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 やばい。バレたらまた怒られそう……。

 最近は教育者としての面目が全く保てていない気がする。最初からそんなものなかったかもしれないけど。


 私は魔王のお怒り無表情を想像して震えあがりながら、抱きすくめられ、身じろぎできないまま口だけで抵抗した。


「は、離してください。社会的に抹殺されてもおかしくない案件ですよこれ」

「争いごとは好きではないな。えぇと、この国に裁判所は……あった。あいつもう凝り性の域を越えてるだろ……本当に気持ち悪い犬でごめんね?」


 裁判所あるんだ。

 この場合、自らとびついた私にも非があるのだろうか。争う前にまずは図鑑で弁護士キャラを探すべきか。


 一度外の景色に視線をやり、ちょこんと小首を傾げて見下ろしてくる。

 映像よりも柔らかい表情。だけどどこか底知れない眼差しとぶつかると、なぜか目を逸らせなくなった。


 そもそもただのゲームキャラでしかないはずの黒騎士が、生身で動いているのがおかしい。

 だからこそ、その裏技っぽさにアメジストだと思い込んでしまった。

 でもよく考えたらこんなチートができそうな相手は他にもいる。ゲームの製作者である隠者と、それから……。


「隠者のご主人様?」

「当たり」


 ドMな隠者の主は不審者。なんか闇が深い主従。

 やっと腕の拘束が緩まり、すかさず抜け出して距離を取る。


「悪いと思うなら今すぐ私達を帰してよ。そして愛犬をたっぷりねっとりお仕置きしてあげればいいと思います」

「うーん。私一人ならいくらでも出入りできるけど、君達を連れてとなると少々面倒でね。無茶なやり方をすれば君達の魂に悪影響が及ぶかもしれない。素直にゴールを目指した方が安全だよ」

「えー。そこをなんとか」

「ではお詫びにヒントをあげよう」


 黒騎士が目を細め、内緒話をするように立てた人差し指を口元に持ってくる。

 その仕草につい見入ってしまった。イケメンキャラの姿だというだけじゃない、思わず目を引く不思議な引力がある人だ。


「あの性悪狼が見たがっているのは“空回ってすれ違い、運命に引き裂かれる二人――”ってところかな。だからあいつを楽しませているうちは道はできない」


 いや、そんなドラマみたいな感じにはなってないと思うんだけど……。

 まさかアメジストのキャラを当てるだけでは、ゴールへ辿り着けないのかな。難易度おかしいだろ。クソゲーと呼ばざるを得ない。

 余計わからなくなるようなヒントに、距離を保ったままとりあえず頷いた。


「わざわざそれを教えるために来たの?」

「もちろん違う。本題の前に、まずは飼い犬の振る舞いを謝罪しようと思ってね」

「本題?」

「コハル。あの深い闇、アメジストを私にくれないか?」


 お前が言うな?


 闇が深い人からの闇が深そうな交渉に、私は喉元までのぼりかけたつっこみを自重した。(ちょっと成長した。)

 かわりにこちらから黒騎士の目を見て、はっきり言い放つ。


「あげません」


 なんなんだ。ポロットではアメジストを飼うのが流行ってるの?

 もし脱走させようものなら大騒ぎになって、ご近所付き合いにも支障がでると思います。


 そもそもあげる・あげないという話になるのがおかしい。

 だけどそういう次元の議論が通じる相手じゃなさそうなことだけは、なんとなく察した。


 黒騎士が呆れたように肩をすくめる。


「もう少しよく考えてごらん。このまま彼と一緒にいたら、どうなると思う?」

「はあ? どうなるって……」

「狂おしいほどの執着ぶりだと聞いたよ。君のためなら根源の魔力をいくらでもなげうつようだとね」

「くるおしいほどのしゅーちゃく……」


 思わずカタコトになってしまった。

 えっと……、誰の話? あの魔王が私に??

