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崖っぷち我儘姫の婚約事情

作者: 綿雪



 その日、ブルメンタール王国第二王女ベティーナ姫の婚約話が立ち消えになった。

 相手は南にある小国の王子。向こうから婚約を断ってきたという話だ。


「どうしてわたくしが振られた、みたいな話になってるのかしら」


 王城の美しい庭を見晴るかせる一室で、当のベティーナは唇を尖らして不満をあらわにした。プライドの高い彼女は『振られる』ということが許せないのだ。


「分かりきったことだろ。ベティーナ姫の我儘な性格は有名だからな」


 向かい合って座る男――ヴィルマーは、すました顔でそう言った。

 はっきりと本人の目の前で悪口を言ったヴィルマーに、ベティーナは不機嫌そうな据わった目付きになる。


「あなたの口の悪さも同じくらい有名よ、たぶんね」


「姫ほどじゃない。俺は公の場ではきちんと紳士らしく振る舞ってるからな。いい加減、我儘な性格をどうにかしないと行き遅れるぞ。あ、もう既に遅れてたな」


 意地悪く言ったヴィルマーに、ベティーナは何を言っているのか分からないとでも言いたげに、きょとんと首を傾げた。


「行き遅れる? 問題ないわ、わたくしぐらいの美貌となれば、どんなに年を重ねても美しくって、結婚の話に困ることなんてあるはずないもの」


「おめでたい頭だな」


「事実よ。現にもう次の話が来てるわ」


 ベティーナが片手を上げると、侍女が数枚の紙束を机上に置いた。


「次の縁談よ。相手は東の国の王子」


「次から次へと陛下も必死だな」


 ヴィルマーは机に置かれた紙を手に取る。相手国や王子についての情報が簡単に書かれていた。


「一月後、こちらに来るそうよ」


「すぐだな。会うのか?」


「会うだけね、でもその国は『ない』わ」


「……、言うと思ったがまたか。今度は何が気に入らないんだ?」


 パサッと紙を置いたヴィルマーは短くため息を吐く。

 ベティーナに婚約の話が持ち上がる度にしている会話だ。我儘な彼女はいつも婚約予定の相手にけちをつけ、話自体を駄目にする。


 今回、南の国の王子との話が駄目になったのも、ベティーナが王子に直接「貧乏な国には嫁ぎたくない」と言ったからだろう。その一言で空気は最悪になり、同席していたヴィルマーがフォローしなければ国際問題になっていたかもしれない。小国とはいえ、その国と貿易を行っている以上、友好関係は保ち続けたい。王子を怒って帰らせ、両国の関係にひびをいれるのは悪手だ。

 あとでベティーナに注意すれば、「本当の理由は言わないであげたのに」と拗ねたので手に負えない。


「一夫多妻制は、無理だもの。いくら顔がよくてお金があっても、わたくしだけを見てくれないなら、結婚なんてごめんよ」


「もうそんな国しか残ってないんだろ、自業自得だ」


 ベティーナは結婚相手への望みが多いのだ。完璧な人間などいるはずもないのに、何もかも持っていることを求める。だからいつまでたっても結婚できない。

 本人は余裕そうに態度を変えないが、国王や王妃は十代終わりに差し掛かってきたベティーナに焦っていることだろう。


「いい加減理想を追い求めるのは諦めて、適当なところに嫁いだらどうだ? どうせ姫の理想どおりの男なんているはずがない」


「わたくし妥協は嫌いなの。一生を過ごす相手と国よ? どうして妥協なんてできるかしら」


「もうあと二、三年もすれば後悔するぞ」


 貰い手がいなくなるなんてことを、まるで考えていないベティーナに呆れるしかない。現在だって、少しずつ結婚の条件が悪くなっていっているというのに。


「そう言うヴィルマーだって、理想は高いじゃない」


「は? 俺、姫に理想を語ったことあったか?」


 矛先をこちらに向けてきたベティーナに、ヴィルマーは目を見開く。そんな馬鹿な真似をした記憶はないが。


「いいえ。でも見てれば分かるわよ。あなたもう二十三よね? それなのにまだ婚約すらしてないじゃない。浮いた話の一つもないわ」


「なんだそんなことか。俺は三男だから後回しになってるだけだ」


「三男って言っても公爵家じゃない。それに、お兄さん二人ももう結婚したでしょう。それなのに婚約者の影も形もないってことは、高望みしてるってことじゃないの? わたくしにとやかく言える立場じゃないわよ」


「知らなかったな、姫が俺の婚約状況を気にしてるとは」


「嫌でも耳に入ってくるのよ。わたくしのそばにいるあなたが社交界で目立たないはずないもの」


 あくまでも、ベティーナと一緒にいるからこそ目立っているのだと主張するところが彼女らしい。王女と仲がいいことを差し引いても、公爵家の三男であり婚約者もいないヴィルマーは、注目を浴びやすいのだが。


