キーサリー戦役《前編》
帝国軍との戦いです。
「どうやら次は帝国が来るらしいぞ」
その報は副長からもたらされた。
何故今なのかは良く分からないが宣戦布告をして来た様だ。
普通なら弱ってるヘルサードの方がやりやすい筈だ。今なら共闘したり不可侵を結ぶ事も出来ると言うのにだ。
「帝国の狙いが判らないですね…」
「確かにその通り…と言いたい所だが、俺も帝国と同じ事をやると思う。ある条件が整っていればだが」
「条件??」
「それはな、『帝国が王国に絶対勝てる何かを手に入れた』と言う条件だ。その条件下であればヘルサードを攻めずに王国を攻め落とす方が効率的だからだよ。何故ならヘルサードは疲弊して今は動けないからな。そして王国を攻め落とした後でヘルサードを攻め落とせば簡単に落ちる。しかも隣のローレシアも動けないからね」
う〜ん…確かに言ってる事は分かるけど…『帝国が絶対勝てる何か』って何よ?って話だと思うのだけど…。
「じゃあ逆に言おう。何故向こうから宣戦布告して来たのか?それを考えれば自ずから答えは出る。勝てると思ってるからさ。それは何故か?と言う話だ」
そしてウチの優れた軍師殿はこう言い切った。
「この戦いはかなり厳しい戦いになる。少なくとも今までの様にはいかないと思ってくれ」
そして、最後に言った言葉が
「考えたくは無いが、王国が負ける可能性が高いと考えている」
その後の隊長会議は紛糾したと言う。タイラー副長の話が皆が受け入れられない話だったからだ。しかも確たる証拠も無しに言い切った為に、不敬罪を言い出す者まで出たらしい。
結局は侯爵閣下が双方を収めて、斥候に帝国を探らせると言う事で落ち着いた。
この時、俺は斥候に加わらなかった事を後々に後悔する事となる。俺は闇魔法の使い手だし『眼』と言う切り札も有ったのだ。だが俺は肝心なところで副長を信用し切れなかったのである。
そして軍備を揃えて、いざ開戦の幕開けとなるキーサリー平原に行軍するのである。
後に『キーサリー戦役』と言われるこの戦いで王国は歴史的大敗を喫する事となる。
タイラー副長はゴンサレス隊長と何度も行軍中に話し合っていた。この戦いにどういうやり方で臨むのか?それを決めてる様だった。
後で知ったのだが副長は開戦に敵が平原を選んだ事で更にヤバいと思ったらしい。
何故なら平原では最上宮廷魔導師を抱えてる王国が断然有利である。それにも関わらず平原を選んだ事でより危険だと判断したらしい。カルディナス軍はタイラー副長のお陰で結果として大ダメージを食らわずに済む事になる。
キーサリーに到着した王国軍本隊はいつもの様な布陣で王国軍は開戦準備を行っていた。
最上宮廷魔導師【四帥】による大規模遠距離攻撃の布陣である。
その後、各貴族達も駆けつけて我先にと先陣を切ろうと前衛に殺到している。
そんな中、我々カルディナス軍は本隊より少し離れた場所に布陣した。
コレは閣下が放った斥候が一人も帰らなかった事により危険度が増した為だ。まさかの”忍者服部君”も戻って来ないと言うヤバさである。
俺は『眼』に出来るだけ遠くを見れる様に上空から偵察をかけた。
その偵察の際に”忍者服部君”を見つけたのである。俺は『隠密』をかけてから直ぐ様その場所まで走って行った。
「カシムさん!大丈夫ですか!?もう安心ですよ!!」
「…ラダル…か?…オレは良い…早く…御知らせせねば…魔導具…魔法の筒を…大量に…」
俺は『眼』を帝国軍の方に飛ばすと遙か先の帝国軍が如何見ても”種子島”の様な物を担ぎながら進軍していたのだ。
この時、俺は自分の失敗を痛感していた。斥候として動いていれば少なくとももっと出来る事は有ったのだ。でもここ迄来てから判っても遅いのだ。
俺は服部君ことカシムさんを担いだまま走ってカルディナス軍に戻る。団長と副団長に見た物を伝えコレがタイラー副長の言っていた帝国の切り札だと進言した。
しかし、鉄砲を知らないこの世界の人間にコレの恐ろしさを説明するのが難しい。
時間はもう無いのだ。
「矢より早い礫が魔法の筒から出るのです。恐らく射程距離は大規模遠距離魔法より遠い筈です。早く王国軍に知らせなければ」
「しかし…もう間に合わんかも知れぬ。宮廷魔導師を動かすのは王家だからな」
「俺がアストレラ様に直談判して来ます!!」
俺は団長の静止を振り切ってアストレラ様の布陣している場所まで急ぐ。クソッ!乗馬を覚えておけば良かった!
