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 運つよ。

 ……なんて、素直に騙されたりしないからな?


「どうやら女神に愛されているようだ」


 絶対なんかやってるぞ、このドMわんこ(確信)……!!

 うそぶく狼の化けの皮をはいでやろうと凝視していると、隣から伸びてきた手が私の手首を掴んだ。


「俺だけ見てろと言っただろ」


 ――だからそれ、なんなんですかねぇ!?



 アメジストが残りチップの半分を賭けたゲームで、二人は大カードの使用を選択した。

 出たのは《奇術師》。

 2のワンペアが出来ていたアメジスト。この二枚がジョーカーに変身し、スリーカードで勝利した。


 この負けで隠者のチップがほぼ半分になった。

 ちなみに隠者の闇の最大値はアメジストよりも少しだけ低いらしい。なので腕輪に込めるのはその値と同じ量だ。

 腕輪争奪戦まで、あと約半分。しかもこちらが大きくリードしている。


 よーし、この調子でどんどんいったれ~!


 ……と、テンションを高め安定していられた時間は短かった。


 ほどほどの額に戻したアメジストに対し、今度は隠者が残りチップの半分以上を賭けた。

 二番煎じに誰が乗るか、と隠者の誘いを断り大カードなしで勝負すると。


「うわ、ストレートフラッシュ。初めて見た……」

「ははは。大負けしたお蔭で、逆に運が向いてきたかな?」

「……」


 最強一歩手前の役をテーブルに広げ、隠者が余裕の笑みを見せる。

 って、なんで大カードを使おうとした? せっかくのいい役が台無しになる可能性があるのに。

 これがギャンブラーの駆け引きってやつなのか……。アメジストが何も言わずに腕輪に魔力を込めた。


 そこから風向きは一変してしまった。

 シンプルに強い役を連発してくる。それならばと大カードを使っても、逆転どころか隠者に都合の良いものが出る始末。


 挑発を無視してあくまで手堅い額を賭けていくものの。アメジストの負けが重なり、気付けば二人の残りチップにほとんど差はなくなってしまった。


 そろそろ腕輪が満タンになって、真の勝負が始まってしまう。

 この感じで突入するのは危ない。どうにか隠者のツキを落とす、というか絶対やってるはずのイカサマを見破らないと!

 ……って思ってるのに……!!


 手首のあたりを掴む指がほどかれ、今度は手を握られる。

 隠者から視線を外すとようやく手を離し、手元のカードを眺め始めた。さっきから本当に意味不明すぎる……。


 これだけ負け続けているのに、横顔は妙に静かだ。見ているこっちが焦る。

 そして焦燥感を絶望感にチェンジする、協調性のない五枚のカードたち……

 ――の、はずだった。


 カードの絵柄がじわりと溶けるように崩れたあと、そこに別の数字とスートが浮かんだ。

 他も同様に変化する。瞬きする間にストレートフラッシュが完成した。


 あれれ? おっかしいぞ~? まるで魔術みたいにカードが変身しちゃった~。


 正直いつかやるんじゃないかと思ってました。


 恐る恐る正面に目をやる。隠者は自分の手元を見ていた。……今のところ気付かれてない、かな?

 いやそういう問題じゃない。いやしかし“イカサマをしてはいけない”という取り決めもない……。

 いやいや、ダメでしょ。いくら相手も怪しいからって。


 紫の瞳が動いて視線が合った。目でノーと訴える。

 またカードが変化した。絵柄が少し華やかなものになる。ロイヤルストレートフラッシュだ。

 そうそう、どうせやるなら中途半端にしないで、最強の役をぶちかます……んじゃない!


 ノー! お天道様が見てなくても私が見てるぞ!!

 ……でも悪人を悪人の流儀で叩きのめすとか、なんかこうスカッとする展開かも……?


