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鉄塊のマギア  作者: 佐倉。
9章
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9-2

 切っ掛けは、一体何だったのだろう。

 蓄積していた何かが決壊したのか、服用していた消耗品、或いは魔物から未知の影響を受けてしまったのか。それとも彼には元からそういった素養や願望があって、私が気付いていなかっただけなのか。

 どれが正しいのかは定かではないし、分かったところでもう遅いのだけれど。

 それでも、最後の一押しとなったであろう事由だけは明確に分かる。

 それは私たち姉弟がマギアさんと二階層から帰還した、その後の出来事だった。


 ──いつもの時間に、いつもの場所で朝食を摂り、いつもの道を通って。私たち二人はその日もギルドを訪ねていた。

 相も変わらず人足は多かったが、迷宮が封鎖されるんじゃないか、とか、今の内に実入りの良い依頼を探さないと、だとか。定かではない話題で浮付いた人の群れがそこかしこに出来ていたと思う。

 そんな中を掻き分け進んだ先で、偶然に。とある採集依頼の臨時募集が目に留まった。


 周囲にいた冒険者たちもその依頼書に提示された幾分羽振りの良い報酬金額に一寸瞳を輝かせるものの、内容に目を滑らせると徐々にその表情が険しいものに変わっていく。

 それもその筈、その採集依頼書には"叫声する樹児(マンドレイク)の樹液"を多量に採集、確保して欲しいと記されていたからだ。

 唯でさえ効能の劣化が著しく、品質を保持したまま持ち帰るためには現地で一手間をかける必要がある事。そして何より、その魔物の見た目はあまりにも人間に似通っていた為に"無抵抗の子供を殺めているようで気が引ける"と、それに関わる依頼は倦厭されがちなのが常だった。


 かく言う私たちもマンドレイクと対峙した経験こそ無かったが、それでも"発するその声を耳にしてはいけない"ということくらいは聞き及んでいた。

 彼らは自ら移動することが出来ない代わりに、"声"を自在に操ることに長けている。なんでも、幻惑の魔術に類似した波長を声に乗せ飛ばすことで獲物を誘引し、それを養分とするらしい。

 ソレに一度でも惑わされると自力で逃れることは難しい為に、絶対に耳を貸してはいけない。ただし"声"以外の脅威は無い為、遮音装置でしっかりと対処が出来るのであれば比較的安全に狩れる魔物である、と。そういう認識だった。


「…どうする?姉さん」

「どうするも何も…うぅん、マンドレイクでしょ?金額は魅力的だけど…まぁ、あんまりかなぁ」


 私の返答は予想通りだったのか、"まぁそうだよな"と彼は特段抑揚無く返す。

 興味を無くし他に張り出された依頼書に瞳を滑らせる私とは違い、隣のロルフは件の依頼書にじぃっと見入っている様子だった。


「何?アンタもしかして、マンドレイク狩りに興味あるの?」

「いや、興味というか…ほら、ここ。あと二人集まらなくて困ってるみたいだったからさ」


 ロルフに促され再度依頼書に視線を走らせると、確かに戦闘、並びに採集作業の補助として残り二人を募集する旨が記載されている。ここに張り出されて既に一週間以上は経っているらしく、彼の言う通り随分人集めに苦慮しているようだった。


「確かにそうっぽいけど……あんまり人間っぽい見た目なら、多分あたしは殺せないかもしれないよ…?」

「それなら戦闘補助は俺で、姉さんは収集の補助をすれば良いんじゃない?」

「……え、ちょっと待ってよ。本当に申し込んじゃうの?本気?」


 困惑している私を横目に、ロルフは落ち着いた表情で二枚綴りの依頼書に手を伸ばす。乾いた音を立て一枚を剝ぎ取ると、そこには最後の一枚だけが残された。


「ねぇロルフ。あたしたちやっと二階層に辿り着いたばっかりだよ?迷惑かけちゃうかもしれないよ?」

「経験が無いからこそ、やってみるまで分からないじゃないか。何事も自分の目で見て、確かめるまでは分からない。…父さんの言ってたこと、だろ?」

「…それは…ずるいなぁ、ロルフは」

「それに少しでも効率良く稼げる場所を開拓出来れば、もっと効率的に…いや、それに越したことはないだろ?」


 冗談を言うでもなく、至って真面目な表情で語る彼はどうやら心を決めたらしい。

 ロルフの言うことは尤もかもしれないけれど、正直に言えばやはり気乗りはしない。姿形が似ているだけということは理解しているけれど、人に危害を加えたくて武器を手にした訳ではないのだ。


 でも、それでも。あの日にロルフと約束したのだ。

 一人にはしないと。二人で()()()()()頑張ろうと。決めたのだから。


「気乗りしないなら、姉さんは無理することないよ。俺だけ申し込めば良いんだ、たまには一人で羽を伸ばしても良いんだからさ?」

「…一人で行かせる訳ないでしょ?気を遣わないで良いわよ。大丈夫、ちゃんとあたしも付き合うから」


 弱気な自分を奮い立たせる。

 あたしの限界は既に見えてしまったけれど、彼が諦めない限りはあたしが諦めてはいけない。だから──

 出来る限りいつもと変わらない調子で振舞いながら、あたしは残り一枚の依頼書に手を伸ばしていた。

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