「いくら顔がよくても、家柄がよくてもあんまり浮いた噂もなければ、性癖を疑われて、可愛いお嫁さんがもらえなくなるわよ」


「……性癖なぁ、俺自身が疑ってる」


「え、まさか、あなた本当にそっち!? 道理でわたくしの美貌にもなびかないわけだわ」


「そっちってどっちだよ。ろくでもないことを考えてそうだから、先に言っとくが、別に女に興味がないわけじゃないからな」


「それでも男性の方がいいと!? あ、まさかわたくしのもとによく来るのって、わたくしの護衛に興味があるから……?」


 慌てた様子で扉のそばに控える騎士に目を遣るベティーナ。容姿も実力も十分な若手騎士だ。

 突然話を振られた騎士はそれでも泰然と構えていた。


「いえ、私には妻がおりますので」


「あら、残念だったわね、ヴィルマー」


「いや、男色の趣味はねぇよ!?」


 何故、興味もない相手から振られたみたいになっているのか。図らずもベティーナの不満を理解してしまった。

 楽しそうな笑みを見せるベティーナがまた腹立たしい。


「そうやって笑って黙ってりゃ、可愛いのにな」


 人の不幸(?)を笑う笑みだが、本人の言う通り、ベティーナの容姿は優れているため、彼女が笑うだけで空気が華やぐ。

 ベティーナは黙っていれば誰もが見惚れる美人ではあるのだ。喋ると我儘が顔を出し、どこまでも子供っぽいのだが。そういう意味では甘やかされて育った姫らしくはあるのだろう。


「は……、な、何を、い、言ってるのよ、ヴィルマーごときが」


「すごいどもってるぞ」


 みるみる顔を赤くしたベティーナの反応に、ヴィルマーはくつくつと満足げに笑う。


「い、いいのよ、この程度でわたくしの魅力は褪せないのだから! というかヴィルマー、からかったわね?」


「からかうためだけにそんな恥ずかしいこと言うか。『黙ってりゃ』可愛い。本心だ」


「そこを強調する必要はあったのかしら」


「ある。喋ったら台無しだからな。次の見合いで、『浮気性な男性ばかりの国には嫁ぎたくない』とか言うなよ。よく知りもしない文化の否定は国を背負う王女として最悪だ」


「……だって、嫌じゃない。自分以外にもたくさん妃がいるなんて」


 今回話が持ち上がった東の国の王子は、どうやら既に三人妃がいるらしい。妃の数が権力の象徴という文化なので今後ますます増えていくことだろう。


 ベティーナが恐れるのは、大勢の中の一人になることだ。


 今でこそ自信家なベティーナだが、幼い頃はむしろ気弱で大人しく、第一王女や第三王女の影に隠れていることが多かった。容姿に優れ、才気に溢れた両王女は、家臣にも国民にも注目される一方、容姿は悪くないが平凡以下の能力しかなかった第二王女ベティーナは非常に影が薄い存在だったのだ。


 暗く内気だったベティーナが変わったのは、一度目の婚約が流れたときだった。流れたというのは正しくない。ベティーナに会いに来たはずの王子が、妹姫である第三王女を見初め、そのまま第三王女と婚約してしまったのだ。


 二年の間文を交わしていた相手の心変わりに、ショックを受けたベティーナは、相手を見返すために美しくなると決めた。長かった前髪を切り、有名なデザイナーや宝石商を呼んでドレスや装飾品のセンスを磨き、理想的な美しい体型を維持するために庭を走った。努力をすればするほど、ベティーナは自信をつけ、国一番の美貌を持つと評判になっていった。

 今では、ベティーナが暗く内気であったなどと言われても誰も信じないだろう。


 幼い頃から付き合いのあるヴィルマーは彼女の努力をよく知っている。

 彼女が変わっていく様子を傍でずっと見てきたのだから。


「はぁ、とにかく断りたいのなら直接国王陛下に言った方が絶対にいい。向こうを怒らせる方法だけは取るな」


「それが一番手っ取り早いのに。分かったわ、今度は愚鈍な姫を演じることにするわ」


「ベティーナ姫なら素でできるな」


「そんなはずないじゃない。わたくし程優秀な姫はいないわよ?」


「悲しいかな、そう思ってるのは姫だけだ」


 自信がついて堂々とした振る舞いができるようになったのは良いことだが、容姿以外は幼い頃から何一つ変わらず不器用なのだ。ダンスにしろ勉強にしろ芸術にしろ、どうにもぎりぎり平凡のラインに立つかどうかといったところ。堂々と振る舞うことで全て誤魔化そうとしているが、誤魔化しきれるものではない。特にダンスだ。ヴィルマーがベティーナに足を踏まれたことは一度や二度ではない。


