表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

頑張って生きたね

作者: mimei(未迷)

お話を読んでくださる方に誤解を与えぬよう、これだけは先に言わせてください。

この物語は、"誰かが自分で自分の命を絶つようなことが無くなればいいな"と言う思いから書いたものです。

自傷行為や、自分で命を絶つことを推奨するものではありません。


 


 屋上の縁に、青年がいた。



 ◇◆◇



 青年の持つスマートフォンからは、木琴を叩くような、小気味の良い音楽が短く何度も繰り返されている。一回、二回、三回。

 その音は、なんの前触れもなく鳴り止んだ。つまり、青年が電話を掛けた相手が、それに応じたということだ。


 青年が話し出す様子はない。頭の先から空に向かって釣られているかのように、真っ直ぐ前を向いて立ち、微動だにしない。目の前には虚空しかないというのに。

 沈黙を破ったのは、スピーカーからの「どうした?」という声だった。青年の様子を伺うような、柔らかく低い声。

 その声を聞いた青年は、だらりと下げていたスマートフォンを握る手を口元へ持っていき、囁くようにゆっくり息を吐きながら、自身の心を言葉に当てはめる。


「今から死ぬよ」


 瞬きもせず、前を向いたまま。青年は、他人の書いたメモを読み上げるように言った。


 ――この言葉に、彼ならどんな言葉を返すだろうか


 青年をこの世につなぎとめていた最後の疑問への回答が、もう目の前に迫っている。


 彼が何かを否定するところなんて、見たことがない。だからこそ、誰かが自分の命を投げ出すことに対して、彼がどんな言葉を用意するのかが気になった。彼ならきっと、誰も僕にかけたことのない言葉をかけてくれる気がした。



 誰かの気を引きたいだけで、本当は言うほど辛く無いんでしょ?


 ――僕は今、こんなにも悲しい。僕が感じているこの悲しみも、苦しみも、どうしてなかったことにできるんだろうか


 自ら命を絶つなんて間違っている。生きられる間は生きるべきだ。


 ――生きることが正しくて、生きることを諦めるのは間違ているとあなたが考えるように、僕は生きることが必ずしも正しいとは思っていない


 誰しも辛いことや悲しいことを我慢して生きているのに、そんなことで死にたいなんて言うな。


 ――君にとってはそんなことでも、僕にとってはたったそれだけのことが、死んでしまいたいほどの痛みを与えるんだ


 私が君と同じことを経験しても、辛いなんて思わない。


 ――君に耐えられて、僕には耐えられない。それ以上もそれ以下もないだろう


 君が死んだら、家族や友人が悲しむよ。


 ――周りが悲しまないために、僕はこれからも苦しみ続けるべきなのか?


 頑張れ。まだ頑張れる。


 ――まるでまだ頑張れるのに諦めたみたいなことを言わないでくれ。僕の努力を、否定しないでくれ


 生きてれば絶対にいいことがある。だから、もう少しだけ生きよう。


 ――それを言える奴は、いいことに巡り合ったから生きている奴だけだろう。いいことがなくて死んでしまった人の言葉を聞けるのであれば、その時死んでよかったと言うだろう



 誰のどんな言葉を聞いても、「死にたい」は形を変えることはなかった。

 だから、彼の言葉にも救いを求めているわけではない。


 でも、今までにない言葉が聞ける気がして。


 青年は彼の言葉を待つ。月に雲がかかり、今から飛び込む闇がより一層深く広くなっていく。脳の奥で鳴いているのかと錯覚するほど、近くとも遠くとも判別のつかない場所で鳥が鳴いたが、その鳴き声も聞こえなくなってしまった。


 スピーカーから、時々彼が動く音がする。考えをまとめているのか、言い淀んでいるのか。


「――」


 彼が青年の名前を呼ぶ。そして、息を吸う音が静寂を溶かしていく。


 彼の言葉がどんな言葉であっても、僕はその言葉とともに死んでいくと決めている。




「頑張って生きたね」




 ――ああ、僕はもう"死んでもいい"


 今までかけられたどんな言葉よりも優しい言葉だと思った。僕が悲しんでいることを、受け止めてくれる言葉だ。僕が僕の価値観で悲しんでいるのだと、肯定する言葉だ。僕が生きようと努力したのだと、肯定する言葉だ。僕が"死にたいと考えることを"、肯定する言葉だ。



 僕はもう死んでもいい。


 僕が頑張って生きたから、そんな言葉をかけてくれる優しい友人を持てたのだと、自分の人生に価値があったのだと思えたのだから。頑張って生きて、死ぬには十分な成果を得たのだと、自分を肯定して人生を終えられるのだから。僕はきっと、幸せだった。



 ◇◆◇



 屋上の縁に、青年がいた。


 今はもういない。


 涙の跡を残して、青年は闇の中に溶けていった。その涙の後も、すぐに乾いて消えるだろう。


 だから。青年の最期の笑顔を、誰も知ることはないだろう。




私がこの物語で主張したいことは、誰かの「考え方」「感情」「価値観」などを「否定しないことの大切さ」です。もう少し正確に言うと、「肯定することの大切さ」です。

行動に起こす、言葉にするとなると、他者への影響が出ることなので、是非の区別はあるものかなと思います。

けれど、考え方が変わることはあっても意図的に変えることはできませんし、何かに対して影響を与えることではないものだと思います。だからこそ、「私はこう思うけど、君はそう思うんだね」と、自分と相手が違うことを肯定する方が、平和に生きられと思っています。


例えば、「疲れた」と言った時に、「疲れたね」と肯定し「ゆっくり休みなよ」と言ってほしいですし、「疲れた」と言われたときは「疲れたね、ゆっくり休みなよ」と言いたいです。そして、みんなで休憩しながらのんびり生きられたら、もう少し息苦しさのない世の中になるのではないかなと思っております。

それが少しでも伝わればと思い、夜中のテンションで書きました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