8-ep
乾いた砂を踏む音と荒々しい無数の息遣いが岩壁を叩き、交差する様に四方から響き聞こえる。
下降施設を後にして数日。
私達はいよいよ一階層にまで引き返していた。目前には白い門までの最後の長い上り坂と、そこに連なる冒険者たちの掲げる洋燈の長い長い列が出来ている。それはまるで霊験に預かろうとする巡礼者の列の様にも見えた。
結果としては、今回の哨戒依頼で奇種は確認されなかった。恐らくではあるが、これから日常を取り戻す為に段階的に入場規制は解除されるのだろう。
負傷者の内、継続しての行軍が行えない者も無事途中撤退を完了出来たことを考えると、今回の行軍は成功と見て問題は無い筈だ。
「…結局、今回はあんま戦うことも無かったな」
終点が見えてきた為か。肩で息をしていたティルが、腰から下げた鈍器の柄に手を添えどこか残念そうに零す。
確か、彼は封鎖期間中にもずっと訓練所に篭っていたという話だったか。修練を積み再起を図る為か、それとも彼の無念を晴らす為か。どちらにしても魔物との戦闘を強く意識していたに違いない。
「うん。…でも、それでも良いのよ。まずは無事に帰還することが大事なんだからさ?」
「あぁ。何事も無ければ、それで良いさ。戦果が上がらなかったなら、次を頑張れば良い。焦ることは無いんだ。これからだよ、これから」
額に汗を浮かべながらも出口へ向かうウィルマとセスの顔にも、流石に疲れの色が見て取れる。しかしそれでも、そう答える二人はどこか濁りが消えた様にも見て取れた。
「まぁ……うん。それも良いのかもな。…しっかしまぁ、あんまりぱっとしないと商売上がったりだろ」
「ははは、続くようだと困っちまうな。これから期待してるぞ、ティル」
肩を叩こうとするセスの手を軽い身のこなしで掻い潜ると、ティルは鼻で笑いながら小生意気な表情で答えて見せた。
二人のやり取りを目を細めて眺めていたウィルマは、こちらに向き直る。
「ナインさんとマギアさんも、大丈夫?ペース速くない?」
「はい、お陰様で。問題ありません」
カタン、カタンと木製のバックパックは規則正しく軽い音を立てる。背中に感じられる重さは、収集依頼の時よりも随分軽いだろう。
洋燈に浮かび上がるつぶらな彼女の瞳と視線が交わると、ウィルマは満足そうに笑顔を作った。
「ナインさんの方は…前に出ることの無い護衛任務は、貴女には役不足だったかもしれない、かな?」
「どうぞ、お気遣いなさらず。私は契約内容を遂行するだけですので」
素っ気無いナインの言葉に、ウィルマはふふっと小さく笑う。
結局最後まで変わらぬ調子であるものの、これが彼女の性分であり他意が無い事も分かっているのだ。
「そっか…あたしたちは貴女が一緒に来てくれたお陰で、本当に安心できたよ。ありがとね、ナインさん」
ウィルマの柔和な感謝の微笑に、ナインは薄く開いた瞼の奥から静かに視線を向けるだけだった。
"…あぁ。やっと見えてきた"
──誰とも知れない、安堵に緩む歓声が周囲から沸きあがる。
遠くに、ちらりと。荘厳な白い門にたゆたう青い膜の向こうから差し込む清涼な光が、揺れる様に瞬いて見えた。何度も見慣れた、依頼の終了を告げる変わらない光景がそこにはあった。
「こちらこそ、良い経験をさせていただきました」
ナインの小さな呟きは誰の耳にも届くこと無く、雨音の様な足音の波に消えていった。




