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そう簡単に攻略させる気はないだろうと思っていたが。
俺は薄暗い洞窟内をくまなく見回した。
話に連動させた映像ではない。どこかに術の綻びがないか確認するためだ。
そこから俺の魔力をコハルがいる場所まで送り込むことができれば、突破口も見えてくる。
だがやはりそんな隙を与える気はないようだ。どこを見ても胸糞悪いほど歪みなく構築されている。
魔素を多少潰したところで変化もない。お遊びにしては度を越した完成度だ。本当に暇なんだな。
仕方なく石板に目を戻した。
『「ふっ、凶悪な人食いゴブゴブキリと聞いていたが。大したことないな」』
『「いよっ! アニキ世界一ぃ! しっぽの先までシビレちらかしたぜ~!」』
『潰れた巨大な虫の前で斧を振り、ポーズをとるアニキにおいらはすかさず拍手喝采してみせた。この隻眼の傭兵は、こういうわかりやすいおだてに弱いのだ。実にチョロい。』
『おいらがこんなコテコテの腰巾着をやってる理由はただ一つ。出会うためだ。アニキの旅にくっついていき、この世界のどこかにいる美人で可愛くて、かよわいおいらを守ってくれる頼もしい嫁さんをゲットするのである。』
今回はまた一段と、わけのわからん奴になった……。
俺は石板を素早く指で叩きたくなるのを堪え、表示される文章を読みこんだ。
一見無意味に思える内容でも無視するべきではない。この下らないやり取りの中に手掛かりが隠されている可能性もある。
何度か失敗し、ようやく理解した。
“正しい”選択肢を選ぶのではない。俺同様、何らかの人物を動かしている“コハル”を選ぶ必要があるのだ。
初めの精霊術士の時。助けた男が聖女とやらに会うよう勧めてきたが、会う理由もないと思い断った。
以降は出会った者の護衛や魔物退治などをしているうちに突然世界が滅亡し、終了した。
次に肉屋の店主となり、伝説の竜斬り包丁というものを探す旅に出た。
その回は世界は滅びることなく、旅の途中で前回同様、相手を選べという選択肢が出現した。
旅の間、他の者とはほとんど関わらなかった。そのためか選択肢も少なく、その中にコハルの分身らしい人物も見当たらなかった。
その後再びスタート地点に戻され、別の人物の物語が始まった。
要はなるべく多くの者と知り合い最終地点での選択肢を増やし、その中から正解――コハルを当てる。これがこのゲームの趣旨だ。
おそらく同一回で俺達が互いを当てることができれば、ゴールへ到達できる。
だが暇を持て余した大精霊が作成したこの世界には、無数の登場人物がいる。選択肢を増やせばその分、的中させるのも難しくなる。
コハルの状態も気がかりだ。カードゲーム中、わずかに復調したようにも感じられたが油断はできない。
どこかに裏の手を使えそうな綻びはないか常に目を配っているものの。今のところ見つけ出せずにいる。
『「さて、と……まずは大聖堂にでも行ってみるか」』
『「大聖堂っすか? あ、わかった。美しすぎる聖女さんが目当てだ」』
何度か選択を経て、今は聖女がいるという国にいた。
『「でもあんまり表には出てこないらしいですよ。ご尊顔を拝めますかねぇ?」』
『「なーに。俺ほどの腕があれば、向こうから会いたがるさ」』
『聖女と彼女を奉じる者達には、なにやら敵も多いと聞いた。確かに腕利きの護衛を欲しがる可能性はある。』
『もし本当に聖女の護衛になれば、旅暮らしは終了だろう。必然的に出会いも減る。アニキの腰巾着をやり続けても仕方ないかもな~。どうしようか?』
『→これからもアニキについていく』
『→一人で女の子をナンパしまくる旅に出る』
……ナンパ? どんな行動だ?