 そこではたと思い出す。カードゲーム中、勝ちたいあまりこっちから誤解を与えたのだった。


「あー、私達、本当はそういう仲じゃないから。一緒にいるのはお互いに利害が一致した結果。だからどうなるもこうなるも……」

「アメジストは人ではないよ」


 ……来たなデジャヴ。


「知ってるってば。アメジストのやばさはずっと一緒にいた私が一番わかってる。でも私達の間には利害の一致と、コツコツ積み上げた信頼があるからね。心配してもらわなくて結構です」


 まあわりと崩壊しがちだけど。でも信頼ゼロってわけじゃないぞ。

 黒騎士が哀れみの表情になる。

 かわいそうな子扱いには慣れてる、ノーダメージだ……とは思うものの。何かに深く疲れ果てたような暗い瞳に、なぜか背筋が冷える感じがした。


「コハル。君は人が水や食物を必要とするように、精霊の欲するものを与えることができるかい」

「え……?」


 精霊の欲するもの。水や食べ物のような、生きるうえで絶対に必要なもの。

 今の話の流れだと、アメジストは精霊で、そういう必要不可欠な何かをいつか欲しがるってことだろうか。


「それは内容によるでしょ。私が提供できるものとは限らないし」


 戸惑いをなるべく表に出さないようにして言う。

 魔王塾でそんなの習った覚えはない。それに本人の方が、お金も料理の腕もがっつり持ってる。なのにわざわざ私から貰おうとするかもしれないなんて。

 一体どんなレア飲食物なのやら?? 全然、想像がつかない。


「他の誰からも受けつけず、君のものしか欲しくないと要求されたら?」

「だから、それは内容次第で……。そういうあなたはどうなの? 飼うつもりでいるなら当然あげられるんだよね?」

「私は与えることはできないよ。ただ……、」


 黒騎士がふわりと微笑む。

 そういえば本当の姿どころか、まだ名前すら知らない。

 気を抜くとどんどん向こうのペースで話が進んでしまう気がする。「警戒心」と頭で何回も唱えた。


「つくり変えてあげることはできる。“それ”を必要としなくてもいいように」


 どうしてだろう。

 内容はわからないのに――。


 この人にだけは絶対渡してはいけない。と思った。



   ◆◆◆



『「西に行くのはおやめなさい。行けば滅びの呪いを受けるでしょう。……誰も、聖女の心を救うことはできません」』

『「まるで聖女が人々を滅ぼすかのように聞こえまする」』

『「少なくとも私にはそう感じられました。運命に抗うことなく贄となり、災厄の中枢となるのを傍観――いいえ、望んでいるのですから」』


 俺の分身、サムライと呼ばれる戦士の言葉に巫女がゆるゆると首を振った。


『「私にできるのは、手の届く範囲を結界で守ることだけです」』


『仇敵キラツクヨノスケが西へ逃れたのは間違いない。だが当代一の巫女が言うには、西へ行けば世界もろとも滅びる定めだという。もしそれが本当なら、放っておいても奴に天誅が下るともいえるが……。』


『→西へ行く』

『→この国に留まる』


「心、か」

 石板から目を離し、思わず呟いた。

 

