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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編小説

童貞男子高校生四人が、異世界転移してどうするんですか?

 俺の名前は、風白かぜしろすばる。童貞だ。


 ついさっき、異世界に転移したばかりの現役男子高校生である。


「スバル、僕の計算によると、周辺に食べ物がある確率はゼログラムですよ。統計学的に言っても、間違いありません」


 痩せ型で眼鏡をかけ、偉ぶっているコイツは『プロフェッサー』。童貞だ。


 三人いる俺の幼なじみのひとりで男、自分が最も賢いと勘違いしているが、確率を『グラム』で表している時点で超弩級の馬鹿だ。


 それなりにルックスが良くても、常軌を逸する馬鹿はモテないという教訓を俺に教えてくれた。


「スバル、周辺を見回ってきたが、見慣れない動物がわんさかいるぞ。頭の中で擬人化して付き合ってみたが、あの馬面の子のルートが一番泣けた」


 長髪のイケメンで、運動神経抜群、頭脳がイカれているコイツは『エロゲー』。童貞だ。


 三人いる俺の幼なじみのひとりで男、かつて付き合っていた彼女に『顔以外、生理的に無理』と云わしめた超弩級のエロゲーマーだ。


 常にポケットにはマウスを忍ばせ、対象を雌と認知できれば、勝手にエロゲ化してプレイすることができる能力をもつ。


「すばるくぅん!! っべぇんだけどぉココぉ!? 電波入んなくない!? ココ、電波入らないから、『えるるちゃん』の配信見られなくない!? ヲタ活できねぇとか、マジ、生きてる意味見失うわぁ~!!」


 金髪で両耳はピアスだらけ、常に胸元全開のコイツは『ヤンキー』。童貞だ。


 この出で立ちでありながら、二次元教に洗脳されており、なかなかに可愛い子に告白された際に『ごめんね~! なんつうか、君、解像度高すぎてむりだわ~!』と言い放った超弩級のカスだ。ホント、死んで欲しい。つうか、死ね。


 さて、愛すべき幼馴染アホたちの紹介も終わったし、事の経緯とやらを説明しよう。


 我々、仲良し四人組は、いつものように『ミロのヴィーナスは、何カップなのか』という命題に対して、実に有意義な議論を交わし合っていて――大型トラックにかれかけている、可愛い女の子を見かけた。


 無論、正義の下僕たる俺は、助けたらワンチャン付き合えると思い、誰よりも早く飛び出した。


 だが、プロフェッサーもエロゲーもヤンキーも、考えることは同じようで互いに互いの足を引っ張り合ってラフプレーに走り――女の子を避けたトラックに突っ込まれて、英雄的行動の下に死亡した。


 そして、なぜか、この謎の異世界に転移してしまったわけだが……


「僕の計算によれば、ワンチャン付き合えると思って」

「あの子のルートを、もう一度プレイしたくてな。あと、ワンチャン付き合えると思って」

「あの子の声、早見○織にめっちゃ似てたんでぇ~、ワンチャン付き合えると思って」


 こうして、各々の理由を並べてみると、ほとほと呆れ果てるクズ連中である。薄汚い下心に支配されて行動するとは、仏たる俺とて愛想が尽きた。


 彼女とワンチャン付き合えるのは俺だけだ。


「それで、スバル、これからどうするんですか? 僕の計算によれば、このままココに留まれば、100リットルサイズの確率で凍死しますよ」


 プロフェッサーの発言に、俺は優しい声で答える。


「こんなクソ熱いのに、凍死してたまるかアホンダラめが。

 とは言え、夜更けが迫っているのも事実。闇夜の中で行動するのは、ほぼ初対面なのに告白するのと同じくらい愚かな行為であろう」

「なら、どうするんだ?」


 イケボのエロゲーに応えて、俺は樹上を指差す。


 鬱蒼うっそうとした森の中、現代日本では見られないモンスターが、うようよとうごめいている状況下。武器ひとつもたない俺たちが、果敢に挑んだところで、無駄死にするのが関の山とも言えた。


「猛獣対策として、樹の上に拠点を作り寝ることにしよう。明日の朝から、水場を確保し、人里を探して行動を開始する。

 貴様ら、スマートフォンはもっているよな?」


 三人はこくりと頷いて、俺にスマートフォンを見せつける。


「俺たちが俺TUEEEできるかは、この文明利器にかかっている。所詮は異世界人ごとき、ヤンキーの参考文献によれば、未発達文明を生きる哀れな木偶でくに過ぎんからな。このスマホで動画でも見せれば、俺達が天下をとるのは至極簡単よ」

「しゃしゃーっす! マジ、撫でポの安全圏内で、超よゆ~しょぉ! 最近のアニメで、何回、異世界人の嫁ができたかわかんねぇし、予習復習は、かんのぺきにできあがってるんでぇ?」

「調子にのらないでくださいよ、死ね」

「調子にのるな、死ね」

「死ねっ!!」

「え……なんなん……どしたの……みんな……こわいっしょ……」


 つい三日前、なかなかに可愛い子に告白されたヤンキーは、俺たちの平和のいしずえたる共通敵として活躍してもらっている。もし、このグループで仲違いが起きたとしても、ヤンキーを私刑リンチすれば直ぐに仲直りだ。


「貴様ら、バッテリーは無駄に使うなよ」

「安心しろよ、スバル。エロゲープレイ用にOSを導入したタブレットは、別に用意してあるからな」


 なんだかんだ言っても、コイツらは、この危機的状況でバカを仕出かすようなやからではない。いざという時は、助け合い励まし合い尊重し合い、友情を深めてきた替えの効かない同士なのだから。


