19.【挿絵】〜ハスカ様と少年〜
前回までのあらすじ
花の名は。
「この花はアフリカンマリーゴールドだ。知ってるか?」
そう言いながら、花をこちらに見せるように持ち上げる。
「?」
だから何だ、そう言おうと思った時だった。
少年は植木鉢を高く放り投げた。
「え…!?」
突飛な行動に目が離せず、視線はそのまま高く飛ぶ植木鉢についたままだ。
少年は素早く短剣を持ち変え視線が上がった俺に切り込んできた!
やばいっ!咄嗟に短剣の軌道上からそれたが、体勢が崩してしまい尻を打つ。
「反応は良いみたいだなっっ!」
避けた俺に驚いたようだったが、ぐるりと回転して素早く軌道を戻し、尻もちをついている俺へ短剣を突き刺そうとする!
どうしようっ…!
今日は砂を持ってきていない…!砂がないと魔法は使えないのだ…!
落ち着け俺っ!マジナとあれだけ戦ったんだ!この少年はマジナの不意を討つ戦い方よりはまだ真っ直ぐな戦い方をしている。良くみろっ!!
砂がないなら体を使うしかないっ!大丈夫だ!あれだけ毎日鍛えてるんだから、少年なんかに負けないっ!
ガッッッ!!!
「こ、こわぁ……」
「っ!!」
真っ直ぐに両手で突き刺してきた少年の軌道は分かりやすかった。
おかげで俺は胸に当たるギリギリに少年の手首を掴むことができた。これが筋肉ムキムキな人間とかなら絶対死んでた。
「殺すっ…」
少年の目は死んではおらず、ギリギリと両腕に力を込める。
「ちょっ、ちょっと待て…!ややや、辞めた方が良いよ…!?」
少しずつ刃先は進み、服に沈む。
「うるさいっ!侵入者は殺すんだよっ」
「違う、違う!首っ!首見てっ!」
「………??……っ!?」
少年の首には、紐状の砂が巻いてあった。
「っ!!これは!?」
少年は咄嗟に短剣から手を離し、喉元の砂を払おうと砂を触る。
「む、無理だよ。これは俺の魔法だ。」
少年の少し先に落ちた植木鉢。ふかふかの絨毯だったからか音が小さく、そばに落ちたのにも気づかなかっただろう。
鉢から溢れでた土から砂を動かし、少年の首に砂を巻き付けたのだ。
とはいえ、そのせいで少年の手首を掴むのが力が弱くなり、死にかけたのだが。
「くそっ!」
砂を掴もうとするがしっかりと巻かれているため、首には少年の爪痕が赤く残るばかりだ。
俺は尻もちをついた体勢のまま後退りし、少年と少し距離をとる。
「俺に、敵意はないからっ」
「……縊ろうとしてる奴が何を言うっ…!…ぐっっ、」
砂を首には巻き付けているだけだが、少し力加減を間違えると締めすぎて本当に縊ってしまう。この場は俺が優位だ。俺は深呼吸をした。
ジリジリと距離をとり、ゆっくりと砂の魔法を解く。少年は少し咳き込み、喉元をさする。
「敵意は全然ないっ。信じてくれ。お、俺は、は、はっハスカ様の…」
俺は吃る。強い緊張感があったが、“ハスカ様”という単語にピクリと少年は反応した。
「………なんだ、義姉さんの信者か……」
吐き捨てるように呟くと、警戒心を少し解いようだった。
「……ご無礼を、大変失礼いたしました。しかし、本日は祈りを捧げる日ではないですが…」
先程とはまた別の、軽蔑と侮蔑の混じった声と下等生物を見るような目と冷たい業務的な口調で俺に言う。
「いや、違…」
「では供物、でしょうか。そういった物は受け付けておりません」
ため息混じりで話を進め、落ちた植木鉢を立たせる。落ちている土を鉢の中に入れながら、
「そもそも、そういった嗜好品や調度物は自分や周囲の人間に役立てるべきでは?…と言ったところであなた方には理解していただけませんが…」