 なにか別の意味で目が離せない平常運転の魔王の隣で、私は脳内で勃発した善と悪の聖戦に頭を抱えた。



   ◆◆◆



 賭けを楽しむのが目的のはずがない。大カードを追加したのも勝負を有利に進めるためだ。

 だがそのイカサマを簡単に見破れるなら苦労はしない。


 カード自体に細工を施す、ディーラーを操作する、等の魔術や能力を使おうとしても無効化される。これは隠者自身にも反映されると最初に説明を受けた。

 それ自体が嘘には見えない。もっと手の込んだ仕込みをしているだろう。


 俺の挑発に乗り、チップを半分に減らしたあの時。

 隠者が闇の魔力を腕輪に込めるのと同時に、ほぼ同量の光の魔力も失った。

 術を使った形跡はない。魔力をただ捨てたように見えた。


 その後の一方的なゲーム展開から、あれが何かの布石だったのは間違いない。

 とはいえ肝心の仕掛けが掴めないせいで、少額を賭けて時間稼ぎをしているのが現状だ。


「そろそろ挽回してみせなくては主に捨てられてしまうぞ? ……おっと、本物の契約を結んでいない君にはいらぬ心配か」


 疑われていると分かった上で挑発を繰り返すのが実に鬱陶しい。

 コハルも怪しんでいるのか、先程から隠者ばかり見るようになった。

 相手側の開示がなければ精霊を認識できない奴が凝視したところで無意味だ。想定外の能力で利用されるのを防ぐ意味でも、なるべく俺に意識を向けるように注意した。


 それに闇の最大値を賭けているんだ。

 もし負ければ振り出し……いや、既に魔の森で目覚めた頃より減っている。

 こんな時にコハルが他の奴を見るのは気にいらない。何故そう思うのか理由は分からないが。


 カード交換でツーペアができた。大カードを使えば四分の一の確率で勝利できる。

 隠者が大きく賭けた。勝っても負けても終局が近い。

 大カードの使用を合意する。出たのは《塔》――珍しくハイカードだった隠者の勝ちだ。


「たとえご機嫌を損ねて蹴られ、踏まれ、放置されようと。揺るぎない忠誠は必ず報われる、そういうことだな」

「絶対怪しい……てかそれご褒美だろ……」


 これを偶然と呼ぶのは無理がある。

 次のゲームで腕輪が満ちる。それまでに見破れなければ絶望的だ。


 腕輪に魔力を込めた。その一瞬、全身に軽い虚脱感が走る。

 焦りや苛立ちが増すのを覚悟していたが。力を削られるごとに、不思議と感情の荒れは鎮まった。


 神経が研ぎ澄まされていく。今まで気に留めずにいた、部屋に漂う魔力を感覚が拾い上げた。

 隠者が流した光の魔力だ。何も構成せず、無為に漂っている。

 不意に魔力が消えた。部屋の外に転移している。

 そのまま通路を流れるように移動した。目指す先は……、


「これが終われば最後のゲームだ。早くベットしたまえ」


 途中で魔力を見失った。気付かれたか。 


 コハルの手をとる。視線が戻るのを確認し、術をかけた。

 一度は本気でこの手を使うことも考えたが……、これは少しの間隠者の注意を引くのが目的だ。


 術でカードを見る者を幻惑する。その傍ら、闇の魔力を少しずつ部屋に流した。力を最小に抑え、ただ捨てていく。

 闇の残量が最も最大値の低い光の魔力量と並んだ。


 その瞬間、今まで感知できなかったものが見えた。


 周囲に力と呼ぶにはあまりにも弱々しい、極小の気配が生まれては弾ける。

 それらがゆるやかに集合し、混ざり合った。そしてまた弾け、消滅したかと思うと再生する。

 何度も繰り返すうち、やがて四属性のどれかを纏うとその場に漂った。


 精霊は環境から魔力を抽出、錬成し、利用するという。

 これがその原料、“魔素”なのだろう。

 試したがやはり抽出も錬成もできない。今の俺に使えるものではなさそうだ。


 成功するかは賭けだったが。魔力を代価に、精霊の視界を体験できたようだ。

 だがそれで見通せるほど単純な仕掛けはしないか……。

 目の前を漂う水属性の魔素に意識を向ける。俺から逃げるように遠ざかっていった。


 ディーラーが不自然に動きを止めた。

 戸惑うように身じろぎした後、テーブルの上に片手をかざす。それを選択した大カードと残りの三枚の間でさまよわせた。


 術を解除し、魔力の流出も止める。コハルが安堵の息を吐いた。

 ディーラーが手を止め、元の位置に戻ると静止した。

 もう一度、付近の魔素に意識を集中する。ディーラーの手がわずかに揺れた。


 隠者が感情の読めない視線を向ける。

 俺の行動に気付いたようだ。それを正面から受けた。

 これがイカサマの正体か。


 よく見れば絵に暗示がある。四枚の大カードはそれぞれ四属性に対応していた。

 《奇術師》は火、《恋人》は水、《塔》は風。《世界》は地だ。

 おそらくこの部屋の魔素に隠者が働きかけると、ディーラーが機械的にその属性に応じたカードを選択する、といった仕掛けだろう。


 ただ見破ったところで逆に利用できるものではない。俺の動きでは多少ディーラーが安定を欠く程度だ。

 隠者が視線を外し、大カードの使用を選択した。気付かれたところでどうということもない、そう言いたいらしい。


 大カードの細工は見当がついた。

 だがこれだけでは引きの強さの説明がつかない。配られるカードの方にも何かあるはずだが……。

 部屋の外へ流した魔力の意図もわからないままだ。


 次が最後の勝負になる。それまでに種を明かす、もしくは確実に勝つための手を打つしかない。

 化かし合いはお互い承知の上だ。幻惑程度に引っかかってくれはしないだろう、今この瞬間だけに限れば、異世界的発想力を少々分けてほしくなる。


 ディーラーがショーダウンを告げ、伏せた大カードを開く。

 隠者の勝利だ。腕輪に魔力を込めながら、残りの仕掛けをどう暴くか思案していると、部屋の扉が開いた。


 派手な服の男、男に腕を絡ませ、装飾過多な服の上に装飾品を重ねた女が入ってくる。途中で歩みを止めると、訝しげに部屋を見回した。


「なんだ、随分静かだな。珍しいこともあるものだ」

「これはグロンダイク卿。カナリーフィール嬢」

「うわっ!? ……あぁ、君か……」

「きゃあ、迫真の覆面。こわ~い。でもいい毛並ぃ~」


 隠者が席を立ち、慇懃な態度で二人に歩み寄った。


「申し訳ないが、今この部屋は貸し切らせていただいている」

「なんだと? だが私は昨夜の負けを今すぐ取り返したいのだ」

「あと少しお待ちいただきたい」

「ううむ、しかし……」

 渋る男の腕を女が引いた。

「もう、仕方ないじゃない。先に競売へ行きましょ。今日こそアコ・ブリリヤが出品されるって噂なのよ」

「……わかった。では我々が戻る頃には解放しておくのだぞ」


 男女が退室するのを見送ると戻ってくる。


「やれやれ。それでは真の勝負を……」

「ちょっと待ったぁー」


 突如かかった声に、隣に目をやる。コハルが片手を挙げて宣言した。


「最後の勝負は、私がディーラーを務めます!」


 見上げると視線を合わせ、軽く頷いてみせた。


 表情がなくても分かる。また何か思い付いたらしい。

 この暴走を止めるべきか、いっそ惨敗覚悟で賭けに乗るか……。


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