「貴様ら」


 俺たちは、三人で手のひらを重ね合った。


「絶対に生き残るぞっ!!」

「え? なんで、オレだけはぶくのぉ? おかしくな~い? ノリがおかしいっしょ? ねぇ~? みんなぁ~?」

「「「うるせぇ、死ねっ!!」」」


 我らの不文律を破った貴様は、未来永劫、その罪を背負って生きていけ。


 そして、明くる日を迎えた俺は――バッテリーの切れた、四台のスマートフォンを見つめていた。


「……おい、貴様ら、おい」

「まぁ、待ってくださいよ、スバル。僕の計算からすると、こう暇だとなにもすることがなくてストレスが溜まる。

 なので、己の頭脳の限界に迫るためにも、スマートフォンの電卓アプリを使って、夜通し九九の計算をしてい――」

「暗算しろ、カスゥ!!」

「落ち着け、スバル」


 間に割って入ったエロゲーが、鋭い眼差しで俺を見つめる。


「いやな、おれも、昨晩は暇を持て余していて、煌めく夜空を見上げたんだ。

 都会では見られない、満天の星空。自分がまるで、星星の一員になったかのような気分だった。幾星霜の永遠をくぐり抜けて、この時に至ったのだと感じたぜ。

 そして、想ったんだ……よし、抜こう」

「単純に性欲が抑えられなかっただけだろ、ゴミ。なにポエミーに言ってんだ、殺すぞ」

「いや~、実は、ソシャゲの累計ログインボーナスが切れるのが、マジで怖くて、もしかしたら電波つながるかなぁって思っちゃってぇ~? まぁ、結局、ログイン失敗しちゃったんだけどぉ?」

「人生のログインにも失敗しろ」


 開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだ。


 信じていた連中に裏切られて傷心気味の俺ではあるが、数多くの死線を共にくぐり抜けてきた戦友、快く許してや「で、すばるくんは、どんな理由なん?」。


 重い口を、俺はゆっくりと開く。


「……実に有意義な電力の消費であった」

「スバル、そんなことは聞いていない。おれたちが聞きたいのは、お前がどのようにして、スマホのバッテリーを切らしたかだぞ」

「やれやれ、今更、過ぎたことを追求するとは浅慮な連中だ。過ぎ去ったことを、いつまでもうじうじと、それでも大和男子と言え――」

「で、なんなんですか?」

「…………」


 やましいことのない俺は、たっぷりとした間の後、こっそりとつぶやいた。


「……俺、明かりないと寝れないタイプだから」

「…………」

「…………」

「…………」


 唐突に、拳が飛んだ。


 ひとつ、ふたつ、みっつ。


 罵倒と悪態と共に、俺は三人の悪鬼に囲まれて袋叩きにう。なんて理不尽だ。これが、正しい友情の在り方と言えるのだろうか。日本の和の心というものを、彼らは忘れてしまったのではないか。


 あまりの痛み、悲しみ、屈辱、その果てに俺は神を呼んだ。


「ヤンキーは、三日前、三森さんに告白されたぞ!!」


 徐々に、俺へと向かってくる拳の数が減っていった。立ち上がった俺は、ふたりに殴られているヤンキーに足蹴をくれる。


 実に爽快な気分だ。これこそが、日本の和の心。おもてなしの精神だ。親愛なる友人たちと共に悪に立ち向かう、これこそが正しい友情の在り方と言えるだろう。


 数分後、ボロ布のようになったヤンキーが倒れ伏していた。


「な、なんで……オレがボコられてんの……お、おかしいっしょ……」

「これにりたら、二度と告白されるなんて大罪を犯すんじゃないぞ。次は殺すからな」


 社会の理不尽を前もって体験させてやったところで、俺たちは過去は水に流し、森の探索を開始した。


 数分足らずで森を抜け、俺達はあっさりと人里を見つける。


 どうやら、そこは、城壁に囲まれている城塞都市のようで、東西南北に位置している門へと道が続いている。四方の道からやって来る、剣や杖、斧や盾で武装している方々や商人たちが、許可証を提示して入城しているようだった。


「僕の計算によれば、入城には許可証が必要みたいですね」

「プリ○ケじゃダメなん?」

「貴様、昔、プリ○ケでディズニー○ンドに入場しようとして『同じ夢の国っしょ!?』とかいう妄言を吐いてい――ん?」


 虚ろな瞳をして、ポケットの中のマウスを、カチカチとしているエロゲー……その行為を見つめた俺たちは息を潜める。


「……プレイしてるな」


 見守っていると、彼のまなじりからつーっと涙がこぼれ落ちる。


「うわ! また、泣きゲーじゃん!」

「最近は、泣きゲー率が高いですね。僕の計算によれば、エロゲー業界の間で、流行ってるんでしょうか」

「いや、単なるシナリオゲーかもしれんぞ」

「……良い抜きゲーだったぜ」

「「「抜きゲーで泣くなよ」」」


 全員一致の意見に対して、涙を拭ったエロゲーが応える。


「いや、抜きゲーは抜きゲーだったんだけどな、予算管理にしくじったのか短納期での開発体制だったようで。基本CG3枚の使いまわしにバグだらけ、その上誤字が酷すぎて『わたし』じゃなくて『たわし』が妊娠してた。

 あまりの時間の浪費に、泣けてきたんだ……でも、抜けたから満点」

「紛らわしい泣き方するのはやめんか」

「んで、さ~ぁ、どの人のシナリオをプレイしたのよ?」


 エロゲーは、真っ直ぐに指を伸ばす。


「あそこに立っている門番(雌)だな。あの女の心情は完全に理解したが、あと十分経てば、昼食の休憩をとるために一度宿舎に下がるぞ」


 エロゲーの能力の真打ちは、その読解力にある。


 一度、プレイした人物の心情を一から十まで理解して、未来予知の如き行動予測を行うことができるのだ。当然、脳への負担は甚大なので、定期的に萌えゲーを挟まないと脳細胞が死滅して気が狂う(一敗)。


「よし、入れ替わりのタイミングで潜入するぞ」


 俺たちは、こそこそと行動を開始する。エロゲーの未来予測能力もあってか、ものの見事に都市の内部に入ることに成功した。


 想像以上に人でごった返している街の中、高校の制服で身を包んでいる俺達が珍しいのか「どこの異人だ?」などと声が聞こえてくる。酒場の入り口からは、わざわざ、鎧兜を身に着けた男連中が顔を出す始末だ。


「ふむ。当然のように、言語は理解できているようだな」

「当たり前っしょ~? 言語把握チートくらい、最近では、ネカフェのドリンクバーみたいについてて当然だかんね~?」。

「それで、これからどうする? エロゲーには異世界モノが少ないから、おれは今後のマニュアルを提示できないが」

「いや、冒険者ギルド、一択っしょ~! 異世界転移したら、冒険者ギルドに登録登録ぅ~! それしかないんでぇ~?」


 いちいち、癇に障るヤンキーをぶん殴りたくなるが、このテンプレ異世界を生き残るにはコイツの知識が必要なのは明らかだった。それまでは生かしておいてやろうと、俺たちはこくりと頷き合う。


