初陣にて鬼神の恐ろしさを知る
ラダル初陣の様子です。
その戦の知らせはいきなり南方からやって来た。
コラード王国の南にはヘルサード公大国がある。その大公であるムシャラド三世が突如として宣戦布告して来たのだ。
まさかの一報に慌てたのはヘルサード公大国と国境を接しているリンガ侯爵家である。
リンガ侯爵家はいわゆる穏健派であり、ヘルサード公大国とはかなり友好的な関係を築いていた筈だった。
しかし、先代のマルガート四世が崩御し、皇太子だったムシャラド三世が即位して直ぐに軍拡路線にシフトした様である。
南方で穀物や果物の実りも良くのんびりとした気風のリンガ侯爵領は戦争を直接した事が無く、しかも寝耳に水のこの宣戦布告に大混乱を起こしてしまったのだ。
コラード王国は直ぐに軍の手配をして南方に向かったが、リンガ侯爵家がほとんど何も出来ずに陥落した為に、侯爵領は荒らされて泥沼の戦況に陥ってしまった。
この窮地に強硬派であるデリンジャー公爵一派は直ぐに軍備を進めて南方の救援に着手した。
デリンジャー公爵一派であるカルディナス伯爵も勿論軍備を進めて南方に出陣する事となった。
しかしながらカルディナス伯爵領は北方にある為、南方に行くまでどんなに急いでも3ヶ月以上は掛かる。その為に、先ずは俺達4番隊を先兵として行かせる事にして、本隊を後から進軍させる事となった。
その為、俺達4番隊は馬車を用意して皆で乗り込み、半分の日数で南方に行くという無謀とも言える作戦を立てさせられた。
この無謀な作戦に4番隊の”軍師”であるタイラー副長は、先ずは先に騎馬隊200名を街道の要所に派遣して物資の調達をさせ、此方から持って行く物資を少しでも少なくし、移動速度を稼ぐ事にする。
更に南方に流れる大河であるパームス川を船で下る事にして僅か1ヶ月で南方に到着させる事に成功した。
そして森の中を横断して敵の背後を取るのが最大の目的である。
現在、援軍として向かったダイラード子爵軍が孤軍奮闘しており、何とかヘルサードの軍の足止めをしている状況らしい。
しかしながらそれもジリ貧で早く援軍が必要なのだ。
其処でヘルサード軍が3ヶ月以上援軍が来ないと見ている所に、いきなり敵の援軍が現れて相手を混乱に巻き込むつもりなのだ。
森の中には魔物が居るので排除しながら横断しなければならない。そこで俺の出番である。
俺は魔物の気配を感じ取れるので的確に攻撃の指示を出せるのだ。
「右手から6体ほど魔物接近。左手は10…いや11体、俺が迎撃しますのでトドメよろしく」
俺の指示で素早く戦闘準備に入り魔物を倒して行く。俺は直ぐに気配を探ってゆく…コレを森の中を抜けるまでやり続けるのだ。
森の奥になればなるほど魔物の強さは跳ね上がるが、先手を打てれば何とかなる。
それにヤバいようなら隊長にぶん殴って貰うので問題ない。
何せウチの隊長は魔物よりもバケモノだからね…。
敵からは『鬼神ゴンサレス』と恐れられている隊長は、こう見えて准騎士将の位をもつ立派な騎士である。『怪物』と言われていた有名な敵将を一騎討ちで殴り殺して戦を勝利に導き、その功績で準騎士将を得たと言う。その馬鹿デカいメイスで敵をなぎ倒しながら進軍する様は正に鬼神の名にふさわしいと言う。
俺は隊長がメイスを振り回すのを見た事が無かったのだが、つい先ほど森の中で魔物が吹き飛ばされるのを間近で見た。
野球のボールみたいに飛んで行ったからね…人間なら一溜まりもないだろう。
まあ、俺の『溶岩弾』が顔の横を掠めたのに傷も火傷も付かなかった人だからね。膨大な魔力で身体強化の更に上の”超身体強化”と同時に魔力のコーティングもされてるのだろう。
おっと…噂をすれば、デカい魔力を持った魔物がコチラに向ってくる!
