不動のローレシアの宣戦布告
ローレシアとの戦、開戦前の話です。
俺は驚いてゴンサレス隊長に聞き返した。
「ローレシア?!あの”不動のローレシア”がですか?!何かの間違いでは?」
「そうならば良いのだが…どうやら間違い無い様だぜ。総勢十万は固そうだな」
王国の北に位置する大国であるローレシア皇国は100年もの長い間、南方の国々に対して戦争を仕掛ける事無く”不動のローレシア”と呼ばれている。それは極北の蛮族レブリカンスとの激しい戦を続けているからだと言われている。
極北の蛮族レブリカンスは極北という厳しい環境の中にありながら『モーグ』という戦馬の倍以上あろうかと言う大鹿の、騎馬隊ならぬ“騎鹿隊”を使って真冬でも平気で戦闘をするという気狂い蛮族で、その戦士達は巨漢で物凄い身体能力を持つと言われる。100を超えるというそれぞれの族王達が年中戦闘を繰り返しており、国境のローレシアにも食糧を求めて攻め入る事も多い様だ。
そんな蛮族と長年渡り合っているそのローレシアが動くとなると最初に狙われるのは王国の北に位置する我がカルディナス伯爵領である。
「って事は…ヘルサードとローレシアが手を組んでるって事ですかね?」
「…オマエはそういう所がガキに見えないんだよなぁ〜。まあ、間違い無えだろうな」
そうなるとかなりヤバい。
ヘルサードに対してかなりの兵力を割いている王国はこのまま戻るのも難しい。
だが、ローレシアが動くとなれば今の王国領土内に残る貴族の軍のみでは防衛戦も難しいだろう。
ましてやカルディナス領に残っている警備隊10000だけでは侵攻は止められない。向こうの兵力が多すぎるので持ってひと月が限界だろうね。
それでも警備隊は精鋭揃いだから簡単には負けないと思うが…。
そうなると我がカルディナス軍は戻る一手なのだが、ここまで3か月掛けて来ている。
勿論、かなり遅いペースで来てるので急ぎ戻れば2か月で全軍戻れる筈だ。
しかしながらそれでも遅いのだ。このまま行けばカルディナス領を占領された所に戻ると言う可能性が高い。カルディナス領は防御しやすく攻め難い地形なので攻めが圧倒的不利を強いられる。
そうなると何としてもひと月以内で戻る他無い。
騎馬隊に無理をさせて戻る手立ても有るが、戻ってそのまま戦闘では勝てる物も勝てなくなってしまう。
俺は隊長と副長が見ていた地図を見る。
その地図を見ながら俺は色々考えたが戻る事に関しては良い案は全く浮かばない。
だが他の案であるなら少し思いつく物もあったので其方を考えた…そしてある一点を指差しする。
「ここからコッチに行ければなぁ…」
すると隊長と副長が顔を見合わせている。ん?何か変な事言ったかな?タイラー副長が笑いながら俺の頭をナデナデする。
「へぇ~…ラダル君、よ〜く分かってんじゃないの。そうだよなココからコッチだよなぁ」
「でも行けますかね?」
「行けますかねじゃ無くて、強引にでも行くの」
強引にね……まあ、それしか手は無いからなぁ。しかし騎馬はそうは行かないので地図を見渡す。
「騎馬はコッチだけど川があるなぁ…」
「それも考えてあるよ。道筋は合ってる。うん、大変良く出来ました」
どうやら副長の考えた通りの答えを出せた様だ。副長はニヤニヤしており、隊長は苦笑している。
そんな事を行っていると伯爵閣下がお戻りになり静かに話し出す。
「皆の者…良く聞いて欲しい。先程、ローレシア皇国が我が王国に対して宣戦布告して来た。我々は急ぎカルディナス領に戻らねばならぬ。しかしながら急ぎ戻れても2か月は掛かると見ると、到着する頃には既に領地は占領されていると思われる。そこで皆の意見を聞いてみたいが…何か策はあるか?」
すると2番隊隊長がそれに答える。
「我々が確実に戻れる2か月で戻るしか無いかと考えます」
「それでは戻れても意味が無いでは無いか!」
1番隊の小隊長が机を叩きながら言った。それはそうだが…じゃあ如何するかが無いのは意味が無い。
「…他に何か無いか?」
シンと静まり返る会議室。
するとタイラー副長が静かに手を挙げる。
「閣下、私から意見が御座います。宜しいでしょうか?」
タイラー副長に皆の視線が集まった。
「うむ許す…タイラーよ、何か良い策があるか?」
「ハッ…ローレシアの軍をカルディナス領で迎え撃つ事は諦めるしかありません。この場合は別の方法でローレシアの軍を退かせるしかありません」
「別の方法か…それはそうだが…ローレシアは簡単には退かぬであろう?それに別の方法など何がある?」
「それはローレシア軍を退却せざる終えない状況にするのが宜しいかと…つまりは我々が攻め込めば良いのです」
「攻める?!!」