 街の中を歩き回っていた俺たちは、剣と盾が描き込まれた木製の看板を見つけ「ココに間違いないっしょ~!」と確信したヤンキーに従い中に入る。


 店内は、喧騒に満ちていた。


 テーブルと椅子の並べられた空間、武装した連中が食事をとっていたり、掲示板の依頼らしきものの前で相談していたり、見るからに魔法を使えそうな魔女っ娘が酒を煽っていたりした。


「初めてのお方ですか~? こちらにどうぞ~?」


 見慣れない面々だと思ったのか、奥のカウンターから、受付嬢らしき女性が声をかけてくれる。


「皆さん、異人の方ですかぁ~? すごぉ~い! かつて、魔王を倒した勇者様も、皆さんと同じような服を着てたんですよぉ~?」

「「「「…………」」」」


 その瞬間、感じた、四人の共通感覚――惚れた、この子可愛い。


 ドイツの民族衣装であるディアンドルに似たエプロンドレス。可憐に着こなしている彼女は、俺たちに対して満面の笑顔を浮かべて、愛らしく「こっちですよこっち~!」と手招きしてくれる。


 先んじて、一歩を踏み出したのは、プロフェッサーだった。


「いやぁ、どうも、こんにちは! 僕の名前はウヴェァ!!」


 躊躇ちゅうちょなく、クソメガネの腎臓に指先をめり込ませる。姿勢を崩したクズの膝裏にエロゲーの足刀が食い込み、唯一の眼鏡アイデンティティをヤンキーが叩き落とす。


 数瞬、死角から行われた連撃。見事なまでのチームワーク。


 嫉妬、怨恨、出る杭は打ての感情が、言葉にしなくとも伝わった瞬間であった。


「え、あれ? どうしましたぁ? お友だち、具合が悪いんですかぁ?」

「アッハッハ! お気になさらないでくださいよ、お嬢さん。この『ウヴェァ!』君は、昔から貧相貧弱貧死の三貧男ゴミクズカスと有名でしてね」

「エロゲーで言えば、三枚目の友人キャラみたいなものだから気にしないでくれ」

「ちょぉ、もぉ? なにしてんすかぁ~? 勇み足で踏み出すから、こういう“事故”が起きるんすからね~?」

「き、君たちは……本当に僕の友達なのか……クソどもが……」


 抜け駆け禁止の法(ハンムラビ)を破ったプロフェッサーを放置し、俺達は三人でじゃんけんをして、見事にこの俺が勝利を収める。


「悪いなぁ、諸君」

「お前、毎回、じゃんけんで勝つがズルはしてないんだろうな? 不正を発覚した時は、わかってるか?」

「笑わせるなよ、三下。お天道様に顔向けできんようなことを、江戸っ子気質の俺がするわけなかろう」

「おれの記憶にある限り、お前は、地下の牢獄で一生、日光を浴びられない生活をしててもおかしくないくらいの畜生なんだが……」


 バカめが!! 貴様らがじゃんけんの初手でなにを出すかなんて、既に割り出し済みなんでなぁ!? 最も確率の高い勝利手を出せば、8割の確率で勝利できるわい!!


 というわけで、俺は可愛らしい受付嬢さんと向かい合う。


 まともに女性と話すのは久方ぶりのことだが、まぁ、なにも問題はないだろう。中学の時、本屋中にあるモテテクニックを、立ち読みで読破した俺の相手ではないわ。うはは。


「はい、こんにちはぁ」

「…………」


 し、しかし、お、思ったより、可愛いな。な、なんだ、異世界人というのは、ドイツもコイツもこんなに可愛いのか。というか、そんなハレンチな服を着て接客とか、風営法には引っかからんのか。


「……えーと、どうしましたぁ? 本日のご用向はぁ?」

「……っす」

「え?」

「……自分、風白かぜしろすばるっす」

「え……はい……」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「よ、よよよよよよ! よかったらぁ!! ぼくと!! お付き合いして――」

「介錯!!」


 飛び込んできたエロゲーが、俺を横から蹴り飛ばす。


 息も絶え絶えになった俺は横たわり、三人は思い思いに「頑張った頑張った!! すごいすごい!!」と回復呪文をかけてくれた。こういう時ばかりは、友の温かさに涙が止まらなくなる。ありがとう、みんな。


 というわけで、二番手のヤンキーが、馴れ馴れしい感じで受付してくれる。


「いや、やっぱぁ、ココぉ、冒険者ギルドで間違いないっぽいよぉ? 登録するだけながら無料みたいなんでぇ、こちらの紙に記載をお願いしますってぇ。

 あと」


 受付嬢さんと目が合う。


 彼女は、俺に笑いかけながら、小さく手を振ってくれた。


「なんかぁ、すばるくんのことぉ、初心うぶでカワイイってべた褒めだったわ」

「「は?」」

「別にお付き合いしても良いっ――べぼぉ!!」


 エロゲーの鉄の拳が、真正面からヤンキーを貫く。


「聞き間違いだ、余計な期待をもたせるようなことは言うなよ」

「えぇ、間違いありません。聴覚障害ですね」


 脅すかのように、俺の顔面に顔を近づけたエロゲーが、青筋を立てながらささやく。


「忘れるなよ、スバル……我ら四人、同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、同年、同月、同日に卒業することを願わんだ……それに初対面でそんなことを言う女は、大抵、遊び心だから期待するんじゃないぞ……」

「うはは、片腹痛いわ!! 男の嫉妬ほど、醜いものはないなぁ!! たかが口約束如きを本気にするとは、貴様の脳細胞死滅率は8割超えかぁ!?」


 あぁ、わかってるよ! 安心しろ!