「隊長〜!!左手からヤバいの来ます!!」
「みたいだな!任せろ!!」
俺は隊長の援護に入ると隊長は一気に魔力量を上げた。
魔物が飛び出して来るのと同時に『溶岩砲』を合わせて撃ち込んだ。出て来たのはオーガだったが俺の攻撃で少し怯んだ所に、一気に間合いを詰めた隊長がメイスをぶち込んだのが致命傷になった。
俺はまた気配を探る…が先程の隊長の魔力上昇で魔物達が逃げてしまった様だ。コレなら最初に隊長の魔力上昇をやってもらえば良かったかな??
順調に森の中を抜け、日が落ちる前に俺達4番隊は遂に森を抜ける手前に陣取った。
俺達4番隊は総勢5000人の軍勢だが、先頭が到着してから2時間で全ての兵士が揃った。見事な行軍だったと言わざるを得ない。
副長が作戦指示を行いながら兵士達の状態を確認に回っている。
そして前方約2キロ先に居るヘルサード軍の中央部隊が俺達の喰い破るべき獲物だ。敵は恐らく中央部隊だけで30000は居るだろう。そしてその後列に狙うべき敵将が居る。
その前の後衛を守備している奴等を片付けるのが先決である。
もう少しで完全に日が落ちるかと言うその時を狙って俺達は静かに進軍する。
残り約1キロと言う所で副長の合図により一気に加速した。
◆◆◆
「どうやらそろそろ向こうは一杯の様だな」
ヘルサード遠征軍の総大将であるロスカート侯爵が満足気に話す。
「まあ、良く持ち堪えたと言うところでしょう。人数も圧倒的不利ながら此方に隙を与えない…敵ながら見事でしたが」
応えたのは参謀のシルド子爵である。
シルド子爵は軍師としても名高く、”不死身の軍師”などと言われていた。
彼の軍略によりここまでこの軍は攻め続けられたのだ。
この軍の総大将はロスカートではあるが実質的指揮はこのシルド子爵が行っていた。
「明日にはすり潰せそうだな。フフフ…」
ロスカート侯爵は明日の勝利を確信していた。
一方のシルド子爵は心の中では悪態をついていた。この無能の総大将のおかげでここまで時間が掛かってしまったからだ。
(全く…戦闘には役に立たんな。まあ、コイツはオレにもう頭は上がらんだろう。後は利用するだけの男だからな)
2人がそのような感じで勝負は明日と考えていた。
しかし、その最中いきなり魔法兵の魔法が撃ち込まれてきた!一体何が起こっているのか??
「きゅ、急報!!!背後から敵らしき軍勢がもうそこ迄迫っております!!直ぐにた…グハッ!!」
急報を報せた兵士が敵にやられた…まさかの背後から??
見るともう敵軍は雪崩れこんで来ており最早陣形を立て直す事も出来ない!こんな馬鹿な!後方の守備隊は何をやっているのか??
その後方守備部隊は静かに移動して来た敵軍にほとんど壊滅させられていた。
その上で急襲して来ているのだ。
「カルディナス伯爵軍4番隊隊長ゴンサレスである!!敵将ロスカート!!首を貰うぞ!!」
と物凄い威圧と共にとんでも無い大声が聞こえて来た!!
まさか…あの『鬼神ゴンサレス』が来たのか??
