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鉄塊のマギア  作者: 佐倉。
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82/138

-幕間-2-3

 ──迷宮の収集品や、遺物が好きだ。

 地上には無い姿形をするそれらに目的も無く触れているだけでドキドキと心躍った。本来の機能が分からずとも、想像を巡らせるだけで時が経つのも忘れる程で。奇異な存在であるソレらが目の前に在るだけで、十二分な価値があった。

 インクの作製に用いる時も、同じ素材にも関わらず含有量や加工手段を微細に変えるだけで様々な効果、側面を見せてくれる。

 それはまるでキラキラと色光を変える万華鏡を覗き込むようで──だからこそ、迷宮という場所に対しての感情は複雑だった。


 ───

 ──


 白い門を潜り、下へ下へと目指して幾日。

 古ぼけた木製の柵で心許ない整備がされた道を、三人の冒険者が黙々と進んでいた。

 三階層に足を踏み入れて暫くすると、眼前に"この先注意"と擦り切れた文字で書かれた立て札が姿を現す。近寄り周囲を照らすと、立て札の脇の柵は不自然に途切れその先には小径が続いて見えた。

 柵を越え道を外れたその先に、注意を促す対象である"叫声する樹児(マンドレイク)"の群生地が点在しているのだ。


 しかしまぁ、事前に共有はしておいたが遮音装置の影響で意思疎通がだいぶ難しい。進む前に一応念押ししておいた方が良いだろう。

 足早に二人の前に回り込み、手を上げて止まる様にジェスチャーをして見せた。

 腰部のホルダーから象牙色のペンと薄紅色に満ちた小瓶を取り出すと、小瓶の封を切りペンに装着する。途端、すぅっとペン先に小瓶の色が満ちていく。あとは中空に文字を描くだけだ。


 "絶対に声を聞かないように。見付けても、出来るだけ近付かないで下さい"


 滑るようにペンを動かすと、薄紅色の軌跡は中空に残り弱光を放っていた。

 二人は目を見合わせ、手品を見る様な爛々とした瞳で文字を描く光景を眺めてくれるのだが…うん、こんなに食い入る様に見られると正直ちょっと気恥ずかしい。

 二人がここを訪れるのはまだ二度目らしいし、まだ見慣れないのだろう。うん、しっかりしなくては。まぁ余程の事が無ければ問題は無い。油断せずにこちらの優位を保ちながら狩る、それだけでいい。

 余計な事は考えず、淡々と狩ろう。今はそれが正しい筈だ。


 ───

 ──


 道を外れ、恐らく三十分程度経った頃だろうか。

 風も無いにも関わらず、蛇行する見通しの悪い小径の先から湿っぽい甘い香りが微かに漂ってくる。足元には低い植生がちらほらと現れ始め、洋燈に照らされる剥き出しの岩壁にも至る所に苔の様な緑色が増えていくのが目に見えて分かった。


 時が経つにつれ漂う香りは強くなり、植生も腰の高さにまで及ぶようになってくる。

 ふと。遠くに目標の姿を見た気がして脚を止めた。皆と視線を合わせると、大きく頷きもう一度視線を前に遣る。


 ──人形部屋、なのだろう。

 続く先には小規模な開けた空間があった。そこには朽ち落ちた四角い鉄扉と、それに寄り添うように天井まで届く一本の青々とした樹木が聳え立っている。そして、樹木に大きく空いた虚の中には──人間の様に見える"何か"がいた。

 淡くほんのりと若芽色をした肌に艶は無く、しかし皺の一つも刻まれてはいない。吊られた様に頭上に掲げられた両の手は樹木と一体化しているように見えた。

 濃い緑色の髪は樹下美人に結い上げられた様に整えられており、一見して幼くも見える中性的な顔立ちをしたソレはぼぅっと視線を泳がせていた。

 噎せ返るような甘ったるい香りに包まれて、神秘的に弱光を発し深い緑の中に浮かび上がるその光景はどこか幻想的で、妖精の様に美しくて──言い様の無い恐ろしさがあった。


 もう一度振り返ると、真剣な面持ちで状況をじっと見据える二人と視線が結ばれる。先程と打って変わって随分落ち着いているなと感じつつ、あたしは手早く文字を描く。


 "このまま待機を。ここから狩ります"


 この場から動かないように念を押すと、あたしは杖を手に一歩前に出る。

 途端──察知したマンドレイクは、光の無い琥珀色の瞳を向けると大きく口を開けた。喉を震わせ、朱が指す様に紋様が体中に励起していく。こちらに対し何かをしているのは瞭然だった。


 ──何も聞こえない。そも言語を発しているのかすら分からない。

 いやまぁ、コイツの声が聞こえたらまともに生きてはいられないのだけれど。音は遮断出来ているが、肌を震わせる不快な振動が僅かばかりではあるが感じられた。…気持ちのいいモノではない、さっさと終わらせよう。


 身体の前で詠唱杖を構え、集中する。

 杖に刻まれた魔術回路が燐光を帯び浮かび上がると、中空に小さな円形の魔術式が描き出されていく。最小限の力で良い。素材を損なわないよう出来る限り小さく、剃刀の様な鋭さを意識して──


「──Gust」


 小さくそう一言呟くと、ほんの少しの反動と同時に風の刃が疾駆する。

 次の瞬間。刃は難なくマンドレイクの無防備な首を薙ぎ、深く食い込むと同時に頚部を切断していた。

 何も聞こえはしない筈なのに、草を踏む音を立てて頭部が転がり落ちた様な錯覚を覚える。切断面からは樹液の様な透明な粘液がこぽこぽと溢れ出だし、華奢な身体をてらてらと塗らしていた。


 二人に合図を送り注意しながら樹木に近寄ると、甘い香りは頭が痛くなる程に一層強く感じられた。

 匂いに眉をしかめながらも、準備していた幾つかの容器に体液や樹皮を皆で手早く確保していく。

 劣化が相当に早いマンドレイクの収集品は、そのままでは地表までとても保たない。ある程度までは現地での加工が必須となる為、ここからは早さの勝負となる。


 作業を続ける一方、試しに封をする前の瓶に指を浸す。

 流すマナの強弱を変えながら様子を伺うと、瓶の中は次々と色を変え七色に満ちていく。想定していた通り、これで色々と試すことが出来るだろう。状況が好転する予感にあたしはいくらか安堵していた。


 ──ふと、転げ落ちたマンドレイクの頭部に視線が向く。失念していた、こちらも採取しておかないと。

 ぞんざいに転げ落ちた頭部に指を伸ばす。その時、きっと気のせいに違いないのだろうけど。虚ろな琥珀色の瞳と視線が合った気がして──あたしは目を逸らすように、開いたままの薄い瞼を閉じた。

 ホルダーから引き抜いた短刀を額部に付着している八面体の結晶体に当て、慎重に刃先で引き剥がす。ほんの僅かな抵抗感の後、小さな宝石は転がり落ちた。

 それを手にしながら、二人には見えないように顔を逸らして。余計な考えを吐き出すように息をつく。


 "あと数体だけ、狩りましょうか。良いですか?"


 断面から漏れ出す粘液の量は少なくなっている。もうこの個体からはこれ以上の採取は行えない。

 手早く文字を書きつつ荷を整え終えると、あたしは逃れるように甘い香りを放つ遺骸に背を向けた。

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