「スバル、本音と建前、逆になってませんか? 大丈夫ですか?」

「い、いや、初心でカワイイは本当だけどぉ……付き合っても良いは、嘘なんでぇ……ちょ、まじ、冗談抜きでいてぇ……」

「エロゲー、誓いは絶対だ。今生、その聖なる誓いを俺が違えることはない。安心してくれ」

「お前の手のひら、二度と返せないようにねじ切きってやろうか?」


 受付嬢さんを巡る血みどろの戦いは、休戦協定を迎えることで、落ち着きを見せた。


 俺たちはひとつのテーブルを占領し、お借りした羽ペンで記載事項を書き連ねていく。その中のひとつに『職業クラス』と書いてあって、その下に基本職業ベースクラスとして五つの職業が書いてあった。


 一、戦士シーカー

 二、魔術師ウィザード

 三、侍祭アコライト

 四、弓士シューター

 五、重装兵カタフラクト


 ふーん、結構、いろんな職業があるん――


「基本的に職業選択は自由ですけど、各々の適正もあるので、自分に合ってると思える職業を選んでくださいね」


 耳元で、声がした。


 驚きながら振り向くと、俺に寄り添うようにして受付嬢さんが立っている。


「ん? どうしましたぁ? 書き方、わからなくなっちゃいましたかぁ?」


 な、ななななななんだ!? な、なぜ、傍に寄ってきた!? も、もももももしかして、お、俺に惚れているのか!? す、すすすす好きなのか俺が!? な、ななななななんだ、この良い匂いは!? ど、どどどこから、匂ってくるんだ!? ととととというか、近くないか!? あ、ああああ温かいし、な、なななななんだか、と、吐息が、あ、当たってる気がすすすするんだが!?


 興奮で、胸が弾む。


 だが、よくよく見てみれば、彼女は、俺とプロフェッサーの間に立っていた。だらしない顔を浮かべるプロフェッサーも、俺と同じことを考えているのが丸わかりだ。そして、対面のエロゲーとヤンキーも。


 恐らく、今、全員が思っている筈だ――この女、俺に惚れてるなと。


 そんな馬鹿面を見ていると、己も同様の勘違いをしている愚か者かと悲しくなった。


 童貞たるもの、少し、近づかれたくらいで動揺していては身が持たな――


「あ、ココ、書く場所、間違ってますよぉ?」


 背後から腕が伸びてきて、羽ペンをもっている俺の手にぴたりと触れる。


「エボラッ!?」


 思わず、バッと手を引く。


 過剰とも思える反応を見せた俺に対し、受付嬢さんは目で笑って見せた。


「……かわい~♡」


 そっと離れた受付嬢さんは、俺にウィンクしてから「なにか不明点があれば、いつでもどうぞ~」とセリフを残して立ち去る。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 ココだッ!!


 正面から飛んできたエロゲーの拳をガード、ヤンキーの足払いを華麗に避けながら立ち上がり、肘を叩きつけてきたプロフェッサーを前蹴りで遠ざける。


 既に臨戦態勢に立っている三人の前で、俺は椅子を武器にしながら、ジリジリと戦線バトルラインを伸ばしていった。


「お前、まるで、お姉さんキャラしか出てこないエロゲ主人公みたいな、立ち位置になりやがって……」

「見損ないましたよ、スバル……君には絶対に彼女が出来ないと計算したから、友達になったのに……」

「ありえないっしょ……あんな、二次元を3Dプリンターで出力しましたみたいな女の子……オレは、絶対、認めねぇからぁ……?」

「フハハ!! 嫉妬が心地よい!! 心地よいぞ、諸君!! 君たちよりも、一足早く、未知の体験ができそうだなぁ!?」


 異世界、最高!! やはり、俺には、あの日(いづ)る国が狭すぎたのだ!! 前々から、俺は、この愚劣なる蒙昧諸君とは、格が違うとは感じていた!!


「貴様らは、そこで、我が栄光へと至る道筋(ロード・ロード)を傍観するがいい!! 俺は彼女と幸福の記憶メモリーを刻むのだ!! この愛は、永久フォーエバーとなることだろう!!

 あの子を幸せにするために、俺は生まれてきたんだっ!!」


 怨嗟の眼差しが、ココまで、気持ちの良いものだとは思わなかった。あたかも、神の与えたもうた休日に浴びる日の光のようではないか。


 心地よいラブを受けながら、我が足は受付へと運ばれる。なぜかは知らんが、冒険者ギルドに集まっている男連中から、哀れみの眼差しが集まっているような気がした。


 バカめが!! 俺は貴様らとは異なる!! 勝つべくして勝つのだっ!!


 好気満ちる眼差しで、こちらを見つめる彼女。深呼吸を繰り返した俺は、真剣な顔つきで言い放った。


「ぼ、ぼぼぼぼぼくと!! おおおおおおお付き合いしてくださいっ!!」

「うん、いいよぉ♡ 幸せになろうねっ♡」

「ほ、本当で――」

「でも、ぼく、男だけどね♡」

「………………………は?」


 ニンマリと笑った“彼”は言った。


「正真正銘、男の子だけど、これからよろし――」

「俺たち、別れよう」


 席に戻った瞬間、肩を組んで、平和の歌を歌っている童貞どもが、満面の笑顔で出迎えてくれる。


「「「あの子を幸せにするために、俺は生まれてきたんだっ!!」」」

「死ねッ!!」


 改めて、俺たちは、冒険者登録用の用紙に記載を続ける。


 職業クラス……コレは、難しいところだ。やはり、この四人でパーティーを組むにしても、バランスというものを考えなければいけない。


 普通は相談し合うところなのだろうが、俺たちは、互いが互いをわかっている運命共同体。誰が何の役割を受け持つべきなのか、容易に察しがつくことだろう。だとすれば、リーダーたる俺は、剣技を主体として戦う戦士シーカーで間違いない。


「貴様ら、書けたか? 提出する前に、職業クラスだけでも確認し合おう」


 俺の提案に三人は頷き、テーブルの上に、職業(クラス)名が書かれた用紙が三枚並んだ。


 スバル :戦士シーカー

 プロフェ:戦士シーカー

 エロゲー:戦士シーカー

 ヤンキー:戦士シーカー


「いやいやいや!! 待て待て待て!!」

「ん? どうした、スバル? おれの目から見れば、なんの問題もないと思うが?」

「バランス!! バランスを考えんか、この馬鹿者ども!! なんで、当たり前のように、全員が戦士なんだ!! 戦士になる前に戦死するわ!!」

「主人公たる僕に似合うのは、剣技を操る戦士シーカーだと、かのホルスタインも言い残してますからね」

「ホルスタインは牛の品種だこの馬鹿者が搾乳されて死ね。

 というか、プロフェッサー、なんで貴様、名前欄が『プロフェ』なんだ……?」

「フッ、四文字しか入力できないと思いましてね」

「ファ○コンのゲームじゃねーんだよ」


 金髪をかき回しながら、ヤンキーが顔をしかめる。


「いや、マジ、困り丸っしょ、これぇ……なんで、みんな、よりによって、戦士シーカーなんて選ぶんすかぁ……最近のトレンドは、脇役みたいなクラスからの成り上がりっすよぉ? オレは王道が好きなんでぇ、コレしかないんすけどぉ?」

