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鉄塊のマギア  作者: 佐倉。
9章
93/138

9-4

 先に結果を言ってしまうと、初日はあまり芳しく無い結果に終わったんだと思う。

 幸先よくスタートは切れたのだけれど、それ以降は刈り取られて干からびた魔物の遺骸や所々に人の手が入った痕跡が散見されて。しばらく見て回ったけれど、結局は群生地を見付けることは出来ず、まばらな間隔に数体のマンドレイクを狩っただけで早々に初日の探索を終えることとなった。


 ──たった数体。

 その筈だったのだけれど、それでも音の無い世界とあまりにも刺激的な光景に晒され続けた私の神経は、知らず知らずの内にも随分と張り詰め疲れていたみたいで。階層経路近くまで引き返し適当な場所に野営地を設置し終えた頃には、身体にぐぅっと沈むような重い倦怠感が凭れ掛かってきていた。


 だから、その後にほんの一時ではあったけれど心が落ち着くひと時を過ごすことが出来たのは、本当にありがたかった。

 焚火の前に腰を下ろして温かい紅茶を口にすると、身体の芯からじんわりと滲むように温かさが広がっていって、それが心地よくって。今まではそこまで好きじゃなかった保存食も、不思議と何割増か美味しく感じられた気がした。


 ほんのさっきまで淡々と魔物を狩っていた少女も、この時ばかりは年相応にとても懐っこく見えたかな。"どうでした?ちゃんと狩れてたでしょ?"とか自慢げに言ってみたり、最近友達から借りた少女小説が凄く面白かったのとか、そんなことを教えてくれたのが嬉しくって。

 ロルフの方も他のメンバーとそれなりに打ち解けてたみたいで、"最近出来た大通りの飯屋は魚が旨かった"とか、迷宮の四方山話とかそういう何でもない話に盛り上がっていた。


 その場に漂う和やかな雰囲気に身を浸してしばらくすると、疲れと緊張感が解れたのか早々に瞼が重くなってきて。欠伸を抑えながら、皆より一足先に目を瞑って仮眠を取って。本当、言葉の通り抵抗する間もなくあっという間に意識が落ちていった。


 ──うん。この時はそうは思えなかったけれど、初日はだいぶマシだった。相当に穏やかに終わってたんだなぁって、今なら分かる。

 …あ、そう言えば。少し話は逸れるけど、この日に回収品を拾ってた。多分だけど、籠手か何かだったのかな。所々錆びや変色も酷くって、金具も破損してた。一体いつ頃からあったのか、だいぶ複雑に蔦も絡んでいて。恐る恐る手に取ったけれど、中にも周囲にも骨も何も残ってなかった。だから、使い古した物を遺棄したんだろうなって。うん、本当にホッとしたよ。


 ──仮眠から数時間経った頃、かな。

 肩を叩かれて静かに目を覚ますと、寝ぼけ眼のまま他のメンバーと夜番を変わった。

 軽く胃に食べ物を入れたり、所持品の整理とか緩く準備運動をして身体を温めたり。たっぷり時間をかけながら二日目の準備を整えて。


 …うん。この日は本当に、本当に大変だった。

 ざっくりまとめてしまえば、"運良く群生地を発見することが出来た私たちは、初日とは比較にならないほど効率的に狩りと採集を行えた"ってことになるのかな。それ自体は文句の付けようもなく良いことだと思う。その為にわざわざ潜ったんだし。


 ただ、やることは。…ね?

 地図に記録された人形部屋を効率的に見て回り、出来る限り安全に殺し、躊躇うことなく解体し、余す事なく体液を絞り獲る。

 殺して獲って、殺して獲って。その繰り返し。何度も、何度も何度も何度も。


 本当に不思議なことだけれど、どんなものにも慣れと経験が伴うものね。どうやっても無視出来ない嫌悪感が張り付いて仕方なくって、作業の手が凄く遅かった筈なのに。樹液の濃厚な甘い香りで、そんな気持ちも少しずつ麻痺してしまっていたのかも。

 だからだろうか。合間の小休憩の際にロルフが申し出たことにも、そこまで驚きはしなかった。


 "今度見付けたら、オレにやらせてください"


 差し出された手帳に丁寧に書かれたその文字は、明らかに戦闘"補助"で済む領分を踏み越える一言だった。無理のない範囲でより効率的に稼げる手段を学べるとあれば、彼は当然の様に手を伸ばすだろうとは思ってはいたけれど。