嘲笑うように呟く。
「ま、待てって!」
俺の急な大声に少しビクりとする。「何ですか急に」と気持ちが悪いものを見る目で一歩退いた。
「俺、信者じゃないから!供物もないから!ナナの、付き添い!」
精一杯の声を出す。少年に邪魔されないよう早口で。
「信者じゃ、ない…?」
不思議そうな顔になる。
「そう。ハスカ様は綺麗だけど、信者じゃないから。あと少しで危なかったけど惚れてないから!」
俺の弁明に少年は明らかに動揺していた。そして、ふむ。と口に手を当てた。
「お前、男か?」
「あ、ああ。」
「男なのに…。そういえば、ナナ様の付き添いと言っていたな。それでか…?」
「な、何がだ??」
俺の質問に答えず、少年は口に手を当てたまま、しばらく俺の顔を見て考えた様子だった。ふむ。とまた言うと
「申し訳ございません。まさかお客様だったとは」
反省した表情もなく真面目な顔で言い、「こちらへ」と先程居たロビーへ通される。
「電気もつけず申し訳ございません。節電中なものでして」
「あっ、いや…」
「それでうるさい子供…失礼、ナナ様はどちらでしょうか」
ナナは他所でもうるさいのか。
「あ、ハスカ様とマジナと一緒に二階に…」
「そうですか」
「……」
「……」
気まずい。
「あの」
「何ですか?」
声をかけたはいいが、何も話題がない。えーと。
「あっ。ハスカ様はご家族……えーと、お姉さんなんですか?」
その質問に眉間の皺がぎゅっと寄る。
「…血は繋がってません。あんなのが姉な訳ないだろ」
「えっ?」
少年はキョロキョロと周りを見わたし、「はあっ」と大きくため息をついた。
「アンタはあの女に引っかかってないから、かしこまる必要もないな」
「え、え??」
「あの女とは血は繋がってない」
「じゃあ、でもネエさんって」
「義理の姉だ。形式上な。アレが姉な訳ない」
吐いて捨てるように言う。
「そ、ソヨギ様が嫌いなのか?」
「アンタも感じなかったか?あの異様な雰囲気。そのら辺の男だけじゃない、ココのドロドロのオッサンもあの女に取り憑かれてた」
「確かに、美人で見てるだけで頭がいっぱいになる位だったけど…」
「異様だよ」
そう言った後だった。
……キィィィン。
そんな音が小さく聞こえた。
「………俺はもう義姉さんの所へ行きます」
少年は急にそう言うと、階段へ向かった。
「……お客様、お気をつけください。ナナ様がお戻りになられるまで」
こちらを首だけ振り返り言う。俺はその言葉になんとも言えない恐怖を感じて、椅子に身を沈めるのだった。
やがて
「これでお主もハッピーになれるじゃろ!」
「おかげさまです」
ガヤガヤとナナの楽しそうな声が聞こえる。
「おおリュウジ!ちゃんと待っておったか!?」
二階からひょっこりと顔を出し、ニマリと笑う。
「ちゃーんと待ってたぞ」
事実、少年に言われてから何だか怖くなり椅子にずっと縮こまっていた。待ちくたびれた。
「あれ、」
皆が階段から降りてきたのだ。…ハスカ様も。
少年がソヨギ様の手を取り、ゆっくりと。
座っていて見えなかったがハスカ様のワンピースには蓮の絵が描かれており、足を動かす度に揺れる。
俺が不思議な顔をしていたからか、マジナは「あぁ」と言う。
「足が悪い訳じゃないんだよ。目が見えないの」
マジナの言葉にハスカ様は顔をあげ、こちらを見て微笑む。
「お待ちいただいている間に、義弟がご迷惑をかけましたね」
「あ、いや別に…」
