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天の声(隠者)が説明した内容は、わりとシンプルなものだった。
『……つまり俺達が合流し、ここを脱出するには、この石に出現する選択肢から正解を選び続けろということか』
「まあそんなところかな。脱出先は変異種の倉庫にし、そこから入口までの鍵も外しておいた。快適にお帰りいただけることだろう」
『それは助かる。魔力と能力を無駄に使った空間で、無意味なお遊びを強いられる身としてはな』
石板を片手にアメジストが嫌味たらしく返す。
私も先程手の中に現れた、同じ物を見下ろした。
タブレット端末のような薄さとサイズ感のそこには、魔本に似た淡い光が灯っている。ゲームが始まるとここに選択肢が出てきて、それを指でタップすればいいらしい。
選択肢を選ぶと足場が出現するので、それをうまく増やしてゴールを目指すのだそうだ。途中で魔物が出たりだとか、危険なことは一切起こらないから安心だ。隠者の言葉を信じるなら、だけど。
それにしてもこのゲームのためにここまで大がかりな異空間をこしらえるなんて、ますますドMの確信を禁じ得ない。
「無意味とは心外だ。ゴールに辿り着いた時、全ポロットが震撼したかのごとき大いなる感動が君達の胸を打ち……」
『黙れ。いいから早く始めろ』
「あぁっ!? そんなところ、主にも蹴られたことないのに」
空振りしたように見えたけど、どうやら見える人には見える何かを蹴ったようだ。隠者がなんか気持ち悪い声で呻いた。
「アメジスト、理由は分からなくていいから隠者にダメージ与えるのはやめて。無意味どころか、私のメンタルヘルスを悪化させるだけだから」
私の説得にスクリーンの先で憮然と頷いた。
これ以上隠者と関わらせてそっち系の魔王様になられたら目も当てられない。すみやかに脱出しなければ。
気を取り直した天の声が厳かに告げる。
「何度失敗してもペナルティなどはない。選択によって千変万化する可能性を、心ゆくまで楽しんでほしい。それでは準備はいいかね?」
宙に浮かぶスクリーンはあくまで安否確認用で、ここで終わりだそうだ。ゲーム中はお互いの姿も声も確認できない。
映し出された不機嫌顔と一度目を合わせ、頷き合う。
聖女ゲーム~救世と終末のバラッド~
というタイトルロゴ的なものがそれまでスクリーンのあった場所に浮かんだあと、ゆるやかにフェードアウトした。
◆◆◆
最後のカード勝負。コハルが《塔》を選ぶつもりでいるのは伝わった。
所々妙な言い回しをするのは気になったが。隠者が観察したところで、あの行動が書庫を暗示していると気付くのは不可能だ。
だが手札に細工をする余裕はなかったのか、敢えてしなかったのか。
俺の手元には「2」のスリーカードが出来ていた。
同時に違和感も覚えた。いくらコハルでも、大カードを俺に伝える程度の策で勝てるとは思わないはずだ。
隠者に《塔》以外を期待させた上で、大カードを選択させなければ意味がない。
例えば隠者の手札にツーペアを作る。その場合、《奇術師》が出ても有利になる2のペアを含めておけば効果的だ。
もしコハルが同じことを考え、仕込みを成功させていた場合。ここに2が三枚揃うのはおかしい。
相手の手札を確認できない限り、あくまで仮定の話でしかないが……。
違和感は他にもある。
あの派手な二人。競売に参加できる“一部の限られた者”らしい。
隠者は客の顔と名を熟知するほど競売自体にも関わっているようだ。
ゲーム中に捨てた魔力。その後の不自然な引きの良さ。
競売場に向かう男女。推測通りなら、本来の数と合わないカード。
競売の参加資格を持つ者達は、審査のために資産や経歴などを調査されているはずだ。そうした情報は厳重に保管されていることだろう。悪事を企む者ほど貴族だの資産家だのの情報は有益になる。
もしかするとこれは、そもそもカードではなく――……、
「我輩の負けだ」
隠者の宣言に顔を上げる。
コハルの魂を惜しんだと言いながら、値踏みするような視線がこちらに注がれる。それに確信に近いものを感じた。