まあ内容は関係ない。より多くの者と出会える選択をすればいい。
今まで動かしてきた人物は全て男だった。ならばコハルは逆だろう。女に目標を絞って探す旅なら好都合だ。
どうも聖女とやらはこのゲームの最重要人物のようだが。
まずはコハルを探して歩く。聖女と関わるのは、他に手立てがなくなった時だ。
『「アニキ、今までお世話になりました。おいら心を入れ替えて、本気で嫁さんを探す旅に出ます!」』
『「そうか。達者でな」』
それから世界が滅亡するまで、当てもなく種族も関係なく女に声をかけ続けた。
だが今回もコハルだと確信を持てる相手には出会えなかった。
とりとめもなく失敗を繰り返していても仕方がない。いい加減、何か別の方法を考えなくては……。
結局、獣人が嫁を取得することはなかった。実にどうでもいい。
◇◇◇
「あれ?」
つい声が出てしまった。
気を取り直して、じっくり画面を見る。
『キャラクターNo.078:ナンパ師の獣人』
『キャラクターNo.054:アニキの腰巾着』
見た目は全く同じなのに名前が違う。
選択次第では途中で立場や役回りが変わったりするので、そういう場合は情報も別キャラクター扱いになるらしい。
外見は一緒でも別の世界線を生きる派生キャラ、って感じかな。
このナンパ師は前に一度見かけた。名は体を表して、手あたり次第女の子に声をかけまくっていた。
でも私はスルーされた。なぜならその時の私は、顔も体型も全部隠れるフルプレートアーマー装備の女戦士だったのだ。
酒場に入る前、『たまには着替えようか?』って選択肢が出たから不思議に思ってたんだけど。気にせず重装備のままバーチャル晩酌しました。
まあどっちにしろ、アメジストがナンパ師になる選択をしたとは思えないから関係ないけどね。ナンパの意味さえ知らないだろうし。
私は石板から顔を離して、画面端にある「×」ボタンをタップした。石板の画面が切り替わり、物語を再開する。
この《キャラクター図鑑》を手に入れたのは、ゲーム2周目。世界の滅亡を食い止めた時だ。
私は東の国の巫女になった。
この巫女は、噂を聞いて聖女がどんな人物か見定めようとする。
侍女の時も同じ理由で聖女に会いに来ていた。その時は少し会話をしたらすぐ国に帰ってしまった。
そこで私は、長期滞在して聖女と交流することにした。
なんとなくあの聖女には友達が必要な気がしたんだよね。
最初は冷たくあしらわれてばかりだったけど、めげずにストーカーばりにべったり張り付き、時には護衛の黒騎士をまいて二人で城下町で食べ歩きしたり……。
努力の甲斐あって、いつしか巫女は聖女の親友になった。(ややごり押し感。)
そして迎えた託宣の日――。
『「あなたの大切な相手を大切にしてください。何が起きても繋いだ手を離さないでください。世界を救うために必要なのは、ただそれだけです」』
穏やかな託宣を終えると。世界は滅びることなく平和に日々が過ぎていき……。
巫女は聖女とまた会う約束を交わして、東の国へと帰っていったのだった。
きっと聖女と仲良くなったことで運命が変わったのだろう。
そして世界救済ボーナス的に、石板にこの図鑑が搭載されたのだった。
その後はまたスタート地点に戻されたから、世界を救う=ゴール。じゃないことに軽く絶望したけどね……。
でも何周もやり込まされているお蔭で、なんとなく分かってきた。
世界を救えるかは関係ない。キャラの目的を達成する必要もない。
どこかにいる私と同じプレイヤー――つまりアメジストと会えるかどうかが重要なのだ。
最後の選択肢でそのキャラを当てることができれば、無事ゲームをクリアできる。たぶん。
ご褒美アイテムを貰えるみたいだから、そういう意味では世界救済エンドを目指すべきなのだろう。毎回貰えるのかどうかはわからないけど。
滅びの託宣を変えられれば、その回は滅亡を阻止できる。
いろいろやってみたけど成功したのは2週目、巫女の時だけだった。
アメジストもいつかはそれに気付いて聖女に会いにくるのではないだろうか。ゲームクリアには関係なくても、一度は救済エンドを試そうとするはずだ。
ということで私は無駄に動き回るのをやめ、聖女のいるこの国で張り込むことにした。
キャラクター図鑑は、私達がプレイ可能なキャラの情報を見ることができる。そうでないキャラ、いわゆるNPCは載っていない。
つまり図鑑を参考にすれば、本来なら聖女の周りにいないはずのキャラがいればある程度わかる。高確率でアメジストを当てられるってわけだ。
ただし聖女の護衛や関係者は、回によってランダムに変更されるらしい。
護衛が隻眼の傭兵の時もあれば、男装の女騎士になっている時もある。東の国の巫女も来る時と来ない時がある。
これ絶対、この作戦を封じるための隠者の嫌がらせだよね。
しかしそれとは別に、私は待ちの姿勢にある確信を持っていた。
それはあの魔王がいつまでも大人しく、従順なプレイヤーのままでいるだろうか?っていう……。
――――コォーン。
その時。耳にとび込んできた小さな音色に、私は反射的に立ち上がった。
石板を鞄に押し込み、両手でドレスの裾を軽く持ち上げ、駆けだす。(ドレスはあくまで映像で、実際にはいつもの服ですが。)
なんと、私はまたあの聖女の侍女になっている。
でも今回は侍女ルートではなく『聖女候補の町娘』でいるつもりだ。試しにドレスと化粧を選択し、町をぶらつきながら選定式を絶賛遅刻(サボり)中だった。
――――リーーン。ゴーーン。
鐘の音が徐々に大きくなり、城下町に響き渡る。
ゲームのBGMじゃない。少なくとも今までこんな演出はなかった。
私はまっすぐに音の出どころ、大聖堂を目指した。
聖堂の中には入らず、建物に隣接する螺旋階段を登っていく。
その鐘楼の最上階に、黒い人影が見えていた。
階段を登りきって、振り向いた人物と目が合う。
全身を黒い鎧に包んだ騎士が微笑んだ。
こちらに向き直ると、その場で長い両手を広げる。
私は息を弾ませたまま、黒騎士の胸にとびこんだ。
黒騎士はキャラクター図鑑には載ってない。NPCだ。
本来なら、今は王宮の広間で選定式に出席しているはず。
それが何故かこんな場所で鐘を鳴らしている。
しかもこの回ではまだ出会っていない町娘を、待ってましたとばかりにハグ。
こんなチート現象、うちの魔王の仕業以外にあり得ない。
そうでなければただの不審者だ。
「アメ――」
「聞いていた通り、愉快な魂の持ち主だね」
…………不審者だった…………。