「エロゲーには、そんなトレンドはきてないから知らん」

「バカ言っちゃダメっしょぉ、エロゲはエロゲでトレンドの流れが別なんだからぁ」

「今、エロゲにバカって言ったか?」


 エロゲーによる一方的な暴力を横目で見ながら、俺はため息を吐いて、彼らを諌めるために声を上げた。


「こらこら、やめんか、諸君。この職業クラスというものは、各人の個性や適正によって千差万別らしい。

 ココはひとつ、専門家である受付嬢くんに決めてもらおうではないか」

「確かに、スバルの元カレであれば、信用できそうですね」

「元カレ呼ばわりはやめろ!!」


 暇そうに本をめくっていた受付嬢くんに依頼を持ち込むと、ノリノリで「は~い! スバル君の元カレとして引き受けま~す!」と快く承諾してくれた。その可愛らしさは、男でもいいかなとちょっと思うくらいである。


「うーん、とりあえず、プロフェさんは『魔術師ウィザード』かな」


 宙空で指を小刻みに動かしながら、俺たちには視えないなにかを視ている彼は、真剣な面持ちでそう言った。


魔術師ウィザード……フッ、漢字で書けそうにないのでやめておきましたが……案外、この身に馴染みますね……」

「戦闘中、この馬鹿者が背後から魔法をぶっ放してくると思うだけで、正気を保てなくなりそうだからやめて欲しいのだが」

「でも、他に適正のある職業クラスなんてないよぉ?」


 ぽんぽんと、エロゲーが俺の肩を叩いた。


「スバル、仕方ない。チームだからな。そこは、おれたちでフォローしてやろう」

「まぁ、たしかに、そうだな」

「へへっ、オレら、仲間っしょ?」

「皆さん……」

「「「戦闘開始直後、一撃で失神させればいい」」」

「クズどもが……」


 お荷物の処理方法は決まったので、次にエロゲーの適正を聞いてみる。


「ず、随分と特殊な……な、なんなんだろう、この異様な属性の混ざり方……き、気色悪い……強いて言えば『弓士シューター』かなぁ……」

「納得がいく。飛ばすのは、得意だからな」

「「「…………」」」

「エロゲージョークだ」


 ただの下ネタだろうが。


「ヤンキーさんは『重装兵カタフラクト』だね」

「うそぉ、マジっすかぁ? 最近のトレンドみたいなヤツじゃないすかぁ、やだなぁ。大喜利大会みたいな作品は、好きじゃないんすよぉ。使い古されたガビガビのパンツみたいな王道が好きなんでぇ、オレぇ」


 悔しがるヤンキーを横目に、俺はニヤニヤがおさまらなかった。


 間違いない、この流れ、俺が戦士シーカーに選ばれるパターンだ。というか、それ以外、有り得ない。


 まぁ、よしんば、他の職業クラスだったとしても、誰一人として戦士シーカーではないのだから受け入れる他あるまい。


 さて、俺の職業クラスはな――


「無職だね」

「………………え?」

「無職。ひとつも適正なし。

 ある意味、すごぉ~い! 始めてみたぁ!」


 立ち尽くしている俺の肩に、三人分の手がそっと置かれる。


「安心しろ、無職。おれたちが、養ってやるからな」

「足手まといのゴミでも、絶対、見捨てたりなんてしませんから」

「人生諦めるなら、今がおすすめでぇ~すぅ!」

「貴様らの笑顔を奪うためなら、如何なる犠牲も払わぬことをココに誓う」


 その後、パーティー名を決めてくれと言われて『無職淫遊馬鹿金髪童貞エレクトリカルパレード』という名前にした。童貞が最も憎むべき大型テーマパークに唾を吐きかける、ただそれだけのために俺たちは生きてる。


「では、記念すべき初依頼はどうしますかぁ? あっちの掲示板から選んでもいいけどぉ、初心者パーティーには、ぼくのほうからオススメを選んであげてるんだけど?」

「なら、オススメで」

「は~い♡」


 そう言って、受付嬢くんが提示してくれたのは四件の依頼。


 一.スライム退治   報奨金100ゴールド

 二.隣町までの護衛  報奨金200ゴールド

 三.町内の警備見回り 報奨金50ゴールド

 四.お手伝い     報奨金0ゴールド


「どう思う、貴様ら」

「僕としては、『スライム退治』を押しますね……僕の計算によれば、報奨金が最も高い」

「どこに、計算式を挿入する余地があったんだ?」


 しかも、報奨金が最も高いのは『隣町までの護衛』だ。


「いやいや、ココは手堅く『隣町までの護衛』っしょ~! パット見安全そ~だしぃ、報奨金も一番もらえるじゃないっすかぁ?」

「おれは、町内の警備見回りでいいと思う。少なくとも、4番のお手伝いは有り得ないぜ。無報酬なんて誰が受けるんだ」

「ふむ。俺も同意見だ。選ぶとしても4番以外だな」

「意義な~し! 手っ取り早く、1から3まで、じゃんけんで決めねぇ?」

「フッ、語りましょうか。拳で」


 いつもどおり、じゃんけんで決めようとすると、受付嬢くんが「あ、依頼者のデータも参考にしたほうがいいよ」と指で“依頼人”の項を教えてくれる。


 一.スライム退治   依頼者:主婦 68歳

 二.隣町までの護衛  依頼者:商人 43歳

 三.町内の警備見回り 依頼者:町長 54歳

 四.お手伝い     依頼者:人妻 24歳


「「「「四番一択だな」」」」


 俺たちは、道徳の旗の下に一致団結をする。


 なにせ、我々は、無垢で純真たる心をもつ学徒である。報奨金や安全性なんて、二の次の聖人集団だ。ただ、悩める人妻に寄り添って、大いなる善心をもって懊悩おうのうを受け止め、ワンチャン欲しいだけなのだ。