ただのカードに偽装しているが違う。おそらくこれは競売の会員名簿だ。
「魔動の中に魔力を発しないものがある? ああ、簡単に言うと、魔力を隠蔽する部品で覆っている感じです」
俺の質問に対する情報屋の回答は、半分は想定内のものだった。
「その隠蔽工作の仕組みは?」
「それはもちろん企業秘密ですけど~。……早い話が魔力を極小単位の魔素に見せかけているわけです。精霊の魔力抽出の逆をやるイメージですかね」
「魔素……」
「なので超絶性能の探知の使い手や、魔素が見えたりする方になら、ある程度感知できる可能性はありますね。そんな人が存在するならの話ですが」
手元に意識を集中させる。
五枚のカードから、かすかな魔素を感じ取れた。
おそらくはこの中に、それぞれの数字・スートに対応した競売の会員52名の情報が格納されている。
さすがに中身を知ることまではできないが。どこかにあるこの魔動の本体を使えば読み取れるのだろう。
はじめに捨てた魔力でその装置を起動した。その後に流した魔力は、他の競売関係者に使わせないよう工作するためだろうか。
三枚の「2」のうちどれかはあの二人、グロンダイクとカナリーフィールだ。
会員の顔や名を知った上でその情報を望めば、対応するカードが手元に現れる仕組みと思われる。
このテーブルについた者は効果の範囲内らしい。あの二人もイカサマに何か関与しているのか疑った俺の手元に、情報カードが来たという結果だ。
情報を引き出すと、偽装していた部分が上書きされる。そのため表面上重複するカードができる、といったところか。
つまりこれが引きの良さの正体。全てが隠者の手の内だったわけだ。
しかしここ一番でイカサマをやめ、更に勝負そのものを打ち切ったのがわからない。俺にタネを見破られた程度で怖気付いたとも思えないが。
だが真意など今はどうでもいい。コハルを治すのが先だ。
腕輪から闇の魔力を回収する。
失った分を取り戻し、続いて隠者の魔力を取り込もうとした瞬間。俺はまたも己の迂闊さを呪うはめになった。
そうして転移させられた先は、腹立たしさを助長するほど高度な技術によって作り上げられた空間だった。
どこにどうやって存在しているのか全く把握できない。脱出するには奴の望み通り、ゴールへ到達する以外ないのだろう。
辺りを浮遊する魔素を蹴り、消滅させると隠者が呻いた。
これらがこの場を構築する主要素のようだ。とはいえ合流するまでは、空間自体を破壊するわけにはいかない。どこか辟易したようなコハルの制止に従った。
隠者の合図で宙に浮かぶ映像が途絶えた。続いて文字が現れ、消える。
ここからしばらくコハルの様子を確認できない。さっさとこの不愉快なゲームを終わらせなくては。
手の中の石板を見下ろす。少し待つとそこに文章が浮かび上がった。
『旅の途中、精霊たちのさざめきを辿って侘しい山あいの道を進んでいくと、馬車が魔物に取り囲まれていた。』
『→助ける』
『→様子を見る』
つまり上の文の状況だと仮定して、行動を選ぶというものらしい。
この説明だけではどちらが正解なのか判断し難い内容だ。
もし俺一人で同じ状況に遭遇したなら、構わず素通りするところだが……。
コハルといる場合、どちらを選択することになるか。考えるまでもない。
石板に触れる。文字が消えると共に、目の前に足場が現れ道ができた。
先へ進むと辺りを漂う魔素が増えた。それらが集まり魔力化し、幻を見せる。荒涼とした風景の中を馬車が行く映像だ。
再び石板に文字が浮かぶ。
『助けた馬車に護衛も兼ねて乗り合わせることにした。隣国の貴族だという男が興奮気味に語り出す。』
『「一時はどうなることかと思いましたが。貴方のような腕の立つ方と出会えたのも、聖女様にご加護をいただいていたお蔭でしょう」』
『「聖女様?」』
『「我が国を神秘の力でお守りくださっている方です。女神もかくやという、それはそれは美しい乙女で……」』
冗長な会話が続く。
次の選択肢まで飛ばす機能はないのか? 面倒な仕様だ……。