 他のメンバーからすればそれを断る必要もないし、先を行こうとする弟の背中をただ黙って見ている訳にもいられない。だから──


 "あたしも、次は一人で採集をやらせてください"


 彼の横をこれからも歩ける姉でいたい。

 私もロルフの書いた文章に添うように、採集"補助"よりほんの少し進んだ作業をやりたいと書き連ねて申し出ていた。


 ──元より、対応手段ははっきりとしている魔物だった。

 倒せるかは別の話としてもその"声"さえ遮断出来ていれば、それこそ素手でも倒せる相手には違いない。閉所故に火を用いるのは悪手ではあるが、それ以外であれば鈍刀(なまくらがたな)の一本でも十分に傷を付けることが出来る。


 解体であれば猶の事、既に事切れた相手に切り付けるだけ。

 同じ魔物(いのち)なのに、人の形をしていないスライムやラットなら躊躇なく殺せる、というのはあまりにも自分勝手な考えではないのか。

 そんな風に何度も言い聞かせて。吐き気を押さえつけて。樹液に群がる蝶に集られながら、手にした刃を目の前の薄い身体に沈めていく。


 …うん、正直仔細に思い返したくはない。精一杯過ぎて、細かくは思い返せな部分もあるのかもしれないけれど。

 元からあんまり表情には出にくい子ではあるけれど、ロルフの方も特段様子の変化も無かった…と思う。じぃっと周囲の様子を伺って、腹を決めると一直線に近寄って首を裂く。油断なく、淡々と行われる"作業"に迷いは見られなかった。


 皆が互いのフォローをし合い、目に見えて円滑に作業を回せる様になってしばらく。

 空の保存容器が残り僅かになった辺りで、人形部屋がいくつか確認されていた一本道を目指したの。


 ──あと少し、あと少しで引き上げられる。


 ようやく見えた微かな希望を確かなものにするために、疲弊しきった心と身体に鞭打って、皆の背中を追いかけて。

 ぐねぐねと続く隘路のその先に。目論見通り、二体のマンドレイクを見付けた。


 遠くの一体はぼんやりと光が見える程度だったけれど、手前の個体は既に姿が分かる程度には近いところにいたかな。

 まずは手前の獲物を刈り取るべく、女の子が遮音装置のズレが無いか確認しながら射程範囲に寄ろうと前に出たと同時。私たちに気付いたマンドレイクが白目の無い琥珀色の瞳をゆったりとした動作でこちらに向けると、静かに口を開けて"声"を発した。


 聞こえることはないけれど、びりびりと腹に響く、微かに肌を震わせる特異な"声"。

 もう"声"を発した後だからまぁ遅いのだけれど、一部のメンバーも念押しに装置を今一度確認する。私もロルフも同様に、装置に手を当てていたと思う。

 そうこうしている内に、何事も無く眼前には見慣れた"作業"を行うべき光景が作られた。


 次が、最後の一体。

 そっちも弱光が分かる程度には近くだったから、解体に取り掛かっていた私と採集メンバーの位置からも姿形ははっきりと見て取れていた。残された一体も終わらせようと少女が前に出ようとした、その時。ロルフがそれを遮って、一度軽く頷いて見せた。


 先程と同じく"自分にやらせてみて欲しい"ってことなんだろうな、と感じたんだと思う。女の子は銃を下ろすと、笑顔でハイタッチしてロルフに任せてた。


 顔を魔物に向け、ほんの少しの間を置いて。大股に、一直線に歩み寄っていく。

 マンドレイクが近寄る獲物に気付き、届くはずの無い"声"を上げた。


 ──手が届く距離。

 すると彼は勢いよく魔物の顎下に掌底を当て、無理やりに押し上げ口を閉じさせながら、そのまま力任せに喉元に短刀を突き立てた。

 突き立てた刃をぐりぐりと捻じ込んだかと思うと、それ抜き次は喉元に横に押し当てる。

 皮膚を切り裂く間も顎を押し上げる力を緩めることなく、ロルフはそのまま力任せに頭部を切り落としていた。

 後ろ姿で彼の表情は分からなかったけれど、一連の動作はやけに強引に、不必要に力を込めていたように見えて。

 それが、何かものすごく違和感で。


 きっと、この依頼のどこかで彼に何かがあったんだと思うんです。

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