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「君と交代する理由が思い付かないのだがね」
「えー、それは上司としてどうなの? さっきから時々手が震えてるじゃん。部下の体調にもっと気を配ってあげようよ」
コハルがディーラーの隣に立ち、その手からカードをもぎ取った。
「休みを取りやすい職場環境作りに協力します。てことで、最後は私のカードさばきをとくとご覧……あっ……今の部分カットで」
床に落としたカードを拾い集めるのを眺め、肩をすくめると俺に視線をよこす。
「こいつに小細工を仕込む能力はない」
「まぁそれは見れば分かるが……」
「分かるな……」
「交代を認めないというなら、それこそ理由を説明してもらおうか」
隠者が数秒沈黙した後、ディーラーの姿が消えた。この部屋から去ったようだ。
「ならばつつがなく進行してくれたまえよ」
「はーい。……あ、でもその前に……」
コハルがカードを置いて戻ってくる。
「アメジスト。頑張ってね」
そう言うと、俺の膝に乗った。
両手を首に回し顔を寄せながら、こちらを観察する隠者の視線をあしらう。
「なにか? ちょっと激励するくらい構わないでしょ? 私達、こっ……こういう関係なので!」
…………どういう関係だ?
「毎日こんな風に、二人であんなことやそんなことをお勉強する仲だもんね」
首元に絡みつかせていた片手が俺の頬を撫でる。
誘導されるまま視線を向けると逆に逸らしかけ、思いとどまった。
「前にいた場所で、彼……いや仲良しの相手がいる女子が二人いたんだけど。一人は高価なアクセサリーを貰って『想いの強さの証』だと皆に自慢したの。もう一人が何も貰ったことがないって言ったら、『軽く思われてる』って。
でもそれは相手が叶えたい夢のために貯金してるのを知っていて、いつも断ってたからだったって話。ちなみに前者は一ヶ月で別れたという」
冷めた瞳の奥に、今は意志を感じられる。
得意の異世界話が何故か重要な法則に思え、黙って耳を傾けた。
「えぇとつまり。気持ちとか絆って、他人の目には見えなくてもあるところにはあるものでしょ。だから……、私達にもあるよ。偽物なんかじゃない」
コハルの世界には魔術がないという。
だが目に見えず感知できないものを想像したり、実在すると信じる者は古くから多いそうだ。ある意味、精神力が強いともいえる。
そのせいだろうか。根拠はないはずの言葉に不思議と納得した。
頷いてみせると、表情のない顔に微笑みが浮かんだように見えた。
「えー、……以上です」
我に返ったようにそう言うと膝を降り、足早にディーラーの位置まで戻る。
コハルがカードを配り終え、選んだ大カードをテーブルに伏せると。手札を一瞥した隠者が口を開いた。
「我輩の負けだ」
◇◇◇
部屋にやってきた貴族カップル(?)を見送った直後、久々の天啓が脳内泥仕合を調停した。
アメジストに悪事を行わせたくないのなら、自分の手を汚せばいいじゃない――と。
根本的な何かがブレたような気がするのはこの際置いといて。
そもそもアメジストが手段を選ばず勝とうとする原因は私だ。自分の生死がかかっている(かも?)勝負にさくっと負けておいて、他力本願はさすがにやりすぎかもしれない。
つまりここは本来必死になるべき私自身が、勝利を掴み取る場面なのだ。
私天才じゃね!?って案を思い付いたから、名誉挽回を兼ねて試したいというのもある。
そんなわけでミッションスタート。ディーラーに立候補した。
まずはドジっ子アピールで(わざとだからね。)カードをぶちまける。
目当てのカードをさり気なくチェックしながら拾い集める。それらが隠者へ渡るように計算して山札を作った。
次に「私は女優」と頭の中で唱えつつ、アメジストに絡みに行く。
ここで私達が恋人同士だと思わせないと作戦に支障がでてしまう。そういう空気を醸し出すのに苦労した。これ無表情じゃなかったら無理だった。
途中でなんか勢い余って、少々話が脱線した感はあるけど……。
まあ若い男女が膝抱っこ始めた時点で、そういう関係だと普通に思うよね。精霊の普通は知らないけど、隠者は人間社会に(悪い意味で)馴染んでそうだし。
当然、これがアメジストを勝たせるための行動だと気付いたはずだ。
魔術なんて使えない平凡女子な私。できることといえば、こっそり味方に有利なカード展開を作るくらいだ。
そしてそれをアメジストだけに分かる形で伝える。
と同時に隠者をミスリードして、こちらに都合のいい動き、つまり大カードを選択させるという作戦なのだった。
いきなりいちゃつき始めた私が選ぶ大カードは、《恋人》――。
って素直に考えてくれれば話が早いんだけど。相手は間違いなく曲者。