 世界が滅亡しなかったのは二周目だけだ。

 つまりコハルが聖女の心を救ったということなのか。


 ここは隠者が作った世界だ。現実の人間関係と同様に考えるわけにはいかない。

 それでも俺に他人の心を救う選択ができるとは思えなかった。

 一度は聖女と関わることも考えていたが。無駄足だろう。


 多少リスクはあるが、そろそろ動いてみるか。

 魔力ではなく俺自身の能力を使い、書庫から本体を動かす時の要領で、その場にいるはずの者に語りかける。


『ノーチェ。聞こえるか』

『……!? アメジスト! よかった、死んでるのかと思った』


 ――やはりな。

 無事返ってきた応答に、推測の正しさを知る。


 俺達の本体はここにはない。

 あの変異種の倉庫に転移させられている。気を失った状態で床にでも転がされ、檻の中からその姿が見えているのだろう。


 どういう仕掛けなのかは謎だが。おそらく書庫に渡る時のように、この空間に意識だけが呼び出され、閉じ込められた状態だ。


 俺達がこちら側を本体だと認識しているのは、幻惑の術を応用したものだろう。

 その程度の目くらましを破るのにこれだけ時間がかかったのは、頭に血がのぼっていたせいだろうか。このところコハルの状態に右往左往していたとはいえ、反省するしかない。


 本体側に意識を強く寄せていく。

 身体を動かすことはできない。だが普段と比べてはるかに性能が落ちているものの、望遠で部屋の様子をある程度窺えるようになった。


『ノーチェ、それから魔力を持つ者はよく聞け。今からお前達に術を教える。それを使って自力で脱出しろ』

『えっ!?』


 檻の中の変異種達に向け、以前マガタから得た合成法を伝えた。

 複数人で協力し、対象となる者に身体強化を施すものだ。


 基本の身体強化との違いは、複数の属性を混ぜることで全体的な能力を安定して向上させる点。

 そして対象者の“潜在能力”を引き出すという点だ。

 人間の場合は潜在能力といっても限度があるだろうが、ノーチェは違う。以前の姿にまでは至らなくても、この術で普段は抑えている力を発揮できるようになるはずだ。


 しかし魔力を持つ変異種達は、うずくまったまま動こうとしない。


『コワイヨ……コワイヨ……』

『ニゲテモドウセ、マタツカマル』

『モシミツカッタラ、カゾク、キケン……』


 合成法は理解している。だが意欲がない。


『ここにいても売られるだけだ。地下競売にまともな買い手が来るとは思わない方がいい』


 呆れて言うも、返ってくるのは似たような泣き言だけだった。

 ノーチェは闇属性しか持たず、今の姿は魔力も弱い。他の者の協力がなければこの作戦は不可能だ。

 舌打ちしたくなるのをこらえ、説得を続ける。


『この状況に怒りが湧かないのか?』

『お前達は変異種だ、普通の奴らにはない力がある。魔術はそれを活かす手段だ。今なら番犬の目も誤魔化せる、この機を逃せば後悔するぞ』


 檻を破れば当然、隠者が気付く。

 だが同時にゲーム内で少し暴れてやるつもりだ。脱走する時間は稼げるだろう。


『お前達に守りたい者はいないのか?』


 一匹、二匹と顔を上げた。

 少しは興味を持ったようだ。思いつくままに言葉にする。


『俺はいる。だが今は引き離され、守れているとは言い難い状態だ……。確かに力だけではどうにもならないこともあるのかもしれない』


 部屋の隅に倒れるコハルの本体が曇った視野に映る。知らず声に力がこもった。


『それでも俺は力を使う。とれる手段は全て試す。迷い、立ち止まっている間に失う方が、恐いからな』


 ……そうだ。俺はコハルを失うのが恐ろしい。


 俺に不思議な力を与え、能力を引き出す存在だからだろうか。それとも書庫の所有者としてか。

 どの理由もどこか不十分だ。コハルにはもっと別の価値があるような……。

 だがやはりそれを表現するのは、高等魔術よりもはるかに難しい。


 話に耳を傾けていた二匹が立ち上がり、魔力の錬成を始めた。

 錬成を終えた後、教えた通りに術を編む。

 三匹目がそれに加わった。四匹目、五匹目も術に魔力を流し始める。


 六属性が揃った。意識を集中させるノーチェの身体がかすかに光を発する。

 黒い体毛に覆われた両腕が、数倍の大きさに膨らんだ。腕だけだが、巨大化と遜色ない力が溜まりつつある。


『術の構成が理解できないなら、ノーチェに力を流すだけでいい。外に守りたい相手がいる者は協力してくれ』


 奇妙な確信に導かれ、自然と言葉を続けた。


『怒りも恐怖も、全て力に変えろ。己の心に従え』


 ノーチェの膨れ上がった両手が鉄格子を握る。


 部屋に置かれた魔動が甲高い音を立てた。

 装置が檻に力を注ぎ、いくつかの術で反撃してくる。

 ノーチェが腕に闇の魔力を纏い、一気に迸らせた。

 数度火花を散らし、装置が動きを止める。壊れたようだ。


 巨大な拳の中で鉄が粉々に砕ける音が、明かりを失った室内に反響した。


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