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鉄塊のマギア  作者: 佐倉。
9章
95/138

9-6

「それで日を改めてここに来られた、ということですね」


 窓の外はもう薄暗く、店内には柔らかな洋燈の明かりが満ちていた。

 私の真向かいに座りぽつぽつと事の顛末を語ったヴィルジニアが、俯いたまま小さく頷く。彼女の前に置かれた手の付けられていない紅茶は当の昔に熱を失い、その温もりを失ってしまっていた。


「…ロルフが何を考えているのか本当に分からないの。もうこのまま迷宮になんて潜りたくない。…ねぇ?マギアさん。あたしどうすれば良いのかな」


 疲れと憔悴の色濃い表情で、弱弱しく縋るような声を口にする彼女と視線が絡む。不安に揺れる瞳を真っ直ぐに見据え一呼吸を置くと、私は慎重に口を開く。


「…ニキア様。大変心苦しく思いますが、私がお力になれることはそう多くはありません。私は回収品と収集品をほんの少し扱うことが出来る、その程度の性能しか持ちえない機械人形です。…それに、人の心の機微に詳しいとは言えません」


 一瞬彼女の瞳が大きく開かれたかと思うと、途端逃げるように視線が手元に落ちた。肩を落とし、小さく震えながら息を吐き出すと小さな口がきゅっと横に結ばれる。


「…ごめんなさい。そう、だよね」


 一転。少女は必死に笑顔を作り、努めて明るい声を上げながら背もたれに身体を預けた。


「……この街で一番最初にお世話になったから、何か分からないかなぁって…ここに来れば必ず会えるって、頭にあったから。……はは、ごめんなさい」

「いえ。そも人間関係というものに可逆性があるかどうか、私にはきちんと理解出来ていません。何より対人関係のトラブルということであれば、当該人物同士が問題を解決する以外で根本的な進展は望めないものと存じます」


 私の言葉に静かに耳を傾けてはいるものの、彼女の視線は手元に落とされたままでこちらを見ようとはしない。自嘲気味な薄い笑みを浮かべたままヴィルジニアは小さく頷くばかりだった。


「…しかしながら、ロルフ様の心境の変化の要因についてならば、調査することは可能かもしれません」


 ──途端、彼女の口元に浮かんでいた自棄混じりの笑みが失われる。僅かに困惑しながらも体をピクリと硬直させた様にも見えた。


「ロルフ様がマンドレイクを狩る事に固執するようになった、何かしらの原因が必ずあった筈だと思うのです」


 彼女の話に誤りが無いとすれば。

 そうであれば尚更、明らかにロルフの様子はおかしいものに感じられる。特に封鎖が解除されて以降、率先してマンドレイクばかりを狩るようになったという内容には違和感しかないのだ。


「確かに封鎖が解除されたばかりの今は、どの収集品においても平時より活発に取引がされています。マンドレイクから得られる物品も例に漏れず、需要は高まっているでしょう。…ただそれにしては、幾分効率が悪い潜り方をしている様にも感じます。何より採集を放棄してまで狩る事を優先したという事実は、当初の目的と相反している様に思えるのです」


 一つ一つ、出来るだけ穏やかに俯いたままのヴィルジニアに言葉を投げかける。それに静かに耳を貸す彼女は、ほんの僅かに眉間に皴を寄せながら必死に思案している様にも見えた。


「お話いただいたばかりで申し訳ないのですが…念の為にもう一度お伺いいたしますが、マンドレイクと対峙している最中に、ロルフ様は遮音装置を外してはいらっしゃらないのですね?」


 私の問い掛けに、ヴィルジニアは眉を寄せ記憶を探りつつ視線を泳がせる。


「え、えぇと…うん、恐らく。あたしも作業をしてて終始ロルフの事を見てた訳じゃないから断言は出来ないし、証拠も無いけれど…でもでも、わざわざ外す様な理由は無いと思うんだよね…」

「確かにそうですね。ロルフ様に直接伺うまでは断定は出来ませんが…しかし、マンドレイクの発する音を耳にしていない人間が何らかの精神障害を起こしたり、暴力性の発露が確認されたという例は今まで聞いたことがありません」


 机を挟み顔を突き合わせる二人が、同じように頭を捻る。所々何かがおかしい、それは分かる。だがその原因が何なのか見当がつかない。


「自身の体調を顧みず短期間に足繫く通われているということからも、何も変化が無いとは考えにくいのですが…初めてマンドレイク狩りに従事した当初は、変化は見られなかったのですよね?」