 ベティーナはわざとらしく溜息を吐いた。


「……ヴィルマーはいつまで経ってもわたくしの成長を認めないのね」


「そうだな、姫が見事挙式を上げられたら考えようか」


「なんで上からなのよ。わたくしより先にヴィルマーの式を見せなさいよ」


「それは無理だな。俺は姫が結婚するまで嫁を探す気がない」


「わたくしへの義理立てか何かのつもり? そんなもの不要よ。さっさとわたくしに嫁の顔を見せなさい」


「それを言うなら、姫にもさっさと旦那の顔を見せてもらいたいな」


「わたくしだけを愛してくれる、顔が良くてお金持ちの男性が現れたらそうするわ」


「残念だ、一生見れそうにないな」


「それならあなたも一生独身ってわけね、ヴィルマー」


「そうだな。まあ、それも悪くない。俺はどうしても結婚しなければならないわけじゃないしな」


 跡取りでも何でもない気ままな三男のいいところだ。あまり家に依存するのも良くないので、そのうち王城の仕事でももらってひとり立ちはしなくてはならないが。


「あら、可愛いお嫁さん欲しくないの? わたくしは顔が整っていてお金持ちで、わたくしを存分に褒めて愛してくれて、国民に愛される旦那様、欲しいわ」


「相変わらず要求が多いな。どれか一つじゃ駄目なのか?」


「駄目よ、妥協するぐらいだったら、わたくしは一生独り身でいいわ。どうやらヴィルマーも道連れにできるみたいだし」


 そう言ってベティーナが見せたのは、嬉しそうな笑みだった。まるでそれを望んでいるかのように見えるのは、ヴィルマー自身がそれを望んでいるからだろうか。それとも。


「いや……そんなわけないか」


 ベティーナの理想と自分が遠いところにあるのは分かっている。そもそも彼女にそういった風に見られていないことも。ベティーナから見れば、ヴィルマーは兄か友人でしかない。彼女の『結婚相手』になれるのは、どこかの国の王子だけだから。


「ま、わたくしの美貌なら、すぐに理想の男性なんて現れるわよ! だからヴィルマーも、さっさと可愛いお嫁さん見つけてしまいなさい」


「姫の結婚が決まったらな」


「頑固ね……いえ、もしかしてヴィルマー、あなた……」


 怪訝な表情を浮かべたベティーナにぎくりとする。

 憎からず思っていることに気づかれただろうか。隠しているわけでもないから、それはそれで構わないが。


「あなたもしかして、意外とモテないの? それが恥ずかしくって、わたくしに義理立てするフリをしながら、相手がいないことを誤魔化しているの?」


「はぁ?」


「確かに見た目はいいけれど、口が悪いものね、ヴィルマーって。もうちょっと優しく喋ったらどう? わたくしは慣れているから平気だけれど、貴族の令嬢からしたら怖いのかもしれないわ」


「……」


「あとはそうね、笑ってみたらどう? あなたむすってしてることの方が多いもの。ちょっとやってみなさいな」


 的外れなアドバイスに、溜息がこぼれ出そうになる。

 気づかれたところでどうにかなる思いでもないが、全く気づかれないというのは、眼中にない事実を突き付けられたようで、少し悔しい。


「なんでもっと険しい顔になるのよ。ほら、笑ってみなさいよ」


「これでいいですか」


 投げやり気味に笑みを浮かべる。外向き用の作り笑いだ。


「…………」


 じっとヴィルマーの顔を見つめたベティーナは、黙ったまま眉を寄せる。

 お望み通り笑ったというのにまだ不満があるのだろうか。我儘な王女様だ。


「ヴィルマー……言いづらいんだけど、ものすごく胡散臭いわ。それぐらいだったら笑わない方がいいかもしれない」


 ようやく口を開いたベティーナの言葉に、だろうなとヴィルマーは笑みを打ち消した。


「うん、ヴィルマーはその方がいいわ。モテるのは諦めた方が良さそうだわ。外見につられる子よりもあなたの内面をしっかり見てくれる子の方がいいものね。ヴィルマーはなんだかんだ面倒見がいいし、優しいところもあるから、一人ぐらいあなたのことを見てくれる令嬢もいるはずよ。大丈夫!」


「一人ぐらい、か。じゃあもう十分だな」


「あら、心当たりがあるの? なんだ、無用な心配だったわね」


 にこっと屈託なく笑うベティーナに、「姫自身のことだ」と言う気はない。言ったところで、「わたくし以外の話よ」とか何とか言われるだけだろう。


「さっさと結婚できるといいな、互いに」


 ベティーナが結婚して他国へ嫁いでしまえば、この面倒な気持ちに区切りがつけられるだろう。その日が早く来ることを願いながら、来ないことを願うのだから厄介だ。


「あら、わたくしは急いでないわ。だって、嫁いでしまったらこうしてヴィルマーとお茶を飲むことができなくなってしまうでしょう。もう少し今を楽しみたいわ」


 この我儘な王女様も厄介だ。

 なかなかヴィルマーの心を離してくれないのだから。




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― 新着の感想 ―
[一言] うーむ? 本当にこの姫様には脈が無いのか、それとも実は両片思いなのか。 まぁ、このままいつまでも二人でいるうちに周りからお前らもうくっつけとか言われるパターンかもしれませんけど。
[良い点] おもしろかったです! [一言] ラストまで楽しいながらも何だか切なくなりますね。 王女もここまで我儘が許されてるということはそれほど政略的に期待されてないんだろうし、なんとか降嫁する手段は…
[良い点] ツンデレな二人がかわいかったです。 [気になる点] 護衛騎士さん視点が気になります。冷静な妻帯者ならツンデレな二人の内心も察してそう。 二人の終着点が気になります。公爵家の三男なら後継が…
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