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最後の個体の狩り方に違和感を覚えたこと以外には、特別何か問題が起こることも無くって。
帰路にロルフの様子を伺っていたけれど、あの時は疲れてたのかたまたま機嫌が悪かったのかなとか、そんな風に考えられるくらい妙に落ち着いてたからちょっと安心したんです。
それに私たちが帰還してすぐ、丁度迷宮が封鎖されることが決定したんです。
一ヵ月の休暇って、結構長いじゃないですか?だから、しばらくは何も考えずにゆったり休憩しても良いんだろうなぁって。ロルフもきっと、リラックス出来るんじゃないかなって。そんな風に考えて。
──でも、彼は違ったみたいで。
毎日早くから出かけては、疲れた顔で遅くに帰ってくると泥の様に眠る日々を繰り返してた。
大通りのとこに出来た食堂にご飯を食べに行こうとか、ちょっと遊びに行こうとか。私から誘えば一緒に行ってはくれるんだけれど、どこか上の空で。興味を示してくれなくって。…慰霊祭で賑わってる街の中、そんな風になってるのはなんだか余計に寂しかったかな。
結局、まごまごしてる間にもいよいよ封鎖が解禁されてしまったの。
満を持したという様子でロルフが何をしたかと言うと…うん。もう分かると思うけど、早速依頼を受けてきてた。言う迄もないけれど、三階層へ向かう依頼を。
…幸か不幸か、今となっては何とも言えないけど。
私たちは最初の依頼の時にある程度の経験を積んでしまったから。短期間且つ少量であれば、最低限二人でもどうにか作業が回せると分かってしまった。だから、少数の一党を組むこともあれば二人だけでも潜ることもあって。
休憩もそこそこに、ロルフは迷宮に通い詰めるようになってた。
──そして。三日前のこと。
連日の強行軍で随分と疲労が溜まっているのか、その顔も幾分血色が悪いように見えるし、事あるごとにぼうっと視線を漂わせている様子が続いているのに。ロルフは帰還するなりまた採集依頼に申し込んできてました。
もう何度目のやり取りか、そんなに無理をしてまでも通い詰める理由を問い詰めても適当にはぐらかされるばかりで。結局、薄闇に潜っていく今にも崩折れそうな心許ない背中を追いかけたの。
ロルフとの間に目には見えない高い壁が出来てしまったような。しっくりこない空気を抱えたまま、通い慣れた心細い路を歩いて、歩いて。
遮音装置を耳に嵌めると、地面を踏む音すら届かない静かな世界があっという間に全てを包み込むのだけれど。ほんのひと時だけ、そうすることで居心地の悪い世界から隔絶されたような、そんなどうしようもない錯覚にほんの少しの安堵を覚えながら。二人きりの狩りを始めました。
それで…えぇと…"ペン"で文字を書けるのはマナを扱えるあたしだけだから、狩りを始めるとちょっと意思疎通がしにくいんです。インクだってそう安くはないけれど…出し惜しみするものでもないでしょう?
だから、合間合間に彼の様子を伺うけれどロルフは相変わらずどこか冷めた瞳のまま首を振るだけで。それがもどかしくって。空しくて。
何体目だったかは覚えてないけれど、二人で採集作業をしていた最中に突然ロルフが手を止めた。眉を寄せ険しい表情で一つ大きく息を吐くと、手持ちの手帳にガリガリとペンを走らせる。
"先に行って狩ってる。姉さんは後からゆっくり追いついてきて"
何でそんなことを唐突に言い出すのか全く意味が分からなかった。
勿論今までそんなことを言い出すことはなかったし、それに狩り終えたマンドレイクの採集すらまだ終えていなかったのに。
"危険過ぎるよ、やめて"
急ぎ指先に意識を集中してマナを通すと、多少乱雑ではあったけれどなんとか文字を中空に書けた。汚れの付着だのインクの価値だの、そんなことに気を遣ってる場合じゃないのだから。
でも。宙に残った蛍光色の文字列を硬い表情を見つめるロルフは、再び紙にペンを走らせる。
"姉さんは急ぐ必要ないんだよ。俺も無理はしないから、後からゆっくりついてきて"
見慣れた文字で書かれた拒絶の意味を含んだ文字列に、私は言葉を失った。何でもいい、とにかく何か文字を書いて彼を引き留めようとしたけれど、焦りと気が急いてマナをうまく集中出来ずに文字は乱れて。
そうしている間にも、ロルフは立ち上がり私に背を向けて歩き出す。呻くように彼の名を何度も叫んだけれど、当然ながら私の声は届かなかった。
──何で。一体何故こうなった。
悔しさと心寒い不安、それと…正直に言うと、怒りの感情があった。
今までロルフに抱いたことのない負の感情が、甘ったるい香りと共に身体の中に広がっていくみたいで堪らなかった。…みっともないけれどさ。濁流の様に渦を巻く心をどうにか落ち着けようと、声にならない叫びを吐き出してた、と思う。
そうして、なんとか心を落ち着かせて。しばらくしたら、こうして座り込んでいる訳にもいかないと思ったの。残った採集はそこそこに手元に広がったままの二人分の採集道具を雑に押し込んで。私は急いで後を追った。
彼の進んだその道には、強烈な違和感を放つマンドレイクの死骸が点々と頭を垂らしていた。そのどれもが丁寧に首を裂かれているにも関わらず、頭部は決して落とされていなかった。袈裟に切り裂かれ、腹を十字に開かれ。まるでその痕が一心に"命を奪うこと"のみに傾注している様に見えて仕方なくって。
無用に傷付けられた命が並ぶその光景は、ただただ混乱が増すようだった。
──そして。
息を弾ませ急いだその先に、見慣れた筈の青年の背中はあった。
眼前には、出鱈目に切り付けられたのか体中に刀傷が痛々しく刻まれた頭部の落とされたマンドレイク。そして、切り落とされ転がり落ちた頭に足を乗せ、冷たい瞳で見下ろしながらそれを力任せに踏み砕くロルフの姿があった。
何度も、何度も踏みつけて。その脚を琥珀色に染めながら、原型が分からなくなるまで。
ただただ、ぞっとした。
文句の一言でも言ってやるという気すらも失せ、代わりに言いようのない不安と恐怖が私の心を満たしていく。音の無い、隔絶された世界で経過する時間は何倍にも引き延ばされたように感じられて。
からからに乾いた喉に唾液を無理やり飲み込むと、静かに彼の元に真っ直ぐ歩み寄る。
どう言葉を紡げば彼を止めることが出来るのか、全く分からない。
真っ白な頭ではマナも、言葉すらもまともに紡ぐことは出来なくって。
私は幼子の様に、ただただ彼の袖を引いて。懇願して。ようやく帰還出来たのが、昨日の夕方の事だった。