「うん。元々魔物を狩るってことに執着しやすい子ではあったけれど……思い返しても、初日は何もおかしくなかった、と思う」


 ──魔物を狩る事への執着。

 ふと、以前奇種のファイアウィスプから退避していた時も"どうにか討伐出来る手段は無いのか"と気にしていたことを思い出す。彼についての物事を思案するにはまだ何か足りない要素があるのではないか。そんな気がしてならない。


「初日に何もなかったとなると、狩りの最中…二日目に何かがあった、と見るのが妥当なのでしょうか」


 やはり進展を望むのであれば当人に話を伺うべきなのだろうが、既にヴィルジニアは封鎖期間の頃から何度も話をしようと持ち掛けてもあしらわれている。話を引き出せる、もう一押しが欲しい。

 再び互いに頭を捻ろうとしたその時、静かな空間に場違いな程明るい声が滑り込こんだ。


「こんばんわぁ!お客様!」


 店内に響いた声の方向に顔を向けると、そこには工房の入り口からこちらを覗く少女──レイシアの姿があった。長い髪を結い上げ大きめのキャスケット帽を被り、その顔にも人懐っこそうな笑顔を浮かべて。言動もいつもより見た目相応に、快活そうな雰囲気を見て取れる。


「初めまして、お姉さん!私"レティシア"って言います、こちらのお店で時折お手伝いさせて貰ってるんですよ」


 とことこと小走りにこちらに寄ると、レイシアは自己紹介もそこそこに勢い良くヴィルジニアに頭を下げる。何が起こったのかイマイチ理解出来ず、また唐突に距離を詰めてきた"レティシア"と名乗る少女にほんの少しヴィルジニアは戸惑っている様子だった。


「ぇ、えっと…あ、うん。初めまして、レティシアちゃん。よろしくね」


 誰に対しても人当たりの良さそうな雰囲気を出す少女が差し伸べた手をヴィルジニアが握り返すと、レイシアは満面の笑みを浮かべて見せた。


「それで…えぇっと、大事な話の最中にごめんなさい。工房でお仕事してたんですけど、お姉さんのお話聞こえてきちゃって…でも、それでちょっと気になることがあったんです」


 レイシアはほんの一瞬、ちらりとこちらに視線を送る。

 出来る限り表には出ず客と接点を持たないようにしていると話していた彼女が、こうして自らヴィルジニアと接触しようとしている光景に今度は私が戸惑ってしまう。

 そんな私を横目に、少女はヴィルジニアに語り掛ける。


「あの、デリケートな部分に触れたらごめんなさい。…お姉さんたちって、ご親族の方だったり身近な大切な方だったり…そういう大事な人を過去に亡くした経験はありませんか?」

「…何で…そう思うの…?」


 畳みかける様な唐突な展開と問い掛けに対し、ヴィルジニアは狼狽えた様子で口を開く。明確な返答は無いものの、彼女の様子を見るにそれは明らかであろう。そんな彼女を見ていたレイシアは、小さく頷くと続いて口を開いた。


「…迷宮って、色んな"噂"が付き物なんです。誰も信じないような胡散臭いものから、変にリアリティのある奇異な話だったり。…ですから勿論、マンドレイクにもそういうのがあるんです。…昔は面倒な問題も起きたことがあったらしいから、きっと街の年寄連中はあまり話したがらない筈ですけど」


 先程とは異なる、落ち着いた雰囲気で。穏やかに語り掛ける様な表情で話すレイシアに、私とヴィルジニアの視線は吸い込まれていた。


「噂…?それって、どんな内容なの?」

「…まず最初に断っておきますけど、この話に関しては嘘みたいな"噂"じゃなくて本当のことなんです。だから、お姉さんもマギアさんも誰かに話したりは絶対にしないでくださいね?」


 少女はそう一つ、前置きをして。


「動けないマンドレイクが、どうやって獲物を狩るのか。それは──」


 柔らかな燈光と迷宮の遺骸が満ちる店内に一人の少女の澄んだ声が小さく響いていく。その声が語る話が進むにつれ、ヴィルジニアの瞳は大きく開かれて。疲労に満ちていた表情は険しい色に染まっていった。

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