-幕間-2-2
遠い昔、そこに集落の面影すら無かった頃。
大地の下に広がる迷宮を攻略せんと枯樹を訪れた冒険者の一団の中に、あたしの祖先はいたらしい。
魔術の才能は凡庸だったものの、日々の記録や詠唱本の作製に欠かせない特殊な筆記用具を仕立てる腕前においては祖先の技能は重宝されたようで。
細々と、しかし着実に貢献していた事を認められた彼は、結果この地に根を下ろすことを覚悟した。
時が経つにつれ様々な人間がその地を訪れることとなるのだが、古くからその地で集落を作り手を取り合っていた彼らは、自然と冒険者達の中心となっていく。
次第に彼らの周囲に重要な機関が集中していく事となるのだが──その名残か、運営機関の集中する街の北区部分にエヴァンズという一族の店舗は存在していた。
──そもあたしたちが扱っている"インク"とは、一部の魔術師にとっては欠かせない物であり千差ある定型化出来ない代物である。
インクを用い文字や図形を器とし、空の器にマナを満たすことで意思を世に顕す。詠唱本に書かれる魔術式とはそういうものである。マナを通し効果を発現させる物の為、インクにも使用者に合わせた調律が求められるのだ。
タマバチが寄生することで作られた虫こぶを用いたり、タンニンを多く含む植物を利用したりと通常のインク作りにもいくつか手法がある訳だが、魔術師が使う物には主にマナを多分に含む迷宮産の収集品を加工し用いる事が主流であった。
その為日常的に収集品と触れ、収集依頼を出すことも多く迷宮に関わる機会は多分にある。
勿論、言う迄も無くあたしにもその才能は継がれた訳、なのだが。
「うぅん…どうしたものか…」
気分転換に、と外に出ては見たものの事態が好転する訳でも無く。あたしはただただ悩んでいた。
作製士の一人として勤務して数年。いつも通りインクとペンの作製依頼を受けた訳だが…今回の件は如何せん上手くいかない。いくつか準備した物で試してもらったが、マナの伝達効率と定着率が芳しくなかったのだ。これでは直ぐに効果が散逸してしまう。
期限にはまだ多少猶予があるものの、魔術の秘匿性を約束する契約が結ばれている為に両親にすら相談は行えない。受けた以上、地力でどうにか解決するしかないのだ。
何かしら新しい要素が必要なのか、それとも何か見落としているのか。
──どうすれば良いか。
手段はいくつかあるだろうが、大抵はまぁ、自分も随行する形で迷宮に赴くしかない。
当然ではあるが収集依頼を出そうにもどんな品を求めているのか自分自身が分からなければ、仔細に注文を出せはしない。
依頼を受注した冒険者にも相応の鑑識眼が求められる以上、自身で現物を手に取り目で見て確認するのが一番確実になってしまう。
今回の依頼者は土性に作用する魔術との相性が良いと伺っている。となれば──まだ試せていないのは、叫声する樹児から採取出来る収集品辺りか。
「ここのとこ見かけないし、行くしかない、よねぇ…」
正直気持ちが沈む。
迷宮に潜らなければならないという事実もだが、他ならぬ対象となる魔物がなんとも言えない。
溜息をもう一つ吐き出して勢いを付けて立ち上がる。この仕事が片付いたら、自分へのご褒美に気に入りのピスタチオのソフトクリームを買って帰ろうと心に決めて、あたしはギルドへと脚を運んだ。
──そしてそこで出会ったのが二人の冒険者。
アルマン=ダウズウエルと、セス=クィンだった。




