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鉄塊のマギア  作者: 佐倉。
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-幕間-1-3

 薄闇が満ちる小径のその先、数匹のケイヴラットが逃げる身を翻しこちらに牙を向けていた。


 目の前の光景は何度も想定していたのに、魔物を前に自身の身体はビクリと硬直する。口の中はカラカラに渇き、手にしている盾も一回り小さく心許なく感じて──僕は、縋る様な気持ちで盾を構えていた。

 体当たりだろうか。痺れを切らした魔物が、ぬらりとした毒液に塗れた切歯を見せ付けるように疾駆する。喉から漏れ出そうになる悲鳴を必死に抑え付け、僕は精一杯衝撃に身を構えた。


 ──次の瞬間。盾越しに感じられた衝撃は、拍子抜けする程に軽かった。

 想定よりも随分と弱弱しいそれに驚愕しつつ、腕を薙ぎ次々と飛び掛るラットを一心不乱に撥ね退け続けた。


「セス!凄かったじゃないか、頼もしかったよ!」


 ──必死で、ただただ必死で。

 アルマンの喜ぶ声で戦闘が止んだ事に気付くと、放心しながら体液に塗れた盾を地面に降ろしていた。

 手はぶるぶると小さく震えてはいたが、でも不思議と充足感に満ちていて。その時の僕の口角は上がっていたと思う。


 その後も依頼を受け続け、数回数日とそんな環境を繰り返し体験すると、流石に少しずつ周囲を見れる程度には余裕が出てくる。石を積み上げる様に自分が出来ることを着実にこなし続ける、それが自信に繋がったのかもしれない。

 アルマンや他の冒険者にも協力して貰いながら、苦手だったスライムやウィスプを対象とした収集依頼にも精を出した。

 小さな変化を感じられるのが嬉しくて。出来ることが増え、仲間に頼って貰えるのが嬉しくて。この街で送る濃厚な日々は間違いなく充実していた。


 ──それでも、時折。

 昏い眼をしてこの街を後にする冒険者の姿を目にする機会はあった。


 依頼を失敗したのか、それとも大事な物を無くしたのか、大事な者を亡くしたのか。その理由もきっと様々で、言う迄も無く僕が知る由も無いけれど。

 その小さくなった背中を見る度に心に風が吹き込んで薄ら寒くなるような、ぐっと身体の芯を掴まれるような。

 いつか自分の積み上げた物も壊れてしまうのではないか、と。そんな怖さを感じるのだ。

 だから。強くて頼もしい理想の自分でいられるように、積み上げた自信と信用を失わないように。

 付き纏う影にどこか怯えながら、それを振り切るのに必死だった。


 ───

 ──


 慣れ親しんだ日常、依頼の休暇明け。

 ギルドに向かう道すがら、屋台で朝食を摂っている最中にアルマンが唐突に口を開く。


「なぁ、近頃迷宮でおかしなことが起きてるらしいんだが…皆は何か知らないか?」


 皆は店主から受け取った品物を手にしたまま、"おかしなこと"というざっくりした質問に視線を彷徨わせ思案していた。

 炒ったナッツを口に運ぼうとしていたティルが手を止めると、"そういえば"と続ける。


「この手の話で合ってるかは分かんねぇけど…気色悪い形のクラニアが獲れた、とか騒いでたヤツがいたな」

「ぁー、おかしなことってそういう事?この前のファイアウィスプの件みたいな?」

「前回俺達が潜った時には、そういうの見なかったよな?」


 迷宮内で変わった動植物や魔物が散見されているという噂には、確かに幾らか聞き覚えがある。

 幸か不幸か俺達はそういうものに遭遇はしていないが、少し前に出現した巨大なファイアウィスプを討伐する為に結構な数の冒険者が駆り出された。あの時はギルドがやたら騒然としていたのは良く覚えている。


「成程…表層でもか。もしかしたら、それに関する調査の依頼とか出てるかもな」


 非日常の何かに期待しているのか、そう続けるアルマンの目はどこか爛々としていた。


「出た出た…こうなったアルマンとウィルマは本当止まらないからな」

「ちょっとティル、なんでそこであたしも?!…いや、まぁ、確かに面白そうなのがあったらワクワクしちゃうけど…」

「ははは、まぁそれも悪いことじゃないだろ」


 新しい物事に興味を抱き、情報を集めるということは悪いことでは無い。その時々で発生している事柄に対応が出来ないことの方が問題があるだろう。


「勿論一部の収集品の高騰もまだ続いてるからさ。予定通り、収集依頼(そっち)の方はちゃんと探そうと思ってるよ。当然だけど、いきなりだと対応出来ないしね」

「んー…そうさなぁ。まぁピークも割りと過ぎてきてるだろうから、アルマンの言う通り併行しながら情報収集すれば良いんじゃないか?」


 ──どちらにしても僕のやることは変わらない。

 大事な仲間を守る為に、理想の強い自分を守る為に。盾を構えよう。脅威に立ちはだかろう。それが唯一出来ることだ。


 眩しい朝日に照らされる賑やかな街中で、見慣れた一日が始まろうとしている。

 いつかの頃と同じ様に楽しそうに迷宮の事を語るアルマンと仲間達との日常の光景を、眼を細め眺めていた。

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