少年を見るが、少年は全然こちらを見るそぶりも無かった。
「そうじゃったのか?リュウジと黎が会うとは」
レイ、と呼ばれた少年は何も言わない。
喉元についた紐の跡と、爪痕がうっすら赤く残り痛々しい。
皆がコチラに近づく。
車椅子の時は気づかなかったが、ハスカ様は大きかった。ナナや黎という少年に挟まれているので尚更大きく見えるのか。
豊満なその身体に、高い背。俺の目の前に立っても、俺より大きく、2メートル近くはありそうだ。威圧感というより神々しさを感じる。絵の上にある窓からの日が、丁度ハスカ様の頭頂部あたりに当たり、薄暗い部屋のせいか、ハスカ様が浮き出るような、不思議な感覚だ。
日が髪にあたり、キラキラと光る。日が肌に触れ、陶器のように光を吸い発光する。伏し目がちな光は澱む様にボヤけており、それすらも神秘的に感じた。
俺の顎をくい、と持ち上げ視線を合わすような素振りをした。そして
「私の可愛い義弟なのです。あまり酷い事はなさらないで下さいね」
「っっ!!」
鳴るように発せられた懇願する様な声や表情とは裏腹に、大きな手は冷たく、細長い指が頬や顎に食い込む。ぎりぎりと恐ろしい力で締め付ける。
「義姉さん、」
「レイ、可愛い義弟。後でお風呂で洗いましょうね」
黎は歪んだ表情をして声を出したが、ハスカ様に遮られる。そしてゆっくりと俺から手を離した。
そしてにっこりと天女の如く、黎の方を見て微笑む。黎は
「……はい」
と気まずそうに返事をすると、いつもと変わらない鋭い真面目な顔つきに戻った。
「どうした、リュウジ」
ナナがキョトンとした顔でこちらを見る。どうやらソヨギ様の体で覆われて、俺にした事が見えていなかったみたいだ。
「………いや、何でもない」
ハスカ様をチラリと見ると、慌てる様子もなく穏やかな表情でこちらをじっと見ていた。怒っているのか、何を考えているか分からない。
変な汗が出てくる…。
「ここは辛気臭いし、そろそろ帰るか〜」
マジナがそう声を上げる。
「そそそそそそうだな!帰ろう!暗くなるし!」
思いっきり賛成する。
こんな所さっさと出て行きたい!!!!!
「あら?交友も含めて、泊まっていただいてもよろしいんですよ?」
思ってもいない様な素振りでハスカ様が返す。
「あ、俺、枕が変わると寝れなくてっっっ!!」
「残念です」
絶対思ってもない。
「ではハスカにレイ。息災でな」
「ええ、ナナ様も。私を檻から救っていただいたご恩に必ず報います」
「良くいうわ。……過ぎた欲はかかない様にせい」
「はい。私の欲は、ただ一つだけ。それをも叶えてくださるナナ様を敬愛致します」
「それで良い。期待しておるぞ」
ナナの一言に深々と頭を下げる。黎も形式上、軽く浅くペコリと頭を下げた。
マジナとナナは何事もなかったかのように扉から出る。俺は一刻も早く出たく、早足で出た。
「相変わらず鬱々とした屋敷ね〜」
「全くじゃ」
屋敷の下の坂を下りながらマジナが文句を言う。
「人が住んでる感じがないっていうか、あの女の世話をするレイ君可哀想〜」
「まぁそう言うな。レイのやつも合意の上で住んでいるんじゃから」
「私なら絶対ゲロ吐いてる」
「これ。そんな事れでぃが言うもんじゃない」
「レディだって気分悪ければゲロ吐くし。……というかリュウジは何でレイ君と会ったの?」
「えっ?」
まさか俺に突然話を振るとは思わず驚いた。
「アノ女がレイ君単体で誰かと会わせるなんて、アリエナイじゃん」
「えっと庭を見ようとしたら、通路?に、れ、黎…がいて」