 というわけで、俺たちは、待ち合わせ場所の裏路地にやって来る。


「僕の計算によれば、待ち合わせ場所はココみたいですが……まだ、依頼人は来ていないみたいだ。

 おかしいですね、あまりにも遅すぎる」

「貴様の頭の回転がな」

「スバル、おい、どうやらハメられたらしいぞ……陵辱ゲーみたいにな」


 俺たちの前に現れたのは、黒色のローブを纏った小柄な人間だった。


 爛々と光る目玉が、薄暗がりから覗き、俺の繊細な心(センシティブ)を捉えて離さない。


 黒色ローブの闖入者ふらちものは、こちらの好奇心に応えるかのように、ぱさりと、フードを取り払った。


 現れたのは、金色の髪の毛と巻角をもつ、美しい少女だった。


 耳元には宝石のついたイヤリングをつけていて、毅然とした眼差しでこちらを見つめている。どことなく、立ち振舞や雰囲気が、俺たち下劣なる者たちとは異なる気がした。


「集合!!」


 俺たちは、肩を組んで輪になる。


「どう思う、貴様ら」

「僕の計算によれば、もう少し、母性が欲しいですね。彼女は、僕の母になれたかもしれない存在です」

「おれとしては、綺麗なだけのお人形さんという印象だ。青少年の熱くたぎ情熱パトスを受け止めるには若すぎるぜ」

「しゃしゃっ~す! あの手のテンプレお姫様系美少女って、王道のようで王道から外れちゃってるんすよねぇ~! 閉店セールで、ワゴンに余ってたら、買う感じでぇ~す!」

「よし、まとまったな」


 俺は、振り返って、彼女に微笑みかける。


「チェンジで」

「……は?」


 彼女は、切れ長の目をこちらに向けて腕を組む。


「去れ、そなたは美しい」

「いや、意味がわからないんですが。なぜ、初対面で、そこまで言われないといけないのでしょう。脳内でウジが大量発生してるんですか」

「貴様こそ、初対面だろうがグォラァ!!」

「す、スバルくぅん!! おさえておさえて!! いつでも紳士ジェントル、忘れない!! が、スバルくんのモットーでしょ!?」


 愛すべき友のお陰で、我を取り戻した俺は、紳士服を着ているていで、ネクタイを直すフリをする。


「失礼ながら、お嬢さん(フロイライン)。我々とて、暇ではない。貴様ごとき雑兵を相手にする余裕はないのでね、ご用件を口にしたら満足して失せてくれると嬉しい」

「……なぜ、0ゴールドの依頼を受けたのですか?」


 真剣な表情。


 俺たちは、まるで己のいやらしい心を糾弾されているかのようで、急に恥部をくすぐられたみたいな心境に陥った。四人の視線が絡み合って、彼女に真実を伝えるべきだと、意見が一致する。


 だから、俺たちは、真実を口にする。


「「「「100%、善意で」」」」

「貴方たちが、善玉の騎士だということは理解しました。

 私は、亡国イージスの第一王女、フローラ・ペイン・アコライト。報酬を求めない貴方たちの礼節に期待し、魔王討伐を依頼いたし――」

「「「「すいません、本当は24歳人妻狙いです」」」」


 面倒事を察知した俺たちが、回れ右をして裏路地から出ようとすると、黒色の靄に阻まれる。


「残念ながら、無駄ですよ紳士君ジェントルマン。私とて、英才教育を受けた魔術師ウィザードの一柱。貴方たちの力量で、その黒壁こくへきを打ち破れるとは思いませんね」

「阿呆が。貴様は、知らんらしいが、俺たちとてそんじょそこらの一般人ぴーぽーとは異なる。

 見せてやれ、プロフェッサー……真の実力が何たるかを、そこの幼子にな」

「承知した」


 スッと、懐から、チョークを取り出したプロフェッサーを視て、フローラは視線を細め「魔術師ウィザード……」とささやく。


「僕の計算によれば――この結界を破るのは、容易たやすい」


 プロフェッサーは、眼鏡を押し上げる。


 息を呑んだ俺たちの前で、彼はチョークを高々と振り上げ、地面に書きつけた。


 1+1=3、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=5、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=4、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=3、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2、1+1=2……凄まじい量の計算式、いつの間にかプロフェッサーの周囲には、『1+1=2』の計算式が飛び回り渦と化して、発光しながら渦を巻いていた。


 そして――弾ける。


「スバル、周辺に、上昇補正バフを張りました!! コレで、スバルたちの頭脳は、僕レベルにまで押し上げら――」


 俺の拳がプロフェッサーの顔面を叩き、エロゲーの膝が彼の腎臓をえぐり、ヤンキーの足刀がの腿を打ち貫いた。


「ふざけるな、貴様……それは、下降補正デバフだ……今直ぐ、解除せんか、人死にが出るぞ……!」

「悪ふざけも大概にしとけよ、お前ぇ……おれたちが、お前レベルにまで落ちたら、この世界の未来が終わるだろうがよォ……!」

「もう、眼鏡かけんのやめてもらっていいすかぁ……知的階級っぽいアクセサリーつけられるのすらムカつくんすけどぉ……!?」


 俺たちのリンチを受けて、プロフェッサーの魔術が解除される。


 体育座りしていたお姫様は、立ち上がって、ようやく終わったかと言わんばかりに立ち上がって汚れを落とした。


「では、行きましょうか、四人組アホブラザーズ……世界を救いに」


 現状では、打開策がない。


 渋々、俺たちは、フローラとかいうお姫様に付いていくことにした。


「いや、スバルくぅん、まぁじで、どうすんすかこれぇ? 無報酬で魔王を倒せなんて、今どきの主人公、だぁれもやんないすよぉ」

「スキをついて、逃げるに決まっとるだろうが痴れ者が。24歳の人妻が、今も、我らのぬくもりを待って凍えているかもしれんのに、あんなガキンチョと一緒に楽しく魔王討伐ピクニックする暇などないわ」

「おれとしても、あまり、くすぐらんタイプの子だ。ああいった子は、何度も、プレイしたからマウスのクリックが進まない」

「全くもって同意見ですね。僕の計算によれば、何度やり直したところで、彼女と僕の相性は0%。交わる道は、どこにもありません」


 バカなので、最後に、0をかけてそうなプロフェッサーはさておき、俺たちの意見は一致している。彼女アレとは一緒にはいれない。24歳人妻とのキャッキャッウフフが、待っていると。


 そして、道中。


「どうしましたか、スバル。なんだ、イバラ草で、手を切ったのですね。おっちょこちょいな人。

 ほら、こっちに来て。手当てしてあげますから」

「…………」

「プロフェッサーは、料理が少し下手みたいですね。あぁ、手はそのままで。こう。こうやって、握るんです。やってみて。あはは、上手いじゃないですか」

「…………」

「エロゲーは、『エロゲー』なる遊戯が好きなのですか。へぇ、少し、興味あるかな。今度、一緒に、どうですか? 別に、どんなものでも、エロゲーの好きなものなら引いたりなんてしませんよ」

「…………」

「ヤンキー、歩きすぎて、疲れていたりはしませんか? ほら、荷物は、私が持ちますから。え、女性にもたせるわけにはいかない?

