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『「起きなさい。今日は大事な選定の日。遅刻なんてしたら大変だわ」』


『まだ薄暗いうちに母に肩をゆさぶられ、私は重いまぶたをこすりながらベッドを降りた。』

『「さあ、この日のために用意したドレスを着て。お化粧もしなくてはね」』

『どこか浮足立った母の様子に心の中で嘆息する。』


『今日は城で次代の聖女が選定される。貴族でもなければ特別な才能もない私にも、なぜか候補者として推薦状が届いていた。』

『母が広げてみせたドレスは、まるで舞踏会に行くかのようだ。以前遠目に見た聖女は、もっと質素な印象だった。』


『→せっかくだから、ばっちりおめかしする』

『→ドレスも化粧もやめて、普段着で行く』


 石板を眺めながら、私はつい本気で悩んでしまった。


 う~~ん。どっちにしよう。


 私の分身である主人公は聖女候補らしい。ゲームをクリアするにはそれを目指す必要があるのだろうか。

 でもこういうのってどれを選んでも、運命に定められていました的にその座につくのが定番じゃない? だって主人公だもの。


『「ドレスも化粧もいらないわ。そんな恰好で行ったら、何を期待しているのかと笑われるだけよ」』


『いつもと同じ服に着替える中、母のお小言がはじまる。それを聞き流しながら、私は気の重い行事の後の自由時間をいかに楽しく過ごすかに頭を悩ませた。』


 でもここは狙っていこう。(この手の職業に求められるのは清潔感、のはず!)

 だって聖女とか、謎に乙女心をくすぐるワードなんだもの……。


 選択肢を選ぶと目の前にいくつか足場が現れ、歩きだしたら景色が変わった。

 宇宙空間から賑やかな町の大通りになる。視線を上げると小高い丘の先に小さく城が見えた。なかなかの臨場感。


 ちょっと楽しくなってきたかも……!?


 私は様々な人が行き交う大通りを軽くスキップしながら通り過ぎ、見えない壁に頭をぶつけて現実に引き戻された。



   ◇◇◇



 城へ向かう途中にも、何度か選択肢があった。


 選定まで時間があるから少し寄り道しようかとか、市場を見て回ろうかとか。それ遅刻フラグだろ。

 目の悪いおばあさんに張り紙の内容を読んであげる、というイベントはやってみた。お礼を言われた。聖女(候補)たる者、見返りを期待したりはしない……。


 それにしても、なんだか意味のなさそうな会話や選択肢が多い。後になればわかるのかな。


 城へ到着するとさっそく選定イベントが始まった。

 王宮の広間に集められた聖女候補たち。王侯貴族が見守る中、司祭風の人物が入場する。あの人が選定するらしい。

 皆が静まり返る中。バン!と音を立てて入口の扉が開いた。


『驚く一同を尻目に広間の中央をズカズカ進んできたのは、いかにも高位貴族といった身なりの娘だ。両脇に従者を侍らせている。』

『ざわめきの中。私の視線は彼女の握る鎖の先、一人の少女に釘付けになった。』


『奴隷のような首輪で鎖に繋がれ、サイズの合わない服に裸足、長い金髪は不揃いだ。そして息を飲むほど美しく整った顔立ち。菫色の瞳は冷ややかに前だけを見据えている。』


『「この推薦状を書いたのはどなた? 候補者がわたくしではなくこの子になっていたわよ。どうしてこんな間違いが起こるのかしら」』


『貴族の娘が乱暴に鎖を引く。金髪の少女がよろけた。その仕打ちにも、浮世離れした美貌に感情が浮かぶことはなかった。』


 なんか濃いキャラ来た。

 不遇感漂う聖女候補の美少女……あれ、ヒロインのにおいしかしないぞ?


