-幕間-2-1
「はあぁ……」
浅黒い肌をした幼い少女が一人、可愛らしい外装の店舗の前で顔を緩ませながら吐息をついていた。
──うん、やはり美味しい。
割と最近出来た店だが、ここのオムレットというスイーツはなかなかに美味しい。店前のスタンドボードにある通り、扱う生クリームにこだわりがあるのだろう。植物性の脂肪が使われていないせいか本当に軽く食べられる。
目玉の一つと大きく書かれたこの真白いスポンジ生地にもとても満足だ。恐らく黄味を使っていないのだろうが、こんなに贅沢な使い方をするなんて相当だ。初雪のような粉糖で見た目の点数が高いのも良い。
もう一度口に含むと、口内でみるみるうちにふわりと解けて優しい甘さが柔らかく広がる。
食であれ、服飾であれ、催事であれ。様々な文化が楽しめるのはこの街の本当に良いところだ。
甘い物を食べたいという欲を満たされたあたしはもう一度息をつく。やっと落ち着いた。噴水の縁に座り、食べかけのスイーツを手にしたまま賑わう屋台通りに眼を向ける。
老若男女の笑顔が咲き歓呼の声が響く、見慣れた光景が広がっている。余所の街であれば何かしらの催しでも行われているのかと見間違うだろうが、これは小さい頃から見た変わらない光景だ。
──もう一度、オムレットを口に含む。
それなりなお値段ではあるが比較的小振りなそれは、あと一口分しか残っていない。
華やかで、楽しくて。あたしが何もせずとも、しばらくすればそこかしこに見たことの無い新しい物が溢れてる。街中を散歩すればいつでも新しい発見にドキドキ出来る。そんな点はとても素敵だ。
──ただまぁ。あれの良さはあんまり理解出来ないけれど。
身をよじって、後ろを覗く。
そこにはこの街で一番高い、どこからでも見ることが出来る枯樹が聳え立っていた。
「なぁんで皆、わざわざあんなところに行きたいのかしら」
自分から危ない事をしたいだなんて、あたしには気持ちが分からない。…まぁこのままでは、いずれあたしもアレと関わらなければならないのだけど。うぅん、どうしよう。
他にやりたいことが出来たならそれを頑張れば良いよ、と言ってくれた両親にはとても感謝しているけれど、それじゃ何をしたいのかと言われたらそれも思い浮かばない。
「嫌いな訳じゃないんだけどねぇ…」
家が取り扱っている品物は決して嫌いじゃあない。むしろ好きな方だろう。
一つとして同じ色を湛える物は無く、煌びやかで瓶を傾ける度に様々な模様を作って見せてくれて。魔術式の知識なんて全く無かった幼い頃でも、それをペン先につけて紙に走らせるだけで心が躍ったものだ。
華やかな色光に溢れる店の中で遊ぶのは、物心付いた時から好きだった。
──手元に残ったオムレットの最後の一口を放り込む。
徹頭徹尾変わらない、質のいい甘さが舌に染み込む様に溶けていった。
「はぁ…さて、帰りますか」
そろそろ休憩も終わりだ。帰ったら勉強しないと。
包み紙を折り畳み店前のゴミ箱に捨てると、あたしは家に向かって歩を進める。
クリム・フィロアと名のついた街の北東部。この街で割と歴史のある魔術師向けの"インク"を主に取り扱う魔具販売店が、あたしの生家であった。