 くす……なんか、格好いいですね」

「…………」


 そして、ある日の夜。


「「「「君たち、もう帰っていいよ。彼女とふたりで、世界を救ってくるから」」」」


 俺たち四人は、同じセリフを吐き、同時に立ち上がって各々の得物を手にする。


「貴様ら、寝言をほざくのはやめんか。申し訳ないが、彼女は、俺のことを好きみたいでな。今日なんて、三回も目が合ったからコレ確実」

「ハハ、スバル、笑わせるのはよしてください。僕の計算によれば、彼女は、僕のことを好きみたいですよ。互いの計算式が、結合マッチしたのを視線で感じました」

「お前ら、本当にバカだな。彼女は、おれのことを好きみたいだ。昨日から、マウスのクリックが止まらなくて、ついには人差し指がイカれちまったよ」

「ちゃ~っす! 妄想、乙でぇ~す!! 彼女は、オレと添い遂げるんでしくよろぉ~!! まぁじ、完の璧で、ラブチュッチュなんでぇ~!?」


 混じり気のない殺意が、闇夜の中に溶け合った。


 俺たちの狭間で揺れる篝火が、ぱちぱちと火花を発している。誰かが動けば誰もが動くという状況下、ひとり、安寧の眠りに落ちているフローラが、もぞもぞと寝返りを打った瞬間に俺は気づく。


「わかった、わかったぞ、貴様ら」

「己の敗北に、ようやく気づいたんですか、スバル」

「違う!! コレは、この女の策だ!! 我らの鉄壁の友情を崩壊させて、魔王討伐を仕向けようとしている、この女の策なんだ!! まんまとのせられて、タダ働きをさせられようとしているのがわからんのか!?」


 場が静まり返って、プロフェッサーたちは得物を仕舞った。


「たしかにな。なんだか、きな臭いぜ、スバル。女は魔性とよく言うが、この女、おれたちの青春アオハルを操ろうとしてたってことか」

「さぁすが、スバルくぅん。危うく、騙されるところだったっすよぉ。アキバのメイドカフェに入ったら、キャバクラみたいなもんで、高額のチャージ料を当然のように徴収された時のことを思い出すわぁ」

「ふふ、スバルのお陰で、正気に戻ることができましたよ。僕の計算によれば、ナイスフォローってヤツですね」


 俺たちは、頷いて、笑いながら仲直りの握手をする。


 そして、言った。


「「「「それはそれとして、彼女が好きなのは俺(僕、おれ、オレ)だけどな」」」」


 そんなこんなで、俺たちは、五人で魔王城へと辿り着いてしまった。


 驚くべきことに、ただフローラの後について進んできた道中、特に障害らしい障害にはぶつからなかった。


 あまりにも、順調過ぎる道のりにいぶかしむ。


 我が物顔で、魔王城に入って行くフローラの後についていくと、場内はものの見事に荒れ果てていた。廊下に飾られていた絵画は、剣戟の痕でズタボロに引き裂かれ、赤絨毯はめちゃくちゃに踏みにじられている。


 謁見の間には、紋章の描かれた織物タペストリーがぶら下がっていて、その下にある王座は傾いて鎮座していた。王座の頭上にあるべき筈の天井は崩落し、周囲に壁材が、転がり落ちている。


 そして、フローラは――王座に座った。


「ようこそ、勇者様。現代日本からようこそ」

「「「えっ!?」」」

「あ~、やっぱ、そういうことっすかぁ」


 得心が言ったかのように、ヤンキーはこくこくと頷く。


「どういうことだ、カス。説明しろ、ボケ。殺すぞ、トンチキ」

「人に説明を求める態度じゃないっしょそれぇ~?

 つまぁりぃ、この人は、亡国のお姫様でもなんでもなくてぇ、本物の魔王様ってわけですよぉ。なんだか、魔王みたいな魔術使うし、頭には巻角ついてるしで、それっぽいなぁとは思ってたんすけどぉ」

「えぇ、彼の言うとおりですよ。私こそが、本物の魔王です。現代日本から、貴方たちの魂を呼び寄せたのも私」

「「「「俺(僕、おれ、オレ)のことが好きだから?」」」」


 呆れたかのようにため息を吐いて、彼女は、己の胸の中心を指差す。


「私を殺して欲しいからですよ」

「なんでぇ~? どちてぇ~?」

「久々に視ましたね、スバルの幼児退行。クラスメイトの好きだった女子に炸裂して、小学校生活を棒に振ったのは記憶に新しい」


 俺の問いかけに、魔王様は応える。


「もうとっくの昔に、魔族は滅んでいましてね。ただ、不老である魔王の私だけが、取り残されてしまった。いい加減、生きるのも飽き飽きしていたのですが、ただ死ぬのももったないと思い、最後の手柄くらいは、どこぞの誰かに与えてやろうと思い立ったのです」

「なんで、わざわざ、現代日本から召喚したんだ? 誰でもよかったなら、この世界の住人でも良いんじゃねーのか?」

「先代を殺したのは、異世界転移した現代日本人だったのですよ。

 通例というヤツですかね」


 皮肉気に笑った彼女は、両手を広げて、俺たちを迎え入れる。


「私を殺せば、貴方たちは晴れて真の勇者様。名声は欲しいまま、金銀財宝は幾らでも、美女たちは貴方たちにかしずいて愛を誓うでしょう。

 さぁ、私を殺しなさ――」

「えっ、やだ」

「……は?」


 ぽかんと口を開いた彼女に、俺は紳士的に畳み掛ける。


「俺は、俺を好きなやからに助成する。貴様は、俺にぞっこんLONEであることは明らか、我が美形イケメンフェイスに見向きもしなかった人類どものほうが不要であることは明白だ」