ロスカート侯爵の直ぐ側に”鬼神”は襲来していた。
ヘルサードにおいても『鬼神』の名は知れ渡っており恐怖の存在である。その”恐怖”が直ぐ側にやって来たのである。
「ふ、ふざけるな!!貴様如きに取られる首では無いぞ!!返り討ちにしてくれるわ!!」
だが、それは無謀な挑戦であった。ロスカート侯爵は1回も打ち合う事無く、たった一振りでメイスの餌食になってしまったのだ。やはり”張り子の虎”では本物の”虎”に勝てる訳も無いのである。
ロスカート侯爵が討ち死にしたその時、参謀のシルド子爵は一気に反対方向に駆け出し、その場を離れ退却しようとしていた。
自分が生き延びて何とか態勢を立て直せば、まだ戦える筈だからである。
ロスカートを囮にして自分さえ逃げられれば問題ない。どうせハリボテの総大将だ。
(とにかくここは一旦引いて向こうに逃げさえすれば…)
彼の着ているローブは魔法付与が掛かっており魔法攻撃や弓矢の攻撃を弾いてしまう。実はコレが彼の不死身の正体であった。
その安心感もあったのか慌てて馬で走り去ろうとしたその時、一陣の風が吹いてフードが脱げてしまった。それも構わず急ぎ逃げようとした彼が頭に衝撃を感じた瞬間、彼は永久に意識を手放す事となった…。
◆◆◆
ゴンサレス隊長が敵将を討ち取ったその最中、敵将の脇に居た人物が逃げる様に馬を走らせた。
気付いた魔法兵の何人かが魔法攻撃を繰り出したがローブに阻まれた。
(アレって魔法付与のアイテムなのか?)
俺もそいつを狙っていたが、ヤツのローブが魔法攻撃を防いているのを見ていた。だから直接攻撃出来ないでいた。
気付いた時には既に『千仞』の距離からは離れ過ぎで発動出来ないので戦馬を狙おうとしていると風が吹いてフードが脱げた。
チャンス到来!!
俺はすかさず『溶岩弾』をソイツの頭に撃ち込んだ!よしっ!命中!!
俺は一心不乱に敵陣に魔法を撃ち込みながらその場所に走り寄った。ソイツのローブを頂く為である。
何とか到着して急ぎローブを引っぺがして自分に羽織る。その瞬間、敵の魔法攻撃が飛んで来たがローブの魔法陣が輝いて攻撃が阻まれた!
おお、スゲーッ!こりゃあ良い物を頂いたぜ!へへへ…。
俺はお返しに『溶岩砲』を攻撃して来た方にぶち込んでやった。
その後、その男が着けていたガントレットや脛当てを外しながら『溶岩砲』を鼻歌交じりに歌いながら敵陣にバンバン撃ち込んでると、ようやく味方がコチラまで押し上げてくれたので、得物を装着する事が出来た。
ガントレットも膝当ても少し大きかったが何とか装着出来たので、俺は走りながら味方と一緒に敵の追撃を始めた。
一方、敵陣は総大将の首を盗られ、しかも背後から来たのが『鬼神ゴンサレス』と知って更に大混乱を引き起こした。
しかも実質的な大将だったシルド子爵までも討ち死にした為、混乱に拍車を掛けたのだ。
その機を見逃さずにダイラード子爵軍が一気に攻め込んだ為にヘルサード軍は崩壊し、ダイラード子爵軍の大勝利となった。
ヘルサード軍は更に追撃を受け続け為に、占領していたリンガ侯爵の城まで逃げ延びた者は700名も居なかったと言う。
4番隊は追撃戦の後で死んだ兵士の装備品を剥ぐ”お宝タイム”で賑わっていた。
オレは兵士の懐を探って金や貴金属等を頂いていた。勿論あの偉そうなローブの持ち主の得物は討ち取った俺の物だ。
鎧と兜と剣は副長に討ち取った証拠として渡して置く。どうせそっちは使えないし必要無いから使える人が装備したら良い。
その他に金貨14枚!!銀貨34枚の入った皮袋と高級ポーションが4つ入ったベルトを手に入れた。