布陣先の護衛部隊の馬鹿が一向に言う事を聞かないので『千仞』で沈めてやる。俺は邪魔をする奴らを金槌で吹き飛ばしながらアストレラ様の近くまで行った。
「アストレラ様!!ラダルです!!緊急事態です!!至急の御目通りを!!」
すると騒ぎを聞き付けたアストレラがこちらにやって来た。
「ん?ラダル殿では無いか!一体何の騒ぎだ?」
「斥候からの情報で帝国軍はコチラの魔法より遠距離から攻撃出来る魔導具を持っております!!此処では向こうの格好の的になってしまいます!至急後退を!!大惨事になる前にお早く!!」
「!?…ラダル殿、それは真か?もし甘言であれば処分されるぞ!」
「斥候が命懸けで手に入れた情報です!俺も確認しました故、何卒後退して下さい!!罰は後で何なりとお受けします!」
「…分かった。我々は後退するぞ!!他の【三帥】にも後退せよと至急伝えよ!!」
そして炎帥魔導師団が撤退を開始して他の三帥が動き出した直後、帝国軍の一斉射撃が開始されたのだ。コレは王国の魔法攻撃の射程距離の1.5倍の距離からである。
我先にと先陣を買って出た貴族の軍は瞬く間に魔法の銃の攻撃で蜂の巣にされた。
俺はアストレラ様の前で魔法障壁を張り、更に盾を構えて後退させる。
魔導兵は魔法障壁を使えるので攻撃に対処してた分だけ何とか撤退出来たが、魔法障壁を使えない者やミスリル製の装備や遺跡の装備などで魔法攻撃をブロック出来無い者達が次々と犠牲になった。
王国軍本隊も下がらざる負えず、大混乱を引き起こしている。
一方のカルディナス軍は既に撤退をして小高い丘の方で陣を張っていた。障害物の多いこの場所を最初からタイラー副長が選んでいた為だ。彼は平原とは真逆の場所をあえて選び、敵の攻撃に備えていたのだ。
もう前衛で残ってる貴族は殆ど無い。唯一残ってるのはダイラード伯爵家の白銀騎士団の重装歩兵部隊のみである。ダイラード伯爵はヘルサードの戦いで子爵から陞爵して伯爵家になっていた。
彼らの軍は自領で産出されるミスリル製の鎧や盾を装備させた自慢の重装歩兵を他の軍よりも多く持っていたので、あの射程での魔法の銃の攻撃をかなり防ぐ事が出来た。
しかしミスリル製の鎧や盾を持つ者は騎士や重装歩兵に限られ、しかも馬上の騎士はともかく戦馬が射撃により殆ど倒された為に重装歩兵が中心の小部隊となってしまった。
そこで彼等は王国軍本隊とは合流せずに射程圏内から離れ、しかも障害物のある方向…つまりカルディナス軍が陣を張る方に撤退して来たのである。この判断はダイラード伯爵軍を生き延びさせる最良の一手となった。
俺は上空から『眼』を使い帝国軍の動向を見ながらアストレラ様を護衛し何とか撤退させていた。
「ラダル殿…君のお陰でまた命拾いした様だな…例を言う」
「それは完全に逃げ切ってから仰って下さい。それと王国軍の方々にミスリル製か遺跡の防具が有効だと申し伝えて下さい。但し、至近距離では其れでも防御が難しいと」
「分かった…しかし、アレは一体何なのだ?」
「アレは恐らく魔導銃です。長い筒の様な形状で、魔石か他の何かを使って魔力を貯めて魔法を撃っています。恐らくはバレットでは無いかと…。それに魔法陣で威力…つまり射程距離を恐ろしいほど延ばしてます」
「まさか!そんな物を…しかし簡単には造れまい??」
「推察になりますが、恐らく帝国には天才的魔導具製作者が居るのでしょうね。コレを帝国は大量生産に成功した、あるいは少しずつ造って大量に隠し持っていたかです。そして、これの恐ろしい所は魔力を持たぬ一般人でも容易く遠距離魔法を撃てると言う事です。つまりは特別な能力者無しで戦場を支配出来ます」
「一般人でも…強力な魔法兵…いや魔導兵の力を持てると…そんな馬鹿な…」
「この戦術は戦争のやり方を大きく変えるでしょう…これに対処出来なければ騎兵の時代は終わります。大量の魔導銃歩兵同士が戦う世界に暫くはなるでしょう」
「そうなると我ら魔導兵は終わりかな?」
「分かりません…ただ今のままでは厳しくなるでしょう。特殊な魔導具などを使って射程距離を伸ばしたり、その魔力を活かせる魔導具などを開発出来ればまだまだ有効です。とにかく技術革新が必要でしょう」
「ふっ……君はまるで未来が見えてる様だな…やはり君をもっと早くに此方へ引き入れるべきだったかな…」
「俺はそんな柄じゃ有りません。その件は御辞退申し上げますよ…まあ、とにかく此処を生き抜くのが先決ですが」
「うむ…早急に装備を整えるか。しかし何処まで撤退すれば良いのだ?」
「少なくともあの山の方までは撤退して下さい。彼処ならば障害物が多いので身を隠せます。それで引き付けて魔法攻撃をすれば良いかと」
「なるほど…ではその様に元帥殿にも伝えよう」
「では、俺は急ぎカルディナス軍に戻ります。御武運をお祈りしております」
「なっ…一緒に来てはくれぬのか?」
「ウチのタイラー副長はこの状況になるだろうと開戦前から読んでましたから、今は全軍身を隠せる場所で次の一手を準備してるでしょう。早く戻ってその策に加わらなければなりません…では、また!」
「そうか…ならばもう何も言うまい…死ぬなよ!ラダル殿!」
俺はそれ以上は何も言わす手を振ってカルディナス軍のいる方に向かって行った。
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