「フッ、同じく。僕の計算によれば、貴女は僕に惚れている確率100%なので、危害を加えるつもりはありません」

「おれがプレイした結果、お前はグランドルートでおれと結婚する」

「オレっち、ヒロインを泣かせる趣味はないんでぇ。可哀想なのは惚れないんですよねぇ、マジすんません」

「…………」


 逡巡、そして、決断――魔王が動き出すよりも早く、俺は叫んでいる。


「プロフェッサー!!」

「フッ、言われずとも」


 チョークで書きつけられた、大量の『1+1=2』の計算式。発光した瞬間に発動して、この場にいる全員が、プロフェッサーのレベルにまで落ちる。


「な……あれ……私、なにを……1+1=3……!?」


 プロフェッサーは、バカなので、自殺なんて考えることができない。自害して、功名を俺たちに押し付けようとしていた魔王の動きに、ものの見事に歯止めがかかった。


 だが、効果時間が短い。直ぐに解けて、魔王は正気を取り戻した。


「エロゲー、ルート構築できたか!?」

現在いま――」


 カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ――目を光らせながら、マウスをクリックしていたエロゲーは、魔王を見据えたまま微笑む。


最善の終焉を迎えた(グランド・フィナーレ)


 そして、弓を引き絞るかのように、己の命とも言えるマウスを腰の後ろへと運び――撃った。


「うっ!?」


 完璧な精度で、魔王の眉間を穿ったマウス。だが、彼女の手から己へと放たれようとしていた、魔術が暴発して俺たちへと向かう。


「さぁ~て、そろそろ、オレっちも格好いいところ見せますかねぇ~?

 みんなぁ、オレたちの友情を見せつける準備はいいっすかぁ!? オレの合図に合わせて、横に跳んで避――」

「「「ヤンキー・ガードォ!!」」」

「は?」


 俺たちは、手慣れた動作で一列になって、ヤンキーを盾にする。ものの見事に魔術が直撃して、ボロ布となったヤンキーをポイ捨てする。


「スバル!! あのルートだっ!!」

「任せろ」


 俺は、既に駆け出している。


 懐から短刀を取り出して、自身の喉を貫こうとした魔王は、俺の両手に押し止められ悔しそうに顔を歪めた。


「あ、貴方たち……ぜ、善人ではないんでしょう……な、なんで、こんなふざけたマネを……!」


 そして、魔王の目が、赤く光り輝く。


「申し訳ありませんが、貴方の心を染めさせて頂きますよ……魅了魔術チャームだけは、得意なので……道中、貴方たちの目には、私がまるで意中の女性のように映っていたでしょう……アレは、私の魔術によるものです……」


 真正面から、俺は、魔王に見つめられる。


「さぁ!! 本来の心を取り戻しなさい!!」

「は? 効かんが?」


 魔王の顔が、驚愕で彩られる。


「な、なぜ!?」

「残念ながら」


 俺は、ニヤリと笑う。


「俺の職業クラスは、なににも染まらない――無色だ」


 プロフェッサー、エロゲー、ヤンキー、追いついてきた奴らが、一斉に魔王へとのしかかって羽交い締めにする。


 まとめて吹き飛ばそうとした魔王は、俺たちの必死な表情を見つめて――ふっと、全身の力を抜いた。


「召喚したのが、こんなバカだなんて……誰が予測できるんですか……」


 観念した魔王を見下げ、俺たちは、勝利の歓声を上げた。











「……で?」


 目を細めた魔王は、筋トレをしている俺たちを前にして嘆息を吐く。


「なんで、鍛えてるんですか?」

「「「「モテたいから」」」」

「だったら、私を殺せば良かったんですよ。揃いも揃って、矛盾めいた行動ばかりの、お猿さんたちですね」

「コレが噂のツンデレなるものか?」

「僕の計算によれば、7:3でデレると北北西の方角に出てますね」

「昨今、なんだか、オタクの弱体化によってツンデレも人気が出なくなってるからな。キャラチェンしてもらったほうがいいかもしれないぜ」

「オレ、母性を感じないと、萌えないんすよねぇ~」

「というわけで、貴様は今日から、母性(したた)り落ちる24歳人妻、口癖は『あらあら』系ヒロインで頼む」

「貴方たちと会話するの、疲れるんですが」


 謁見の間の床に座った魔王は、頭痛を我慢するみたいにして眉間を押さえる。


「貴方たちが望むのであれば、元の世界に戻すこともできますが……どうしますか?」

「「「「いえ、結構です。あっちでは、モテないので」」」」

「ならば、これからどうするんですか?」

「もう、流れは変わった」


 立ち上がった俺は、魔王へと手を伸ばす。


「とりあえず、歩いてみようか」


 ぽかんと、口を空けた彼女は、呆れたみたいに苦笑する。


「……バカになるのも、存外、良いのかも知れませんね」


 彼女は、俺の手を握ろうとして――横合いから伸びてきた三手が、彼女の手を叩き落とす。


「は? 貴様ら、空気、読めんのか?」

「なに言ってるんですか、スバル。空気が読めるわけがないでしょう。保育器からやり直したらどうですか」

「今、お前の手が握られてたら、エンディングソング流れ出してスタッフロールだっただろ。ふざけんな。おれたちは、今、平等恋愛フェア・ラブを望んでいる」

「しゃしゃっ~す! お互い、ゼロからのスタートでおなしゃ~す!!」

「でも、24歳人妻が、貴様らのことを好きだと告白してきたら?」

「「「「もち、乗り換える!!」」」」

「はいはい、とっとと行きますよ」


 ハイタッチして笑い合う俺たちを横目に、ひとりでに魔王は歩き出している。


 慌てて追いかけた俺たちは、肩を並べて歩み始める。


「ねぇ、スバル」


 彼女は、俺の袖を引いて、微笑んだ。


「ありがとう」


 その笑顔を視て、俺は思った。


 コイツ――俺に惚れてる。


 恐らく、心中が一致している親友たちを想って、俺たちはどこまで四人で歩いていくのだろうかと笑った。

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[良い点] まじで面白かったです 皆んな一致団結しながら自己中心的な己の欲望に忠実な感じがなおたまらないw [一言] なんだかんや言って主人公はスバル君ですかw 超面白かった!!!
[一言] 男子高校生の日常ってアニメの雰囲気あって こういうおバカ系コメディ、最高です 各キャラが濃すぎて笑いっぱなしでした この四人で是非シリーズ化 して欲しいと思いました 面白い作品ありがとうござ…
[一言] 愛すべき馬鹿たちをこんな完璧に作り出すとは、、。 楽しく読ませていただきました^ ^
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