「このまま引き返すのでは無く…山越えと迂回をしてローレシア領に全軍で攻め込みます。それならば1カ月掛からずにローレシア領に攻め込めます。自領が攻め込まれたらローレシア軍とて自領に退却せざる終えません」
「なっ!何と…」
「攻めるだと??山越えで??」
「まさか!?そんな事が…」
皆は驚き戸惑っていたが一人だけ…1番隊の副団長が「なるほど!その手があったか」と納得していた。
そして副団長は閣下に近付き何やら話している。それを聞くと閣下は分かったとばかりに頷いた。
「フフフ…フハハハ!!!なるほど!攻めるか!!」
伯爵閣下は大笑いしながら続けた。
「タイラー、続けよ!」
「ハッ、騎馬隊以外で山越えをして、騎馬隊はこの山をの先まで行き迂回してこちら側よりローレシア領に攻め込みます。ローレシア軍が引き返して来たら我々は再び此方に引き返します。そして我々はそのままカルディナス領に戻ればカルディナス軍は全て戻っているという寸法です。その後再度侵攻して来るなら、その時はカルディナス領でローレシア軍を迎え撃ち、有利に戦争が出来ると考えます」
「うむ、見事な策である。他に意見は無いか??」
すると1番隊の団長が手を挙げる。
「その山越え…難しくは無いのか??」
「山越えには我々4番隊が先導します。我々は魔物対策に関して手慣れています。しかも森や山岳戦闘にも強い。奇襲攻撃にも実績がある4番隊がこの山越えの先導には一番適しているので問題無いかと」
「なるほど…確かに4番隊が先導するなら問題無い訳か。うむ…ならば此方は異論は無い。だか騎馬の方は川が有るだろう?」
「川上でロックウォールを使い、川をせき止め水を減らしてから一気に渡ります」
「なるほど…ロックウォールで川をせき止めるか…それならば大丈夫そうであるな」
どうやら1番隊の団長も納得した様だ。
「うむ、ではタイラーの策で決まりだな!では詳細を詰める事にする!」
こうして山越えの策が決まった。
直ぐに詳細が詰められ、1番隊と閣下の近衛師団、各隊の騎馬兵が集められ迂回のルートを取る。
4番隊と2番隊と3番隊の騎馬兵以外の兵士達は山越えルートでローレシアを目指す。
ちなみにウチの隊長と副長はウチの騎馬隊に戦馬を預けて山越えルートに来る事になった。
話が決まって直ぐにカルディナス軍は動き出した。
山越えを始めてから直ぐに隊長がボヤく。
「チッ…面倒くせぇ方になっちまったぜ」
「そうですか?どちらでもキツさは変わらないと思いますよ?馬に乗り続けるのもキツいですし」
隊長はしかめっ面で不満を言ってるが副長は平気な顔で反論していた。
まあ、向こうは此方に追いつく為にかなり無理をするからな。騎馬の方もかなりキツいと思うよ。
案の定、俺は先導させられるのだけど隊長と副長も何故か一緒だった。まあ、副長が4番隊で先導すると言い切ったからね。
単純計算だと2週間チョイで山越え出来る筈だが大体3週間で見ている。
隊列は先導の4番隊、次は3番隊、1番隊の歩兵隊は補給部隊と一緒、殿が2番隊である。
俺達4番隊は山を切り開きながら魔物を倒して行く。と言っても実は山を切り開くのは3番隊の魔法兵で風魔法の使い手がバンバン魔法を撃って道を作り出してくれる。
火魔法は山火事とかでヤバいからね…それに煙など上がると向こうに気付かれるかもしれないからね。
1週間で登りの行程はクリア出来たが、問題は降りの行程である。麓にいる者に気付かれない様に事を運ぶので、なるべく大きな木が密集してる場所を選んで行軍するのでペースは落ちる…と考えていたのだが、副長は先に気付かれない様に麓の村を占拠してから一気に降りの道を作らせる作戦を取った。
本来なら侵略目的では無い為、村ごと殲滅が手段になるが、今回は村ごと封鎖して閉じ込めた。
「コレで道が整ったら一気に近くのデカい街に向かう。ココの村人は解放して他の村や街に走らせる。彼らを難民にする為に村や街は全て焼き尽くす。噂が届けば直ぐにでもローレシア軍に伝わるだろう。ああ…村人達には『王国から15万の兵が攻め込んで来る』と言っておけ。そうすれば噂が盛られてローレシア軍は戻らざる負えない」
なるほど…村人達に噂の扇動をさせるとは…流石は軍師様である。その策であれば街を占領し続ける必要も無いし、難民は他の街の食糧をどんどん減らすから厄介だ。
この戦は領地を奪う戦では無い。あくまでも遠い我が領地を守る為の防衛戦という位置づけだからね。
正直このような策をやるのはかなりえげつないけど、後のローレシアが直ぐに襲って来ない様に内政の混乱をさせる為でもあるからね。
ウチのタイラー副長はかなりの軍師だと思うよ。
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