-幕間-3-1
「はぁ……」
眠れない。
朝から続く雨は夜になっても止む様子は無く、容赦無く薄い屋根を叩き続けている。室内に響く音は無遠慮に意識を駆り立て、とてもではないが眠れたものではなかった。
"あと少し。さっさとこんな掃き溜めから出てやる。"
何度考えたことか分からない言葉を今一度噛み締める。少しでも身体を休める為にも早く寝ないと。
全身を叩く音から逃げる様に身体を丸め、首から下げた傷だらけのリングを強く握る。そうしていると、ほんの少しだけ楽になれるような気がして──
深い深い闇に意識を落とすことだけに集中すると、もう一度小さく肺の中の空気を吐き出した。
───
──
大陸屈指の標高を誇る活火山の麓に、クリム・フィロアという街がある。迷宮とか言う場所を攻略する為に冒険者達が集って出来た酔狂な場所だ。
その街の規模は時代と共に大きく変遷しているものの、変わらず様々な文化、人種が入り乱れ常に賑わっているらしい。まぁそんなものはどうでもいい。
さて。一つ所に根を下ろす以上、生活していく環境が必要になる。人間なんだ、当然だろう。
食が必要だ、住処が必要だ。環境に適した服飾が必要だ。燃料が必要だ。目的をこなす為のあれやこれやが必要だ。それらが満たされたら次は何を欲する?娯楽も必要だろう。その次は?その次は──?
そうやって際限無く欲が発生し、その都度満たされていく。自然なことだ。そしてどんな場所でもいずれそれは発生して当然なんだろう。クリム・フィロアも例外では無かった。
"性"だ。
渦巻く熱気に比例するように、街そのものが大きくなっていく程に。行きずりの冒険者同士の色恋沙汰には事欠かなかったらしい。まぁここを見りゃ分かるが。それが冒険者特有の死が近い故の生存本能なのか、迷宮に潜るくらいに精強さがあるからかは定かでは無いし興味も無い。
言う迄も内が、ヤることをやっていれば子供が出来る。当たり前だ。自分の夢や仕事を諦めるなり捨てるなりして責任を取って育てるなら誰も文句も言わないさ。子供も幸せだろう。誰も不幸にはならない。
ただ──当然、そうはならない事がある。望まれずに出来ちまった場合っていうのは必ずある。
色んな理由があったんだろうし、悩みもしたのだろうさ。そうでないとやってられない。月並みだが相手の名前すら分からない。気付いた時には堕ろせる期間もとっくに過ぎた、とかな。まぁどんなに悔やんでくれても僕みたいなやつの境遇は変わらないんだけど。
一応ギルドと街の奴らが遺児や孤児の為に作った施設があるみたいだけど、いつも満員みたいなもんだからなかなか入るのも難しいらしい。
んでまぁ、そうなったらどうするか。
捨てるしかない。
その為か。街を出て直ぐの場所に広がる山林からは時折赤子の鳴き声が聞こえる。怪談話ではなく実際に聞こえるのだから恐ろしいもんだ。
そこからは、二択。
運が悪けりゃ、森に住む野犬なんかの野生動物の糧になる。
それか──薄汚い格好をした人間に拾われて、ここに来ることもあるだろう。それを"運が良かった"と言えるかは定かでは無いが。
───
──
日が昇る頃に外に出る。
雨は止み、空は忌々しいくらいに澄み渡っていた。多少曇ってるくらいが一番動きやすいが、天気ばかりはどうしようもない。
朝陽の眩しさに眉をしかめながら立て付けの悪い薄い扉を閉めると、少年は夜に凝り固まった身体をぐぅっと伸ばす。体調が良いとは言えないが、まともに動くだけ十分マシだ。こんな場所で調子が良くなる筈なんてある訳ないだろうが。
「…それじゃあ、今日も頑張りますかね」
溜息混じりに、心底面倒くさそうに。この街で育った小柄な少年──ティルが呟いた。