 貴族娘の乱入で、結局その日の選定は中止になった。グダグダだなー。

 仕方ないので家に帰ろうとすると……、


『「待ってくれ。君に頼みたいことがある」』


『私を呼び止めたのは黒い鎧を身に纏った騎士だった。人目を避けるように移動すると、一通の手紙を差し出した。』

『「これを大司教様に届けてくれないか」』


 大司教はかなりの権力の持ち主だけど、自分の認めた相手以外とはろくに話もしない偏屈なおじいさんだそうだ(聖職者なのに。)

 以前失せ物探しを手伝ったことで、主人公は信用されるようになったとか。聖女に推薦したのもこの人らしい。

 これはきっと重要イベントだ。引き受けてみよう。


『「わかりました」』


 そこからは怒涛の展開で、あれよあれよと主人公は聖女……ではなく、聖女の侍女になっていた。

 聖女はもちろん、あの不遇美少女だ。

 彼女をその地位につけるため、黒騎士と仲間達が敵側の妨害にあいながらも奮闘する、というのが大まかなストーリーだった。


 ただ……聖女本人とは温度差がある。


 親が犯罪を犯したせいで、被害者側貴族から奴隷のような扱いを受けて育った。

 という境遇から救いだした恩人のはずの黒騎士への態度は、なぜか冷淡そのもの。いっそ塩対応。

 それでも一途に聖女を想う黒騎士に、思わずエールを送りたくなった。


 ちなみに主人公、このイケメン騎士に恋しちゃってるみたいなんだけど、いろんな意味で諦めてもいる。

 うん……どう見てもワンチャンなさそうだしな。聖女にさんざん塩ぶっかけられても、むしろ嬉しそうにしてる人だもん。(製作者の性癖出すぎじゃない……?)


 彼女の意思はともかく。類まれな美貌、それと聖女の地位に全く興味がなさそうな、やっつけ感のある仕事ぶりが逆に神秘的だとじわじわ人気が出たりして。

 噂が噂を呼び、聖女は国を越えて世界中の人々から信仰を受けるようになっていった。


 やがて物語は佳境に入り、救いを求める人達が城下町に集まってくる。

 各地で魔物や災害の異常発生が続いているためだ。ゲーム世界も異変に悩まされているわけだね。


 熱狂的な信者が広場に押しかけ、異様な雰囲気に包まれる中。聖女の託宣が始まった。


『「この世界は滅びます。救いなどありません」』


『それだけ言うと、聖女は人々に背を向けた。』

『皆ただ呆然と立ち尽くし、美しい金髪を揺らして立ち去る後ろ姿を眺める。』

『やがて怒号が飛び交い、暴徒と化した者達が聖女に詰め寄ろうとするのを、黒騎士たちが必死で押しとどめる中。私はなんとか聖女を連れ、今は使われていない寂れた教会堂へ逃げ込んだ。』


『「聖女様、どうしてあんなことをおっしゃったのですか」』

『「事実だからよ。あと七日でこの世界は滅びるわ」』

『「……やめてください。そんなご冗談は……」』

『「嘘じゃないわ。信じなくてもいいけど。――さあ、そろそろ行きなさい」』

『もし本当に世界が滅びるのなら、どこへ行こうと同じだ。そんな私の心を見透かすように、いつもは冷めた瞳に微笑みを浮かべ、穏やかな声で続けた。』


『「最後の日を、共に過ごす相手のもとへ」』


 ……終わった。


 失敗を悟った私に追い打ちをかけるように画面が暗転し、周囲の景色が宇宙空間へ戻る。

 うあ~、なんてわかりやすいバッドエンド。どこで分岐を間違ったのか、さっぱりわからないんですが!

 まぁ何度失敗してもペナルティはないとか言ってたし。また最初からやり直せってことだよね。


 がっくり肩を落としていると、暗転したはずの石板に再び光がともった。


『最後の日を誰と過ごしますか?』


 えぇ……バッドエンドなのにそんなオマケ、いらなくね?


 呆れる私はまだ気付いていなかった。

 あの曲者、隠者が作ったゲームの本当の恐ろしさを――。


『※相手を選択してください』

『→黒騎士』

『→両親』

『→大司教』

『→隻眼の傭兵』

『→発明家』

『→東の国の巫女』

『→獣人の踊り子』

『→目の悪いおばあさん』

『→噂好きの幼馴染』

『→肉屋のオヤジ』

『→建国祭の迷子』

『→隣の家の猫』


 …………言いたいことは色々あるけどとりあえず選択肢、多っ!!


 肉屋のオヤジって誰よ!?(だから黒騎士はワンチャンないって……!)


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