「普通に会えたってこと?」
「ああ」
「ソンナ事、アリエルの?」
「どう言う意味だ?」
「だってあの女、レイ君を」
「アレじゃないか?我がハスカの結界を解かせたから」
ナナが思い出したかのように声を上げた。
「あぁ。あの時か〜。まさかの出会いだったって事か」
「け、結界?」
サラリとファンタジーワードが聞こえたぞ。
「結界くらい張るでしょ。あんなお屋敷に男女2人しか住んでないんだよ?危ないもん」
俺の小さな驚きをマジナが拾う。「まぁ〜私なら絶対侵入しないけど、あんな気味の悪いところ」サラリとまたディスる。
「マジナはハスカ様が嫌いなのか?」
「嫌い」
はっきりとマジナは言う。吐き捨てると言うよりかは宣言するかのように口調は強めだった。
「嫌いだよ。この世のものではないかの様な雰囲気、得体の知れない女。手段のためにあんなキモいクソオッサンの愛妾になるのも躊躇わず。訳がわからない」
「あ、あいしょう?」
「そうよ。そりゃあんだけ綺麗だったら愛妾にもなるだろうよ?でもさ、目的のために自分が望んでない場所にぶちこまれても何でも受け入れますって笑顔で微笑まれたら気持ち悪いでしょ。性悪オッサンにベタベタ撫でられても笑顔で、後で聞いたら「とても気持ち悪いです。でも、宝物を手に入れても自分のものにならない。それが分からない愚かな醜さが可愛らしいとも思います」ってまた笑顔で言うのよ?しかも心からの笑顔!!おぇ〜〜」
マジナの口は止まらない。
「別にさ、お金が欲しくて体を武器に売る女はいるよ。でもあの女はまた別。もっとドロドロと欲深い場所にいるのに、まるで清廉潔白な聖母の様なフリをしているのが無理。魔女の風上にも置けない」
強い口調で続ける。いつものキャピキャピな明るい雰囲気ではなく、非難するような悍ましいものを口にするような言い方だ。
「まぁまぁ落ち着け」
ナナが一石を投じるように声をかける。
「マジナは最初、ハスカが心配じゃったのじゃ。屋敷に1人連れて来られた頃のハスカは、俯いて長いまつ毛は震わせるばかりで佳人薄明を思わせる姿じゃった。彼女を見た誰もが心配しておったそうじゃ」
ツン、とマジナはそっぽを向く。
「ところがある時を境に彼女は前当主を受け入れ、今のような輝きを放つと同時に次々と男女問わず籠絡させていった。それを良く思わなかった前当主は、彼女を檻に閉じ込めたのじゃ」
「檻???」
「そう、檻じゃ。広い部屋に必要最低限の家具。必要時以外は出される事も誰も呼ぶ事もできない檻じゃ」
「そんな…。可哀想だな…」
「それがそうでもない。我は時々、檻の外からハスカと話しておった。あやつは悲嘆することもなく、相変わらずいつもの笑顔で物怖じせんかった。その胆力と強さに我は心打たれ力を貸すことを決めたのじゃ」
「そうだったのか」
「ちなみに爆発させた場所が閉じ込められていた檻だよ」
「そうだったのか!?」
「ハスカに檻は似合わんからなっ!」
エヘンと誇らしげにナナは胸を張る。「まぁ欲にまみれたオッサンによりは、ハスカの方が当主には相応しいのは確かだねぇ」不本意そうではあるがマジナも同調する。
「それはそうと、リュウジ」
「え?なんだ?」
「お主、もっと仲間がいても良いなー、と言ってたじゃろ?」
「???まぁ言ったな」
ナナはこちらを向き悪戯っ子ぽい笑顔で笑った。
「リュウジの友人を仲間にしようぞ!」
絵を描くのに恐ろしく時間がかかる。
もっと上手くなったら描き直したいです。