そこで隠者には「Q」と「2」を二枚ずつの、ツーペアを配ることにした。
これはアメジストが勝った時と似ていて、そのまま戦うよりも大カードを使った方が勝てる可能性の高い組み合わせだ。
本命はツーペア最強の《恋人》。2が変化してQのフォーカードになる《奇術師》も悪くない。役の強さは変わらなくてもQが最強になる《世界》も、今までのアメジストの成績を考えればリスクは低い。
私のドジっ子属性を信じているなら、大カードを選択しない手はないのだ。
一方私が膝に乗ることで、アメジストだけに通じる話といえば……、
そう、書庫だ。「お勉強(正しい意味で。)」もオマケにつけておいた。
ついでに《恋人》の可能性には絶対に気付かない。信頼と実績の恋愛ポンコツ脳。いつまでもそのままでいてほしい。
四枚の絵の中で一番、三階建ての書庫っぽさがあるのは《塔》だ。きっと気付いてくれるはず。
アメジストに配るカードに仕込みはしてない。
そこまでやる余裕がなかったのもある。でも運を天に任せた方がいい気がした。間違いなく《塔》の力を最大限に活かせると確信している……。
それに万が一いい役ができた場合は、大カードを選ばなければいい。
ただあのアメジストが中途半端な役で勝負に出るとは思えないから、その時はむしろカード交換でハイカードにしようとするんじゃないかな。
いける。
もしこれで大勝利したら、イカサマ士を本業に……!(しませんよ。本気で路頭に迷わない限り……。)
――と固唾を飲んで見守っていたところ。
「どういう意味だ?」
「言葉の通りだとも。勝負は君達の勝ちだ」
えぇ!? なんで不戦勝??
配ったカードを見た途端、敗北宣言をした隠者にアメジストが疑念の眼差しを向ける。
私も似たような視線を投げた。もしイカサマの内容がバレていたのなら、部下ディーラーを呼び戻して仕切り直せばいいはずなのに。
「コハル、君はなかなかユニークだ。君の魂がこのまま尽きるのは惜しい。ゆえに勝利を譲ろうと思う」
まさかの理由。私のキャラが好評だったため。
ってどんな理由だよ。いやまぁ譲ってもらえるなら有り難くいただくけど。
隠者、意外と人格者?(それともMだから……?)
「……だったら今すぐ魂の回復法とやらを教えてもらおうか」
「もちろんだとも。まずは魔力を取り戻すといい」
隠者に促され、アメジストが勝利の証、二者の魔力が詰まった腕輪を手にとる。
それを握りしめてしばらくすると、急に腕輪を捨てて立ち上がった。
怒りと焦りの混じった顔が勢いよく振り向き、手を伸ばす。
最近この表情多いなーとか呑気なことを考えている間に、私を抱えようとした姿が目の前から消え、またもや風景が一変していた。
◇◇◇
気付くと宇宙に立っていた。
正確には、なんか宇宙空間っぽい中に浮かぶ、狭い足場の上にいた。
よくアメジストが出す勉強机(岩盤)みたいな足場だ。その下にも宇宙的景色が広がっている。これ落ちたらアウトなやつ?
「安全に配慮した空間になっている。心配せずともよほど暴れでもしない限り、ここで君達に危害が加わることはない」
天から隠者の声がした。この状況、やっぱりあいつの仕業か。
こわごわ手を伸ばしてみると、見えない壁のようなものに当たった。一応、安全配慮は嘘ではなさそう。
ぐるりと見渡すも、見える範囲にアメジストはいない。ここには私だけ転移させられたのだろうか。
「……こらこら。今映像出すから少し待……、ちょ、だからやめ……!」
目の前の宇宙空間に、スクリーンのようなものが一瞬だけ現れて消えた。
なんかもめてるっぽい音声の後、再びスクリーンが出現する。
そこに解像度が低めの映像が映し出された。アメジストだ。
同じような宇宙空間の足場の上で壁に蹴りを入れ、片手に巨大な黒い炎を出している。
おお、今日もよく暴れてるねぇ。
『コハル!』
スクリーンの中の姿が気付いて振り向いた。
向こうにもこちらの様子が映ったみたいだ。たぶん別の宇宙(?)にいるってことなのだろう。
『無事か』
「うん、今のところ」
『おい犬。どういうつもりだ……』
隠者から犬に格下げされた。
確実にブチギレている低い声に、天からため息が降ってくる。
「やれやれ……。騙し討ちのような真似をしたことについては謝罪する。ただ先程のカード勝負を続行したと仮定し、喧嘩両成敗とでも解釈してほしいね」
うーん。やっぱりドジっ子演技も含めて、全体的にバレてたのかな。
スクリーン越しの不満顔が『どこが両成敗だ』とぼやく。とりあえず安否確認はできたからか、一応攻撃術は引っ込めた。
「さて。君達にはこれからあるゲームをプレイしてもらう」
勿体つけた間の後、天の声がのたまう。
「その名も――『聖女ゲーム』」
…………乙女ゲームの類似品??