更に銀貨37枚と銅貨72枚と魔法兵の杖を4本とポーション3つを手に入れた。
あまり欲張るとこの先持ち歩くのが辛いので、他は共用分として渡して置く。上手く持って帰れれば生き残った奴等で山分けだ。
俺は欲しかった膝当てが手に入ったので最高だった。戦場では手足の怪我は絶えない。特に後衛の俺達は矢の直撃やらで足をヤラれると動けなくなるので確実に死ぬ。だから頭、胴体、手足は防御出来ないとマズい。
支給品は兜と鎖帷子と靴だったから手足が何も無いので金属のプレートを巻いたりしてた。
ガントレットもありがたい装備品だ。これで両手は守れる。あのローブが有れば腕も大丈夫だけどね。
その後、こちらも勝利して”お宝タイム”だったダイラード子爵軍と合流した。
ウチの隊長とダイラード子爵は昔からの知り合いらしく、副長に言わせると”悪友”って奴らしい。俺は副長に言われてその席に同席した…あ〜面倒臭い…。
「御助力感謝するぞゴンサレス殿。後ろから一気に攻め込むとは…素晴らしい策であったな」
「ふん、何を気取ってんだ。礼はウチの優秀な”軍師”に言ってくれ」
「そうか!この策はタイラー殿の策か!イヤイヤ見事である!!どうだ?ウチに仕官せぬか?今の倍支払おう!」
「過分なお言葉痛み入りますがダイラード閣下…いつもの感じではありませんね?如何なさいました?何か悪い物でも食べたのですか?」
するとにこやかに話していたダイラード子爵の態度が急に変わる。
「チッ…お前ら…いい加減にしろよ。せっかく貴族らしい振る舞いをしてんだぞ!!好き好んでやってる訳じゃねーんだ!!」
「ほほう…若様…その分ではまだ”矯正”は足りませんかな?」
とダイラード子爵の後ろに怖い雰囲気のお爺さんが立っている。あっ…この人ヤバい…ウチの隊長レベルの魔力量だ…。
「ジェラール!!じょ、冗談だ。お前の言う通りにしてるだ…し、してるではないか」
それを見たウチの隊長と副長は腹を抱えて大笑いしている。するとため息をつきながらジェラールさんは隊長に向かってこう言った。
「ゴンサレス殿もいい加減に騎士の振る舞いを覚えなされ。カルディナス閣下も嘆いておられるだろうに」
「うむ…ジェラール殿にそう言われると何も言えんなあ…」
とバツが悪そうにポリポリと頰を掻いた。
へぇ〜、ウチの隊長が素直に言う事を聞くなんて…ジェラールさんは一体何者なんだろう??
「そう言えば先程から気になって居たのだが…そこの子供はそちの部下か?」
何とか調子を取り戻したダイラード子爵が俺の方を見る。ジェラールさんもコチラを見るのでチョットだけ怖い。
「ああ、コイツはウチの新人魔法兵のラダルってんだ。初陣であのシルドを殺りやがった。中々凄えだろ?」
「何?あの不死身のシルドを倒したのはこの子か…ほうほう、魔法兵とな。それにしても子供なのに魔法兵とは…そちはいくつだ?」
「9歳で御座います。子爵閣下」
と、バカ丁寧に返事をしてやると、そこに居た全員が驚いたように俺を見る。
「ほう!9歳とな!しかし9歳にしては言葉遣いも丁寧だな。何処かの准騎士将に爪の垢でも飲ませてやりたいのう!ハッハッハ!」
ダイラード閣下もご機嫌だしジェラールさんもニッコリしていて良かった。ただ、隊長だけはムッとして俺にキレて来た。
「なんて事言いやがる…おい、ラダル!オマエはなに真面目腐ってやがんだこの野郎!」
俺は理不尽極まりなく怒られた。全く不遜である。
お読み頂きありがとうございます。
また読みたいと思った方はブクマか下の星を入れて頂けると中の人は喜びます。
よろしくお願いします。