して頷き合う。

「予定よりかなり早く進めたから、本当はもうちょい先まで行きたいとこだけど……。今日はこれ以上進むのは諦めようと思う」

 ラズの言葉に、思わず首を傾げてしまう。この薄暗い森は時間の感覚がわかりにくいけど、体感的にはまだ昼過ぎくらいなのに。


「この先は徐々に瘴気が濃くなるんです。濃い瘴気の中だと魔物はより狂暴になります。それに夜になるとさらに強い魔物が出てくる恐れもあります。夜明けを待ってから再開しましょう」

 なるほど、それなら足止めも仕方ないね。


 ……と納得したところで、アメジストが口を開いた。

「依頼品はそう遠くない場所にあるんだろ。夜までにここへ戻ってくればいいだけだ、十分間に合う」

 トルムの有り難い説明、聞いてた? いや聞いた上での発言なんでしょうけど。

「いえ、本当に危険なんです。中には今までの魔物とは桁違いに……」

「知っている。前は夜にこの先を歩いたからな」


 それ、私たちが出会った日の、あの辛い筋肉痛を生み出した夜のハイキングのこと?

 また二人が目を丸くした。

 瘴気って、もしやあのどんよりした空気のことかな。あの重苦しくて暗い感じの。言われてみればこのあたりより濃かった気がする。


 呆然とする二人を無視して、アメジストが獣道から少し外れた場所にある白い柱の前まで歩いた。

 まるで一本の大樹のように木々の間に存在しているけど、どう見ても人工物だ。元の世界の電柱に少し似ている。

 アメジストがそれを眺めたり、触ったりする。なんか興味持ったぞ。


「これが瘴気機関か」

 謎の言葉を呟いた。蒸気機関? ってSLとかの?

「それは瘴気機関まで瘴気を転送する塔らしいです」

 アメジストの隣に来たトルムがそう言って、なにやら解説を始めた。

 よくわからないけど、魔動ギルドが作った何かすごい物らしい。塔の天辺は相当上の方なのか、生い茂る木の葉で見えなかった。


「…………わかった。行こう。ただし、オレとあんたの二人だけでだ。トールとコハルはここで待機させる」


 ラズの方を見ると、アメジストを睨みつけるような表情で見つめていた。

 なんだかちょっとラズらしくない空気だ……。

「トルムは好きにしろ。だがコハルは連れていく」

 え、やだ。トルムとここで待ってるからいってらっしゃい。


 いたって冷然と返され、ラズが声を荒げる。

「だめだ! 瘴気は人体に悪影響あるんだぞ。そもそもなんでコハルを連れて来たんだよ!? コハルは戦えないんだ、危ないだろ!?」

 ……うん。足手まといですみません。でも私も来たくて来たんじゃないのよ。

 今更だけれど実にまっとうな言葉も全く意に介さず、アメジストがふてぶてしい(無)表情を向けた。


「俺はこいつの護衛だと言っただろう」

「護衛なら尚更、危険な場所に連れてくるなよ。いくら強いからって魔物舐めるな、痛い目に遭ってからじゃ遅いんだ」

「……お前に指図を受ける謂れはない」

「そ、そうだよラズ! アメジストさんに参加をお願いしたのは僕達の方じゃないか。あんまり勝手なこと言うなよ」

「……っ」


 あああ。なんか嫌な雰囲気になってきた。これ私のせい?

 ……いや悪いのは全部アメジストだ。(断定)


「行くぞ」

 気付いたら背後に立っていたアメジストが、私のフードを掴む。だからそこは掴むところじゃないというに。

 フードを掴んだまま引きずって行こうとするので暴れたら、小脇に抱えられた。そのまま森の奥へ私ごと進んでいく。

 後ろを窺うと、何か言っているトルムを振り切るようにしてラズが歩き出すのが見えた。


 それにしても、護衛かぁ……。

 たとえ借金こさえても、元の世界に帰っちゃえば踏み倒せるかな?

 ……いや、もしアメジストの魔術で帰れたのなら、取り立てに来るかも。

 うわーそれ最悪。親にも何て説明したらいいんだよ。日本円で渡したとして、カラトに両替しろとか言われたらどうすればいいのやら。


 でも帰れるなら何だっていいか。贅沢は言ってられない。

 やっぱり、まずは一度確認しておこう。私は決意して隣を見上げた。


「アメジストは私を安全な町に送って、魔本を手に入れた後はどうするつもりなの?」


 消息を追えなくなると、正直困ります。今はまだ詳しい話はしたくないから言わないけど。

 また無視されるかと思ったら、予想以上の早さでこちらを振り向いた。


「……そうだな。それはお前の本次第だ」

 どういう意味だろう? じっと見つめていると、顔を前に戻して続ける。

「本の力をもっと引き出すことができれば、行き先も自ずと決まるだろう。だが俺に本が扱えないうちは、手に入れる意味がない」


 ……手に入れる意味がない、か。そりゃそうだよな。

 私に使い方の指導はしても、アメジストは今のところ一度も魔本を使えたことがない。

 もしこの先ずっとそのままなら、魔本は売れず、私は護衛の分の借金だけを背負うはめになるんですよねー……。

 いや無理でしょ。一文無しで働き方すらわからないのに、銅等級の一日50カラトだって無理だよ。


「……あのさ、アメジスト。本が使えない可能性が高そうなら、今からでも護衛の話は――」

「だからお前との護衛契約は破棄し、俺が本を扱えるようになるまで本とその持ち主を守ることにした」


 …………うん?


「え、それ、今と何が違うの?」

 ちゃんと使えるようになったら、魔本を買ってくれる気はあるみたいだけど。

 護衛契約を破棄、の意味がわからん。守るなら破棄してなくない?

 アメジストが今度はあからさまに呆れたような目を向けてきた。

「金銭抜きで守ってやると言っているんだが」


 ……………………ぬぅんっ!?


「その代わり、お前を安全な町に送り届けるのはその後になる」


 てことはどういうことだ。護衛(有料)じゃなくて、護衛(無料)ってこと!?

 やったー! 嘘じゃないよね、なにか恐ろしい見返りをふっかけるための布石とかじゃないよね!? 本当にありそうで怖いな!?


「是非それでお願いします! ありがとう、アメジスト! ……アメジスト様とお呼びした方が?」

「……やめろ。気色悪い」


 急速にへりくだる私に呆れ目のまま吐き捨てる。

 そんな態度も、今は後光が差して見える! 魔王様ばんざーい!

 私はしばし、魔王城のバルコニーから下々の者(私)を見下ろす魔王に万歳三唱した。(妄想の中で。)


 ただ落ち着いたら疑問が浮かんできた。

「だけどなんでいきなりタダにしてくれたの? いや有り難いけど。そっちにはあんまりお得な話じゃないような」

 隣を見上げると、私のポケットに視線を返す。

「その本は、持ち主が死ねば消滅する可能性がある」


 私と魔本はどうやら運命共同体らしい。

 アメジストにとって魔本を無料で守るのは当然のこと。なので私もおまけで守る、という結論のようだ。魔本君、何度も表紙引っ張ったりしてごめんよ。

 私はポケットに片手を入れて、アメジストに無事売るまでは命運を共にしているらしい相棒を撫でまわした。よーしよしよし。


「放っておくとお前はすぐ死ぬだろうからな……」


 金に困れば、誰でもわかるような怪しい儲け話に食いついて死にそうだ。


 ぼそっと上から降ってきたおまけの呟きに、私の心は軽く抉られた。

 嫌な死因だな……。


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